穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

断章

アイルランドのタウセンド ―人の未知なる部分について―

寝つきの悪さに悩まされている。 ここのところ、どういうわけか夜中布団に入っても、なかなか「眠り」が訪れてくれず、一時間以上も瞼の裏の闇を見つめて悶々とすることが多いのだ。 おかげで日中でも思考がときに粗雑化し、集中を保つのが難しくなり、この…

赤木しげると上野陽一 ―「まとも」の不在を説いた人々―

自分探しがしたいのならば、精神病院を見学しに行くといい――。 そう奨めたのは産業能率大学創始者、「能率の父」上野陽一その人だった。 (何を言い出すんだ、この男) 私は面食らう思いがした。至極順当な反応だろう。が、話の続きを聴くにつれ、懐疑は次第…

石黒忠悳の座談術 ―「兵役逃れ」への対処―

義務はなるたけ回避して、権利は最大限に主張する。どうもそれが、近代式の「賢い生き方」というヤツらしい。 さる子爵の一門も、ご多分に漏れず賢明に生きようと心がける人々だった。 この家の次男坊の年齢が、もうじき二十歳に達せんとした秋(とき)であ…

直木三十五の大阪評 ―遠き慮りなき者は、必ず近き憂いあり―

「朝は早く、夜は遅く」――。これこそが、昭和十三年までの日本の商店のモットーだった。 鶏鳴暁を告ぐる以前に店を開け、草木の寝息を聞き届けてから漸くのこと暖簾を入れる。早朝から深夜までの超長時間営業。しぜん、従業員への負担は並大抵のものでない。…

上野動物園の血闘 ―老猪の見せた「受け返し」―

生き物相手のお仕事だ。四十年も動物園に勤めていれば、眼を疑う突飛な事態に出くわすこととて一再ならずあるだろう。 「けれど、明治三十三年のアレはとりわけ群を抜いていたよ」 上野動物園の名園長、「動物園の黒川さん」こと黒川義太郎園長は、晩年人に…

映画浄化十字軍 ―ヘイズ・コード成立奇譚―

自由の国とは言い条、アメリカでは時として、とんでもなく馬鹿げた規制が罷り通るものらしい。 悪名高き禁酒法のあの時代、大激動に見舞われたのは独り酒精関連でなく、映画業界も同様だった。「映画浄化十字軍」なる大仰な名前の運動が、ローマ・カトリック…

シュプリューゲンの雪崩決闘 ―岐阜の地震に思うこと―

真っ白な瀑布が山襞を滑り落ちてゆく――。 昨日13時13分、岐阜県飛騨地方深さ10㎞を震源として発生した地震。マグニチュード5.3のエネルギーは隣接する上高地の山体を揺さぶり、数ヶ所に渡って雪が崩れた。 あの映像を見て、ひとつ思い出したことがある。 溯…

現人神スチンネス ―「Das walte Hugo」―

知れば知るほど、こんな人間が現実に存在し得るのか、と、驚きを通り越して呆れが募る。 Hugo Stinnes。 一連のアルファベットの日本語表記は、スチンネスだのスティルネルだの、はたまたシュティネスだのいろいろあって、煩雑なことこの上ない。差し当たり…

昭和七年の不審者情報 ―鶏の祟りに苦しむ男―

その不審者が淀橋署に引っ張られたのは、昭和七年十一月二十五日、草木も眠る丑三つ時もほど近い、午前一時のことだった。 柏木三丁目あたりの通りを、鶏の鳴き真似をしながらほっつき歩いた罪に因る。まだまだ日の出は遠いのに、こんなことをされてはたまら…

「書き込み」小話

ここ数日来、幾度となく引用させていただいた『東郷元帥直話集』には「書き込み」がある。 その巻末、本文終了後のひろびろと空いた余白の中にしたためられた文章だ。 東郷元帥の面影をまのあたり、観る如く、極めて、興湧く之を読む、加治屋町の生んだ大英…

家康公と東郷元帥・後編 ―猛火を防いだ物惜しみ癖―

吝嗇――物惜しみする心の強さも、東郷は家康に劣らなかった。 たとえば菓子や果物の類を贈られたとする。受け取った東郷、箱を捨てないのはもちろんのこと、その箱を覆っていた包み紙や、あまつリボンの一本までをも、破らないよう注意深く取り外し、皴をのば…

家康公と東郷元帥・前編 ―不自由を常と思へば不足なし―

反応に困る光景だった。 当家――海江田邸に長年仕えるお抱え車夫の松吉が、眉間のしわ(・・)も深々と、ひどくむっつりした表情で、水を飲むでも物を喰うでもないくせに台所に蟠踞して、周囲の空気を沈ませているのだ。 発見者は異様な感に打たれたが、かと…

東郷元帥と烈女たち ―乃木静子と東郷益子―

東郷平八郎が乃木希典を第三軍司令部に訪問したのは、明治三十七年十二月十九日のことだった。 このとき、旅順要塞は未だ陥落していない。 が、港湾内のロシア艦隊。こちらの方はほぼほぼ海の藻屑と化しきって、長く続いた攻囲戦にもどうやら一定の目処は立…

ロシア人の侮日感情 ―「日本人を皆殺しにせよ」―

開戦前の当地に於ける侮日感情の激しさときたら、そりゃもう箸にも棒にもかからない、度を逸しきったものだった。 ロシア人たちは体格の有利を笠に着て「極東の猿」を嘲笑い、 「あのような矮躯から、どうして十分な気力体力が絞り出せるか」「コサック騎兵…

裏側から見た日露戦争 ―ドイツ通信員の記録より―

帝政ドイツの通信員、マックス・ベールマンは呆然とした表情で、ハルピンの街頭に突っ立っていた。これは真(まこと)に、戦時下に於ける光景か。 市内は到る処遊戯歓楽に耽り、二ヶ所の劇場は孰れも喜劇を演じて居り、舞踏場は孰れも醜業婦に充たされ、倶楽…

与謝野夫妻と山本実彦 ―屏風の歌に在りし日を偲ぶ―

晩年、渋沢栄一は、「論語」を書きつけた屏風をつくり、その中で寝起きすることを何よりの愉快としたらしいが、改造社社長、山本実彦も似たような逸話を持っている。 彼の場合、屏風に墨を入れたのは、与謝野鉄幹と晶子の夫妻に他ならなかった。 (左から、…

昭和十一年の森林窃盗 ―山本実彦の記録から―

改造社の文庫本なら、私も何冊か持っている。 例えば、ここに掲げた二冊。菊池寛の『無名作家の日記 他二十三篇』に、横井時冬『日本商業史』。 手に取ると、紙とは異なる滑らかな触感が伝わってくる。よく磨き上げられた胡桃の殻が、あるいは近しいやもしれ…

迷信百科 ―自殺者の魂、その行方―

なにゆえ人は、みずから命を絶ってはならぬのか? この命題に、過去多くの民族が、 ――自殺者の魂は、決して極楽に往けないからだ。 と回答してきた。 彼らに死後の安息なぞは訪れず、殺人犯や強姦魔――恥を知らない人面獣心の罪人どもと同様に、地獄の底で獄…

大震災下のビブリオマニア ―穴を掘る者、阿部秀助―

由々しき事態が進行している。 未読の古書が切れそうなのだ。 世に垂れ込める大暗雲、忌々しいコロナ禍により、贔屓にしている神保町の古書店が、片っ端から休業していることに因る。日本どころか世界でも有数だった「本の街」は、今や繕いようのないシャッ…

ロシアンセーブル物語 ―シベリア開発を支えた毛皮―

黒貂(くろてん)こそは、実にシベリアを象徴する野生獣でなければならない。 ロシア人の東進にかける熱情は、屡々「本能の域」と評された。「不可避的傾向」とみずから告白したこともある。なるほど僅か100年前後の短期間中にウラル以東の無限に等しいあの…

鎖と笞の土地 ―シベリア鉄道建設哀史―

シベリア鉄道着工当初。―― ユーラシア大陸を東西にぶちぬくと言っても過言ではない、この人類史的大事業を遂げるにあたってロシア政府は、囚人の使用を最低限にとどめるべく努力した。それよりも、なるたけヨーロッパロシアに犇(ひし)めいている労働者を動…

近江商人とユダヤ人

どことなく、近江商人に似ているように思われた。 遡ること一世紀半前、夢を抱いてアメリカに渡ったユダヤ人たちの姿が、である。 新大陸にたどり着いたこの人々がいの一番にやることは、およそ相場が決まっていた。 先着の同民族からわずかばかりの資本を借…

続・銀座久兵衛と鮎川義介 ―米内光政、空襲下でも寿司を喰う―

この写真が撮られたのは、昭和十九年十月十五日、鮎川義介の屋敷に於いて。 絶対防衛圏と定めたマリアナ諸島が、しかしながらアメリカ軍の猛攻に次々破られ、日本の敗色、もはや覆うべくもなくなった、戦争末期の一コマである。 僕は当時内閣の顧問をしてい…

銀座久兵衛と鮎川義介

戦時中、鮎川義介が面倒を見ていた呑ん兵衛は、実のところ伊藤文吉のみでない。 今田寿治(ひさじ)という寿司職人も、銘酒「白鹿」の恩恵にあずかっていた一人であった。 そう、日本きっての高級寿司店、「銀座久兵衛」の創業者たる彼である。 久兵衛は酒が…

アフガニスタンの酒事情 ―イタリア人の挑戦―

アフガニスタンは回教徒(イスラーム)の国である。 ハラールの定めに従って、その国民は豚はもちろん酒も呑めない。 しかしながら外国人にまでそれを強要してしまうほど、彼らは狭量でなかったようだ。少なくとも、近藤正造滞在時にはそう(・・)だった。 …

アフガニスタンの日本人 ―建築技師、近藤正造―

近藤正造がアフガニスタンに旅立ったのは、昭和十一年二月二十六日、降り積もる雪を踏んでであった。 奇しくもこの日、帝都では、陸軍青年将校が暴発。斎藤実・高橋是清をはじめとした数多の要人を殺傷し、政府関係機関を占拠する空前の不祥事――「二・二六事…

英国精神小話四撰

Ⅰ 贋金造りで逮捕されたその男性は、審理の席で自分が如何にみじめな境遇に置かれていたかを泣くような声でアピールし、以って衆の同情を誘い、情状酌量の余地を一寸でも拡大すべく努力した。 「――このようなわけで、私は家賃の調達すらままならず、人並みの…

北海道の「ルンペン汽車」 ―心に余裕なき世界―

そのころの札幌市に、「ルンペン汽車」というものがあった。 なにしろ冬の北海道の寒さときたら、お世辞にも人間の生存に適しているとは言い難い。 家なく職なく寄る辺なく、やむにやまれず路上生活を営んでいる人々が、十分な防寒手当てを用意できるはずも…

鮎川義介漢詩撰集

元日産自動車株式会社役員という繋がりゆえか。 衆議院議員・朝倉毎人が鮎川義介を題材に編んだ漢詩は数多い。 (朝倉毎人) その中から特に秀逸と感じたものを得手勝手に抄出すると、大方次のようになる。 雲煙飛躍満華箋描出毫鉾画裏仙餘技義翁能若此朝昏…

北米大陸の鮎川義介 ―ストロング・イズ・ビューティフル―

朝倉毎人が詠うところの「秘術」を求め、北米大陸に渡った鮎川義介。 来着早々、彼はここでも日露戦争の齎した波紋を実感せずにはいられなかった。 なにせ、行き交うアメリカ人というアメリカ人が、みな大日本帝国を知っている。 知識人はともかくとして、ほ…