穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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夢路紀行抄 ―八面玲瓏―

 

 夢を見た。
 富士を仰ぐ夢である。
 確か、借りていたDVDの返却期限を勘違いしていたのが事のはじまりだったと思う。てっきり明日だと思い込んでいたのが、今日だったのだ。


 あと六時間もすれば、延滞料として余計に金をとられてしまう。


(これはいかぬ)


 と思ったが、外は土砂降りの大雨だ。
 地を抉る勢いで叩きつけるこの水壁をついて外出するのは、いかにも物憂い。


 が、金の前には多少の肉体的疲労がなんであろう。


 結局、強行軍に踏み切った。
 ところがその半ばから、歩いている道がどうにもおかしい。
 視界の悪さが災いしたか、ふと気が付けば私は本来の目的地から遠く離れた、銭湯の前に立っていた。


 その看板を目にした瞬間、私の心理に一種奇妙な変化が起きた。延滞料も何もかも綺麗さっぱり忘れ去り、ただ熱い湯に浸かりたいとしか考えられず、あれよあれよという間に支払いを済ませ、露天風呂に体を沈めて関節の凝りを揉みほぐしていたのである。


 雨は既に止んでいた。


 そんなものがあったのか、といわんばかりに透き通った夜空である。


 降りしきる月光の中、白妙に雪化粧した富士の高嶺が、八面玲瓏と讃えられたそのままに、凝然と聳え立っていた。

 

 

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 七月であるにも拘らず、あの雪のみごとさはどうであろう。


(なにぶん、ここ最近の肌寒さだ)


 先刻の大雨も、あれほど標高の高い場所ではみな雪になったに違いない、と無造作に自分を納得させた。

 


 ――と、場面が一瞬で切り替わったのはその時である。

 


 私は自室に戻っていて、冷蔵庫の扉を開けていた。


 紙パックの牛乳を取り出してみると、なんと賞味期限が一ヶ月も前に切れている。


 未開封だが、流石にこんなものを飲むわけにはいかない。腹を下すのは必定だろう。廃棄するに如くはない。


 ところがいざ排水口に流してみると、別段変色もしていなければ異臭もしない。ちょっと勿体なかったかな、と惜しんでいると目が覚めた。

 


 山梨出身でありながら、富士の姿を夢に見たのはこれが初めてのことである。


 縁起よし。
 運が開ける兆候か。
 そう思い込んでいた方が、人生は華やかになるだろう。

 

 

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