穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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烈日怨嗟


 あつすぎ


 もうだめ

 

 ばたんきゅー。

 

 

(viprpg『それでも果てるまで』より)

 


 実際問題、真面目な話、いつまで経っても衰えぬ暑気に禍されすぎて、すべての日課に不協和音が挟まりつつある状態だ。


 文章の書き方がわからなくなり、タイピングが停止して、キーボードの上、虚しく宙を彷徨う手指。本を開けど内容うまく噛み砕けずに、明確な像は何一つ頭の中に結ばれぬ。胃腸と律儀に気息を合わせ、脳みその消化・吸収力まで衰弱したか。アウトプットもインプットも捗らぬ、機能不全にどうやら堕ちつつあるらしい。

 


「随筆といふものは、閑余の筆のすさびになるが、忙裏の読み物にふさはしい。肩の凝らぬところ、変化の多いところ、零細の知識を集めたところが忙人の漫読に適してゐる。随筆の天地は広く、悠々としてその間に逍遙すると、水は流れ、雲は去来する」

 


 史学者・笹川臨風の、かつてのたまった定義であった。

 

 

Rimpū Sasakawa

Wikipediaより、笹川臨風

 


 なるほど確かにそうでもあるなと違和感なく頷ける、受け容れやすい内容である。そんな感じで良いのだと、心掛くべき指標として好適だ。


 ところがその「零細な知識」の仕入れすら満足に行かなくなろうとは、まさか思いもしなかった。今年の夏の苛酷さは、つくづく想定外である。


 身体が重い。


 筋骨がきしむ。


 片頭痛が止まらない。


 直射日光を浴び過ぎたアサガオみたくしおれる・・・・気力を如何にせん。

 

 

 


 ぜいぜい、ひいひい、呼吸いきを荒げて、ただ太陽を怨むのみ。

 

 

 

 

 


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