穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

読書

実在した秘技「根止め」 ―大日向五郎左衛門の勇―

夢枕獏原作、板垣恵介作画の傑作格闘漫画『餓狼伝』には「根止め」なる特異な技が登場する。 古武道・拳心流の秘技として位置付けられるこの技は、対手の口中深くにまで拳を突っ込み気管を塞ぎ、窒息せしめるという殺人技で、同流派の八代目師範・三戸部弥吉…

匣の中の娘たち

アニメ『魍魎の匣』を視聴したときの衝撃は、今でもはっきり思い起こせる。 なにしろのっけから箱詰めにされた美少女の生首が登場するのだ。ましてやその生首の眼がくるくる動き、唇を開いて声さえ発する――生きているとあっては、度肝を抜かれぬわけにはいか…

都都逸撰集

赤い顔してお酒を呑んで今朝の勘定で蒼くなる 人の営みの普遍性に感じ入るのはこういうときだ。人間とは似たような愚行を性懲りもなく重ねつつ、歴史を編んでゆくものらしい。 人情の機微を赤裸々に、しかも陽気に表現する術として、都都逸(どどいつ)は川…

野球に熱狂するひとびと ―戦前戦後で変わらぬ熱気―

一 戦運我れに拙くて無残や敵に屠られぬつづみを収め旗を巻き悄然として力なくいくさの庭を退(しりぞ)きし今日の悲憤を如何にせむ。 一見軍歌か何かのような印象を受けるが、これは紛うことなき野球の歌だ。 戦前、東大内部のリーグ戦に於いて不敗を誇った…

不義密通の報い也 ―火刑、八つ裂き、生き晒し―

時は中世ヨーロッパ。愛妻家で知られたとある貴族は、しかし妻の浮気を知るに及んでそれまでの性情を一変させた。 彼は妻を捕らえると、その歯を一本残らず引き抜いて、治療もせずに壁の中のわずかな隙間に監禁し、そのまま死ぬまで放置したのだ。 身じろぎ…

毒の不思議な魅力について ―ストリキニーネ、及びクラーレ―

世にも不幸なその事故は、1896年、イギリスに於いて発生した。 今でいう製薬会社に勤務する一社員が、薬瓶のラベルを貼り間違えてしまったのである。 それも風邪・頭痛薬として広く用いられていたフェナセチンと、劇薬たるストリキニーネのラベルを、だ。 こ…

伊賀の国の「三百祝い」

伊賀の国に「三百祝い」なる古俗がある。 兄弟姉妹の年齢を合算してその数「三百」に達すると、酒肴を用意し一門の古老を賓客として招待し、しめやかな宴を開くのだ。 単純だが、この条件を満たすのは、なかなか容易なことでない。 昔は平均寿命の短さから、…

迷信百科 ―インド今昔殺人奇譚―

つい先日、インド東部の某村で一家四人が撲殺されるという事件が起き、しかもそれが「村の災いの元凶はあの一家」とまじない師に告げられて、押しかけた十数人の村人達による犯行だったという事で、そのあんまりにもな奇抜さから一部ネット界隈を騒がせた。 …

夢のニカラグア運河

私が「ニカラグア」の名を知ったのは、PSPのゲームソフト、『メタルギアソリッド ピースウォーカー』がきっかけである。 知っての通りこの作品にはソモサ政権(ニカラグアを四十三年に亘って支配し続けた独裁政権)の打倒を目指し、コスタリカで活動を続ける…

一八五四年、幻の琉球占領 ―紙一重の歴史―

開国以来、多くの日本人がアメリカ合衆国を訪れた。 留学なり、観光なり、事業なり、その動機はまちまちだ。やがて時代が下って来ると、彼の地で演説ないし講演を行う日本人とてちらほら現れるようになる。 そんなとき、劈頭一番、彼ら弁士が話のすべりをよ…

吉村九一の見た「人食い族」

『南洋狩猟の旅』に描かれているのは吉村九一と猛獣たちとの、狩るか狩られるかの壮絶な闘争ばかりではない。 舞台となった南洋の島々――そこに生きる、所謂原住民たちの暮らしぶりの描写にも、少なからぬ紙面を割いているのだ。 中でもかつての人食い族、ニ…

アミアンのピーター ―Peter of Amiens―

またの名を、「隠者ピエール」。 なにやらダークソウルにでも登場しそうな名乗りだが、歴とした実在の人物である。 ある意味で、中世ヨーロッパ屈指の弁舌家といっていい。 なにしろ彼は、あの(・・)十字軍の先導者だ。 およそ200年にも及ぶ、聖地奪還を大…

デモステネスの大雄弁 ―下・その最期―

デモステネスとは、いったい何者なのだろうか。 崩れ落ちんとする前時代の社稷を支えたいが一心で、物狂いしたように叫びまわり駈けまわり、あくまでも新体制を拒絶する――。 狂瀾を既倒に廻らさんと憑かれたように足掻いてのける、この種の保守的情熱の持ち…

デモステネスの大雄弁 ―中・信念編―

他の一切を犠牲にし、我が身の骨すら縮めるような、これらおそるべき修練の跡から後世の批評家たちの中にはデモステネスを天才と認めず、ただひたすらな努力の人と論断した者とて少なくない。 だが、才能とは持続する情熱のことを言うであろう。 その観測に…

デモステネスの大雄弁 ―上・修練編―

ギリシャ文学の研究がホメロスを抜きにしては成り立たぬように、当時の雄弁を語る上で、どうしても避けて通れぬ名前がある。 デモステネスがそれである。 (Wikipediaより、デモステネスの胸像) この男がアテネの生んだ最大の雄弁家であることは間違いない…

春月による「自然愛」分析

感傷の詩人・生田春月は自然愛の源を大きく二つに分けている。厭離の心と、人間憎悪だ。 厭離の心は、人間憎悪の心では決してない。けれど、自然愛は、人間憎悪の反動である場合もある。例へば、バイロンの如きである。そして、西洋の詩人には、この方がむし…

「いよいよ敗戦国らしくなってきた」 ―二つの「戦後」を見た男たち―

大東亜戦争の激化につれて上野動物園で飼育されていた猛獣たちが殺処分を受けたことは、土家由岐夫の『かわいそうなぞう』等によって有名だが、同様の事態は欧州大戦当時のドイツに於いても起きていた。 貴族院勅選議員、大阪商工会議所会頭、稲畑勝太郎がそ…

日露戦争戦死者第一号・伊藤博文 ―後編・下―

やや話は脇道に逸れるが、この杉山の観測とよく似たモノを抱いていた人物を思い出したので触れておきたい。 「日本資本主義の父」、渋沢栄一その人である。 (Wikipediaより、渋沢栄一) 上記の異名をとるだけあって、渋沢は大日本帝国の資本主義的能力を極…

日露戦争戦死者第一号・伊藤博文 ―後編・上―

長州人で「桂」と聞くとどうしても、桂小五郎――木戸孝允――の名前の方がまず浮かぶ。 (Wikipediaより、木戸孝允) 晦渋な顔をした男である。 このイメージが先行するあまり、ともすればもう一人の「桂」の方とごっちゃになって、太郎(・・)を小五郎(・・…

日露戦争戦死者第一号・伊藤博文 ―中編―

「軍備は無論装飾である、但し美術的に於てでなく、威力的に於て装飾である」 明治三十四年刊行の、橋亭主人著『兵営百話』に於ける一節である。 模範的といっていい。少なくとも近代国家に於て、「軍」とは斯くの如き位置付けを受けるべきものだ。 伊藤博文…

日露戦争戦死者第一号・伊藤博文 ―前編―

裏面に杉山茂丸の策動があったとされる事件・政変の類はまったく枚挙にいとまがないが、わけても特に大規模であり有名なのは、やはり児玉源太郎・桂太郎と手を組んで、日本の前途を、やがて対露戦争へと至らしめるべく導いてのけた政治劇の一幕だろう。 満洲…

生死の境の陶酔の味

血を抜いた。 およそ三ヶ月ぶりの、400mL全血献血。 体内から一気に血が失われると、なにやら得も言われぬいい気分になる。 戦場で重傷を負った兵士が、ときにその意識を蕩けさせ、恍惚のあまりあらぬことを口走ったりするのは軍記物等でまま見かける描写で…

決闘考察 ―「男の世界」―

ヨーロッパの紳士たちにとって、決闘こそが問題の最終的解決法だった時代があった。 それもそう遠い昔の話ではない。帝政ドイツの立役者、鉄血宰相ビスマルクでさえ、若輩の時分はそれをやった。ほとんど日常的にした。この男のゲッティンゲン大学在籍時に於…

五感の喪失

五月七日、地球の軌道が緑色の大流星群のなかを通過した。ところがその翌朝、流星を目撃した地球上の人間はすべて視力を破壊されて盲(めくら)になるという椿事がもちあがった。いまや目明きの人間は、なんらかの事情で流星を見なかった、ごく少数の人間に…

百姓と云ふもの、その保守性

ぐずついた天気だ。 雨は降ったり止んだりを繰り返している。 しかし天から落ちてくるのが水滴ならばまだマシだろう。去る五月四日、山梨では広い範囲で氷が降った。 雹である。 それもかなり大粒の。 以来同様の現象は断続的に発生し、つい一昨日にも激しく…

高橋ダルマの手のひら返し ―後編・嗚呼無我天真の政治家よ―

第三十第内閣総理大臣斎藤実という人は、どうやらかつての海軍大臣斎藤実とは別の人であったらしい。 シーメンス事件で大臣職を辞して以来、久方振りに政治の表舞台へ舞い戻って来た彼を目の当たりにした人々は、一様にそんな印象を受けた。 (Wikipediaより…

斬首戦術

外科手術に喩えられるほどの鮮やかさで敵中枢の刈り取りを行い、一ツ意思のもと統制された軍集団を単なる群衆――個々人が寄り集まっているに過ぎない烏合の衆に戻してしまう。『幼女戦記』の主人公、ターニャ・デグレチャフが得意とする手口――通称「斬首戦術…

朝鮮の春、泥の海 ―『予ガ参加シタル日露戦役』―

大日本帝国陸軍中将、多門二郎の著書『予ガ参加シタル日露戦役』を読んでいる。 ほぼカタカナと漢字のみで構成された文章で、慣れ親しんだ平仮名がないため読解は思うように捗らず、ただならぬ苦労を要するが、それを忍んででも読む価値のある一冊だ。 私が…

迷信百科 ―隕石・化石―

「空から石が降ってくるなどということより、あのふたりのヤンキーの先生がたが嘘をついているというほうがまだ信じやすいね」 トーマス・ジェファーソン大統領 ニューイングランドに落下した隕石の報告を聞いて アーサー・C・クラークの著書、『神の鉄槌』2…

静かなる書庫の奥から

私が古書蒐集癖に目覚めたのは、忘れもしない、大学生の頃である。 私の専攻は日本史で、その日はレポート作成の史料を求めて大学図書館の書庫に入った。 あの沈殿した空気、心地のよい狭苦しさ、今でもはっきり思い出せる。光量の乏しさと人気なきゆえの静…