穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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読書

大隈侯と雪ダルマ

まず、原案を自分一手で創り出す。 その次に、主題に据えた分野に於ける専門家らを呼び寄せて、用意の「案」を説き聞かせ、それに対する批評を願う。 「腹蔵なく意見を吐け」と言ってあるから、当然談(はなし)は熱を帯び、火花を散らし時として口角泡を飛…

水に流してさようなら

生産過剰になってしまったキャベツをトラクターで引き潰すのと、原理はおそらく一般だろう。 昭和六年、豚の価格が暴落した際、群馬のとある農家では、小豚を生きた状態のまま利根川まで曳いてゆき、淵をめがけてぶち込んで、あとは知らぬ存ぜぬと、始末をつ…

War Dogs

「植民地の搾取と並んで、戦時軍隊への商品供給といふことが既に古くから資本主義の栄養根の一つとなってゐた。これと同時に戦争への資本供給を土台にして大金融業が発生し、生長し、このものが『戦争か平和か』といふ決定に対して支配的な影響力を獲得する…

食肉はいやだ ─高度経済成長期篇─

トラクターを先鋒に農村にまで機械力が浸透すれば、割を食うのは動物力だ。 何百年、否、ことによると千年以上の昔から「生きた耕耘機」として田に畑に労働した馬たちは、もはや「用済み」の烙印を押され、食肉用に文字通り解体される憂き目に遭った。 (『…

ちくわを生んだ街

焼きちくわの発祥は気仙沼であると云う。 天然の良港で名の高い、東北地方のあの街だ。 明治十五年前後、当地に於いて水産物の加工業を営(や)っていた菅野留之助なる仁が創意工夫を働かせ、アブラザメの身をすりつぶし、ジャガイモと混ぜ、形を整え熱を加…

努力に病んだ男たち

白秋は努力の信者であった。 練習の礼讃者であった。 「継続は力なり」を真理と仰いで微塵の疑念も差し挟まない男であった。 と言うよりも、日夜努力を継続し、綴方の修錬を積んでいなくば不安と恐怖で精神を狂わせかねないやつだった。 ──何に対して。 との…

すべてを焼き尽くす暴力

楽な戦(いくさ)と思われた。 英国陸軍司令部は、そのように政府に請け負った。「完全な軍団が一つ、騎兵師団が一つ、騎乗歩兵が一個大隊、それに輜重兵が四個大隊」、南アフリカにはそれで十分。ボーア人どもを薙ぎ倒すには、その程度の戦力投入で事足りる…

Malignant tumor ―不幸な双子―

たぶん、おそらく、十中八九、畸形嚢腫なのだろう。 にしてもなんてところに出来る。 時は昭和五年、秋。山口県赤十字病院は佐藤外科医長執刀のもと、二十一歳青年の睾丸肥大を手術した。 (Wikipediaより、山口県赤十字病院) 患者にとっては十年来のわずら…

日本、弥栄

日本人の幸福は、その国内に異人種の存在しないことである。 維新このかた一世紀、外遊を試みた人々が、口を揃えて喋ったことだ。 鶴見祐輔、小林一三、煙山専太郎あたり――「有名どころ」の紀行文を捲ってみても、その(・・)一点に限っては同じ感慨を共有…

明治二十年の外道祭文

非常に意外な感がする。 まさか天下の『時事新報』に、「キチガイ地獄外道祭文」を発見するとは。 不意打ちもいいとこ、予想だにせぬ遭遇だった。 明治二十年三月三日の記事である、 「西洋諸国にては遺産相続の際などに、一方の窺覦(きゆ)者が他の相続人…

血で血を洗う

行き過ぎた精神主義が齎す害を、日本人はきっと誰より知っている。 八十年前、骨身に滲みて味わい尽くしているからだ。「痛くなければ覚えない」。苦痛とセットになったとき、記憶は最も深刻に、脳細胞に刻印される。あの戦敗は、計り知れぬ痛みであった。 …

呪わしき凍土

飢餓ほど無惨なものはない。 飢えが募ると人間は容易く獣に回帰する。空き腹を満たすことだけが、欲求の全部と化するのだ。 朝めしはスープを、――それもキャベツと小魚だけがおなぐさみ(・・・・・)程度に浮いている、塩味のスープを飯盒の蓋に半分ばかり…

三島由紀夫と英国紳士 ―「優しさ」の正体への私見―

前々から準備されていたのであろう。 一九三九年九月三日、ネヴィル・チェンバレン首相によって対独宣戦布告が為され、イギリスが戦争に突入すると、さっそく新聞紙面には、 「婚約中の応召者に告ぐ」 などと云う、妙な記事が出現(あらわ)れた。 (これは…

昇進お断わり ―日本の場合、イギリスの場合―

三井物産は日本最初の総合商社だ。 海外への進出も、当然とりわけ早かった。 明治十二年にはもう、英国首府はロンドンに支店を開いてのけている。 大久保利通が紀尾井坂にて暗殺された翌年だ。まずまず老舗といっていい。その歴史あるロンドン支局に、これま…

サイケデリック・ホライズン ―トリップする未開民族―

大正時代の人間が、いったいどうして、どうやって、どんな経路でこんな知識を仕入れたのだろう。 度々思うが、今回のはひとしお(・・・・)である。 クスリに関することどもだ。 もちろん「麻」のつく方である。 柴田桂太が書いていた、ベニテングダケでト…

露人の見た韓国の原風景

戦争も商売も、成否は「諜報」の一点に在る。 「密偵に費やす金は最も巧みに運用されたる金である。政府がこれを支出するに吝かなるは、怠慢の極致と評すべし」――不朽の名著『外交談判法』中で、フランソワ・ド・カリエールは斯く述べた。 「復讐は武士の大…

歳末雑話 ―追いつけ、追い越せ、進み続けよ、どこまでも―

ふと気になった。日本国の風景に自動販売機が溶け込んだのは、いったい何時頃からだろう? 楚人冠の紀行文を捲っていたら、 …チョコレートの自動販売機があるので、これへ十銭投(ほふ)りこんだが、器械が故障で、チョコレートは出ない。 こういう条(くだ…

同愛会夜話 ―内鮮融和のむなしさよ―

同愛会は朝鮮人団体である。 墨田区本所に本部があった。 大正十五年師走のある日、大きな荷物を携えた日本人青年が、この同愛会本部を訪れている。 どういうアポも、紹介状の用意もない。一見の客の脈絡のない訪問である。疑惑の視線を隠そうともせぬ受付に…

お国の大事だ、金を出せ ―債鬼・後藤象二郎―

新政府には金(カネ)がない。 草創期も草創期、成立直後の現実だった。 およそ天地の狭間に於いて、これほどみじめなことがあろうか。国家の舵を握る機関が無一文に等しいなどと、羽を毟られた鶏よりもなおひどい。まったく諷してやる気も起きないみすぼら…

諭吉と西哲

福澤諭吉の言葉には、西哲の理に通ずるものが多少ある。 たとえばコレなどどうだろう。 増税案の是非をめぐって起こした――むろん『時事新報』上に――記事の一節である。 本来人民の私情より云へば一厘銭の租税も苦痛の種にして、全く無税こそ喜ぶ所ならんなれ…

裸の交渉 ―青木建設創業夜話―

外交にせよ、商談にせよ。まずふっかけてかかるのが交渉術の基本とされる。 過大な条件を突き付けて、そこから徐々に妥協点を探ってゆくのが即ち腕の見せ所であるのだ、と。 近年のサブカル界隈にもまま見られる描写であった。 有名どころでは『スターダスト…

男にとっての最大鬼門

フレデリック・ショパンは恋人を捨てた。 「捨てた」としか表現しようのないほどに、それは唐突かつ一方的な別れであった。 (Wikipediaより、フレデリック・ショパン) 原因は、益体もない。 あるささやかな集まりで、自分に先んじ他の男に椅子を勧めた。 …

日仏変態作家展 ―続・身を焼くフェチズム、細胞の罪―

ボードレールが吉良吉影を知ったなら、おそらく彼の名ゼリフ、 自分の「爪」がのびるのを止められる人間がいるのだろうか?いない…誰も「爪」をのびるのを止めることができないように…持って生まれた「性(さが)」というものは 誰も おさえる事が できない……

奸商、姦商、干渉ざんまい

西暦一六四一年、江戸時代初期、三代将軍家光の治下。寛永の大飢饉がいよいよ無惨酷烈の極みへと達しつつあったその時分。幕府の命で、三十人の首が斬られた。 比喩ではない。 そっくりそのまま、物理的な意味で、である。 彼らに押された烙印は「奸商」ない…

濠洲小話 ―ファースト・フリート―

見方によってはアメリカ独立戦争こそが、オーストラリアの産婆役であったと言える。 (Wikipediaより、レキシントンの戦い) 一七七五年四月十九日、開戦の号砲が鳴る以前。イギリスからは毎年およそ千人前後の囚人が、北米大陸に送り込まれる「流れ」があっ…

夢と現の境界 ―第十五號患者の記録―

お見舞いとして贈られた汁気たっぷりなフルーツを、 「それは銅で出来ている!」 と、顔じゅうを口にして絶叫し、一指も触れずに突っ返す。 (たわわに実った甲州葡萄) 曲がり角に突き当るたび、その蔭に、ドリルを構えて待ち伏せしている医者の姿を幻視し…

プッチ神父とトーマス・エジソン ―発明王の生命哲学―

あれは結構好きだった。 ホワイトスネイクがスポーツ・マックスに説いて聴かせていた話。 地球上でどれほどの死と、どれほどの生が循環しようと、「魂」の総量は常に一定、増えてもなければ減ってもいない。 永遠の均整を保ち続けているのだと、そんな趣意の…

紅葉館の霹靂 ―伊藤博文、大激怒―

「望月ッッ」 その日、紅葉館に雷が落ちた。 紅葉館――東京・芝区に存在していた超高級料亭である。 「金色夜叉」の作者たる文豪・尾崎紅葉が、ペンネームの元ネタとした建物だ。 (Wikipediaより、紅葉館) 隅々まで職人の心配りが行き届いた純和風の邸内。…

愚行欲求、脱線讃歌 ―自由な国の民のサガ―

エマーソン曰く、自由な国の民というは自己の自由を実感するため、意識的にせよ無意識的にせよ、時折わざと間違ったことを仕出かしたがる生物だとか。 正直なるほどと頷かされた。 ウィリアム・バロウズ――例の「薬中作家」(ジャンキーライター)その人も、…

英国印象私的撰集 ―エマーソンの眼、日本人の眼―

イギリスは、誰から見てもイギリスらしい。 前回にて示した如く、びっくりするほど多いのだ。十九世紀中盤に彼の地を歩いたエマーソンの見解と、二十世紀初頭にかけて訪英した日本人の旅行記に、符合する部分が凄いほど――。 たとえばエマーソンの時代、こう…