穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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2021-01-01から1年間の記事一覧

夢路紀行抄 ―今年最後の夢模様―

夢を見た。 「今日でよかった」、心の底からそう思わされる夢である。 私は山の中にいた。 雪が積もっている。膝の上までゆうに没する。完全な冬山の景である。 いとも容易く人を呑み込む山中異界。斯くの如き危険地帯をなにゆえ進んでいるかというと、理由…

福澤諭吉の居合術 ―老いてますます盛んなり―

福澤諭吉が居合の達者であったのは、こんにちではもう随分と人口に膾炙された話であろう。 さる剣客がその刀勢を目の当たりにし、腰の落ち着きぶりといい、裂かれる大気の断末魔といい、「もしあれほどの勢いで斬りかけられたら、例え受け止めたとしても、受…

名誉の戦死を遂げた鳩 ―聖なる夜に想うこと―

鳩は一般に平和の象徴と認識されるが、果たして然りか。少年時代、彼らの共喰いを見て以来、この点ずっと疑問であった。 ほんのたわむれにフライドチキンの欠片を毟って投げ与えてみたところ、あまりに良すぎる喰いつきに思わず寒気を覚えたものだ。いやまあ…

合衆国の黄金期 ―「生産、貯蓄、而して投資」―

鉄道王の没落は、世界大戦の後に来た。 一九一四年に端を発する大戦争。トーマス・アルバ・エジソンをして「この戦争で人類の歴史は一気に二百五十年跳んだ」と唸らせた通り、一千万の生命(いのち)を奪った未曾有の悲劇は、しかし同時に、地球文明そのもの…

若気の至り ―八ヶ岳の麓から―

古書を紐解く至福のさなか、頁と頁の合間とに不意に見出す前所有者の忘れ物。 思いがけない出逢いにはもう随分と慣れた心算でいたけれど、これは流石に驚いた。 昭和六年、福永恭助著『挑むアメリカ』。 神保町で買い購(もと)めたこの本に、故郷山梨ゆかり…

カネは最良の潤滑油 ―「賄賂天国」支那の一端―

北京の街を、日本人の二人組が過ぎてゆく。 西へ向かって。 うち一人の名は有賀長雄。 日清・日露の両戦役に法律顧問の立場で以って貢献した人物だ。ウィーン大学留学時、ローレンツ・フォン・シュタイン教授に師事し磨いた彼の智能は本物であり、旅順要塞陥…

民国元年、北京掠奪 ―袁世凱の怪物性―

一九一二年二月二十九日、北京にて。―― 支那大陸の伝統行事が始まった。 この地に置かれた軍隊のうち、およそ一個旅団相当の兵士がいきなり統制から外れ、暴徒に変身――あるいは本性に立ち返り――、市内の富豪や大商を手当たり次第に襲ったのである。 掠奪劇の…

夢路紀行抄 ―地下に轟く稲光―

夢を見た。 雷の鳴る夢である。 私は階段を下りていた。 幅は狭い。おちおち両手を広げることも叶わない。 手すりもなく、バリアフリーなど思いもよらぬ旧態然とした造り。照明は薄く緑がかって、左右の壁にビッシリ描かれた落書きを、文字とも模様ともつか…

女子高生と砂袋 ―越後高田の教育方針―

新潟県立高田高等女学校の実景(ありよう)は、私が従来「女子校」という言葉に対して抱懐していたイメージが、如何にステレオタイプに凝り固まった的外れな代物か、痛快に思い知らせてくれた。 前回同様、この地にも、岡本一平の足跡がある。 (Wikipediaよ…

大正みやげもの綺譚 ―岡本一平、山陽を往く―

土産物にはその土地々々の特色が出る。 そりゃあそうだ、出ていなければいったいどうして、観光客の購買欲を掻き立てられる。財布の紐を緩ませるには、彼らの日々の生活範囲の域を外れた、そこならでは(・・・・)の尖った「なにか」が必要なのだ。 昔の早…

満州豚と日露戦争 ―明治大帝の見込んだ品種―

そのいきものが下総御料牧場にやってきたのは、日露の戦火も未だ熄まぬ、明治三十八年度のことだった。 満州豚、都合六頭。 現今では「幻の豚」と称される希少種中の希少種であり、実食の機会を掴む為にはある程度の手間とカネ、そしてもちろん幸運が要る。 …

臨時村会は風呂の中 ―別所温泉武勇伝―

下町風俗資料館ではこのような展示も行われていた。 五右衛門風呂にはじまって、 銭湯入口の再現と、入浴にまつわる諸々である。 日本人の風呂好きは、数百年の伝統を持つ。 なんといっても熱気濛々の湯船の中で村議会を開いてのけた豪傑連まで居たほどだ。…

上野公園探勝記 ―下町風俗資料館を中心に―

つい先日のことである。 上野恩賜公園の、下町風俗資料館を訪れた。 どんな施設か問われれば、返答(こた)えるに格好の例がある。私が平素愛読している数多の古書。ヤケ・シミ激しいこれらの本が、未だ刊行されて間もない時分――頬ずりしたくなるほどに綺麗…

めくるめく、めくるべく ―続・大南洋の世界観―

一人前の男になるため、フィジー島ではどうしても、殺人経験を必要とする。 妻を娶り、子をもうけ、円満な家庭を築くため、彼らは殺戮の機会を夢見、そのために日々努力した。 要するに、敵の返り血がそのまま結婚の資格になるわけだ。『ドラゴンクエストⅤ』…

力の継承 ―大南洋の世界観―

街路の落ち葉もずいぶん増えた。 晩秋の気配はすぐそこだ。太陽はいよいよつるべ落としに、呼気が白く染まる日もほど近かろうと思わせる。 夏の盛りに買い積んだ、南洋関連書籍の山を崩すにはもってこいの時期だろう。 満を持して取り組んでいる。その御蔭で…

天皇陛下の御節倹 ―廃物利用の道はあり―

稚子にせよ、女官にせよ。 明治大帝の印象を、近侍した多くが「倹素」と答える。 無用の費えを厭わせ給い、自制の上にも自制を重ね、浮華に流るる軽々しさを毫もお見せになられなかったと。 (明治天皇御真影) 夏の暑さがどれほど過酷であろうとも、 冬の寒…

明治神宮参詣記 ―すめらみくによ永遠に―

明治神宮は鮎川義介の愛した社だ。 総面積七十万平方メートルにも及ぶ、広い広いこの境内を、焦らず、ゆっくり、朝の清澄な大気によって肺を満たしながらゆく。彼の一日はそのようにして幕開ける。昭和三十六年以降、ほとんど毎日繰り返されたことだった。 …

大帝陛下の御痛心 ―朝鮮米は砂だらけ―

明治二十七年十月二十五日、石黒忠悳(ただのり)に勅が下った。 朝鮮半島へと渡り、戦地各所を巡視して来よとの命である。 翌日、直ちに広島大本営を出立したと記録にあるから、派遣自体は前々から決まっていたことなのだろう。 日清戦争の幕が切って落とさ…

夢路紀行抄 ―八本脚―

三日前、蜘蛛を始末した。 壁に張りつき、止まっているのを発見次第、ティッシュを引き抜き、ぱっと突き出し、果たして狙い過たず、圧殺してのけたのだ。 反射に等しい作業であった。 残骸を検め、確かに殺ったと安心し、ゴミ袋に叩き込みにゆくすがら、ふと…

大工と牢獄 ―江戸時代の奇妙な掟―

これもまた、みそぎ・はらえの亜種であろうか。 新たに獄舎を建てるたび、囚人がひとり、牢から消えた。 江戸時代、将軍家のお膝もとたる関東圏で行われていた風習である。 (Wikipediaより、江戸図屏風に見る初期の江戸) 消えた(・・・)といっても、べつ…

答志島の鳥 ―雉についての四方山話―

雉は麓の鳥である。 人里近くの藪や林に身を潜め、田畠を窺い、隙あらば農家の手掛けた耕作物をいけしゃあしゃあと啄みに来る。 皇居の森や赤坂御所、陸軍戸山学校、それに近衛騎兵聯隊駐屯地――空襲で焼け野原になるまでは、大東京のど真ん中でもこのあたり…

薩人詩歌私的撰集 ―飲んでしばらく寝るがよい―

鹿児島弁は複雑怪奇。薩摩に一歩入るなり、周囲を飛び交う言葉の意味がなんだかさっぱりわからなくなる。これは何も本州人のみならず、同じ九州圏内に属する者とて等しく味わう衝撃らしい。 京都帝国大学で文学博士の学位を授かり、地理にまつわる数多の著書…

アイスランドの温泉利用 ―森なき土地の人々は―

エネルギーの空費ほど人情に反した、許され難き行為というのもないだろう。 自然のより効率的な利用方法。限りある資源から能うる限り最大の利益を引き出してこそ「万物の霊長」、知性体の面目躍如といっていい。 そのための努力の痕跡は、世界各国いたると…

歩兵第三十五聯隊金言撰集 ―越中・飛騨の健児たち―

大日本帝国の軍人たちは、実にこまめに日記をつけた。 明日をも知れぬ最前線にあってさえ、日々の記録を紙上に残す重要性が理解され、将校・士官のみならず、兵に至るまでそれ(・・)をした。 精神教育の効果を期待し、大っぴらに推奨した部隊というのも存…

上野の森の獣たち

戦時中、三重県の一部地域では、イナゴを乾かし砕いたモノを鰹節がわりに使用していた。 なかなか悪くない発想である。 栄養価の高さに反して昆虫食が忌み嫌われる第一は、とにかくあの形状の気持ち悪さにあるだろう。棘だらけの節足や奇怪なまでに長く伸び…

大盛況の襤褸着貸し ―裏道をゆく気持ちよさ―

金を払わず医者にかかれるということは、それ自体がもう既に、一つの快事であるらしい。 そのむかし、三井財閥が東京市の一角に開設した慈善病院。 社会的に恵まれない人々――有り体に言えば貧困層に対しては代価を求めることなしに、無料で診て差し上げまし…

夢路紀行抄 ―チェックポイント―

夢を見た。 ヤケを起こす夢である。 錆びたパイプが石造りの壁を這う、日の差しにくい裏通りでのことだった。 肉厚のナイフを逆手に持って、私は獲物の隙を窺う。くたびれきった作業服に身を包む、ガラの悪い男ども。彼らを始末せぬ限り、この先に――目的地に…

故郷にて ―新道峠ツインテラスからの眺望―

所有権を静岡相手に奪い合ってるだけはあり。 富士を仰ぐに恰好の地は、山梨県内ふんだんにある。 就中、新道峠展望台は個人的にイチオシだ。富士の雄大のみならず、河口湖の明鏡をも併せて堪能し尽くせる。 絶景といっていいだろう。 この眺望の実現のため…

続・先住民のオーロラ信仰 ―冥い黄泉路を―

人は死んだら何処へ行く? 命の終わりはただの無か、それとも更に先があるのか? きっと誰もが思春期あたりにこんなことを考えて、眠れぬ夜を過ごしたのではあるまいか。 その懊悩の坩堝から、天国も地獄も生まれ出た。 (Wikipediaより、地獄の門、ロダン作…

「高貴なる義務」の体現者 ―慶應義塾の古参ども―

波多野承五郎、高橋誠一郎、石山賢吉、小泉信三――。 古書蒐集に耽るうち、気付けば私の手元には、少なからぬ慶應義塾出身生の著作物があつまった。 綺羅星の如き人傑たちといっていい。 その想痕に、ざっと目を通しての所感だが。――どうも彼らはいったいに、…