穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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2019-07-01から1ヶ月間の記事一覧

「品位」のはなし

二十世紀初頭のイギリス政界に於ける逸話だ。 労働党の首領、ジェームズ・ラムゼイ・マクドナルドと、自由党の首領、ハーバート・ヘンリー・アスキスとが相並んで演説を行ったことがある。 先んじて論壇に臨んだのはアスキスの方。彼が滔々と聴衆に向って呼…

伊賀の国の「三百祝い」

伊賀の国に「三百祝い」なる古俗がある。 兄弟姉妹の年齢を合算してその数「三百」に達すると、酒肴を用意し一門の古老を賓客として招待し、しめやかな宴を開くのだ。 単純だが、この条件を満たすのは、なかなか容易なことでない。 昔は平均寿命の短さから、…

迷信百科 ―インド今昔殺人奇譚―

つい先日、インド東部の某村で一家四人が撲殺されるという事件が起き、しかもそれが「村の災いの元凶はあの一家」とまじない師に告げられて、押しかけた十数人の村人達による犯行だったという事で、そのあんまりにもな奇抜さから一部ネット界隈を騒がせた。 …

夢のニカラグア運河

私が「ニカラグア」の名を知ったのは、PSPのゲームソフト、『メタルギアソリッド ピースウォーカー』がきっかけである。 知っての通りこの作品にはソモサ政権(ニカラグアを四十三年に亘って支配し続けた独裁政権)の打倒を目指し、コスタリカで活動を続ける…

一八五四年、幻の琉球占領 ―紙一重の歴史―

開国以来、多くの日本人がアメリカ合衆国を訪れた。 留学なり、観光なり、事業なり、その動機はまちまちだ。やがて時代が下って来ると、彼の地で演説ないし講演を行う日本人とてちらほら現れるようになる。 そんなとき、劈頭一番、彼ら弁士が話のすべりをよ…

夢路紀行抄 ―泥の浴槽―

夢を見た。 温泉のデモンストレーションを見物している夢である。 浴槽には最初、突っ込んだ指先がすぐ見えなくなるほどに濃い、きたならしい黄土色の泥水が満たされていた。そこへその温泉の湯を注ぐと、なんたることか、みるみるうちに濁りが晴れて美しい…

不老への憧れ

朝目が覚めて、布団から起きて、腰に走った激痛に、危うく呼吸が停止しかけた。 正確には右の脇腹の裏側が痛い。つまったようなと言うか、楔でも打ち込まれたかのような、と表現すべきか、とにかく尋常ではない痛み方だ。背骨からは外れているから、ヘルニア…

吉村九一の見た「人食い族」

『南洋狩猟の旅』に描かれているのは吉村九一と猛獣たちとの、狩るか狩られるかの壮絶な闘争ばかりではない。 舞台となった南洋の島々――そこに生きる、所謂原住民たちの暮らしぶりの描写にも、少なからぬ紙面を割いているのだ。 中でもかつての人食い族、ニ…

夢路紀行抄 ―夢中夢―

なかなか珍しい体験をした。 二重に夢を見たのである。 最初はパソコンがウィルスにやられてクラッシュする夢だった。ディスプレイを占拠するのは懐かしのブルースクリーン。 (Wikipediaより、ブルースクリーン) 対処法を探るべく傍らのスマホを手に取るも…

猟師 吉村九一 ―知られざる日本の名狙撃手―

山から山、谷から谷へと獲物を求めて渡り歩くが猟師の性(サガ)。なれどもしかし古今日本民族にして、吉村九一ほど広範な狩猟区域をもった人物は、或いは稀ではあるまいか。 上の地図は吉村自身の著書、『南洋狩猟の旅』(昭和十七年発行)の見返し部分に張…

「方言歌」撰集 ―熊本・大島・飛騨・出雲・長崎―

雲州にては人の来たりたるをキラレタといふ語習がある、同国人或る地方に在勤し、県知事汽船にて来着せるを県庁へ打電して、「イマ知事汽船ニテキラレ」と伝へたる為に、大いに県庁を騒かしたといふ(『日本周遊奇談』330頁) 電報にまつわる奇談である。 確…

移民か出稼ぎか ―日本人の帰巣本能―

日本人はとにかく祖国を恋しがる。その点にかけては世界屈指やもしれぬ。 遠く倭寇の時代からそうだ。彼らは大陸や南洋の沿岸部を脅かし、ときに市街を占領することがあったとしても、その状態を長く保てず、ある日忽然と姿をくらましてしまったと云う。 現…

井上円了のうたごころ

「妖怪博士」「化物先生」「幽霊の問屋」――。 これらの渾名はいずれも井上円了に冠せられたものであり、明治の中ごろには既に相当広く人口に膾炙していたらしく、円了が地方を巡遊すると、決まってその極彩色の看板に誘引された奴がいて、妖怪の説明やら怪談…

井上円了の見た明治日本 ―川のない島、伊豆大島―

明治四十四年発行、『日本周遊奇談』を読んでいる。 「妖怪博士」、井上円了の著した本だ。 東洋大学の前身に当たる「哲学館」を創設した男でもある。 本書は円了の口述を人をして筆記させたものだけあって、非常に平易で読みやすい。 現代文を読み進めるの…

アミアンのピーター ―Peter of Amiens―

またの名を、「隠者ピエール」。 なにやらダークソウルにでも登場しそうな名乗りだが、歴とした実在の人物である。 ある意味で、中世ヨーロッパ屈指の弁舌家といっていい。 なにしろ彼は、あの(・・)十字軍の先導者だ。 およそ200年にも及ぶ、聖地奪還を大…

夢路紀行抄 ―八面玲瓏―

夢を見た。 富士を仰ぐ夢である。 確か、借りていたDVDの返却期限を勘違いしていたのが事のはじまりだったと思う。てっきり明日だと思い込んでいたのが、今日だったのだ。 あと六時間もすれば、延滞料として余計に金をとられてしまう。 (これはいかぬ) と…

デモステネスの大雄弁 ―下・その最期―

デモステネスとは、いったい何者なのだろうか。 崩れ落ちんとする前時代の社稷を支えたいが一心で、物狂いしたように叫びまわり駈けまわり、あくまでも新体制を拒絶する――。 狂瀾を既倒に廻らさんと憑かれたように足掻いてのける、この種の保守的情熱の持ち…

デモステネスの大雄弁 ―中・信念編―

他の一切を犠牲にし、我が身の骨すら縮めるような、これらおそるべき修練の跡から後世の批評家たちの中にはデモステネスを天才と認めず、ただひたすらな努力の人と論断した者とて少なくない。 だが、才能とは持続する情熱のことを言うであろう。 その観測に…

デモステネスの大雄弁 ―上・修練編―

ギリシャ文学の研究がホメロスを抜きにしては成り立たぬように、当時の雄弁を語る上で、どうしても避けて通れぬ名前がある。 デモステネスがそれである。 (Wikipediaより、デモステネスの胸像) この男がアテネの生んだ最大の雄弁家であることは間違いない…

夢路紀行抄 ―焼け跡―

よほど現状に不満があるのか、夢の私は学生時代に戻っている率が非常に高い。 今日の夢もそうだった。といっても、正確には半々だが。 修学旅行生として荷造りをし、バスに乗り込んだところまではよかったのだが、座った席はどういうわけだか運転席。子供の…

わらべうたに顕れたる幼さゆえの残酷さ ―生田春月の童心論―

蝙蝠こ蝙蝠こ汝(にし)が草履(ぢょうり)はくそ草履俺が草履は金(かね)草履(ぢょうり)欲しけりゃ呉れべえや およそ一世紀前、明治・大正の昔。 鄙びた地方の子供たちは、こう歌いつつ下駄や草履といった履物を蝙蝠めがけて蹴り飛ばしていたという。 歌…

教祖みなこれ雄弁家 ―oratory―

「雄弁」を意味する英単語を捜索すると、「oratory(オラトリ―)」に行き当たる。 ラテン語の「Oratoria(オラトリア)」から派生し来った英単語だ。 更にこの「Oratoria」を遡ると、その淵源が「orare(オラレ)」という、やはりラテン語にあることが判明す…

春月による「自然愛」分析

感傷の詩人・生田春月は自然愛の源を大きく二つに分けている。厭離の心と、人間憎悪だ。 厭離の心は、人間憎悪の心では決してない。けれど、自然愛は、人間憎悪の反動である場合もある。例へば、バイロンの如きである。そして、西洋の詩人には、この方がむし…

「いよいよ敗戦国らしくなってきた」 ―二つの「戦後」を見た男たち―

大東亜戦争の激化につれて上野動物園で飼育されていた猛獣たちが殺処分を受けたことは、土家由岐夫の『かわいそうなぞう』等によって有名だが、同様の事態は欧州大戦当時のドイツに於いても起きていた。 貴族院勅選議員、大阪商工会議所会頭、稲畑勝太郎がそ…

神秘なるかな隠れ里 ―霧中衆・風波村―

デンマークの文芸史家、ゲーオア・ブランデスはその名著『ロシア印象記』に於いて、ロシア人の放浪好みな性癖に触れ、その淵源を、この国の自然のあまりにも雄大な単調さにこそ見出した。「茫漠とした曠野に断えず彼方へ彼方へと人を誘う魅力がある。限りな…

医療教会垂涎の逸材、小酒井不木

医者にして哲学者たるものは神に等しい。 ヒポクラテスのこの言葉を引用し、小酒井不木は医師のみならずあらゆる学者・研究者はなべて哲学を備えねばならぬと力説した。そうであってこそ学問の発達は促され、人類全体の幸福が増進される結果にも繋がるのだと…

夢路紀行抄 ―軟体動物―

夢を見た。 山の中の夢である。 ふと気が付けば私は独り登山に勤しんでおり、強烈な斜度の鎖場を、滑落の恐怖と闘いながらひいこら喘いで攻めていた。 やっとの思いでそこを越えると、千古斧鉞を加えざる老樹の緑のその中に、ひどく不似合いなものがある。 …

戦い続ける歓びを ―身体が闘争を求めた男、小酒井不木―

「闘争を喜ぶのは人間の本性であります。人間の筋肉や骨格の如きも、みな、闘争に役立つやうに作られて居ります。闘争のない所に人間はなく、又人間の進化もありません。 闘争には、勝利と敗北が付随します。さうして、勝利は嬉しいものであり敗北は厭なもの…