穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

歴史

アメリカ三題 ―楚人冠の新聞記事から―

思わず声を立てて笑った。 楚人冠全集第十四巻、『新聞記事回顧』を読み進めていたときである。 頁を捲った私の眼に、このような記事が飛び込んで来たのだ。 嘗てパリの労働者間に酒類に代へて石油飲用の流行したることあり。又露国が戦時禁酒を行へる当時、…

トルコアヘンは大人気 ―イスタンブールの日本人―

「ウチのアヘンはもの(・・)が違う。紛れもなく、世界最高品質だ。一度でもその味を知ってしまえば、二度と再び他国製では満足できなくなるだろう――」 そのトルコ人の自慢話がまんざら誇張でもないことを、大阪朝日の特派員・高橋増太郎は知っていた。 彼…

英雄的独裁者 ―特派員の見たトルコ―

1927年10月28日、トルコは死の如き静寂に包まれた。 政府がその威権を発動させて、全国一斉に外出禁止を布(し)いたのだ。 目的は、戸口調査こそにある。 オスマントルコ時代に行われていたような不徹底さを全然廃し、今度こそ完全に己が姿を直視せんと、当…

山吹色の幻夢譚 ―昭和七年のゴールドラッシュ―

昭和七年はゴールドラッシュの年と言われた。 水底(みなそこ)に沈んだ宝船、山奥に秘められし埋蔵金、海賊どもが無人島にたっぷり集めた略奪品――。 未だ見ぬ幻の黄金を求めて。遥かな時の砂の中から我こそそれを掘り出さん、と。日本全国津々浦々、誰も彼…

南の島のレッド・パージ ―緑の魔境の収容所―

ある日、牛が盗まれた。 ジャワ島東部、日本人和田民治が経営するニャミル椰子園に於いてである。 これが日本内地なら、迷わず警察に通報する一択だろう。一時間もせぬうちに附近の交番から巡査が駈けつけ、同情の意を表しながら現場検証に取り掛かってくれ…

盲人による美術鑑賞 ―寺崎広業、環翠楼にて按摩を試す―

箱根塔ノ沢温泉に環翠楼なる宿がある。 創業はざっと四世紀前、西暦1614年にまで遡り得るというのだから、よほどの老舗に違いない。 「水戸の黄門」こと徳川光圀をはじめとし、多くの著名人がその屋根の下で時を過ごした。 秋田県出身の日本画家、寺崎広業も…

続・文明堂と帝国海軍 ―軍縮をきっかけとして東京へ―

宮崎甚左衛門が人に使われる立場から、人を使う立場に移行したのは、大正五年十月二十五日のことである。 この日、彼は佐世保の街に文明堂の支店を開いた。 一国一城の主になったのである。男としての本懐であろう。それはいい。ここで疑問とするべきは、 ――…

酒、酒、酒、酒 ―このかけがえなき嗜好品―

ドイツがまだワイマール共和国と呼ばれていたころの話だ。 第十二代首相ブリューニングの名の下に、ビール税の大幅引き上げが決定されるや、たちどころに国内は、千の鼎がいっぺんに沸騰したかの如き大騒擾に包まれた。 もともと不満が鬱積している。 政治家…

パナマ運河と黄熱病 ―文明国の面目躍如―

医療行為の最善が予防にあるということは、いまさら論を俟たないだろう。 孫子の兵法になぞらえるなら、戦わずして勝つの極意そのものである。 日本でも早くからこのあたりの要諦に気がついていた人はいて、中でも高野六郎という医学博士は、その最も熱烈な…

続・米田実という男 ―マスター・オブ・アーツ―

上京して暫くの米田実の生活というのは、まったく「苦学生」を絵に描いたようなものである。 朝はまだ星の残る早くから、新聞売りとして声を張り上げ駈け廻り、それを済ますと図書館に突撃、自学自習を開始する。 さてもめまぐるしい肉体労働と頭脳労働のサ…

米田実という男 ―忘れ去るには惜しき者―

前回、せっかく米田実に触れたのだ。 この人についてもう少しばかり掘り下げてみたい。 私はこれまで彼の著作に何冊か触れ、しかもその都度、得るところ甚だ大であった。半世紀以上も前に著された本であるというのに、その知識は鮮度を保ち、みずみずしい驚…

「ドルの国」との交際術 ―戦前の「アメリカ通」な男たち―

訴訟大国アメリカといえど、これはなかなか珍しい例に属するのではあるまいか。 ロビイストが企業を相手に、法廷闘争を挑んだのである。 1929年8月24日のことだった。 この日、ウィリアム・B・シャラーという人物がにわかに世の表舞台に躍り出て、三つの大造…

大切小切ものがたり・後編 ―その始末―

慈悲に縋ろうとした。 だが拒絶された。 ならば力に訴えて、無理矢理にでも然諾を引き出すより他にない。 (先祖代々、我らはそうして生きて来たのだ) それを想うと、血が酒に変わるほどのくるめきを感じる。 甘美な陶酔というものだろう。この陶酔は、家を…

大切小切ものがたり・中編 ―新旧衝突―

大小切という「信玄公以来の祖法」消滅の危機に直面し、ただ身を寄せ合い、コマッタコマッタと首をかしげているだけが甲州人の能にあらず。 一張羅に袖を通して、えっちらおっちら峠を越えて、県庁へと馳せ参じ、陳情の声を上げる「有志」がそこかしこから出…

大切小切ものがたり・前編 ―武田信玄以来の祖法―

いやしくも山梨県民を、甲州人を名乗るなら、大小切騒動にまつわる知識はごく当然なたしなみ(・・・・)として具えておかねばならないだろう。 現に私は義務教育でおそわった。 忘れもしない中学生の頃のこと。当時の私の日本史教諭は教科書をありがたがら…

シベリアの夢、薄れぬ記憶

「シマッタ、ここはシベリアだ。俺は確かに日本へ帰っていたはずなのに、またシベリアに来ている。何とかして日本に帰らねば……遥か向うを見ると収容所が点在している。そして多くの日本人がこちらを見ている。戦後三〇余年、日本は随分と変った。このことを…

親愛なる同志スターリンへ ―ラーゲリから感謝の寄せ書き―

「民主化教育」に名を借りた洗脳事業を抜かしては、シベリア抑留というものがまったく分からなくなってしまう。 捕虜にされた日本人将兵57万。 ソビエト連邦は単に彼らを都合のいい労働力としてこき使うにとどまらず、この中から一人でも多くの「革命戦士」…

戦勝国民の言行録

「支那は日本と一〇年戦い、米国でさえ五年戦った。ソ連を見よ。宣戦布告からわずか三日で日本は降伏した。ソ連軍は世界一強く、ソ連人は世界で一番偉い人種である」(『シベリア抑留体験記』194頁) 奥地のとある収容所にて、赤軍兵士が抑留者たちに言い放…

隼の特攻 ―占守島血戦綺譚―

三十余年を過ぎてなお、その情景は細川親文軍医のまぶたに色鮮やかに焼き付いていた。 敗戦の前日、昭和二十年八月十四日の朝早く。彼の勤める第十八野戦兵器廠チチハル本部の営門に、魔のように飛び込んだ影がある。 将校一人と兵卒三人、いずれも埃まみれ…

切腹したキリスト教徒 ―排日移民法への抗議―

大正十三年五月三十一日の陽が昇るや、榎坂にある井上勝純(かつずみ)子爵の屋敷はたいへんな騒ぎに見舞われた。 庭に、異物が出現している。 死体である。 白襦袢に羽織袴を着付けたひとりの中年男性が、腹を十文字に掻っ捌き、咽喉を突いてみずからつくっ…

続・太平洋風雲録 ―白船来る―

果然、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。 日本のみならず、アメリカ社会までもが、だ。 ――宣戦布告に等しい所業ではあるまいか。 主力艦隊を太平洋側に廻航するということは、である。 ――ハーグ国際平和会議を主導した立場でありながら、敢えてそのよう…

太平洋風雲録 ―明治末期の日米間危機―

日米開戦の危機というのは、なにも昭和に突入してからにわかに騒がれだした話ではない。 満州事変の遥か以前、それこそ明治の昔から、大真面目に論議され検討され続けてきたテーマであった。 サンフランシスコ・コール紙などは1906年10月に「If Japan should…

アメリカ草創期の小話 ―エンプレス・オブ・チャイナ号―

ワシントンの誕生日にまつわる小話でもしてみよう。 平岡熙の例の逸話に触発されての試みである。 ジョージ・ワシントン。 「アメリカ建国の父」として不朽の名を青史に刻んだこの人物が誕生したのは、1732年2月22日、今で云うバージニア州ウェストモアラン…

長禄の江戸、慶長の江戸 ―古地図見比べ―

かつての江戸の民草は、台風の接近を察知するとはや家財道具を担ぎ出し、船に積み込み、その纜(ともづな)を御城近くの樹々の幹に繋いだという。 高潮来れば、この一帯は海になる。 狂瀾怒涛渦を巻き、人も家も噛み砕いては沖へと浚う荒海に、だ。 無慈悲な…

平岡熙ものがたり ―春畝と吟舟―

まだある。 洋行を通して平岡熙が積み上げたモノは、だ。 人との縁も、彼はこのとき手に入れた。 平岡がまだボストンで、素直に学生をやっていたころ。総勢107名もの日本人が、この大陸にやって来た。 世に云う岩倉遣欧使節団のことである。 (Wikipediaより…

平岡熙ものがたり ―その血筋―

そも、平岡の家系をたどってみると、その遠祖は家康公が関八州に入府した折、江戸城御掃除番を担当していた平岡庄左衛門まで遡り得る。 「河内国に鎮座まします平岡大明神に縁因(ゆかり)ある者」 と称したらしいが、なにぶん戦国時代の話、どこまで信用し…

平岡熙ものがたり ―巾着切りか大老か―

大正帝が未だ明宮(はるのみや)殿下と呼ばれていた年少の折。 御巡覧あそばされた鉄道局にて、特に脚を留め置かれた一室があった。 その部屋には、未来(・・)が溢れていたのである。日本どころか米国にも未だ存在しないであろう、新発想の機関車・客車・…

東北地方地獄変・後編 ―末法世界―

…卯年飢饉に及び、五穀既に尽て千金にも一合の米も得る事能はず、草木の根葉其外藁糠或は、犬猫牛馬鼠鼬に至るまで、力の及程は取尽して食尽して、後には道路に行倒、みちみちたる死人の肉を切取食ふ事になりけるに、是も日久しく饑て、自然と死したる人の肉…

東北地方地獄変・前編 ―骨の大地―

東北地方が定期的に地獄と化する場所というのは、以前の記事で僅かに触れた。 この土地――特に岩手・青森・秋田の三県に於ける農業は、五年のうち一年は大飢饉、二年が飢饉、残り一年が平作あるいは豊作という上代以来のサイクルを、つい最近まで延々繰り返し…

黒田清隆の配偶者・後編 ―小人の妬心、恐るべし―

実に多くの東京市民が、彼と、彼の邸宅に、羨望のまなざしを送ったものだ。 材木商、丸山傳右衛門のことである。 ときに「金閣寺擬(まが)い」と揶揄されもしたその屋敷の結構は、山本笑月の『明治世相百話』に於いて特に詳しい。 建坪はさまで広くないが総…