穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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歴史

瀬戸内綺譚 ─これぞ日本の地中海─

かつて、ロシア人の眼に、瀬戸内海は「河」と映った。 明治三十七、八年役、日露戦争のさなかに生まれた、割と有名な巷説である。 投降し、捕虜となったロシア兵らを御用船にて移送中、この内海へと舳先が入りかけたとき。 彼らの一人がさも感じ入った面持ち…

一寸先は常に闇

初期も初期の報道(しらせ)では、甲府もついでに壊滅したとされていた。 江ノ島が沈んじまっただの、富士が崩れ落ちただの。 大正十二年九月一日の大震災は、地震というより天地創造の再開として海外諸国に伝えられた感がある。 (Wikipediaより、関東大震…

War Never Changes

ずっと危惧され続けたことだ。 「太平洋の両岸に根を蔓延らせる二大国。旭日旗と星条旗、日本国とアメリカは、結局のところいつか一戦交えぬ限りとてもおさまりっこない、激突を宿命づけられた関係なのではあるまいか?」 昭和どころか大正以前、明治四十年…

坊主も詩人も誰も彼も

まさに総力戦である。 僧侶も、文士も戦場へ征き、敵陣めがけて弾丸(タマ)を撃ち、盛んに殺し・殺されをした。 一次大戦下に於けるフランスの事情を述べている。開戦のベルが打ち鳴らされてものの一年を経ぬうちに、聖職者の身で銃を執り、法服を戎衣に改…

銀輪回顧

ちょっと人力車めいている。 自転車タクシーとかいった風変わりな代物が第二次世界大戦下、ヴィシー政府のフランスの地に現出(あらわ)れた。 まあ、八割方、名から察しはつくであろうが、自転車に少々手を加え、後から荷車を連結せしめ、一人か二人、客を…

されど学者に祖国あり

普仏戦争の敗北は、フランス人の精神に重大なる影を落とした。 首都を囲まれ、干しあげられて、動物園の獣を喰って、なお足らず、犬猫ネズミをソテーにしてまで継続した抵抗は、結局何も実を結ばずに、彼らはプロシャの軍靴の前に膝を屈する恥辱に遭った。 …

幸福と不幸 ─分水嶺を見極めよ─

タウンゼント・ハリスの名前は果たして歴史教科書に掲載されていたろうか? 筆者の記憶は、この点ひどく曖昧である。個人的には記載されるに値する名前であると信ずるが、さて。 (Wikipediaより、タウンゼント・ハリス) ぜんたいハリスとは何者か。 試験で…

ナイルの恵みは俺のもの ─スーダン総督暗殺事件─

英国人が考えた。 そうだ、ゲジラ地方を灌漑しよう。 スーダンの地図を眺めながら考えた。 (ゲジラ(ジャジーラ)州位置) 青ナイルと白ナイル、双(ふた)つの大河に挟み込まれたあの場所は、現在でこそ一面不毛の砂漠なれども、手を加えれば見違えるほど…

終末予言は此処に成り

世界のすべてを巻き込んだ、人類最初の大戦争の期間中。 前線の悲惨な状況が銃後に浸透するにつれ、一般国民大衆の心理上にもあからさまな物狂いの兆候が、そこかしこに見えだした。 (viprpg『フレイミング リターンズ』より) 帝政ドイツでいっときながら…

新参神格「孫逸仙」

今更敢えて鹿爪らしく言うまでもない事実だが、人間は死後、神になり得る。 遺された者、弔う者らが死者を神座へ押し上げる。 大変な作業だ、人手は多ければ多いほどいい。 徳川家康が大権現に、 豊臣秀吉が大明神に、 菅原道真が天神様に、 それぞれ祭りあ…

工匪跳梁、大陸赤化プレリュード

軍閥打倒・支那統一の方便として、孫逸仙は赤色ロシアと手を組んだ。 モスクワが、コミンテルンがこの繋がりにどれほど執心していたか。ものの数年を出でずして送られて来た「顧問」の数が物語る。 軍事、教育、政務等々、各方面に合わせて二百人超だ。二百…

美しき封建律

人を殺ったら鉱山(ヤマ)に逃げ込め。 腕に覚えのある技師にとり、鉱山(ヤマ)は格好の逃避先、奉行所の詮索も届かない、藩邸同様ある種の治外法権だ。──… 江戸徳川の世に於いて、異常な速度で発達を遂げ来たった観念である。 山の腸(はらわた)、暗くう…

共和国に死の香り

占領からものの三ヶ月内外で、五十人もの死者が出た。 一九二三年、フランス・ベルギー軍によるルール占領を言っている。 同年四月十日に於けるヴィルヘルム・クーノの演説内容に則る限り、どうもそういうことになる。ワイマール共和国の首相閣下は、その日…

開戦十年、ベルリンの喪

一九二四年八月三日、ドイツ国民は巨大な弔事の中に居た。 欧州大戦勃発の十周年記念日である。 この日、ベルリン市に於けるあらゆる公共施設にはこぞって半旗が掲げられ、市民はそれを仰ぎ見て、逝ける偉大な帝国へ、とむらいの意を露わにしたるものだった…

カイザー、フューラー、「ひとでなし」

交戦期間が長引くにつれ、当事国の民衆はもはや互いに相手のことを同じ人類種であると認識できなくなってゆく。 しょせん獣(ケダモノ)、人の皮を被った悪魔、何百万人死のうともただ一片の憐憫たりとて恵んでやるに価せぬ、ただ粛々と屠殺さるべき畜生風情…

尼港事件を忘れるな

本能寺の変の報を受けた際、黒田官兵衛は秀吉に 「これで殿のご武運が開けましたな」 とささやいた。 ビスマルクもまた、社会主義者の手によって皇帝暗殺未遂事件が発生したと告げられて、咄嗟に口を衝いて出た運命的な一言は、 「よし、議会を解散させろ」 …

血の雨、涙の谷

すべてが齟齬した、としか言いようがない。 「一年前携へて来た三百羽の軍用鳩は本年一月から三回も実戦に応用して居るがシベリアは鷹が多いので折角通信の為めに放った鳩は途中で鷹に捕はれて了ふ」 上の記録は大正九年、ウラジオ派遣軍野戦交通部附として…

同時代評 ─人種差別撤廃提案─

一九一九年、パリ講和会議に日本委員が持ち込んだ「人種差別撤廃提案」と、それが結局、否決に至るまでの間。一連の流れというものは、当時に於いてもかなり注目の的だった。 ほとんど固唾を呑むようにして。──実に多くの日本帝国国民が、その動静を窺ってい…

リバティ・ステーキ ─合衆国の言葉狩り─

戦争が如何に理性を麻痺せしめ、精神の均衡を失わしめる禍事か。それを示す最も顕著な現象として、交戦相手の国語に至るまでをも憎む──「敵性言語」認定からの言葉狩りが挙げられる。 (Wikipediaより、「キング」改め「富士」) 人類が犯し得る中で、最低レ…

知られざる親日家 ─ドイツ、ルドルフ・オイケン篇─

ルドルフ・オイケン。 ドイツ人。 哲学者にしてノーベル文学賞の受賞者。 第一次世界大戦の突発さえ無かったならば、この碩学は一九一四年八月下旬に日本を訪(おとな)う予定であった。 (Wikipediaより、ルドルフ・オイケン) 経路(ルート)は専ら陸路を…

「我関せず」は許されぬ ―阿鼻叫喚のベルギーよ―

戦争の長期化に従って「心の余裕」を加速度的になくしていった国民は、一にベルギー人だろう。 なんといっても「教皇」にすら噛みついている。 第一次世界大戦期間中、ベルギー人の手や口は、屡々当時のローマ教皇・ベネディクトゥス15世批難のために旋回し…

愛国者たち ―フランス、エミール・ブートルー篇―

「平安・繁栄・名誉・進歩の実現せられる時代を吾々に与へやうとして父祖は己を犠牲にしたのである。吾々は父祖を裏切ることはできない。父祖が吾々の為に遺した生命と偉業との精神を維持することを吾々は父祖の為に努めねばならぬ。換言すれば民族的精神・…

すべてを焼き尽くす暴力

楽な戦(いくさ)と思われた。 英国陸軍司令部は、そのように政府に請け負った。「完全な軍団が一つ、騎兵師団が一つ、騎乗歩兵が一個大隊、それに輜重兵が四個大隊」、南アフリカにはそれで十分。ボーア人どもを薙ぎ倒すには、その程度の戦力投入で事足りる…

抜錨まで ―黒船来航前夜譚―

それは到底、見込みのない挑戦だと思われた。 マシュー・ペリーを司令に置いた艦隊編成の目的が「日本遠航」にあるのだとひとたび公にされるや否や、各新聞社は「すわ特ダネぞ」とこぞってこれを書き立てた。 主に悲観的なニュアンスで、だ。 (フリーゲーム…

アカの犬

地獄の、悪夢の、絶望の、シベリア捕虜収容所でも朗らかさを失わぬ独軍兵士は以前に書いた。「我神と共にあり」と刻み込まれたバックルを身に着けお守り代わりとし、軍歌を高唱、整々として組織的統制をよく保ち、アカの邪悪な分断策にも決して毒されなかっ…

トリコロールは不安定

フランスは難治の国なのか? 短命政権の連続に、しばしば暴徒と化す市民。 彼の地の政情不安については明治期既に名が高く、陸羯南の『日本』新聞社説にも、 ――仏人は最も人心の急激なる所、近二十一年間に内閣の交迭せる、前後二十八回の多きに及ぶ。 この…

志士の慷慨 ―不逞外人、跳梁す―

外国人に無用に気兼ねし、何かと腰が低いのは、日本政府の伝統である。 明治政府もそうだった。 昨今取り沙汰されると同様、日本人が相手なら些細なルール違反でもビシバシ取り締まるくせに、外国人の違法行為に対しては、遠慮というか妙な寛大さを発揮して…

日本の眠りが覚めた街

心に兆すところあり、浦賀を歩くことにした。 駅から出て暫くは、目前の大路、浦賀通りに添い、進む。左手側の空間を浦賀ドックの巨大な壁が圧している道だった。 ドックの壁にはこのように、 浦賀の歴史を象徴的に描き上げた看板が、幾つか掲げられていた。…

プロパガンダ ―ペンは一個の兵器也―

日露の仲が急速に殺気を孕みはじめた時分――。 二葉亭四迷は誰に頼まれたわけでもなしに、全然己一個の意志で単身シベリアへと渡り、彼の地に俄然集結中の帝政ロシアの軍の規模、兵装の質、統制如何、士気の充実はどうだのと、彼らについてのありとあらゆる情…

Return to normalcy

筆者(わたし)の中でハーディングが、今、熱い。 左様、ウォレン・ハーディング。 第二十九代アメリカ合衆国大統領。 共和党所属。 魅力的な人物だ。 (Wikipediaより、ハーディング) 彼の演説、あるいは談話を発掘すればするほどに、否が応にも興奮募り、…