穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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2024-03-01から1ヶ月間の記事一覧

便所と大臣

文部大臣多しといえど、学校視察に向かう都度、便所の隅まで目を光らせて敢えて憚らなんだのは、およそ中橋徳五郎ぐらいのものであったろう。 話は尾籠に属するようで若干引け目を感じるが、これは至って真面目なことだ。 少なくとも中橋大臣本人は、猟奇趣…

壁に耳あり障子に目あり、ならもう全部焼き払え

屋根に関して、まま行政はやかましい。 東京、神奈川、京都あたりの一部地域でソーラーパネルの据え付けが義務化されつつあるように。 明治四十年代も、市民の頭上に「官」が嘴を入れてきた。茅葺屋根の根絶を、「お上」の威光を以ってして推し進めんとした…

ナイフ一本、返り討ち

研師にして剣士。 どちらの手腕(うで)も紛うことなき一級品。 そのまま時代劇中のキャラクターに具せそうな、――山尾省三はとかく刃物の扱いに熟達したる者だった。 (『Ghost of Tsushima』より、刀鍛冶) 米寿を超えてなおも現役。髪は落ち、皮膚は弛んで…

外面菩薩、内心夜叉

役者というのは結婚すると人気が落ちる。 たった一人の生涯の伴侶を得ることは、何百、何千、何万倍の、異性のファンを失うのと引き換えである。 この俗説は、果たして真なりや否や――。 「そういうことは、事実、けっこう御座います」 神妙な面持ちで頷いた…

喜ばしき欠落

明治三十九年一月十四日午前十時三十九分、東京、新橋駅頭は空前の熱気に包まれた。 凱旋したのだ、英雄が。 日露戦争の将星人傑多しといえど、わけても一際異彩を放つ、嚇灼たる武勲所有者。おそらくは東郷平八郎と国民人気を二分する、陸軍界に於ける聖将…

尊皇攘夷の秋は今 ―明治三十七年、対馬―

もはや開戦秒読みの時期。 再三の撤兵要求を悉く無視し撥ねつけて、帝政ロシアが持てる力と欲望を極東地域に集中しつつあったころ。 スラヴ民族の本能的な南下運動を阻まんと、大和民族が乾坤一擲、狂い博奕の大勝負に挑まんとしていたあの時分、すなわち明…

口内衛生小奇譚

虫歯の痛みを鎮静させるためとはいえど、蛭を口に含むなど、考えただけでおぞましい。 到底無理だ。ヒポクラテスの勧めでも、鄭重に謝絶するレベル。万が一、喉の奥へと進まれて、食道にでも貼り付かれたらなんとする。不安で不安で、神経衰弱待ったなしでは…

附録戦争

猫を狂わせることだけがマタタビという植物の全能力ではないらしい。 保温効果たっぷりの良質な入浴剤として、人類(ヒト)の役にも立たせ得る。「五匁くらゐを袋に入れ、約二升くらゐの水で充分に煎じ、その汁をお風呂に入れて入ります。少しも厭な臭ひもな…

Malignant tumor ―不幸な双子―

たぶん、おそらく、十中八九、畸形嚢腫なのだろう。 にしてもなんてところに出来る。 時は昭和五年、秋。山口県赤十字病院は佐藤外科医長執刀のもと、二十一歳青年の睾丸肥大を手術した。 (Wikipediaより、山口県赤十字病院) 患者にとっては十年来のわずら…

米食ナショナリズム

嘗て戸川秋骨は、日本人を「米の飯と、加減の宜い漬けものがなくては、夜が明けない」民族なりと定義した。 実に単純で、わかりよく、反論の余地のないことだ。 筆者としても戸川の論を首の骨が折れるほど力強く肯定したい。 美しく炊きあがった銀シャリには…

昭和五年の文士たち

清廉居士、糞真面目、単純馬鹿、自粛厨、野暮天、潔癖症的正義漢――。 呼び名は多岐に及ぼうが、ここでは敢えて「確信犯予備軍」と、そういう区分けをしてみたい。 実に厄介な連中だ。 昭和五年の七月である、久米正雄が大衆向けに麻雀指南を施す運びと相成っ…

午年、午の日、午の刻

案内状が舞い込んだ。 同窓会の開催を報せる趣旨のものである。 一九三〇年のことだった。一八七〇年生まれの戸川秋骨の身にとって――正確には一八七一年三月の「早生まれ」ではあるのだが、本人が「自分は一八七〇年の生まれだ」と繰り返し主張するがゆえ、…

ドイツに学べ ―牛乳讃歌―

「日本人はもっと牛を飼わなきゃイカン。牛を殖やして、殖やしまくって、肉も喰らえば乳も飲め。そのようにして西洋人と渡り合うのに足るだけの、丈夫な身体を作らにゃイカン」 維新成立早々に、社会のある一部から盛り上がった掛け声だ。 畜産を盛んにせよ…

赤門小話

震度七は何物をも逃さない。 東京帝国大学の象徴たる赤門も、大正十二年九月一日、大震災の衝撃に、無傷で耐えれはしなかった。 無傷どころの騒ぎではない。木ノ葉よろしく瓦は落ちるし、土台は東に傾くし。おまけにその状態のまま長くほっぽかれた所為で、…