断章
山をぶち抜かねばならぬ。 琵琶湖の水を京都へと、どっと落とし込むために──第一疏水の成就には、なにがなんでも長等山の懐に穴を掘り開けねばならぬ。 時は明治十八年。日本史上に前例のない大トンネルの開鑿につき、二つの人間集団に、主任技師は目をつけ…
パイロットは儲かる仕事。 エースとくれば尚更だ。 少なくともアメリカ合衆国では然り。彼の地に於いては一九三〇年代はや既に、飛行の技倆一本で巨万の富を築いてのけた事例が現に存在し、国内外を問わずして羨望の的となっていた。 (テキサス陸軍飛行学校…
蓮池鍋島家十一代目の当主様、鍋島直和その人は、また随分な愛犬家として世間に聞こえた方であり。特に、とりわけ、お気に召された犬種というのが、「秋田犬」であったとか。 (Wikipediaより、秋田犬) 九州肥前蓮池藩を治めた裔(すえ)の子爵様でありなが…
快楽に耽るのは大好きだけれど子供が出来ては厄介至極、よって避妊に血道をあげる。 なんたる横着、なんたる勝手。フランス人とはそういう種族。長らくそう見られていた。個人主義の弊害を集めて煮詰めて固めたような、目も当てられないイメージが付き纏って…
基本的、犬は忠義な性質(サガ)である。 主人に対してどこまでも一途に随順するゆえに、彼らはいつしか、主人の好むところを好み、主人の嫌う相手をやはり嫌悪し敵視するようになる。 猫には見られぬ、犬ならではの特性だ。 「インドの犬は白人に対しては非…
巣山は小さな島である。 公的には玉島という瀟洒な名前が冠せられているのだが、地元の特に古老らは一種特別な感慨を籠め、俗名である「巣山」の方で多く呼ぶ。 (土佐藩士の皆様方) この巣山につき、昭和のはじめ、面白からぬ噂が流れた。 島そのものの規…
実生すぎ子と同様の、大正時代の留学生で、やはり同じく祖国へと、出先の国の消息を手紙に記して送った者に、中村宗雄の存在がある。 後の早稲田の教授職、法学博士の学位に与るこの人は、大正八年七月以降、オーストリアはウィーン大学に身を置いて、智慧の…
一夜漬けの伝統は、なにも大和民族のみの専売特許と限らない。 星条旗はためく地の子弟、──合衆国の学生間にもまま(・・)見受けられる現象である。 そのころカリフォルニア州はオークランドの名門校、ミルズ・カレッジ(Mills College)に異装の生徒が在籍…
十九世紀、フランスに於ける日本人の扱いは、まるで珍獣のそれだった。 さもありなん、 「向こうの地理の教科書を開いてみて驚いた。支那の部分は大きな地面に辮髪姿のちゃんとした肖像画が添えてあるのに、日本の部分は埒もない、豆粒みたいな地面の脇に、…
あたかも江戸期の蘭学者、『ターヘル・アナトミア』翻訳中の杉田玄白一同らを見るようだ。 事実、本質はそれに似る。 ──明治九年、司法省に異動早々、清浦奎吾に下された主な任務は、治罪法の制定作業こそだった。 (『Cyberpunk 2077』より) 成立したての…
超大国の頂点という自負があるいはそうさせるのか、合衆国の大統領は時々変なことを言う。 例えばウッドロウ・ウィルソン。 (Wikipediaより、ウィルソン) 第一次世界大戦にケリをつけんと舞台に上がったこの人は、その段階でもう既に十分千両役者であった…
二十世紀の幕開けから十余年。イギリスからアメリカへ、──リヴァプールからニューヨークへの航海は、一週間かそこらにて、十分果たせられていた。 ところがいったん戦(WWⅠ)の火蓋が切られるや否や、どうだろう。要する日時はみるみる嵩み、最終的には戦前…
発足当初の陸軍衛生部隊の徽章は「横倒しにした赤の一本線」である。 石黒忠悳の発意であった。 (明治前期の石黒忠悳) 既に外遊経験者、新帰朝組のひとりとして赤十字社の活動を知り、魅せられもしていた石黒的には最初から、もうストレートに赤のクロスを…
整合性なぞ気にするな。 過去の己の言行に、今の自分の有り様が背反するのは当然だ。 だって生きてるんだから。 万物流転し絶えず変化し続ける、先行き不明な濁世の中にどっぷり浸かってるんだから。 流れに揉まれりゃ、どうしても、元のカタチは保てない。…
若し、である。 若しも三宅雪嶺にいじめ問題の対策案を訊いたなら、 ──被害者に、銃を一挺、くれてやれ。 たぶん、おそらく、こんな答えが返って来るのではないか。 それで乱射事件でも発生したなら万々歳だ。山と積まれた屍を不心得者ども(いじめっ子ら)…
味覚が消えた。 花粉症のせいである。 鼻粘膜の炎症がのっぴきならない段階へ、──ついに一線を超えたのだ。 呼吸困難に陥るほどの閉塞感が鼻腔にあって拭えない。ヤケクソ気味に思いきり鼻をかんでみたところ、鼓膜の調子もおかしくなった。顔面の穴は穴同士…
資本家は臆病ないきものだ。 暮らし向きに不自由のない、裕福な身にも拘らず、否、裕福な身であればこそ、あの手の類の連中は自身の富の損失を──財産が目減りすることを──貧乏人以上に嫌う。嫌うにも況して恐怖する。その(・・)痛点の敏感性は一般庶民の遥…
二十世紀、ヨーロッパはドイツにて、さる高名な動物学者が自殺した。 既に初老の身であって、自然の作用に任せても、まあ十年か二十年。そのあたりを出でずして死神が戸を叩きに来そうであったのに、なにゆえ態々苦しい思いをしてまでも短い寿命を更に縮める…
ある日、突然気が付いた。 自分の雅号はもしかして、他者(ひと)から誤解を受けやすい、一種不穏なニュアンスを含んでいるのでなかろうか? 荒東学人こと増田義一の胸中に、ふっと兆した疑念であった。 元を糾せば他愛ない、彼の生家の西方に流れていた河川…
感涙會の招待状を読んでいる。 鶴彦こと大倉喜八郎の名のもとに、毎年四月八日をとって──釈迦の降誕した日付、めでたきこと限りなし、問答無用の吉日である──開催(ひら)かれていた饗宴だ。 (『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』より) 花を肴に詩吟に酒に、役…
「地元を大事にした政治家は?」 と訊かれたら、間髪入れずに 「原敬」 と返答(こた)えずにはいられない。 そのイメージが、筆者(わたし)の内部(なか)に厳として、シッカと腰を据えている。 (Wikipediaより、原敬) 「猿でも乗せるつもりか」と揶揄さ…
ロンドン海軍軍縮会議を取りまとめ、帰国した若槻礼次郎。 全権の任をあっぱれ見事果たしたと、当初に於ける彼の人気は相当以上のものがあり、全国何処へ行こうとも、歓迎されざる場所はなかった。 (Wikipediaより、若槻礼次郎) 就中、その郷里たる島根に…
直江兼続の血脈はとうに絶えたとされている。 如何にも嫡流は然りである。 が、庶子ともなるとわからない。 (Wikipediaより、直江兼続像) そのころ越後の片隅に、直江兼続の後胤を自負する郷士ありと聞く。 誰から聞いたか。 最後の元老、西園寺公望その人…
一国の文明水準(レベル)を計測(はか)るには、その国民にどの程度、遵法精神が根付いているかを見ればよい。 美濃部達吉の信念である。 彼の認識に基けば、「法」こそ国を国たらしめる最根幹、要石中の要石ということになる。「国家の存立発達のもっとも…
驚嘆すべきレコードがある。 「六十五日で九十回余の演説をした」。記録の保持者は渋沢栄一。大正十年、ワシントン会議開催につき、「視察」の名のもと彼の地へと渡った折に打ち樹てたるモノである。 これが三十代や四十代の、脂の乗った「働き盛り」のやる…
「始めて山らしい山に登ったのは立山であるが、あの雄山の山頂に立って日本北アルプスの全貌を大観した時から、遽かに山岳といふものに魅せられて専攻の学科をさへ山に関係あるものに転向したほどの愛着を感じたものである」 かく語りしは田村剛。 岡山出身…
値札の付け方ひとつとってもコツがある。 百貨店の店員は、客の心理の解剖に実に余念のないものだ。この世で金より大事なモノなど絶無とまではいわないが、決して多くは有り得ない。かくも大事な金銭を惜しみなく吐き出させるために、どんな手管が必要か。脳…
フランクリン・ルーズヴェルトは支那を目して──より正確を期するなら、蒋介石麾下国民党政府を目して、「アジアで最もデモクラティックな国」とした。 (Wikipediaより、FDR) 時あたかも一九四〇年、ドイツの電撃戦によりフランス第三共和政の陥落せしめら…
安重根の大馬鹿野郎も罪深いことをしたものだ。 明治四十二年十月二十六日、伊藤博文、ハルビンにて凶弾に斃る。 その号外を目にするや、ショックのあまり唸と一声あげたきり人事不省に陥った女性が芝区あたりに在ったとか。 御年七十四歳になる、彼女の名前…
佐伯矩が「血のあんころ餅」を開発し、提供・推奨していた時分。 機を同じくして獣の骨も日本人の体内に積極的に摂取されつつあったとか。 言うまでもなく、生(ナマ)で、ではない。 強力火力で芯まで炭にしたモノを、健康維持の良薬として服用(の)むこと…