穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

読書

福澤諭吉の戦争協力 ―『日本臣民の覚悟』―

引き続き、『学府と学風』に関して記す。 前回は書き込みばかりで少しも内容に触れられなかった。 今回はここを補ってみたい。 本書の中で小泉は、よく日清戦争の当時に於いて福澤諭吉が如何な態度を示したかを引き合いに出す。現在進行形で支那を相手に戦火…

ジョン・ラスキンのシェイクスピア評

セシル・ローズの恩師に当たるジョン・ラスキンは、あるときシェイクスピアの作品群を批評して、 「碌な男がいない。この中にはただの一人も、大丈夫がいないのだ」 と吐き捨てた。 (Wikipediaより、ジョン・ラスキン) ラスキンの眼光にかかれば、たとえば…

大切小切ものがたり・後編 ―その始末―

慈悲に縋ろうとした。 だが拒絶された。 ならば力に訴えて、無理矢理にでも然諾を引き出すより他にない。 (先祖代々、我らはそうして生きて来たのだ) それを想うと、血が酒に変わるほどのくるめきを感じる。 甘美な陶酔というものだろう。この陶酔は、家を…

浜名湖小話 ―「ゆるキャン△」二期に向けての予習―

日に日に機会が増えている。 『ゆるキャン△』アニメ二期の広告を目にする機会が、だ。 漫画で予習は済んでいる。一期が思い切りツボに嵌ったいきがかり上、手を出さずにはいられなかった。アニメから原作にポロロッカする、典型的な例であろう。 就中、五巻…

隼の特攻 ―占守島血戦綺譚―

三十余年を過ぎてなお、その情景は細川親文軍医のまぶたに色鮮やかに焼き付いていた。 敗戦の前日、昭和二十年八月十四日の朝早く。彼の勤める第十八野戦兵器廠チチハル本部の営門に、魔のように飛び込んだ影がある。 将校一人と兵卒三人、いずれも埃まみれ…

平岡熙ものがたり ―巾着切りか大老か―

大正帝が未だ明宮(はるのみや)殿下と呼ばれていた年少の折。 御巡覧あそばされた鉄道局にて、特に脚を留め置かれた一室があった。 その部屋には、未来(・・)が溢れていたのである。日本どころか米国にも未だ存在しないであろう、新発想の機関車・客車・…

三四半世紀 ―75年目―

八月十五日である。 多くは語るまい。 ただ、この日にこそ開くに相応しい本がある。 以下を縁(よすが)に、共に先人を偲んでくれればありがたい。 身はたとえ南の孤島に朽ちるとも永久に護らん神州の空義烈空挺隊 新藤勝 何時征くか何時散るのかは知らねど…

迷信百科 ―古銭の魔力―

いくらお金(かね)がありがたいモノだからといって、一万円札を刻んで炊いて粥にして喰えば頭脳(あたま)の回りが良くなると、本気で信じる馬鹿はいない。 そんなことをしても福澤諭吉の天才に肖(あやか)れるわけがないであろう。敢えて論ずるまでもない…

偉大なる勝利のために ―続々・ドイツ兵士の書簡撰集―

前線に在る多くの兵士が認めることを余儀なくされた。 戦争は変わった、という事実を、である。 ハンス・ブライトハウプトもまた、高い授業料を支払って、教訓を得た一人であった。 私たちははじめは、ほとんど子供のやうに真正直に正攻法によって攻撃しまし…

アイルランドのタウセンド ―人の未知なる部分について―

寝つきの悪さに悩まされている。 ここのところ、どういうわけか夜中布団に入っても、なかなか「眠り」が訪れてくれず、一時間以上も瞼の裏の闇を見つめて悶々とすることが多いのだ。 おかげで日中でも思考がときに粗雑化し、集中を保つのが難しくなり、この…

赤木しげると上野陽一 ―「まとも」の不在を説いた人々―

自分探しがしたいのならば、精神病院を見学しに行くといい――。 そう奨めたのは産業能率大学創始者、「能率の父」上野陽一その人だった。 (何を言い出すんだ、この男) 私は面食らう思いがした。至極順当な反応だろう。が、話の続きを聴くにつれ、懐疑は次第…

直木三十五の大阪評 ―遠き慮りなき者は、必ず近き憂いあり―

「朝は早く、夜は遅く」――。これこそが、昭和十三年までの日本の商店のモットーだった。 鶏鳴暁を告ぐる以前に店を開け、草木の寝息を聞き届けてから漸くのこと暖簾を入れる。早朝から深夜までの超長時間営業。しぜん、従業員への負担は並大抵のものでない。…

北海道の「ルンペン汽車」 ―心に余裕なき世界―

そのころの札幌市に、「ルンペン汽車」というものがあった。 なにしろ冬の北海道の寒さときたら、お世辞にも人間の生存に適しているとは言い難い。 家なく職なく寄る辺なく、やむにやまれず路上生活を営んでいる人々が、十分な防寒手当てを用意できるはずも…

リアル『ドグラ・マグラ』 ―式場隆三郎のコレクション―

18世紀のイギリスで、その紳士はちょっとした名物男として名を馳せていた。 グローリング卿と呼ばれるその人物を一躍紙上の人としたのは、彼が極端な女嫌いという、その天性の性癖による。 いや、その烈しさは「嫌い」などという微温的な表現で済まされるよ…

アスキスと河合栄治郎 ―日英の自由主義者たち―

高橋是清、吉野作造、下村海南、武藤山治、柳田国男――。 昭和二年刊行の『経済随想』には実に多くの著名人が名を連ね、思い思いの切り口で時局を論じているのだが、中でも私をいちばん仰天させたのは、河合栄治郎の「自由主義」なる小稿だった。 彼の言を信…

交通事故と大麻の関係 ―ウィリアム・バロウズの警告―

嗜好用大麻の合法化された合衆国の各州で、交通事故の発生件数が上昇傾向にあるらしい。 この事態を重く見た当局は、飲酒運転ならぬ「ハイ運転」の予防に乗り出し、被検者の呼気にどれどほどの大麻成分が含まれているかを検査する機器・「カンナビス・ブリー…

ヒトラーとメタクサス ―「平和的解決」を望んだ人々―

前回までの流れを汲んで、もう少しギリシャ・イタリア戦争を眺めたい。 初戦に於いて、ギリシャは確かに勝利した。 それもただの勝ちではない、快勝だ。雪崩れ込んで来たイタリア軍を国境外へ叩き出し、更にアルバニア南部までをも占領する大戦果。 しかしな…

ムッソリーニの大誤算 ―ギリシャ・イタリア戦争の内幕―

ギリシャは海運で栄えた国である。 国内にこれといって見るべき産業を持たない彼の国が、それでも富を求めるならばそれ以外の選択肢はなかったろう。『アサシンクリード オデッセイ』中で描かれたように、遥か紀元前の古代から優れた造船技術を有し、美しき…

預言者郷里に容れられず ―クリスマスに因んだ小噺―

折角のクリスマス・イヴである。 清しこの夜にあやかって、イエス・キリストにまつわる小噺でもさせてもらおう。 イエス様が神の子たる自分自身を発見し、この地上を救済すべく方々で奇蹟をふるまいながら伝道に努めていた頃のこと。彼の足は、たまたま生ま…

原田実、英国にて舌禍事件を目撃す ―「世界中で最も立派な国である」―

その少女の作文は、同時期に発表された如何なる英国文学の大論文より甚だしく世を揺さぶったと評された。 1935年5月16日、マンチェスターのセント・ポール女学校に通うモード・メイスンなる13歳の一生徒が、皇帝戴冠25周年を記念するため出題された、「我が…

原田実という男 ―世界に誇る日本人―

立ち読み中にふと目についた、 ――自分の経て来た生涯のどの部分を顧みても愉快に率直に過ごせたとは思へない という一文に惹かれた。 いかにも私好みの、厭世的な香りがする。 それがこの、昭和十六年刊行、原田実著『閑窓記』を購入した主因であった。 果た…

身を焼くフェチズム、細胞の罪

1911年、英国ロンドンにたたずむセント・メリー病院に、一人の女性が駆け込んだ。 頻りに胃の不快感を訴える彼女を診察してみると、確かに腹の上部に於いて、異様な手応えの瘤がある。 早々と手術の日取りが決まり、いざ腹腔を開いてみると、予想だにしない…

文明開化珍談二種

明治初頭、急激に押し寄せた文明開化の大波に人心がとても追随しきれず、結果数多くの狂態が――病院のベッドを実見した民衆が、これは人間を丸焼きにして「毛唐ども」に喰わせる装置に違いないと思い込み、積極的自衛策として先に病院に火を放つ、といったよ…

偉人にまつわる紫煙の逸話

イングランドの大哲学者、トマス・ホッブズは非常なタバコ好きでもあった。 彼の仕事机の上には、常に十二本のパイプが並べられていたという。ペンを取るより先に、これらパイプにタバコの葉を詰めるのが、いわば彼の日課であった。 つまり物を書いている最…

生臭坊主の化け医者遊び

織田信長が比叡山を焼き討ちした際、突き殺されて炎の中に投げ込まれた死体の中に、数百の女子供が混じっていたのは有名な話だ。 多くの聖域がそう(・・)であるように、王城の鬼門封じに相当する至高至尊のこの巨刹にも、女人禁制の結界が張られているはず…

夢路紀行抄 ―葦名流 対 二天一流―

夢を見た。 『隻狼』の葦名一心と、『刃牙道』の宮本武蔵が立ち合う夢だ。 どうしてそうなったか、経緯についてはよく憶えていない。 確か私の夢世界では武蔵は一心の食客で、彼の屋敷で起居する身分であったのだ。 その武蔵がふとしたことから同じ食客の一…

実在した秘技「根止め」 ―大日向五郎左衛門の勇―

夢枕獏原作、板垣恵介作画の傑作格闘漫画『餓狼伝』には「根止め」なる特異な技が登場する。 古武道・拳心流の秘技として位置付けられるこの技は、対手の口中深くにまで拳を突っ込み気管を塞ぎ、窒息せしめるという殺人技で、同流派の八代目師範・三戸部弥吉…

匣の中の娘たち

アニメ『魍魎の匣』を視聴したときの衝撃は、今でもはっきり思い起こせる。 なにしろのっけから箱詰めにされた美少女の生首が登場するのだ。ましてやその生首の眼がくるくる動き、唇を開いて声さえ発する――生きているとあっては、度肝を抜かれぬわけにはいか…

都都逸撰集

赤い顔してお酒を呑んで今朝の勘定で蒼くなる 人の営みの普遍性に感じ入るのはこういうときだ。人間とは似たような愚行を性懲りもなく重ねつつ、歴史を編んでゆくものらしい。 人情の機微を赤裸々に、しかも陽気に表現する術として、都都逸(どどいつ)は川…

野球に熱狂するひとびと ―戦前戦後で変わらぬ熱気―

一 戦運我れに拙くて無残や敵に屠られぬつづみを収め旗を巻き悄然として力なくいくさの庭を退(しりぞ)きし今日の悲憤を如何にせむ。 一見軍歌か何かのような印象を受けるが、これは紛うことなき野球の歌だ。 戦前、東大内部のリーグ戦に於いて不敗を誇った…