穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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断章

士行毒舌 ―成金国の演劇は―

米国人の脳内は物質的な成功の追求で常にいっぱいだ。 (『cyberpunk2077』より) 人生の意味や目的をうだうだ考え込むよりも、手っ取り早く金を掴むを先決とする。稼いだドルの紙幣の束を、その人間の価値の全部と判断して迷わない。 従って彼らの認識に「…

世界恐慌一笑話

世界恐慌の暗雲は、ニューヨークシティの象徴であったエンパイア・ステート・ビルをたちまちエンプティ・ステート・ビルにした。 テナント料の支払いもままならなくなるほどに、不況に打ちのめされた企業が片っ端から撤退し、結果現出したガラ空き状態。閑古…

1984年の新世界

添田知道の認識下にて、「威儀を正す」は「恰好をつける」の同義語らしい。 「今時裃を着けて歩いたら人々は嗤ふに違ひない。これは時代環境が生んだ儀礼的風俗だ。裃をつけるといふことは威儀を正すことだろう。威儀を正すといふことは恰好をつけるといふこ…

異常民具愛好家

橋浦泰雄という画家はちょっと変わった美的センスの持ち主で、雪舟(・・)だの元信(・・)だのと、いわゆる大家の作品にあまり興味を示さなかった。 先達に対する敬意はむろん持っている。が、擦り寄り、拝跪し、礼讃し、舐めしゃぶるように凝視する、そう…

文化と維新志士どもと

知人の宅の玄関にとてもみごとな蘭の墨絵が掛かっているのを発見し、しばしの間、眺め続けた。 視線釘付け、惚れ惚れしたといっていい。 さぞや名のある支那の画人の作なのだろうと推察し、あとで由来を質(ただ)してみると、 「とんでもない、あれは山縣有…

傑作の条件 ─ある劇作家の娯楽観─

「優れた芝居は二次創作を生んでこそ」。 大胆極まる主張をしかも、大正時代の昔に於いてやってのけた奴がいた。 その人物とは、仲木貞一。 新国劇や松竹キネマを渡り歩いた、石川生まれの劇作家である。 自論を述べるに彼はまず、当時の物質文明の住民の精…

ビルマの毒刃 ─アサシンと化した仏教徒─

ゆったりとした服装は、凶器を隠し持つに宜(よ)い。 その原則に忠実に、──ビルマの僧侶は法衣の下に暗殺の毒刃をしのばせた。 イギリス統治下時代の話だ。 抵抗運動の担い手として、ブディストどもはかなりの有力基盤であった。 「民衆の喜捨で生活してい…

石塚式芋薬

腫物には鰌(どじょう)と芋が効くと云う。 喰うのではない。喰って滋養を摂取して抵抗力を高めるだとか、そういう迂遠な手順を踏むにあらずして。──もっと、遥かに直截に、患部にピタッと貼りつけるのだ。 芋薬とか鰌療治とかいった奇妙な呼ばれ方をする、…

鯉は強し ─山梨県の揺れた夜─

いつの世とても「天災」ばかりは予測がつかぬ。 つかぬからこそ「天災」なのか。 すべてはたまたま(・・・・)なのである。たまたまとある省庁の長官閣下が長野に出張している際に、浅間山が火を噴いた。 (Wikipediaより、浅間山) たまたま麓の田園地帯を…

連合国の不協和音

一九四三年、元号にして昭和十八年である。 現役の駐ソ米国大使たるウィリアム・ハリソン・スタンドレーの一言が、世間に大きなセンセーションを呼び込んだ。 曰く、「ソ連は米国から多分の物質的援助を蒙ってゐるにも拘らず、少しも感謝の意を表しない」──…

レンドリース法以前

ジョージ・オーウェルの著述に曰く──。 英国商人たちにとり、ナチス・ドイツは上得意。愛想を使って損のない、揉み手で寄るべき大口の取引相手であったとか。 一九三九年八月の末、世界戦争再演寸前、本当ギリギリ、間際まで、この蜜月は持続した。ユニオン…

茶碗蒸しで酔う男

戸川秋骨は下戸だった。 茶碗蒸しで酔っ払う、驚くべき下戸だった。 茶碗蒸しの調理には、往々にして味醂を使う。その分量が、ちょっと常より上方向に外れただけで、もう顔色を赤くして、明くる朝には胸がむかつき関節痛に襲われる、早い話が典型的な二日酔…

天下国家と汁粉屋と

流行り廃りは予測がつかぬ。 昭和十年代半ば、極東にても欧洲にても国家間の緊張が臨界めがけてまっしぐらに高まりつつある一方で、我らが日本国内にては、どういうわけだか「おしるこ」がブームの兆しを見せていた。 (Wikipediaより、御膳汁粉に玄米餅) …

世界を巻き込む大嵐

「暗黒の木曜日」から、ざっと三年。 「永遠の繁栄」の面影は、合衆国に既に無い。 好景気が好景気を呼び、成長は次の成長へ、どんどんどんどん連鎖する。自由を重んじ、民主主義に則る限り、神の恩寵は常に我らの頭上へと。──大統領以下、圧倒的大多数のア…

大正時代のリアリズム

木炭 千七百四十二万俵 薪 三千百万貫 石炭 四十万トン コークス 四万トン ガス 五十億立方尺 ざっとこれだけの燃料を、東京市は一ヶ年中に消費する。 家庭で、あるいは工場で。これだけの資源を費やして、そこから生ずる熱により、東京市の活動は維持されて…

埃の巣へと手を伸ばし

総革張り、新菊判五百頁、お値段ポッキリ三円にてご提供──。 豪華な日記帳だった。 辞書と見紛うばかりの厚さに、格式を感じる立派な装丁、平たく言えばゴツいデザイン。それ相応に値段も高価。第一書房謹製の「自由日記」がそういうカタチになったのは、む…

ポリコレが 神州無敵を 脅かす

大正時代の末あたり、震災による創痍から立ち直らんと気力体力知力財力ふりしぼり、努力を重ねる帝都にて、ひとつのプランが潰された。 プランといっても、何ほどもない、市内名物・花電車の装いに「桃太郎」を使ってみたいと、ただそれだけの計画だ。 (Wik…

メンタリストを生んだもの

はじまりは習字の稽古であった。 凝り性気質でつむじ曲がりな性格を生来備えていた彼は、手本をひたすら墨守して忠実に再現するだけの作業に、飽き足らなさをどうしても募らせていってしまったらしい。 定型を破りたくなった。 だがどういった方向で? ──態…

騒ぐ蟲

半島に来て驚いた。 ここでは冬でも蠅が出る。 それも一匹や二匹ではない。汚れた羽音を我が物顔で垂れながら、当然のように群れで越冬してやがる。いったい何処から湧いて出るのか、そこを究明せぬ限り、突き止め殲滅せぬ限り、朝鮮の衛生状態は劣悪不快の…

ブルの遊びと呼ばれても

「いゝ年をして餓鬼大将でもあるまい」「売名もいゝ加減にしろ」「ブルの暇つぶしには丁度いゝや」 日本に於けるボーイスカウトの黎明期。旗頭の一人たる、三島通陽に投げつけられた罵倒のほんのひとかけら。 (Wikipediaより、ボーイスカウト) およそ「新…

伊豆の凡夫と鎌倉と

雅号を非仏。 本名、凡夫。 彼はとにかく、徹底した男であった。 実るほど頭を垂れるなんとやら。増上慢の悪徳にうっかり陥らないように、恭謙であれ、恭謙であれと絶えず己へ言い聞かす。緊縛趣味の偏執狂さながらに、我と我が身を律することに異様な熱意を…

ドイツに学べ ─カイザーの遺産─

磯村乙巳は実によい眼を持っていた。 「現在のドイツ高度国防国家はヒトラーが築き上げたものであるかと云ふに、私は必ずしもそうは思はない。むしろ、前の時代のカイザーがつくったもので、その蒔いた種が実を結んだに過ぎないものと思ふ。カイザーは工業大…

経済的黒魔術

ハイパーインフレ進行中の社会に於ける紙幣ほど、みじめな存在(モノ)も珍しい。 彼ら(・・)はやがて商取引の媒介という本来の役目を失って、別の用途に具されるようになってゆく。 大抵以前(まえ)よりずっと粗雑な用途に、だ。 ドイツマルクが積み木に…

痩せる首府

(首都ですら、これか) オーストリアはウィーンの中央市場にたたずんで、氏原佐蔵は慄然とした。 モノが少ない。 閑散としている。 二百二十万を超す都市人口の支えにしてはあまりに寂寞、積まれ運ばれ並べられ、取り引きされる食糧がどうにも僅少すぎるの…

リッチモンドの蕨採り

十八年ぶり四回目の訪英に、石黒五十二は胸躍らせた。 ──久方ぶりに本家本元のローストビーフを味わえる。 そんな期待感がある。 イギリスビールもセットでつけて、大いに舌鼓を打とう。思い出すだに胃の腑の唸る組み合わせ、生きてる内に、よもや再び楽しめ…

悩ましき草魚

昭和三十二年が最初ではない。 皇居のお堀に外来種──ソウギョが放流されたのは、だ。 (Wikipediaより、ソウギョ) 環境省の資料には「ソウギョ及びハクレンは、水草除去のため昭和32年、41年及び56年に公的に放流されたものである」と書かれているが、なん…

ミツワ謹製「小エビの天ぷら」

三輪善兵衛が当代きっての「天ぷら党」になったのは、彼の家業と深い関係性がある。 彼は石鹸屋であった。 贈り物の定番としてキッコーマンと併称された、ミツワ石鹸二代目社長は彼なのだ。 石鹸の原料は油脂である。 暖簾を守る──事業を繁栄させるため、商…

遥かなる鹿児島の味

九州豚の美味さには、古来一定の評判がある。 とりわけ西南、──鹿児島あたりの地方では、遠く江戸の昔から「歩く野菜」などと称して常食していただけはあり、住民も基本、豚の調理に堪能だ。 信州人が見たならば気絶しそうな光景が、何百年も繰り返し展開さ…

服従是か否か

実業家・大橋新太郎、洋行帰りの土産話だ。 フランスからイタリアへ。──汽車の便にて陸路移動中のこと、たまたま同じコンパートメントに居合わせた壮齢の英国紳士から、 「君は日本人か、日本人なら聞いてもらおう、自分は年来、日本の教育に疑義がある」 ほ…

「81マスに潜る者」

花田長太郎は棋士である。 一手一手に理が宿る、荘重華麗な指し回しもさることながら、終盤戦の競り合いに特に秀でていたがゆえ、「寄せの花田」の異名をとった昭和のA級棋士である。 盤上の死闘を制するために生活の大半を捧げて厭わぬ、そういう花田が、か…