穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

※当ブログの記事には広告・プロモーションが含まれます

2023-10-01から1ヶ月間の記事一覧

続・屠殺街 ―肉食系の中心地―

不思議なものだ。 日本で過ごしていた頃は油絵を長く観ていると陶酔よりもくどさ(・・・)を感じ、濃厚すぎる色彩に胸がむかつくばりであった。 ところがひとたび海外に出て、獣肉を常食にしてみたならばどうだろう。 かつてあれほど不快に感じた油絵が、ま…

栗本鋤雲を猜疑する ―彼の伝えたヨーロッパ―

身を滅ぼすという点で、疑心暗鬼も軽信も、危険度はそう変わらない。 しかるに世上を眺めるに、前者を戒める向きは多いが、後者に対する予防というのは不足しがちな印象だ。「疑う」という行為自体に後ろめたさを感じる者も少なくないのではないか。ことによ…

RAGE ―「千倍にして返すべし」―

いやもう、怒髪天を衝かんばかりと言うべきか。 公使遭難の報を受け、当時滞在中だった英国人らは軒並み色めきたってしまった。彼らの激昂ぶりたるや、予測を遥かに上回る、日本の要路一同を冷汗三斗に追い込まずにはいられない、猛烈無上なものだった。 慶…

血で血を洗う

行き過ぎた精神主義が齎す害を、日本人はきっと誰より知っている。 八十年前、骨身に滲みて味わい尽くしているからだ。「痛くなければ覚えない」。苦痛とセットになったとき、記憶は最も深刻に、脳細胞に刻印される。あの戦敗は、計り知れぬ痛みであった。 …

洋行みやげ ―文久遣欧使節団―

馬のみならず、ロバにも乗った。 福澤諭吉のことである。 文久二年、エジプト、カイロに於いてであった。 咸臨丸で太平洋を往還してから、およそ一年七ヶ月。福澤は再び洋行の機会に恵まれた。幕府の遣欧使節団に選ばれたのだ。幸運でもあり、実力ででもあっ…

馬上風を切る

「ものども、よろしく馬を飼え」 こういう趣旨の「お達し」が、政府の威光を以ってして官吏どもに下された。 明治十七年八月一日の沙汰だった。 世に云う乗馬飼養令である。 内容につき要約すると、 「官員にして月給百円以上の者は最低一頭、 月給三百円以…

相模の水がめ

心如水――心は水に似ると云う。 「堰けば瀑津瀬(たきつせ)、展ぶれば流(ながれ)、澱ませれば水底に雲が行くかと思ふばかりの碧を凝らす深淵となる。淵、瀑津瀬何れを取っても水であると同時に直にそれをもって水を定義することは出来ない。それと等しくか…

三千世界の何よりも

「汝の妻を汝の霊の如くに愛せよ。而して汝の毛皮の如くに打て」「最愛の人の殴打は痛くない」 ロシアの古い諺である。 夫の暴力にさらされないと妻は却ってこれを侮辱と認識し、「不実」となじり、本気になって憤る。あの国の下層社会にはどうもそういう精…

奇妙な肉の舌触り

「…頬は唯々筋肉のみから出来て、笑窪さへなければ、奈良の三笠山の様な平凡極まるものでありますが、例へば庭園の芝生と同じ様に、之が広いか狭いか、又どんな形をしてゐるかゞ目、鼻、口等の道具を引立てるか、見殺しにするかの、重大なる役割をするのであ…

御稜威かがやく地の事情

ちょっと信じ難いような話だが――。 京の街では昭和三年に至るまで、江戸時代が生きていた。なんと牛車が街中を相も変わらず往行し、その巨体が、体臭が、日々の暮らしの風景に、ごくさりげなく溶けていた。 (昭和初頭の京都駅) 牛車といっても貴人が使う、…

追憶・東京日日新聞

『東京日日新聞』の調査に信を置くならば、満洲・ソ連国境地帯はキナ臭いこと野晒しの火薬庫も同然であり、昭和十年と十一年と、たった二年の期間の中に四百を超す不法行為がソ連側から仕掛けられたそうである。 もっともこれはあくまでも、「事件」として表…