穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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断章

西洋中毒

多くの日本人にとり、「海外」という言葉の持つイメージは「欧米先進諸国」と同義。日本を除いた世界の全てにあらずして、治安、人文、双方共に高水準が保証済み、限局された一地域のみを指している。 国を開いた当初からずっと変わらぬ悪癖だ。 それがゆえ…

謙譲と卑屈の境界

わけのわからぬことにばっかり気を配る。 「およそ商店の店員はなるたけなるたけ粗服で通すべし、あまり身綺麗に装いすぎて客を凌いでしまった場合、はからずしも先方に、無用な恥辱を与えるやも知れぬから」──。 斯くの如きシキタリが、大正・昭和の日本に…

時の砂

「七里ヶ浜の砂の数は尽きても、科学の研究の種は尽きる時はあるまい。日常見慣れ聞きなれてゐて、何等の驚異、何等の感興など惹起さぬやうな事柄でも、少し立入って研究すれば、その中には驚くべき事実や、多趣味な現象の潜んでゐることは数限りもないので…

多々益々弁ず

益田孝の宗教観が面白い。 以前(まえ)にも幾度か触れてきた、三井の大番頭サンだ。 彼は大胆な男であった、エネルギッシュな漢であった。進取的、発展的な色彩を、その性格に多分に含む者だった。 従って神饌という儀式行為に関しても、単なる神へのもてな…

牽強附会か正論か

「大航海時代はジンギスカンが生み出した」。 文学博士・中山久四郎の説である。 ──何を言い出すんだこの男。 頭の調子を疑いたくなる、突飛な話に聴こえるが、相手は仮にも東洋史の専門家。 その肩書きに敬意を表し、よくよく耳を澄ましてみると、まんざら…

「ロイド・ジョージは英国王」 ─誤珍回答私的撰集─

そのむかし、とある巡査が昇任試験の面接で、 「日本の三府はなんだったかな」 と訊ねられ、咄嗟に口を衝いて出たのが、 ──別府、大宰府、甲府。 であったことがある。 むろん誤答だ、誤答だが、誤答にしても、こいつの質はけっこう高い。 たぶん、おそらく…

修羅の巷の星条旗

1926年夏である。合衆国はシカゴにて、国際警察署長会議といったものが開催(ひら)かれた。 そう、シカゴ。 場所の選定の段階で、ひどい皮肉を聞かされている気がしてしまって仕方ない。 何と言っても、ほら、アレだ。シカゴ・タイプライターと、蓋し高名な…

善はせず 悪を重ねて 死ぬる身は

「スリの金太」がまた捕まった。 その一報が伝わるや、 「あの業ざらしのくそじじい、いい加減大人しくならんのか」 警官、法曹関係者、監獄吏員に至るまで、俗にいわゆる犯罪処理を生業(なりわい)とする人々は、一様にゲンナリさせられた。 さもあろう。 …

職業に貴賎なし ─市井に紛れる「えらいひと」─

木村儀作は新帰朝者だ。 知見を広げるためならば、言語の壁もなんのその。海の向こうに刺戟を求め、遥か異郷へ船出して、求める「何か」を彼の地で得ると、やがて再び帰り来た。 後には医学の分野に於いて博士号まで取得する、そういう木村の洋行みやげ噺の…

今年の干支にかこつけて ─名伯楽を生んだもの─

北海道は名馬の産地。 わけても日高は指折りである。 新冠御料牧場開設以来、重ねた努力と実績が、「日高駒」の名声をとどのつまりは全国レベルに押し上げた。 ──あのあたりの住民は、誰も彼もが馬と多少の関係性を持ちながら日々の暮らしを営んでいる。 か…

伊予より流れ着きしもの

神田で、早稲田で、あるいは各地の古本まつりを訪ね歩いてみたりして。 多年に亙り、古書を掻き蒐める趣味に余念なかりし筆者(わたし)だが、 これほどまでにびっしりと書き込み済みの逸品はお目にかかったことがない。 東光治著、『生物暦』。 昭和十六年…

一見さんに御用心

一見の客が唐突に高価な品を台に置いても、質屋はまず相手にしない。 盗品の疑いがあるからだ。 (『プレイグ テイル -レクイエム-』より) 以下の話は大正八年、「白浪庵」のペンネームにて『実業之日本』に掲載されたとある記事、「当世質屋物語」を基にし…

凍土と象牙と密猟者

今日びシベリアで象牙が出ると、その九割は中国人が買ってゆく。 中国人の技術者どもの指先で装飾品に加工され、更に高値で売りさばかれる。 しかし昔はイワン(ロシア人)ら自身の手によって美々しく細工が施され、販売されていたそうだ。 ここで云う「昔」…

そして桂園へ…

ポーツマス条約の内容に怒り狂った国民が、その憤懣を日比谷にて火遊びすることにより発散したあの(・・)当時。 政友会は方針として、これに便乗せんとした。 (Wikipediaより、政友会) 群集心理を煽り立て、火の手をもっと拡大し、政府に失態の上塗りを…

消えない怨み ─ベルギー、メーテルリンク篇─

何のための講和条約だ、馬鹿々々しい。 「戦後」五年目、一九二三年のヨーロッパ。十二月のとある日に、ドイツの有力新聞紙、『ベルリナー・ターゲブラット』から依頼が飛んだ。宛先は、隣国ベルギー、文豪モーリス・メーテルリンク。 (Wikipediaより、メー…

大和魂俯瞰論

日本人の宿痾とされる、「過度な精神主義」への批判。 俗にいわゆる「大和魂」、「心の力」をめっぽう重視するあまり、ちょっと難局にぶっつかるともうすぐにあきめくら(・・・・・)のようになり、天佑神助を頼みとし、思う念力岩をも通す、断じて行えば鬼…

敵意の海を漕ぎ渡る

一九一八年十二月、和暦に直せは大正七年度の師走。 ウッドロウ・ウィルソン大統領の名の下に提出された教書には、連邦議会のみならず、太平洋を隔てた先の日本の朝野の心さえ、大いにざわめき立てられた。 「一年前に於て吾人は海外に僅に十四万五千九百八…

火の用心の声久し

頻繁な火事なかりせば、お江戸の街はああまで永く繁栄を保ち得たろうか? 「すべからく、破壊からの復興は経済成長の土壌」とは、『ACfA』で耳に馴染んだ言葉であった。同様の理屈に基いて、定期的に烏有に帰していればこそ、都市経済は比較的円満に回転し続…

話せばわかる ─ヤマサ醤油の外岡氏─

ヤマサ醤油の営業部長は犬養毅を買っていた。 何故ってくだんの老政治家が、話術の達者であったから。 老害(・)にあらず老獪(・)なりと、余計な濁点、ちゃんと省いた名匠(たくみ)であると認め仰いでいたからだ。 (Wikipediaより、ヤマサ有機しょうゆ…

赤い大帝、スターリン

一九三〇年代末ごろだ。布施勝治は、都合何度目かの洋行をした。 リガで、プラハで、あるいはパリで。めぐる諸都市の劇場で彼を待ち構えていたモノは、封を切られて早々の、『ピョートル一世』のフィルムであった。 (Wikipediaより、ピョートル一世) アレ…

謳う丘

三井王国の柱石が一、小野友次郎という人は、老境に入るに伴って新たな趣味を追加した。 長唄を習いだしたのだ。 もともと芸達者な人であったが、還暦間際に臨んでも新規開拓に余念がない点、また相当に気も若い。 (『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』より) そ…

みかんの皮と長州と

もはやすっかり、冬である。 ちょっと前まで長引く夏に辟易していた筈なのに。──ふと気がつけばコタツに脚を突っ込んで、みかんを頬張る時季である。 光陰矢の如し、時の流れは無常迅速。承知していた心算(つもり)だったが、流転する世界のスピードに、今…

あられ酒奇話

奈良に酒造家あり。 讃岐屋と号す。 蒼古たる中院町の一隅にて暖簾を掲ぐ。 当主は代々、「兵助」を名乗るシキタリである。 あられ酒の発明は、この讃岐屋の五世兵助によると云う。 (Wikipediaより、奈良盆地) 春日大社へ信心厚い兵助は、ある日、参拝を終…

十字砲火の重信よ

カリフォルニアを筆頭に、合衆国にむらがり湧いた排日移民のムードほど、大正日本の人心を激昂させたモノはない。 三国干渉の屈辱に匹敵、あるいは凌駕し得るほどその勢いは猛烈で、朝野を挙げて怒り狂ったといっていい。 (Wikipediaより、排日移民法に抗議…

度し難きもの

政治事情がすべてに優先されるのが、アカい国家の特徴だ。 政府の、党の、下手すりゃいっそ一個人の面子を守るためだけに、ソロバンだって平気の平左で投げ捨てる。経済的意義ですら、政治的意義を追い越すことは許容されていないのだ。強引な突破を図れば最…

国共合作裏事情

「赤匪」こと支那共産党の戦略は、実のところ読めていた。 国共合作の美名に隠れ、彼らが如何に陰険かつ悪辣なる謀略を張り巡らせていたものか。「他日の雄飛」を目論んで、己が天下取りのため、あらゆる準備工作におさおさ怠りなかったか。日本側にも、掴ん…

大隈侯と雪ダルマ

まず、原案を自分一手で創り出す。 その次に、主題に据えた分野に於ける専門家らを呼び寄せて、用意の「案」を説き聞かせ、それに対する批評を願う。 「腹蔵なく意見を吐け」と言ってあるから、当然談(はなし)は熱を帯び、火花を散らし時として口角泡を飛…

「時代」は決して止まらない

昭和五年のことである。 電送写真実用化のいとめざましき進捗ぶりを前にして、 「今にラジオは声だけでなく、動画も一緒に送れるようになるだろう」 熱っぽい口調で、興奮もあらわに。──大胆な予測を、下村海南は口にした。 「電送写真の実用化されんとする…

相模湖遊歩

だいたい本屋か水辺かだ。 このごろしばらく筆者(わたし)が遊行する土地は、その二種類に分けられる。 つい先日は、後者であった。 ふと、発作的に相模湖を訪ねたくなって、電車を乗り継ぎ、行って来たという次第。 陽を翳らせる雲はなく、しかし冷たい風…

貧の底

一次大戦後のドイツ、──ワイマール政体下に於ける超インフレは有名だ。 有名すぎて、敢えていまさら詳説するのも野暮ったい。 現代日本人ならば、ほとんど九分九厘までが義務教育の過程にて、マルク紙幣のブロックみたいな札束を積み木代わりにして遊ぶ、当…