穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

武藤山治の地獄耳 ―「海老を煮るのは動物虐待」―


 人間というのはなんとまあ、一ツところを飽きもせず、堂々巡りばかりしているいきものか。


 ロブスターを生きたまま茹でるのは動物虐待人非人と呼ぶ以外にない言語道断の所業なりと、こう批判する風潮は、べつだん昨日今日に出来上がったものでない。


 九十年前の合衆国で、既に痕跡が見て取れる。


 そろそろ「毎度おなじみ」と化しつつある武藤山治が、やはり自身の主宰する『時事新報』に書いている。正確な日付は昭和七年十二月十七日。以下その部分を切り抜くと、

 


 米国マサチューセッツの動物虐待防止会で、海老の煮方を規定した話がある。元来何処の国でも海老は大抵生きたまゝのものを料理する。そして沸騰せる湯の中でうでるのが通例である。動物虐待防止会の人達に言はせると、これも不必要な苦痛を与へるのだから、先づ華氏百度の微温湯の中に入れ徐々に熱を加へて行けば、海老は激痛を感ぜずに、徐に生気を失って心地よく死んでゆく。そして海老の味はちっとも変らない。従来の方法は不要な苦痛を与へ、残酷な取扱をするのだと云ふのである。

 


 およそこのような次第であった。

 

 

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 憂愁の詩人、偉大なるニヒリスト生田春月その人は、かつて米国を評すにあたって

 


 ――アメリカといふ国は、不思議な国である。「とてつもなく莫迦らしい国だ」と思ふことさへある。そして、日本がこの莫迦らしい国の一層莫迦らしい猿にまで進化するであらうといふのが、悲しいかな、今や私の確信とならうとしつつある。

 


 と、いっそ酷烈なまでの弁辞を敢えて用いた。


 春月の当時、インディアナでは凶悪犯への去勢手術が推奨されて、実際に数多の睾丸が切り落とされたし、カリフォルニア、コカチネットの二州では優生学的発想に基き、性病患者の結婚を法律で以って禁止した。


 そこに加えて今度は海老を手荒に煮るな慈しめと来たものだ。上の記事が世に出た際、既に春月はこの世の人でなくなっているが、もし聞いたならさもありなんと苦っぽく頷いたことだろう。

 

 

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(生田春月、大正七年六月撮影)

 


 ――それにしても。


 と、このあたりで話頭を武藤山治に戻したい。


 先ほど私はこの人物を「毎度おなじみと化しつつある」と記したが、そうせざるを得ないほど彼の知見は幅広く、切り口がいちいち面白いのだ。


 世界の大勢とはなんの関わりもありゃしないこんな些末な事象まで、この極東の島国に跼蹐する身でよくぞまあ、次から次へと引きも切らずに仕入れられたものである。まったく大した地獄耳だと、感嘆するより他にない。


 武藤はまた、1933年のイギリス遠征隊による、第四次エヴェレスト登頂計画を逸早く聞きつけ、記事に表した男であった。文中、デスゾーンに関する描写も見当たり、その領域では「登山者の脚そのものが一尺を動かすにも百鈞の重みを感じ、首を左右に動かすだに鉄鎖で縛られてゐる如き不自由を覚え、登山の軽衣すら非常な重量を感じる」と、いちいち実感に即して精確である。

 

 

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 読めば読むほど、彼を暗殺などという愚劣な行為で亡くしたことが惜しまれてきて堪らない。日本国の文化、否、歴史に対してなんと大きな損失だろう。あと五十年ばかり生かしておいて、激動する風雲の中、気を吐き続けて欲しかった。

 

 

 

 

 


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魅力的な密造事業 ―敗戦直後の闇煙草―


 犯罪ではあるのだが、否、むしろ犯罪であるがゆえにこそ。


 密造という行為には、妙に浪漫を掻き立てられるものがある。


 敗戦直後、苛酷なまでの課税によって価格が鰻登りに高騰したのはなにものみに限らない。


 煙草もまた同様だった。


 具体例をとって示そう。ここに白黒広告がある。例によって例の如く、昭和二十六年の『酒のみとタバコ党のバイブル』に掲載された代物だ。

 

 

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 二段目に着目していただきたい。「ピース」十本入りが五十円。ラーメン一杯二十五円のご時勢に、たった十本で五十円だ。この時点で馬鹿にされているようなものだが、更に内訳をたどってみると、なんと四十円九十二銭が税金から成っている。


 全体の、実に八割以上の数字であった。


 闇が栄えぬわけがない。


 現に栄えた。


 流れは大別して二つ。


 一つは沖縄方面から船に乗ってやって来る洋モク派。こちらは単に既製品をドラム缶なり木箱なりに詰め込んでどこぞの港に陸揚げするだけの作業だから、はっきり言って面白味はあまりない。


 せいぜいがリンゴの箱がいちばん好んで使われたとか、その程度のものだろう。


 私が興味をそそられたのは、残る一方。国産品の闇煙草に関してだ。


 業者はまず、宇都宮・福島・茨城あたりの煙草農家に渡りをつけて、原葉を一貫千円程度で仕入れることから開始する。

 

 

Sušenje duvana u Prilepu 2

 (Wikipediaより、乾燥中の煙草)

 


 この原葉を、利根川の流れを利用して東京へと密輸して、秘密の地下工場まで運び込む。


 職人たちが待ってましたと腰を上げ、刻み、巻き上げ、包装し――一貫の原葉から、ざっと四百個の包みが出来上がったということだ。


 完成品はだいたい一個二十円の相場によってブローカーに卸される。首尾よく全部捌けたならば、八千円の収益になる。


 なかなかの儲けといっていい。


 犯す危険に見合うだけの価値はあろう。


 そこから更に消費者の手元に届けられる時分には、値段は三十円まで上昇している。


 しかしそれでも、まだ大抵の正規品より安いのだ。


 味もいい。


 正規品に劣らぬどころか、下手をすれば凌駕する。


 もてはやされて当然だった。

 

 

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(『ゴーストリコン ワイルドランズ』より、コカインの密造工場)

 


 一説によれば、昭和二十六年時点で闇煙草の流通規模は二百億円近くにまで増大し、当局はこれを取り締まるべく、四億円の費用をかけて監視の目を光らせた。


 が、実際に網にかかったのはせいぜい総体の一パーセント、二億円程度に過ぎなくて。


 あんまりにも割に合わない、悲惨な結果を呈したという。


 事態を受けて日本専売公社初代総裁、秋山孝之輔その人は、


「どうしても専売公社が安くて品質のよいものを造るよりほか対抗手段はありません」


 と、王道至極な対応策を前面に掲げ、意気を示した。


 が、結局はこれも酒と同じく、税率を見直さない限り、如何ともし難い問題だったに違いない。

 

 

JTSPC Tobacco and Yomiuri Shimbun board

 (Wikipediaより、日本専売公社時代のホーロー看板)

 


 この税制がらみの記述については『酒のみとタバコ党のバイブル』中、至るところに散見されて、いかに世間の関心を集めていたかが窺い知れる。


 わけても土屋清なるジャーナリストの概説こそがもっとも簡明、且つ軽妙に出来ているため、最後にそれを引用し、ひとまず今日のところは終わりにしよう。

 


 二十五年予算において酒税収入の総額は千三十億三百万円に上り、所得税の二千四百八十六億円に次いで第二位を占めている。これは歳入総額六千六百十四億円の約六分の一に当たるというから、大変なものである。これだけの税金を負担しているから、どうしても小売価格は高くならざるを得ない。清酒特級一升は千百七十五円であるが、そのうち七百二十六円は税金である。つまり約八割は税金を呑んでいるわけだ。(中略)
 つぎに煙草はどうか。煙草には酒税のような税金というものはない。それは煙草が政府の専売品であって、その専売価格の決め方により、相当の益金があるからだ。この専売益金が事実上税金と同じものである。
 それでは一体どれだけの煙草の専売益金が今年の予算に計上されているかというと、総額千二百億円である。酒税より百七十億円多く、歳入総額の五分の一に当る勘定だ。(中略)日本の酒呑みと煙草喫みは大いに威張ってよろしい。国家の歳入総額の三分の一は彼らが負担しているからだ。これは世界でもあまり例がないだろう。(212~213頁)

 

 

 

 

 


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慶應生の家康評 ―極めて稀なる思慮の人―


 所詮私も人畜生。


 己に近きをたかしとし、逆に遠きをひくしと見たがるこの厄介な性質を、厄介と承知しておきながらしかしどうにも振り払えない。


 これまでにも幾度か触れたが私は徳川家康を、日本史上最大最強の英雄として心の底から敬慕している。

 

 

Okazakijo1

 (Wikipediaより、徳川家康像)

 


 だから偶々、読書中、この気分を共有できる人物を紙面の上に見出すと、そいつに対する好意というのがにわかに弾けて、評価自体を二・三段、引き上げずにはいられなくなる。


 おや、お前さん話せるねえ、よくわかってるよ大したもんだ、といった具合に。


 肩でも組んで褒め称えてやりたくなるのだ。


 直近では小泉信三書きもの・・・・中にこの種の下りを発見し、私はますますこの温厚な経済学者を好きになった。


慶應義塾学報』明治四十二年一月号に掲載された小稿からの抜粋だ。

 


慎重遠慮万に違算なきを期して事を行ひ、一の事を行ふ時既に次の為すべき事を考慮しつつある徳川家康の如きは、日本人中にありては真に異色とす。余は上下三千歳の日本歴史が「思慮の人」を産する事余りに少なかりしを悲しまずんば非ざるなり。しかも家康の如きも、民衆の同情に関しては、却って理知に於て遥かに劣れる秀吉信長の下に位するの観あり。人は己れの同情する者に依て、反射的に自己を説明す。依て観る、日本人の多くに取て、より多く衝動的なる秀吉信長が却て快きは、即ち日本人の衝動的なる性情を反射して示すものには非ざるか。

 

 

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(家康直筆の安堵状) 

 


 小泉信三がこの世に生まれ落ちたのは明治二十一年五月四日のことというから、この文章を書いたとき、彼は二十歳はたちの青年に過ぎない。


 未だ学生の身空であろう。


(なんということだ)


 正直言って戦慄した。二十歳でこんな、これほどの名文を書けるのか。同じ時期、自分はいったいどうだったろう。比較くらべて思わず死にたくなった。いわゆる愧死と云うやつだ。


(これが才能か)


 愚痴まで頭に浮かび始めた。


 好ましからぬ傾向だ。


 愚痴であろう。思春期の切所でヴァルキリープロファイルに邂逅し、アリューゼの叱咤に浴して以来、私はこの種の慨嘆を愚痴と視るべく意識している。

 


 ――天才? そんなの大昔の負け犬が作った言葉だろ。俺とは違う。奴は“特別”だってな。槍を持て。俺たちは一歩ずつ進んでいくしかないんだぜ。

 


 歳月を積み重ねた今も、この言葉の魅力は失せない。


 権現様の大金言、「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし、急ぐべからず」にもどこかしら通ずるように感ぜられ、むしろいよいよ好ましくさえなったろう。

 

 

Kunosan Toshogu11c

 (Wikipediaより、久能山東照宮 廟所宝塔)

 


 書いてるうちに、少し気力が回復してきた。


 我ながら単純な精神だ。


 もののついでにもう幾許いくばくか、小泉に言及しておこう。


 この人の国土に対する認識が凄い。亀鑑とするに相応しい。

 


 一国の領土はその国民のものである。しかし、今日現存の国民のみのものではない。我々はそれを祖先から受けて、子孫に伝える。いわばそれを、日本国民の祖先と子孫とから預かっているようなものである。その得喪の決断は、よくよく慎重でなければならぬ。(中略)現在のような状況の下においていわれなく領土を割譲して、罪を子孫後世に負うことは、いかなる政府も国会議員も、みな必ず恐れるであろう。日本国民として、それは恐れるのが当然であると思う。(『毎日新聞』昭和三十一年八月十二日)

 


 小泉は戦争末期のソ連の行動――中立条約を一方的に反故にして怒涛の如く日本国の北を侵した――を「火事場泥棒」と烈しく批判し、北方領土の占領を「理解の外」と断じてのけた漢であった。

 

 

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(左から、小泉信三、妻とみ、次女タエ)

 


 彼が平成天皇の教育役を務めたことは、日本にとって幸いだったといっていい。

 

 

  

 

 


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雑誌広告私的撰集 ―昭和26年のウィルキンソン炭酸水―

 

 先日紹介させてもらった『酒のみとタバコ党のバイブル』は、繰り言になるが月刊雑誌の亜種である。


 雑誌なだけに、広告がふんだんに載せられている。

 

 

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 扱っているテーマがテーマだからであろうか。胃の薬だの保険だの、健康絡みの商品がとかく目につく印象だ。


 中にはこんなあやしげなモノまで存在している。

 

 

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「緑の血」アメリカで話題の葉緑素、グリンポール注うんぬん。ざっと字面を追う限り、どうも葉緑素の皮下注射を奨めるものであるらしい。


 効果の方を覗いてみると、


 胃潰瘍・腸潰瘍・貧血・動脈硬化・高血圧・過労・食欲減退・不眠症結核をも治癒せしめ、


 顔面からはニキビやソバカス、小皺が消えてつるっつるのたまご肌が出来上がり、


 老化の所為で減退気味の精力さえも甦るという、


 エリクサーすら思わず一歩を譲りかねない絢爛たる謳い文句で満ちている。


 貴重なカラー刷りのスペースを贅沢に使っているあたり、結構な数の愛用者が居たのだろうか。


 まあ、ヒロポンといって覚醒剤が注射器ごと売られていたご時勢だ。


 体に針を突き立てることへの精神的抵抗も、遥かに低かったのだろう。

 

 

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 ウィルキンソンの炭酸水をみつけた時は、流石にちょっと驚いた。この段階――昭和二十六年――から既に定番だったのか。


 定番といえば、日清サラダ油の姿も見える。

 

 

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 容器が瓶だ。


 プラスチック台頭以前なのだから自明の理であるものの、なにやら妙に時代を感じて趣深い。

 

 

  

 

 


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続・日本人製密造酒 ―敗戦直後のバクダン造り―

 

 ――おそるべきことに。


 酔っ払いたさに工業用アルコールあおって・・・・いたのは、ひとりロシア人ばかりではない。


 我々日本人も同様だった。


 いわゆるバクダン焼酎である。敗戦直後の短期といえど、それは確かにあったのだ。

 

 

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「なにもかも酒手の暴騰が悪い」


 昭和二十六年という、まさに事態の渦中にあって声を上げたは松山茂助


 ドイツ留学の経歴をもつ醸造学者で、やがてはサッポロビールの社長にまで登り詰める才物である。


 彼は言う、昭和十年を思い返してみるがいい――。


「あのころビール一本の値段はものの三十三銭で、そのうち税金は八銭九厘に過ぎなかった。それがどうだ、今日では百三十二円にまで跳ね上がってる。しかもそのうち百二円十四銭までが税金である。十五年で、実に千四百十七倍だ」


 狂気の沙汰といっていい。


 こんな税率では、よしんば購えたとしても馬鹿馬鹿しくてとても美味くは呑めないだろう。


「敗戦国財政の現状だから止むを得ないこととは云え、あまりにも過大である。これは国家財政の立ち直りと共に一日も早く、大幅に減税されるべきものである」


 至極もっともな提言だった。


 これが記載されているのは、『酒のみとタバコ党のバイブル』なる古書。


 特集雑誌『自由国民』の別冊として発行されたものだった。

 

 

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 本書に於いて酒手の高騰を述べているのはひとり松山ばかりではない。バーテンダー協会理事の浜田昌吾も、ジョニーウォーカーの黒一本に三千円の値がついたことを報告している。


 当時の高卒公務員の初任給の八割方を吹っ飛ばすに足る勘定だ。


 その日暮らしの筋肉労働従事者が口にするなど夢のまた夢。


 斯くの如く、正規品が高価に過ぎて入手困難である場合、闇市場が発達するのはもはや自然の作用といえた。


 非常に多くの密造酒が人目を忍んで醸されたということである。


 品質はピンからキリまでで、いい品は本当に素晴らしい。成分を化学分析してみても正規品と見分けがつかぬと、当局をして歎ぜしめたほどである。


 が、それと釣り合いを取ろうとでもするかのように――悪いのは本当に悪質だった。


 わけても最悪と呼ぶに足るのが、冒頭に掲げたバクダン焼酎。工業用アルコールを原料とする、名前自体がもう既に、焼酎への冒涜としかいいようのないシロモノである。


 なんでこんな危険物を呑まねばならないかというと、偏に安いからである。以下、詳細な説明は国税局鑑定官・芝田喜三代の記述に譲る。

 


 工業用アルコールは、免税になります。免税にする前には色々気分の悪くなるような薬品を投入して不可飲処置とします。元は上等のアルコールなのです。ところが之が用途によってメチル、硫酸、エーテル、石油、ホルマリン色素等、数々の薬品を投入します。こうしたものを変性アルコールと云います。免税後は焼酎に換算すると一升で僅かの四五円位になってしまいます。之では現在の焼酎の十分の一の値段です。
 この恐ろしいアルコールを、手を加えて素人には判らない程度に精製して販売します。変性と云っても完全に変性することは出来ませんから、色々の手段で薬抜きをやります。例えば水でうすめると、石油が分離し色は再蒸留すれば無色になるとか、香気の悪いのは活性炭素で矯正するとか到れり、尽くせりの手を施すようです。ところがメチルは完全に取れないので、時々おそろしい結果になります。(『酒のみとタバコ党のバイブル』46~47頁)

 

 

Bombing of Toyama(29)

 (Wikipediaより、富山駅前の闇市、昭和二十四年撮影)

 


 おそろしい結果とは、むろん失明・廃人・落命といった現象を指す。


 そういう被害の続出を間近で見ながら、それでもなお酒飲み達はバクダンの摂取をやめられなかった。

 


 ――インチキな酒が行われるということは、また人民がインチキな酒でも飲まずにはいられないという一つの世紀末的現象だと私は考える。

 


 内田巌の分析は、的を射ていたに違いない。


 酔っ払いでもしなければ、やっていられなかったのだ。この心境は、敗戦という開闢以来の大衝撃を直に知る者でない限り、ついに理解しきれぬ部分があろう。
 

 

 

 

 

 
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教育瑣談 ―真理と名誉と献身を―


 アメリカ屈指の名門校、バージニア大学


 細部にまで粋を凝らしたその建築は荘厳以外のなにものでもなく、「世界最美のキャンパス」として讃えられるも納得であり。また正門には以下の警句が彫り刻まれて、学生たちの襟と背筋を正させるのに大いに貢献したそうだ。

 


“Pass through this gateway and seek


 the light of truth,


 the way of honor,


 the will to work for men.”

 

 

University-of-Virginia-Rotunda

 (Wikipediaより、バージニア大学

 


「この門を通り而して求めよ。真理の光と、名誉への道と、而して世のために働く意思を」――。


 なんともはや、格調高い。


 あるいは本校の創立者トーマス・ジェファーソンその人の言葉であるかもしれない。建国の父たる彼ならば、これを語るに少しの不足もないだろう。


 翻訳したのは時事新報の武藤山治


「人生の宝探しに極めて有意義なる訓言」として、件のコラム『思ふまゝ』に掲載されたものだった。


 いったい武藤という人は、教育分野に関しても興味を持つこと一方ひとかたならず。


「吾々の経営する新聞紙は、一面営利事業であって自ら収支の計算を立てゝ行かねばならぬ。そして他の一面に於ては社会の指導機関であり、教育機関である役目を果さねばならぬ」との宣言通り、『思ふまゝ』には結構な率でこの種の話題が含まれる。


 就中、私の琴線をゆさぶったのは、やはり米国、ノースカロライナ州アベリー郡の一角に立つリーズ・マクレイ大学についての記述であった。

 

 

Sugar Mountain with sign

 (Wikipediaより、ノースカロライナ州シュガーマウンテンの景色)

 


 なんでもこの大学、他の諸校と引き比べ、学費が驚くほど安い。


 具体的には一年あたり187ドルで済む。当時の187ドルは、現代の貨幣価値に換算してざっと3800ドル。日本円に直したならば、およそ四十二万円。


 アメリカでは今日ですら、州立大学に年10000ドル、私立大に至っては年35000ドルを要すると云う。そんな中、3800ドルという、この思い切った数字はどうだ。目を見張るには十分ではなかろうか。


 破格の理由は、夏季に於いて見出せた。


 なんとこのリーズ・マクレイ、秋冬春は大学なれど、夏にはその経営を一変させて断然ホテルと化すという。しかもその「化けぶり」ときたらどうであろう、看板さえも「ピクナル・ホテル」と掲げなおしてのけるのだからたまらない。到底生半の域では済まず、徹底的と呼ぶに足る。


 で、そこで働く従業員は――案の定と言うべきか――、取次・コック・清掃員に至るまで、その悉くが学生という寸法だ。これがどうもアメリカ人の気性に合って、少なくとも武藤山治が記事にした1933年ごろまでは割と繁盛していたらしい。


「これは誠に面白い思付である。今日は昔と違って社会の組織は複雑になって、到底普通の学生が学窓から覗いて見て居るのではよく分からない。かう云ふ世の中にあっては学生をして在学中に、社会の実際に当たらしむる教育方法は実に時代に適応せるものである」


 と、鐘淵紡績カネボウ隆盛の基礎を築いたこの人物は、やや興奮気味に書き綴ったものだった。

 

 

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 ノースカロライナには、2021年現在でも同名の大学が存在している。


 なんでも近ごろ自転車科を追加して、サイクリングで学位をとれるアメリカ唯一の学校として名を馳せたとか。


 独自路線を突っ走るのは相変わらずであるようだ。

 

 

 

 

 

 
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真理はすべてアタリマエ ―達人どもの簡素な答え―


 1931年10月5日、偉業が成された。


 ヒュー・ハーンドン。


 クライド・パングボーン


 それぞれ26歳と35歳、米国籍のパイロット。この両名の手によって、人類史上初めての、太平洋無着陸横断飛行が果たされたのだ。

 

 

Pangborn and Herndon in Japan 1931

 (Wikipediaより、訪日時のパングボーンとハーンドン)

 


 スタート地点は青森県の淋代海岸。そこから合衆国ワシントン州ウェナッチ市に着陸するまで、およそ41時間の飛行であった。


 リンドバーグの成功以来、北米大陸の天地には、航空熱が充満している。


 果然、世間は湧き立った。


 星条旗の国民は、この新たなる英雄がいったいどんな人物か、些細な挙動、口吻の切れ端に至るまで、知りたくて知りたくてたまらない。


 となれば記者の出番であろう。これほどの需要、見逃す手はない。インタビューの依頼は引きも切らず殺到し、新聞、ラジオ、雑誌の上に、彼らの情報が陳列される。


 ある日、こんなことを訊くやつがいた。「今回の挙を成功裏に導いた、秘訣はいったい何ですか」――。

 

 

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(1930年ごろ、AP通信本社の事務室)

 


 定番おきまりの質問といっていい。


 これに対する両氏の答えは、しかしなかなか型破りなものだった。曰く、

 

 

Fly High,

Fly Straight,

Fly Slow.

 


「高く飛べ、真っ直ぐに飛べ、徐々に飛べ」――たったこれだけ。


 この三語にのみ尽きていた。


 あまりといえばあんまりにもな素っ気のなさにインタビュアーは鼻白んだが、しかし一部の碩学からは、さてこそは・・・・・と諸手をあげて歓迎された。

 

 一部のとは、すなわち「複雑さ」は「高尚さ」に直結しない、真理とは至って単純な、拍子抜けするほど当たり前のことであると主張してきた者達である。


 下村海南、小泉信三、上野陽一、戸川秋骨――我が国に於いてはこのあたりが同様の思想の持ち主だろう。そのことを、私は現にこの目で読んで知っている。


 わけても上野陽一の言こそが最も平易で小気味よく、要領を得ることこの上ないので参考がてらここに引く。

 


 二プラス三は五である。そして真理である。真理はすべてアタリマエである。変ったコトがないからこそ真理なのである。ところが何か変わった点がないと、承知のできない人もいて、「二プラス三は五であることは誰でも知っている、二に三を加えて六にすることが必要である」などと主張する。そして得意になっている。
 しかし二と三とは、あくまで五であって、六ではない。それを六にする方法があるなどと、リキンデいると、今度の敗戦のようにヒドイ目にあう。(中略)真理は決して特別のことではない、いとも平凡なアタリマエのことなのである。(昭和二十八年『一日一善 能率365日』234頁)

 

 

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(1930年ごろ、飛行機製作に取り組む若者、当時の航空熱の旺盛さを物語る)

 


 そういえばフィンランドシモ・ヘイへ、冬戦争でソ連軍に悪夢を見せた「白い死神」たる彼も、狙撃の秘訣を訊ねられた際、


「練習だ」


 と、シンプルに言い切ったという伝説がある。


 一芸に長けること玄妙の域に達した者の言動は、どうも似通ってくるらしい。

 

 

 

 

 

 
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