穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

アミアンのピーター ―Peter of Amiens―

 

 またの名を、「隠者ピエール」
 なにやらダークソウルにでも登場しそうな名乗りだが、歴とした実在の人物である。


 ある意味で、中世ヨーロッパ屈指の弁舌家といっていい。


 なにしろ彼は、あの・・十字軍の先導者だ。


 およそ200年にも及ぶ、聖地奪還大義に掲げたキリスト教徒のイスラム教圏に対する攻勢は、この男のわずか三寸の舌先によって招来されたとの見方も成り立つ。

 

 

0 Saint Pierre l'Ermite - Amiens

Wikipediaより、アミアンの隠者) 

 


 ピエールが聖地奪還の必要性を痛切に感じるようになったのは、実際にエルサレムまで巡礼し、彼の地がイスラム教徒に占領されている現実をつぶさに目に焼き付けてからだとされる。だがしかし、一方には彼はエルサレムまでたどり着けず、その途中でトルコ人に捕まって拷問されて追い返されたという説もあり、このあたりちょっと曖昧である。


 確かなのは、聖地巡礼の過程に於いてピエールは、イスラム教徒のためによほど不快な目に遭わさたということだ。


 このためただでさえわだかまっていた異教徒への敵意が限界を超えて加熱され、もはや彼らを人間として見るゆとりさえ、ピエールは失ってしまったらしい。


 顔どころか首筋まで真っ赤にしてヨーロッパに帰った彼は、その衝動が命ずるままにローマ教皇ウルバヌス二世に謁見し、あの「悪魔の使い」どもをいっぴき残らず聖地から追い払わねばならぬと熱烈に説いた。


 折しもフランス国王フィリップ一世との間にくだらぬことから確執を起こし、イタリア南東部のアブーリアに避難していた教皇は、この熱弁にいかにも感じ入った風をみせ、手ずから教書を与えさえしている。

 

 

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 聖地奪還のため世論を喚起せよとの使命を託したその教書には、ピエールの人物評めいた下りもあって、


 ――その身体は小にして、一見物の数にも足らないが、内部には霊活なる機智を蓄えている。観察頗る精密にして、その雄弁は大河の如く滔々として止むことがない。


 といった意味のことが記されていた。
 まず、激賞といっていい。
 教書を差し下されたピエールは、当然のことながら感激した。彼は自分の生れてきた意味を完全に理解し、使命を全うするべくフランス中を演説して行脚した。


 といって、ピエールにはデモステネスのような磨き上げられた雄弁術など備わっていない。


 学識もあまりなかったらしい。しかしながら神の御許に跪き、一切を投げ出して悔いはないという信仰心なら、おそらくデモステネスの数百倍は持っていたろう。


 演説の最中、彼は屡々絶叫し、キリストやマリアの名を金切り声で連呼して、自分は天国からの手紙を受け取ったとも明言し、ある時などはキリスト自身が自分の前に現れてイスラム教徒の手から聖地を解放するように、西欧諸国民の精神を鼓舞作興せよとの重責を託してくれたと主張した。


 素人ゆえに、ペース配分など考えていない。


 演説途中で咽喉が嗄れ、それ以上声を出せなくなることとてザラだった。
 そういう場合ピエールは、意味をなさない叫喚をあげて泣き喚き、胸を叩いて、日ごろから携行している大十字架を指し示し、意志を表現したという。


 マルクスの開祖にして御本尊、例のカール・マルクス「宗教は阿片なり」と説いたそうだが、隠者ピエールを見る限り、鎮静作用のある阿片というより脳を極度の興奮に誘うメタンフェタミンに喩えた方が、あるいは正確かもしれない。


 同時にこの情景からは、SKYRIMスカイリムのホワイトランでタロスに向かって昼夜を分かたず熱烈な愛を告白しているヘイムスカが連想される。彼もまた、


「無敵のタロス! 的確なタロス! 難攻不落のタロス! あなたを称賛する!」


 とか、


「そして称賛に値する、なぜなら我々は一つだからだ! タロスが昇華し八大神が九大神になる前、タロスは我々と共に歩まれた、偉大なタロス、神としてではなく、人間として!」


 とか、


「タロスは人間の真なる神である! 人間から昇華し、霊魂の領域を支配した!」


 とかいった具合に、自らの信仰する神の名を、喉も裂けよばかりの熱心さでひたすら叫び続けていた。

 

 

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 が、ヘイムスカーと隠者ピエールとで決定的に異なる点は、前者がホワイトワンの住人からもあまり相手にされることなく、一種の奇人扱いされていたのに対し、後者の方はどういうわけか、民衆からの絶大な支持を集め、無数の信奉者を獲得したということである。


 赤誠人を動かす――否、それ以上に、時代の魔力というものだろう。


 今なら間違いなく黄色い救急車の世話になるに違いない人間が、1000年前のヨーロッパでは聖者として罷り通ってしまうのだ。


 聖も狂も善悪も、時の流れに従って、総ては移ろうのだということが実感される。

 


 隠者ピエールへの喜捨は、それこそ夕立の如く雨注した。
 彼はそれを少しも私せず、受け取るなり右から左へ、貧者や病者、所謂「恵まれぬ人々」のために与えた。
 この清廉さを目の当たりにした人々は、


 ――これはいよいよ「本物」だ。


 と、より一層ピエールを崇め、彼が導くのであればどこまでも付き従う決意を固めた。


「地獄への道は善意によって舗装されている」とはよく聞くが、それをここまで忠実に表現した例も珍しい。


 そしてついに1096年。史上初の十字軍、民衆十字軍がピエールを中心に結成されて、大挙エルサレムめがけて押し出した。

 

 

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 その結果について、詳しく語ることは他日に譲ろう。


 直截に言うなら、隠者ピエールが歴史の中で果たした役目というのは結局のところ、笛を吹いてレミングの群れを海へと導き、次々に水死させることに過ぎなかった。


 まあ、この「レミングの群れ」どもも、通り道を散々に食い散らかしてひとかたならぬ疫害を与えて行ったのだから、あまり同情の余地はないが。

 


 暗黒時代には、それに相応しい弁舌家が出るらしい。

 

 

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