穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

歴史

空の英雄、沸く地上 ―昭和二年のアメリカ紀行―

昭和二年、鶴見祐輔はアメリカにいた。 都合何度目の渡米であろう。 この段階で既にもう、鶴見の海外渡航回数は二十に迫る勢だった。それは確かだ。 が、その旅程のことごとくに「アメリカ」が含まれていたわけではない。欧州の天地に限局された場合もあれば…

江戸時代の化石燃料 ―橘南渓、越後に遊ぶ―

橘南渓が訪れたとき、黒川村ではちょうど池の一つが売りに出されたところであった。 「いくらだね」「五百両でさァ」「……」 ――馬鹿げている。 と、ここが黒川村でさえなかったならば、南渓もあきれたに相違ない。 (Wikipediaより、橘南渓) それだけの金を…

海南の教え ―外つ国に骨を埋めよ日本人―

かつて下村海南は、日本列島を形容するに「狭い息苦しい栄螺(さざえ)の中」との比喩表現を敢えて宛(あて)がい、いやしくも男子に生まれたからには斯くの如き小天地に逼塞するなど言語道断、よろしく気宇を大にして、思いを天涯に馳せるべし、そうしなけ…

仏教徒による大暴動 ―1938年ビルマの夏―

ビルマで暮して四十年、山田秀蔵はいみじくも言った。 ビルマを理解したいなら、まず宗教を理解せよ。 ラングーンの天を衝いて聳え立つ、黄金の仏塔――シュエダゴン・パゴダが象徴するそのままに。 ビルマは仏教国である。 人々の日常生活は仏教文化と非常に…

ビルマに跳梁する華僑 ―日貨排斥華僑同盟―

盧溝橋事件が突発する少し前、1930年代半ばごろ。中華民国は世界各地に散らばった華僑の数を統計し、そのデータを発表している。 国民政府僑勢委員会たらいう組織が調査を主導したようだ。 それによると、 まず、タイに於いて二百五十万、 次いで英領マレー…

ニューギニアの日本人 ―南洋興発株式会社苦闘録―

大日本帝国とニューギニア島の本格的な接触は、どうも昭和六年に始まるらしい。 このとし、同島に開発権を保有していたドイツのとある拓殖会社が経営難に陥った。 すかさず権利を買い取ったのが、南洋興発株式会社だ。南方開発の大手たること、「海の満鉄」…

失われたトコベイ人形 ―在りし日の南洋土産について―

トコベイ人形を初めて見たとき、私はとっさにシュメール人を想起した。 (トコベイ人形) (Wikipediaより、シュメール人礼拝者の像) 思いきって眼が大きく、何を考えているかわからない、無性に不安を掻き立てさせる漆黒が瞳の奥に蟠っているあたり、よく…

豊穣なるラテン・アメリカ ―リマ宣言に至るまで―

第二次世界大戦前夜、ラテン・アメリカは「争いのリンゴ」と目されていた。 列国を魅了した彼の地の価値は、すなわち厖大な食糧及び天然資源。アドルフ・ヒトラーが 「我らはこの大陸に於いて、およそ必要なる総てのものを見出す」 と演説すれば、イギリス人…

練習帆船おしょろ丸の奇禍 ―拿捕され続ける日本船―

昭和十二年八月某日、オホーツクの沖合で、一隻の日本漁船が拿捕された。 船は二代目おしょろ丸。函館高等水産学校の練習帆船として十年前に竣工されたものであり、その日も同校の生徒二十名を甲板に乗せ、蟹刺網の操業実習を行っているところであった。 (…

浪漫の所在 ―沈没船プラネット号―

故郷を遥か9000マイル。プラネット号と銘打たれたその船は、1907年以降およそ7年間余に亘って赤道付近の海洋調査に従事した。 船籍は、帝政ドイツのものである。 当時彼らがこの一帯に保有していた植民地――ドイツ領ニューギニア――経営の一環たる施策であった…

人民の 尻を蹴飛ばす 太政官 ―明治初頭の貿易赤字―

前回の補遺として少し書く。 貿易を搾取の変態と見、西洋人を膏血啜りの巨大な蛭種と看做したがる傾向は、日本人の精神風土によほど深く根付いてしまっていたらしく、維新後も暫くなくならなかった。 明治初頭の十五年間におよそ三百五十回ほどの農民一揆が…

「黄金の国」いまいずこ ―なにゆえ国を鎖したか―

三代家光の治世に於いて、徳川幕府は国を鎖した。 南蛮船の入港を禁じ、海外居留の日本人にも帰国を許さず、ただ長崎のみをわずかに開けて、オランダ・支那との通商を、か細いながらも確保した。 動機は専ら、キリスト教の浸潤を防遏するため。幕府の求める…

金子堅太郎かく語りき ―憲法制定の四方山話―

大日本帝国憲法起草の衝に当たった四人の男。 伊藤博文、 井上毅、 伊東巳代治、 そして金子堅太郎。 彼らのうち二人までもが、昭和どころか大正の世を見るまでもなく死んでいる。 まず井上が、肺結核の悪化によって明治二十八年に。 次いで伊藤が、テロリス…

ムッソリーニの「独身税」 ―多産国家イタリア―

以下の内容は、あるいは一部フェミニストを激怒させ、血圧の急上昇による気死すら招くものかもしれない。 結婚して家を成し、子供を儲けて血筋を後に伝えることは人間として最低限度の義務であり、且つうはあらゆる幸福の基礎であると規定した国が一世紀前存…

タマニー・ホール武勇伝 ―不正選挙の玄人衆―

第五十九回大統領選に関連して、不正選挙だ言論弾圧だ陰謀だとなにやら色々喧(かまびす)しいが、アメリカがロクでもない国なのは、別段今に始まった話ではないだろう。 なんといっても、慈善団体が十年足らずで政治ブローカー集団に早変わりする土地なのだ…

江戸時代の強制執行 ―「身代限り」にまつわる法令―

江戸時代の法令というのは発布と実行の間にかなり大きな懸隔があり、これを考慮に入れないと、物事の実像をとんでもなく読み違う。 なにせ、「三日法度」なんて用語までもが罷り通っていたほどだ。 寛政年間の奇談集、『梅翁随筆』にちょうどこの言葉が使わ…

北門の鎖鑰をして皇威を北彊に宣揚せよ ―第二期北海道拓殖計画―

福島県の復興に、政府が意欲を示したそうだ。 第一原発周辺の十二市町村へ移住する者に対しては、最大二百万円の支援金を与えるということである。 更に移住後五年以内に起業するなら、必要経費の四分の三――最大四百万円まで――を、向うが持って(・・・)く…

闇黒の霧の都より ―イギリス人の保守気質―

産業革命が実を結び、英国工業が黄金期を迎えつつあったあの時代。輝きが強ければ強いほど、影もより濃くなってゆく――そんな調子の俗説を、態々証明するかのように。 彼の地に蔓延る煤煙ときたら尋常一様の域でなく、ロンドンをして文字通り、暗黒の霧に鎖し…

ジョージ5世の前線視察 ―英国王と世界大戦―

以下はほとんど信ずべからざるエピソードだが、発信者のフィリップ・アーマンド・ギブス卿はあくまでも、「真実」と主張して譲らない。 第一次世界大戦の真っ最中に、英国国王ジョージ5世がドーバー海峡をひょいと跨いで、フランス首脳部と心温まるご交流を…

アメリカ三題 ―楚人冠の新聞記事から―

思わず声を立てて笑った。 楚人冠全集第十四巻、『新聞記事回顧』を読み進めていたときである。 頁を捲った私の眼に、このような記事が飛び込んで来たのだ。 嘗てパリの労働者間に酒類に代へて石油飲用の流行したることあり。又露国が戦時禁酒を行へる当時、…

トルコアヘンは大人気 ―イスタンブールの日本人―

「ウチのアヘンはもの(・・)が違う。紛れもなく、世界最高品質だ。一度でもその味を知ってしまえば、二度と再び他国製では満足できなくなるだろう――」 そのトルコ人の自慢話がまんざら誇張でもないことを、大阪朝日の特派員・高橋増太郎は知っていた。 彼…

英雄的独裁者 ―特派員の見たトルコ―

1927年10月28日、トルコは死の如き静寂に包まれた。 政府がその威権を発動させて、全国一斉に外出禁止を布(し)いたのだ。 目的は、戸口調査こそにある。 オスマントルコ時代に行われていたような不徹底さを全然廃し、今度こそ完全に己が姿を直視せんと、当…

山吹色の幻夢譚 ―昭和七年のゴールドラッシュ―

昭和七年はゴールドラッシュの年と言われた。 水底(みなそこ)に沈んだ宝船、山奥に秘められし埋蔵金、海賊どもが無人島にたっぷり集めた略奪品――。 未だ見ぬ幻の黄金を求めて。遥かな時の砂の中から我こそそれを掘り出さん、と。日本全国津々浦々、誰も彼…

南の島のレッド・パージ ―緑の魔境の収容所―

ある日、牛が盗まれた。 ジャワ島東部、日本人和田民治が経営するニャミル椰子園に於いてである。 これが日本内地なら、迷わず警察に通報する一択だろう。一時間もせぬうちに附近の交番から巡査が駈けつけ、同情の意を表しながら現場検証に取り掛かってくれ…

盲人による美術鑑賞 ―寺崎広業、環翠楼にて按摩を試す―

箱根塔ノ沢温泉に環翠楼なる宿がある。 創業はざっと四世紀前、西暦1614年にまで遡り得るというのだから、よほどの老舗に違いない。 「水戸の黄門」こと徳川光圀をはじめとし、多くの著名人がその屋根の下で時を過ごした。 秋田県出身の日本画家、寺崎広業も…

続・文明堂と帝国海軍 ―軍縮をきっかけとして東京へ―

宮崎甚左衛門が人に使われる立場から、人を使う立場に移行したのは、大正五年十月二十五日のことである。 この日、彼は佐世保の街に文明堂の支店を開いた。 一国一城の主になったのである。男としての本懐であろう。それはいい。ここで疑問とするべきは、 ――…

酒、酒、酒、酒 ―このかけがえなき嗜好品―

ドイツがまだワイマール共和国と呼ばれていたころの話だ。 第十二代首相ブリューニングの名の下に、ビール税の大幅引き上げが決定されるや、たちどころに国内は、千の鼎がいっぺんに沸騰したかの如き大騒擾に包まれた。 もともと不満が鬱積している。 政治家…

パナマ運河と黄熱病 ―文明国の面目躍如―

医療行為の最善が予防にあるということは、いまさら論を俟たないだろう。 孫子の兵法になぞらえるなら、戦わずして勝つの極意そのものである。 日本でも早くからこのあたりの要諦に気がついていた人はいて、中でも高野六郎という医学博士は、その最も熱烈な…

続・米田実という男 ―マスター・オブ・アーツ―

上京して暫くの米田実の生活というのは、まったく「苦学生」を絵に描いたようなものである。 朝はまだ星の残る早くから、新聞売りとして声を張り上げ駈け廻り、それを済ますと図書館に突撃、自学自習を開始する。 さてもめまぐるしい肉体労働と頭脳労働のサ…

米田実という男 ―忘れ去るには惜しき者―

前回、せっかく米田実に触れたのだ。 この人についてもう少しばかり掘り下げてみたい。 私はこれまで彼の著作に何冊か触れ、しかもその都度、得るところ甚だ大であった。半世紀以上も前に著された本であるというのに、その知識は鮮度を保ち、みずみずしい驚…