穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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2023-09-01から1ヶ月間の記事一覧

語り部、ふたり ―咸臨丸夜話―

咸臨丸の航海は次から次へと不便続出、安気に暮らせた日こそ少ない、冒険というか、苦行であったが。わけても特に苦労したのは、水に関することだった――。 当の乗組士官たる、幕臣・鈴藤勇次郎はそんな風に回顧する。 左様、鈴藤勇次郎。 江川太郎左衛門に兵…

志士の肖像 ―板垣退助、会津戦争の戦利品―

中江兆民は奇行で知られた。 とある酒宴の席上で、酩酊のあまりにわかに下(・)をはだけさせ、睾丸の皮を引き伸ばし、酒を注いで「呑め呑め」と芸者に迫った件なぞは、あまりにも有名な逸話であろう。 その兆民の語録の中に、 「ミゼラブルといふ言葉の標本…

「勝ったものが強いのだ」――ver.1939

数理で全部を割り切れるほど、闘争とは浅くない。 生きて、物を考える、心を有(も)った人間同士が競い合うのだ。番狂わせでも何でも起きる。強さは一定不変ではなく、常にうつろう(・・・・)ものだから。年がら年中、カタログスペック通りに動く機械のよ…

大演説者 ―グラッドストンの六ヶ条―

およそ門外漢にとり、財政演説ほど眠気と倦怠を催すものは他にない。 頭の中にソロバンが入っていない身としては、小難しい専門用語と無味乾燥な数字の羅列がべんべんだらだら、連なりゆけばゆくほどに、意識は白濁、五感はにぶり、阿呆陀羅経でも聴いてるよ…

志士の肖像 ―井上馨のねぎま鍋―

「おれは料理の大博士だ」 とは、井上馨が好んで吹いた法螺だった。 ――ほんまかいな。 と、疑わずにはいられない。 発言者が伊藤博文だったなら、納得は容易、抵抗らしい抵抗もなく、するりと呑み下せただろう。伊藤の素性は、武士とは言い条、下級も下級の…

凶事はいつも突然に ―日本人、ブカレストにて大震災の報を聞く―

「空気」と「爆発」ほどでなくとも、「災害」と「虚報」の相性も、到底笑殺しきれない、頗る上等なものである。 天変地異で社会がみだれ、安全保障に揺らぎが生じ、大衆心理が不安へ不安へ傾きだすと、根も葉もない噂話がまるで梅雨時の黒カビみたく猛烈な勢…

夏よ引っ込め、うんざりだ

暑い。 いつまでも暑い。 週間天気予報には心底うんざりさせられる。 「このあたりから涼しくなります」と発表されても、いざその日付が近付くと、さながら蜃気楼の如く低い気温が掻き消えて、変わらぬ夏日が顔を出す。ゴールポストを延々と動かされている気…

明治やきとり小綺譚

心に兆すところあり、浅草寺を訪れる。 日差しはまだまだ夏である。 この熱気の中、かくも鮮やかな朱色に取り巻かれていると、余計に体温上昇し、汗がだらだら溢れるようだ。 明治のむかし、この境内に飛び来る鳩を殺して焼いてかぶりつき、口腹の慾を満たし…

水銀中毒、待ったなし ―マドリードの民間療法―

アコスタが工房を訪ねると、職人どもはもう既に今日の仕事を終えており、せっせと金貨を飲んでいた。 比喩ではない。 日給を安酒に変えてとか、そういうワンクッション置いた、取引を交えたものでなく。 率直に、物理的な意味合いで――金貨を砕いて粉にして、…

引かれ合う魂

名刺が一葉、はらりと落ちた。 ついこの間の熱い盛りに、神保町で購入した書籍から、だ。 たぶん、おそらく、栞代わりに用いていたものだろう。 拾い上げ、印刷された文字を追う。 たいへん景気のいい地名、小石川区金富町を拠点としていた出版社、東方社の…

治乱興亡、限りなし

ギリシャは「勝ち組」のはずだった。 第一次世界大戦で、彼らはちゃんとつくべき側についていた。連合国に属したのである。おかげで戦後のお楽しみ、パンケーキ(領土)のカッテング(分割)にも与(あずか)れた。オスマントルコを喰い荒らし、アナトリア沿…