穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

歴史

江戸の当時の蕩児たち ―『色道禁秘抄』を繙いて―

玉鎮丹、如意丹、人馬丹、陰陽丹、士腎丹、蝋丸、長命丸、鸞命丹、地黄丹、帆柱丸。 以上掲げた名前はすべて、江戸時代に製造・販売・流通していた春薬である。 左様、春薬。 現代的な呼び方に敢えて変換するならば、媚薬とか催淫剤とかいったあたりが相応し…

男装の麗人、その魅力 ―HENTAI文化は江戸以来―

文政九年のことである。 江戸は上野の山下で、世にも珍奇な見世物が興行される運びとなった。 女力士と盲力士の対決である。 互いに十一人の選手を出して、最終的な勝ち星を争う。 (Wikipediaより、土俵) 土俵の神聖もへったくれもない話だが、実のところ…

本間雅晴、アフガンを説く ―九十年の時を超え―

アリストテレスはいみじくも言った。 未来を見透したいのなら、過去を深く学ぶべし、と。 政体循環論の如き、悠久の時のスケールで人間世界を貫く哲理を求めんとしたこの男らしい口吻である。 幸いに、と言っていいのか。 過去を知るのは大好きだ。 大日本帝…

名誉の戦死を遂げた鳩 ―聖なる夜に想うこと―

鳩は一般に平和の象徴と認識されるが、果たして然りか。少年時代、彼らの共喰いを見て以来、この点ずっと疑問であった。 ほんのたわむれにフライドチキンの欠片を毟って投げ与えてみたところ、あまりに良すぎる喰いつきに思わず寒気を覚えたものだ。いやまあ…

合衆国の黄金期 ―「生産、貯蓄、而して投資」―

鉄道王の没落は、世界大戦の後に来た。 一九一四年に端を発する大戦争。トーマス・アルバ・エジソンをして「この戦争で人類の歴史は一気に二百五十年跳んだ」と唸らせた通り、一千万の生命(いのち)を奪った未曾有の悲劇は、しかし同時に、地球文明そのもの…

カネは最良の潤滑油 ―「賄賂天国」支那の一端―

北京の街を、日本人の二人組が過ぎてゆく。 西へ向かって。 うち一人の名は有賀長雄。 日清・日露の両戦役に法律顧問の立場で以って貢献した人物だ。ウィーン大学留学時、ローレンツ・フォン・シュタイン教授に師事し磨いた彼の智能は本物であり、旅順要塞陥…

民国元年、北京掠奪 ―袁世凱の怪物性―

一九一二年二月二十九日、北京にて。―― 支那大陸の伝統行事が始まった。 この地に置かれた軍隊のうち、およそ一個旅団相当の兵士がいきなり統制から外れ、暴徒に変身――あるいは本性に立ち返り――、市内の富豪や大商を手当たり次第に襲ったのである。 掠奪劇の…

女子高生と砂袋 ―越後高田の教育方針―

新潟県立高田高等女学校の実景(ありよう)は、私が従来「女子校」という言葉に対して抱懐していたイメージが、如何にステレオタイプに凝り固まった的外れな代物か、痛快に思い知らせてくれた。 前回同様、この地にも、岡本一平の足跡がある。 (Wikipediaよ…

満州豚と日露戦争 ―明治大帝の見込んだ品種―

そのいきものが下総御料牧場にやってきたのは、日露の戦火も未だ熄まぬ、明治三十八年度のことだった。 満州豚、都合六頭。 現今では「幻の豚」と称される希少種中の希少種であり、実食の機会を掴む為にはある程度の手間とカネ、そしてもちろん幸運が要る。 …

力の継承 ―大南洋の世界観―

街路の落ち葉もずいぶん増えた。 晩秋の気配はすぐそこだ。太陽はいよいよつるべ落としに、呼気が白く染まる日もほど近かろうと思わせる。 夏の盛りに買い積んだ、南洋関連書籍の山を崩すにはもってこいの時期だろう。 満を持して取り組んでいる。その御蔭で…

大帝陛下の御痛心 ―朝鮮米は砂だらけ―

明治二十七年十月二十五日、石黒忠悳(ただのり)に勅が下った。 朝鮮半島へと渡り、戦地各所を巡視して来よとの命である。 翌日、直ちに広島大本営を出立したと記録にあるから、派遣自体は前々から決まっていたことなのだろう。 日清戦争の幕が切って落とさ…

大工と牢獄 ―江戸時代の奇妙な掟―

これもまた、みそぎ・はらえの亜種であろうか。 新たに獄舎を建てるたび、囚人がひとり、牢から消えた。 江戸時代、将軍家のお膝もとたる関東圏で行われていた風習である。 (Wikipediaより、江戸図屏風に見る初期の江戸) 消えた(・・・)といっても、べつ…

歩兵第三十五聯隊金言撰集 ―越中・飛騨の健児たち―

大日本帝国の軍人たちは、実にこまめに日記をつけた。 明日をも知れぬ最前線にあってさえ、日々の記録を紙上に残す重要性が理解され、将校・士官のみならず、兵に至るまでそれ(・・)をした。 精神教育の効果を期待し、大っぴらに推奨した部隊というのも存…

「高貴なる義務」の体現者 ―慶應義塾の古参ども―

波多野承五郎、高橋誠一郎、石山賢吉、小泉信三――。 古書蒐集に耽るうち、気付けば私の手元には、少なからぬ慶應義塾出身生の著作物があつまった。 綺羅星の如き人傑たちといっていい。 その想痕に、ざっと目を通しての所感だが。――どうも彼らはいったいに、…

フランス偶感 ―革命前後と大戦直前―

革命という非常手段で天下の権を掌握した連中が、その基盤固めの一環として、旧支配者を徹底的に罵倒するのは常道だ。 彼らが如何に搾取を事とし、苛政を敷いて民衆を虐げ、しかもそれを顧みず、ただひたすらに私腹を肥やして悦に入ったか。酒池肉林への耽溺…

総督府の農学博士 ―加藤茂苞、朝鮮を観る―

米の山形、山形の米。果てなく拡がる稲田の美こそ庄内平野の真骨頂。 古来より米で栄えたこの土地は、また米作りに画期的な進歩をもたらす人材をも育んだ。 加藤茂苞(しげもと)がいい例だ。 大正十年、日本最初の人工交配による品種、「陸羽132号」を創り…

ポルトガルの独裁者 ―外交官のサラザール評―

1910年、ポルトガルで革命が勃発。 「最後の国王」マヌエル2世をイギリスへと叩き出し、270年間続いたブラガンサ王朝を終焉せしめ、これに代るに共和制を以ってした。 ポルトガル共和国の幕開けである。 (Wikipediaより、革命の寓意画) この国が「ヨーロッ…

英霊への報恩を ―日露戦争四方山話―

胆は練れているはずだった。 間宮英宗は臨済宗の僧である。禅という、かつてこの国の武士の気骨を養う上で大功のあった道を踏み、三十路の半ばを過ぎた今ではもはや重心も定まりきって、浮世のどんな颶風に遭おうと決して折れも歪みもせずに直ぐさま平衡を取…

薩州豆腐怪奇譚 ―矢野龍渓の神秘趣味―

朝起きて、顔を洗い、身支度を済ませて戸外に出ると、前の通りのあちこちに豆腐の山が出来ていた。 何を言っているのか分からないと思うが、これが事実の全部だから仕方ない。江戸時代、薩摩藩の一隅で観測された現象だ。「東北地方地獄変」や「江戸時代の化…

至誠一貫 ―終戦の日の愛国者―

昭和二十年八月十五日、玉音放送――。 大日本帝国の弔鐘といっても過言ではない、その御言宣(みことのり)がラジオを通じて伝わったとき。小泉信三は病床に横たわっていた。 せんだっての空襲で体表面をしたたかに焼かれ、ほとんど死の寸前まで追い詰められ…

迷信百科 ―明治十二年のコレラ一揆―

明治十二年八月というから、ざっと百四十年溯った今日あたり。 埼玉県北足立郡新郷村が、にわかに爆ぜた。目を怒らせた住民どもが竹槍を手に筵旗を押し立てて――つまりは伝統的な百姓一揆の作法にのっとり、鬨の声を上げながら、警官隊と一大衝突を演じたので…

浪漫の宝庫、埼玉県 ―陛下の乳母の日記帳―

関ヶ原の戦勝に天下を掴んだ家康は、そののち思うところあり、氷川神社に神輿を奉納したという。 直筆の願文を、そっと中に納めて、だ。 (家康直筆、剣法伝授起請文) 国家安泰を念ずる内容だったというが、真実(ほんとう)のところはわからない。 ――みだ…

日本人製密造酒 ―禁酒法下のアラスカで―

シアトルを出航してから一週間後、昭和七年八月五日。六千トン級旅客船、ユーコン丸はスワードの港に碇を下ろした。 二十世紀の当時に於いても、二十一世紀の今日でも。キーナイ半島東岸に開けたこの街が、アラスカ鉄道の終点であるのに変わりはない。 (Wik…

尾崎行雄の自己評価 ―弾劾演説、称讃不要―

己が名前を千載にとどむ、決定的な要因にも拘らず。 「弾劾演説」に触れられることを、尾崎は厭うていたという。 (Wikipediaより、桂太郎弾劾演説) 左様、弾劾演説。 大正二年二月五日、第三十帝国議会の本会議にて。尾崎行雄が不倶戴天の敵手たる――なにせ…

金さえあれば ―過去と未来を貫く悩み―

暗涙にむせばずにはいられなかった。 私の手元に、『知らねばならぬ 今日の重要知識』という本がある。 志賀哲郎なる人物が、昭和八年、世に著した、まあ平たく言えば百科事典だ。 法律・政治・外交・経済・国防・思想・社会運動。大別して以上七つの視点か…

昭和初頭の日葡関係 ―ポートワインを中心に―

語り手が笠間杲雄でなかったら、きっと私は信じなかった。 彼がポルトガル公使をやっていたころ、すなわち昭和十年前後。 日葡間の関係はしかし、ワインの銘柄ひとつをめぐって寒風骨刺すツンドラ地帯の陽気並みに冷え込みきっていたなどと――鵜呑みにするに…

南溟の悲愴 ―オランダ人の執拗さ―

彼の運命は哀れをとどめた。 ボルネオ島バンジャルマシンでビリヤード店を経営していた日本人の青年で、西荻(にしおぎ)という、かなり珍しい姓を持つ。 下の名前はわからない。 いつもの通り、「某」の文字で代用しよう。 さて、この西荻青年の店の扉を。 …

伝馬船にて特攻を ―人はどこまで闘える―

薩摩隼人はおかしいと、闘争心の権化だと、命の捨て処を弁えすぎだと、近年屡々聞くところである。 勇猛、精悍、剛毅、壮烈――そんな月並みな表現をいくら陳列してみせたところでまるで空しい。 彼らの狂気はあまりに度を越し過ぎていて、言語さえもぶっちぎ…

猛り狂わす瞋恚の炎 ―秀吉による「女敵討ち」―

豊臣秀吉の漁色癖に関しては、敢えて喋々するまでもなく、周知の事実であるだろう。 彼はまったく、女を好んだ。 この傾向は晩年に入ってもなお熄まず、どころかいよいよ拍車がかかり、もはや「好む」の範囲を飛び越え「女狂い」の観さえ呈す。本願寺上人の…

空の英雄、沸く地上 ―昭和二年のアメリカ紀行―

昭和二年、鶴見祐輔はアメリカにいた。 都合何度目の渡米であろう。 この段階で既にもう、鶴見の海外渡航回数は二十に迫る勢だった。それは確かだ。 が、その旅程のことごとくに「アメリカ」が含まれていたわけではない。欧州の天地に限局された場合もあれば…