穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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2019-09-01から1ヶ月間の記事一覧

ゴールポストを動かす国 ―事大主義の毒―

前回の記事、「豊臣秀吉の同化政策 ―文禄の役前夜譚―」の続きである。 関ヶ原の戦勝により一挙に天下の権を掌握した家康の背には、至極当然の流れとして前の天下人である秀吉の起こした対外戦争の後始末まで継承することになる。 なにしろ秀吉という男は、大…

豊臣秀吉の同化政策 ―文禄の役前夜譚―

文禄元年(1592年)三月というから、朝鮮出兵の第一回目、「文禄の役」を間近に控えたある日のことだ。 太閤豊臣秀吉は、この戦争を監督するため大阪城から腰を上げ、大陸によほど近い肥前名護屋の大本営に移らんとした。 そのとき居並ぶ群臣の中から、勇を…

実在した秘技「根止め」 ―大日向五郎左衛門の勇―

夢枕獏原作、板垣恵介作画の傑作格闘漫画『餓狼伝』には「根止め」なる特異な技が登場する。 古武道・拳心流の秘技として位置付けられるこの技は、対手の口中深くにまで拳を突っ込み気管を塞ぎ、窒息せしめるという殺人技で、同流派の八代目師範・三戸部弥吉…

中華思想への反撥者たち

応神天皇の御代(みよ)というからよほど古く、話は半ば神話の色を帯びてしまうが、とにもかくにもこの時代。 高句麗の王の使節が、国書を携え渡海してきたことがあった。 百官有司、威儀を正してこれを迎え、恭しくその表文を捧呈する用意がたちどころに整…

西川博士のドイツ土産

先日の記事の補遺として、この稿を書く。 類は友を呼ぶと言うべきか、大正天皇の侍医・西川義方がドイツ滞在中に友誼を結んだ医師というのも、また愛国者に他ならなかった。 彼の名はドクトル・ブレーメル。 あるとき西川博士が食事に招かれ、訪れたブレーメ…

大正天皇侍医の歌

昭和九年発刊の随筆集、『縦と横』を読んでいる。 著者の名前は西川義方。 箱の表の、「医学博士」の四文字に惹かれた。 同じく医師の著した『老医の繰言』が殊更に面白かった影響というのもあるだろう。 (『老医の繰言』を題材にした記事二つ) 序文からし…

知的生物たる所以

ドイツ第一の文豪にしてナポレオンすらその愛読者にせしめた男――ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ。 あるとき彼は知人であるシュテーデル夫人に手紙を宛てて、その中で、 文字の表面の意味だけでなく、その底に籠る味をさえ察し得るような素養の豊か…

家康の遺産 ―「久能山御蔵金銀受取帳」並びに「駿府御分物御道具帳」より―

江戸城無血開城に於ける挿話である。 薩摩藩士で当時西郷隆盛の参謀役を勤めていた海江田信義が城内の府庫を改めたところ、積まれている金の量が、意外に少ない。思わず立ち会いの山岡鉄舟を顧みて、 「もっとあるはずじゃが?」 と訊ねたのが、迂闊だった。…

夢路紀行抄 ―絡みつく水―

夢を見た。 プールで泳ぐ夢である。 屋内型のプールであった。 幅は、広い。縦横ともに、明らかに五十メートルを超えている。 ところがその広いプールの総てのレーンに先客がいて、私の泳ぐ余地がない。 誰かが上がり、レーンが空くのを待つべきか? いや、…

ドン・バルトロメオ譚 ―「最初のキリシタン大名」について―

父親の葬儀で位牌に焼香をぶっかけたというのは織田信長のあまりにも有名なエピソードだが、戦国時代にはこの逸話に匹敵するか、あるいはもっと凄まじいことをやってのけた奴がいる。 肥前の大名、大村純忠のことである。 この男があるとき祖先の仏寺に参詣…

文明の継承者 ―ジョン・ラスキンとセシル・ローズ―

生れてから自分は、こんな汚い町を見たことがない。もう数ヶ月間、雨が一滴も降らない。温度は日向で160度、日蔭で97度だ。町から5マイル四方に一本の木もなく、草を見ようと思ったら、20マイルは行かなければならない。家という家は、悉くナマコ鉄板。喉を…

「真情春雨衣」都都逸撰集 ―発禁指定の江戸艶本より―

ここに『未刊珍本集成 第四輯』なる本がある。 昭和九年印刷。その名の通り、発禁を喰らい世に出ることを許されなかった書籍を集めた本である。 はて、ならばこの本とても発禁を喰らって然るべきではないかと当然の疑問が持ち上がるが、何のことはない、奥付…

東京タワーを上下する ―都合1200段の旅―

ここのところ、江戸についてばかり書いてきた。 だから、というわけではないのだが。本日東京タワーに登って来たので、その所感を述べてみたい。 スカイツリーが出現(あらわ)れるまで――あるいは今でも――東京都の象徴として仰がれ続けたこの電波塔は、実の…

ひらけゆく江戸 ―家康公の御英断―

神田山が崩されたのは、慶長八年(1603年)のことだった。 「爰(ここ)もかしこも汐入の葦原にて、町屋侍屋敷を十町と割り付くべき様も」ない――すなわち海水が入り混じり、葦ばかりが生い茂る当時の江戸を、人間が集団生活を営むに適した確固たる大地に生ま…

武蔵野・江戸の原風景 ―権現様の関東入国―

家臣たちは、おおかた鎌倉か小田原あたりになるだろうと予測していた。 北条征伐の後、関東二百五十万石に封ぜられた家康が、その居城として定めるべき城は、である。 それがいざ蓋を開けてみれば「江戸」などというとんでもない大田舎の名が飛び出してきた…

徳川家康と岩崎弥太郎 ―紙一枚たりともおろそかにせぬ男たち―

既に幾度か取り沙汰した『修養全集 11 処世常識宝典』は、流石に昭和というあの時代に編まれた修養本なだけあって、倹約を奨励する記述が至る所で目に入る。 それは単に理論をもてあそぶのみでなく、 薪などは薪と薪との間を適当に空かせて、火力が鍋や釜の…

匣の中の娘たち

アニメ『魍魎の匣』を視聴したときの衝撃は、今でもはっきり思い起こせる。 なにしろのっけから箱詰めにされた美少女の生首が登場するのだ。ましてやその生首の眼がくるくる動き、唇を開いて声さえ発する――生きているとあっては、度肝を抜かれぬわけにはいか…

夢路紀行抄 ―嵐の夜に―

風の音に聾され続けた夜だった。 台風15号が関東平野を舐め上げるように通過していった昨晩の話だ。吹き付ける風雨の凄まじさに家の骨組が悲鳴を上げて、その不吉な音色とひっきりなしな震動に、ともすれば防空壕でB-29の爆撃に耐え忍ぶ戦時中の方々の心に僅…

戦前の詐欺広告 ―妙な頓智の効かせ方―

日露戦争後の不景気の只中――。 井上馨が金を求めて躍起になってる、その裏側で、以下のような広告が某新聞紙に掲載されて、一部界隈の眼をそばだたせた。 曰く、 「一円送ってよこせば、寝て居て楽に食はれる法を教へる」(『修養全集 11 処世常識宝典』118…

井上馨と波佐見金山 ―明治四十四年の失態―

昨日紹介した『修養全集 11 処世常識宝典』には、実のところ渋沢栄一翁も小稿を寄せてくれている。 「叱言(こごと)の言ひ方」と題したその中で、翁は明治の元勲・井上馨を引き合いに出し、 叱言をいふ際には、必ず他人の居らぬ処ですべきである。故井上馨…

昭和四年の「共稼ぎ」八句

安かったのは、背表紙が剥げ落ちていたからだろう。 神保町にて500円で購入した、昭和四年刊行『修養全集 11 処世常識宝典』を読んでいたときのことである。 「共稼ぎ」を主題に詠まれた短歌を集めた頁という、一風変わったものを発見した。夫の部と妻の部と…

ペルーのコカ・チューイング

西洋文明とコカの最初の接触は、1533年、スペインの軍人であるフランシスコ・ピサロが200名弱の兵を率いてペルーを征服したときだった。 原住民たるインディオにとって、コカほど神聖なものはまたとない。その葉を噛めばたちどころに悲しみは癒え、もう一歩…

欧州大戦下のウィンストン・チャーチル ―アスキス首相の日記から―

彼は歴史の梶をその手に握った男であった。 ハーバート・ヘンリー・アスキス。 第一次世界大戦勃発当時、大英帝国の首相を務めていた人物である。 (Wikipediaより、アスキス) 結果的には彼の指揮するところによってイギリスはドイツに宣戦布告するのだが、…

都都逸撰集

赤い顔してお酒を呑んで今朝の勘定で蒼くなる 人の営みの普遍性に感じ入るのはこういうときだ。人間とは似たような愚行を性懲りもなく重ねつつ、歴史を編んでゆくものらしい。 人情の機微を赤裸々に、しかも陽気に表現する術として、都都逸(どどいつ)は川…

祖国の誇り ―アテナイからイギリスへ―

「アテナイ人には愛国心を教えることを要しない。彼らはただ一目アテネの都を見ることによってこの国に対して恋に陥るであろう」 ただでさえ偉大であった古代アテネをいよいよ偉大にした男、かの都市国家に繁栄の絶頂を齎せし導き手として人類史に不朽の金字…