穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

歴史

「高貴なる義務」の体現者 ―慶應義塾の古参ども―

波多野承五郎、高橋誠一郎、石山賢吉、小泉信三――。 古書蒐集に耽るうち、気付けば私の手元には、少なからぬ慶應義塾出身生の著作物があつまった。 綺羅星の如き人傑たちといっていい。 その想痕に、ざっと目を通しての所感だが。――どうも彼らはいったいに、…

フランス偶感 ―革命前後と大戦直前―

革命という非常手段で天下の権を掌握した連中が、その基盤固めの一環として、旧支配者を徹底的に罵倒するのは常道だ。 彼らが如何に搾取を事とし、苛政を敷いて民衆を虐げ、しかもそれを顧みず、ただひたすらに私腹を肥やして悦に入ったか。酒池肉林への耽溺…

総督府の農学博士 ―加藤茂苞、朝鮮を観る―

米の山形、山形の米。果てなく拡がる稲田の美こそ庄内平野の真骨頂。 古来より米で栄えたこの土地は、また米作りに画期的な進歩をもたらす人材をも育んだ。 加藤茂苞(しげもと)がいい例だ。 大正十年、日本最初の人工交配による品種、「陸羽132号」を創り…

ポルトガルの独裁者 ―外交官のサラザール評―

1910年、ポルトガルで革命が勃発。 「最後の国王」マヌエル2世をイギリスへと叩き出し、270年間続いたブラガンサ王朝を終焉せしめ、これに代るに共和制を以ってした。 ポルトガル共和国の幕開けである。 (Wikipediaより、革命の寓意画) この国が「ヨーロッ…

英霊への報恩を ―日露戦争四方山話―

胆は練れているはずだった。 間宮英宗は臨済宗の僧である。禅という、かつてこの国の武士の気骨を養う上で大功のあった道を踏み、三十路の半ばを過ぎた今ではもはや重心も定まりきって、浮世のどんな颶風に遭おうと決して折れも歪みもせずに直ぐさま平衡を取…

薩州豆腐怪奇譚 ―矢野龍渓の神秘趣味―

朝起きて、顔を洗い、身支度を済ませて戸外に出ると、前の通りのあちこちに豆腐の山が出来ていた。 何を言っているのか分からないと思うが、これが事実の全部だから仕方ない。江戸時代、薩摩藩の一隅で観測された現象だ。「東北地方地獄変」や「江戸時代の化…

至誠一貫 ―終戦の日の愛国者―

昭和二十年八月十五日、玉音放送――。 大日本帝国の弔鐘といっても過言ではない、その御言宣(みことのり)がラジオを通じて伝わったとき。小泉信三は病床に横たわっていた。 せんだっての空襲で体表面をしたたかに焼かれ、ほとんど死の寸前まで追い詰められ…

迷信百科 ―明治十二年のコレラ一揆―

明治十二年八月というから、ざっと百四十年溯った今日あたり。 埼玉県北足立郡新郷村が、にわかに爆ぜた。目を怒らせた住民どもが竹槍を手に筵旗を押し立てて――つまりは伝統的な百姓一揆の作法にのっとり、鬨の声を上げながら、警官隊と一大衝突を演じたので…

浪漫の宝庫、埼玉県 ―陛下の乳母の日記帳―

関ヶ原の戦勝に天下を掴んだ家康は、そののち思うところあり、氷川神社に神輿を奉納したという。 直筆の願文を、そっと中に納めて、だ。 (家康直筆、剣法伝授起請文) 国家安泰を念ずる内容だったというが、真実(ほんとう)のところはわからない。 ――みだ…

日本人製密造酒 ―禁酒法下のアラスカで―

シアトルを出航してから一週間後、昭和七年八月五日。六千トン級旅客船、ユーコン丸はスワードの港に碇を下ろした。 二十世紀の当時に於いても、二十一世紀の今日でも。キーナイ半島東岸に開けたこの街が、アラスカ鉄道の終点であるのに変わりはない。 (Wik…

尾崎行雄の自己評価 ―弾劾演説、称讃不要―

己が名前を千載にとどむ、決定的な要因にも拘らず。 「弾劾演説」に触れられることを、尾崎は厭うていたという。 (Wikipediaより、桂太郎弾劾演説) 左様、弾劾演説。 大正二年二月五日、第三十帝国議会の本会議にて。尾崎行雄が不倶戴天の敵手たる――なにせ…

金さえあれば ―過去と未来を貫く悩み―

暗涙にむせばずにはいられなかった。 私の手元に、『知らねばならぬ 今日の重要知識』という本がある。 志賀哲郎なる人物が、昭和八年、世に著した、まあ平たく言えば百科事典だ。 法律・政治・外交・経済・国防・思想・社会運動。大別して以上七つの視点か…

昭和初頭の日葡関係 ―ポートワインを中心に―

語り手が笠間杲雄でなかったら、きっと私は信じなかった。 彼がポルトガル公使をやっていたころ、すなわち昭和十年前後。 日葡間の関係はしかし、ワインの銘柄ひとつをめぐって寒風骨刺すツンドラ地帯の陽気並みに冷え込みきっていたなどと――鵜呑みにするに…

南溟の悲愴 ―オランダ人の執拗さ―

彼の運命は哀れをとどめた。 ボルネオ島バンジャルマシンでビリヤード店を経営していた日本人の青年で、西荻(にしおぎ)という、かなり珍しい姓を持つ。 下の名前はわからない。 いつもの通り、「某」の文字で代用しよう。 さて、この西荻青年の店の扉を。 …

伝馬船にて特攻を ―人はどこまで闘える―

薩摩隼人はおかしいと、闘争心の権化だと、命の捨て処を弁えすぎだと、近年屡々聞くところである。 勇猛、精悍、剛毅、壮烈――そんな月並みな表現をいくら陳列してみせたところでまるで空しい。 彼らの狂気はあまりに度を越し過ぎていて、言語さえもぶっちぎ…

猛り狂わす瞋恚の炎 ―秀吉による「女敵討ち」―

豊臣秀吉の漁色癖に関しては、敢えて喋々するまでもなく、周知の事実であるだろう。 彼はまったく、女を好んだ。 この傾向は晩年に入ってもなお熄まず、どころかいよいよ拍車がかかり、もはや「好む」の範囲を飛び越え「女狂い」の観さえ呈す。本願寺上人の…

空の英雄、沸く地上 ―昭和二年のアメリカ紀行―

昭和二年、鶴見祐輔はアメリカにいた。 都合何度目の渡米であろう。 この段階で既にもう、鶴見の海外渡航回数は二十に迫る勢だった。それは確かだ。 が、その旅程のことごとくに「アメリカ」が含まれていたわけではない。欧州の天地に限局された場合もあれば…

江戸時代の化石燃料 ―橘南渓、越後に遊ぶ―

橘南渓が訪れたとき、黒川村ではちょうど池の一つが売りに出されたところであった。 「いくらだね」「五百両でさァ」「……」 ――馬鹿げている。 と、ここが黒川村でさえなかったならば、南渓もあきれたに相違ない。 (Wikipediaより、橘南渓) それだけの金を…

海南の教え ―外つ国に骨を埋めよ日本人―

かつて下村海南は、日本列島を形容するに「狭い息苦しい栄螺(さざえ)の中」との比喩表現を敢えて宛(あて)がい、いやしくも男子に生まれたからには斯くの如き小天地に逼塞するなど言語道断、よろしく気宇を大にして、思いを天涯に馳せるべし、そうしなけ…

仏教徒による大暴動 ―1938年ビルマの夏―

ビルマで暮して四十年、山田秀蔵はいみじくも言った。 ビルマを理解したいなら、まず宗教を理解せよ。 ラングーンの天を衝いて聳え立つ、黄金の仏塔――シュエダゴン・パゴダが象徴するそのままに。 ビルマは仏教国である。 人々の日常生活は仏教文化と非常に…

ビルマに跳梁する華僑 ―日貨排斥華僑同盟―

盧溝橋事件が突発する少し前、1930年代半ばごろ。中華民国は世界各地に散らばった華僑の数を統計し、そのデータを発表している。 国民政府僑勢委員会たらいう組織が調査を主導したようだ。 それによると、 まず、タイに於いて二百五十万、 次いで英領マレー…

ニューギニアの日本人 ―南洋興発株式会社苦闘録―

大日本帝国とニューギニア島の本格的な接触は、どうも昭和六年に始まるらしい。 このとし、同島に開発権を保有していたドイツのとある拓殖会社が経営難に陥った。 すかさず権利を買い取ったのが、南洋興発株式会社だ。南方開発の大手たること、「海の満鉄」…

失われたトコベイ人形 ―在りし日の南洋土産について―

トコベイ人形を初めて見たとき、私はとっさにシュメール人を想起した。 (トコベイ人形) (Wikipediaより、シュメール人礼拝者の像) 思いきって眼が大きく、何を考えているかわからない、無性に不安を掻き立てさせる漆黒が瞳の奥に蟠っているあたり、よく…

豊穣なるラテン・アメリカ ―リマ宣言に至るまで―

第二次世界大戦前夜、ラテン・アメリカは「争いのリンゴ」と目されていた。 列国を魅了した彼の地の価値は、すなわち厖大な食糧及び天然資源。アドルフ・ヒトラーが 「我らはこの大陸に於いて、およそ必要なる総てのものを見出す」 と演説すれば、イギリス人…

練習帆船おしょろ丸の奇禍 ―拿捕され続ける日本船―

昭和十二年八月某日、オホーツクの沖合で、一隻の日本漁船が拿捕された。 船は二代目おしょろ丸。函館高等水産学校の練習帆船として十年前に竣工されたものであり、その日も同校の生徒二十名を甲板に乗せ、蟹刺網の操業実習を行っているところであった。 (…

浪漫の所在 ―沈没船プラネット号―

故郷を遥か9000マイル。プラネット号と銘打たれたその船は、1907年以降およそ7年間余に亘って赤道付近の海洋調査に従事した。 船籍は、帝政ドイツのものである。 当時彼らがこの一帯に保有していた植民地――ドイツ領ニューギニア――経営の一環たる施策であった…

人民の 尻を蹴飛ばす 太政官 ―明治初頭の貿易赤字―

前回の補遺として少し書く。 貿易を搾取の変態と見、西洋人を膏血啜りの巨大な蛭種と看做したがる傾向は、日本人の精神風土によほど深く根付いてしまっていたらしく、維新後も暫くなくならなかった。 明治初頭の十五年間におよそ三百五十回ほどの農民一揆が…

「黄金の国」いまいずこ ―なにゆえ国を鎖したか―

三代家光の治世に於いて、徳川幕府は国を鎖した。 南蛮船の入港を禁じ、海外居留の日本人にも帰国を許さず、ただ長崎のみをわずかに開けて、オランダ・支那との通商を、か細いながらも確保した。 動機は専ら、キリスト教の浸潤を防遏するため。幕府の求める…

金子堅太郎かく語りき ―憲法制定の四方山話―

大日本帝国憲法起草の衝に当たった四人の男。 伊藤博文、 井上毅、 伊東巳代治、 そして金子堅太郎。 彼らのうち二人までもが、昭和どころか大正の世を見るまでもなく死んでいる。 まず井上が、肺結核の悪化によって明治二十八年に。 次いで伊藤が、テロリス…

ムッソリーニの「独身税」 ―多産国家イタリア―

以下の内容は、あるいは一部フェミニストを激怒させ、血圧の急上昇による気死すら招くものかもしれない。 結婚して家を成し、子供を儲けて血筋を後に伝えることは人間として最低限度の義務であり、且つうはあらゆる幸福の基礎であると規定した国が一世紀前存…