籠城戦をやるに当たって内部の兵士が何にもまして
生存に必須な物資の貯蔵量に関してである。この原則は、義和団事件の公使館の場合だろうと変らない。

(『バイオハザード ヴィレッジ』より)
むしろ一段と強烈だったとすらいえる。いやしくも祖国の「顔」として、他国他領で要人貴顕と相交じり、活動する人々だ。
第一級の教養の持ち主なのは当然のこと。
その「教養」が、しつこく囁きかけるのだ。
──籠城戦の挙句の果てに、被包囲側の人員が深刻な飢餓に晒されて、生きながらにして亡者の態を為してゆくのは珍しくない。
──洋の東西を問わずして、戦史をめくればいくらでも実例のあることである。
知っているからこそ恐ろしい。
人間は理解できないものに対して恐怖を覚えると屡々聞くところだが、世の中には理解を深めれば深めるほどに却って恐怖が増してゆく、そういう事象も確実にある。
(鳥取城の末路が如き凄愴酸鼻な有り様に、我らもいずれなるのだろうか)
かつて目にした地獄絵巻を思い出し、石井菊次郎は背筋に冷たいものを感じた。
以下、前回から引き続き、彼の直話を抜き書くと、
「敵は、殺しても後から後から蟻の如く群ってくるに反し、味方は手薄であったから、楢原書記官、安藤大尉、小島外交官補と、相次で倒された時は、ヒシヒシと我々の胸にこたへるものがあり、加ふるに糧食が、日一日と減ってゆくのが心細く感ぜられた。鳩が庭の樹に留った時には、信書ではないかと思って射止める。夜間南の方が明るいと、援軍が近付いたのではないかと思ったり、こんな空頼みをしてはいつも失敗に終った」
この「空頼み」は深山幽谷の遭難者の心境に、どこか似る。
やはり彼らも救助を

「三度の食事は粥となった。二百余頭の馬も、銃丸に当って負傷した馬から食ひ始めてゐたため、今は三十匹しか残らなかった。かくて八月十三日の晩方から、敵は四方八方から一斉射撃を始めたから、今夜はいよいよ危険と見て、最後の機密書類まで処分した。やがて深更二時頃、遠雷のやうな響が聴へたから、これこそ真の援軍だらうと考へたものの、前に述べたやうな空頼みに懲りた我等は、軽々しくは信じなかった」
過酷な環境を強いられ続け、すっかり荒廃してしまった精神が手に取るように窺える。
が、今度という今度こそ、援軍接近は真実だった。八月十四日、連合軍は北京攻略を開始、翌日には陥落させる──。
「思へば先刻の一斉射撃は、敵が我援軍の着く前に、籠城者をやっつけてから逃げようとする、最後の奮闘だったのである。この時籠城者の歓喜は、到底筆にも口にも盡すことは出来ない。…(中略)…近頃ノビレ少将の北極探検隊が、クラッシン号に救はれた時の心事は、我輩にはよく想像することが出来る。又彼等が飛行機より食物の投下を受けた時の心地は、八月十四日の晩方、我々が山口(素臣大将)第五師団長より、米と鴨子等を満載した駄馬を送られた当時を回想して、一段と感慨が深い」
誇張ではなく、蘇生の思いがしただろう。

(連合軍の北京入城)
石井菊次郎もまた、紛うことなき地獄からの生還者。
石井・ランシング協定の印象のみで片付けるには、あまりに惜しい人傑である。
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