穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

身を焼くフェチズム、細胞の罪

 

 1911年英国ロンドンにたたずむセント・メリー病院に、一人の女性が駆け込んだ。


 頻りに胃の不快感を訴える彼女を診察してみると、確かに腹の上部に於いて、異様な手応えの瘤がある。


 早々と手術の日取りが決まり、いざ腹腔を開いてみると、予想だにしない光景に執刀医は目を剥いた。彼女の胃には大量の人の髪の毛が、しかも複雑に絡み合い、塊になって詰め込まれていたのである。


 患者が重度の食毛症であることを、雄弁に物語る証拠であった。


 髪の塊は摘出できても、精神の病巣はそう簡単に除けない。案の定、彼女はこの先セント・メリー病院外科の、謂わば「常連」になってしまう。

 

 

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 再入院は9年後の、1920年に。やはり同様の手術を受け、しかし「三度目」は思い切って間が縮まり、僅か二年後の1922年に。


 こうも度々胃の腑を開かれ、縫い合わせていたならば、身体の負担も並ではなかろう。


 まして彼女は初手術の段階に於いて既に35歳を数え、当時の栄養及び衛生事情を勘案すれば、到底若いとは言い得ない。無理の利く年齢では断じてないのだ。
 相当な苦しみが、彼女を襲っていたはずである。


 にも拘らず、この女性は髪を喰うのをやめられなかった。四度目の入院は更に間隔が短くなって、なんとたった一年後の1923年10月に。


 この時のことは詳細な記録が残されていて、彼女の腹部は傍から見ても一目瞭然なほど腫れ上がり、ひっきりなしに疼痛が湧いて、この三ヶ月来ほとんど食欲が無いと言う。
 従来の病症からどうせまた毛髪塊だろうとアタリをつけて、早速腹を開いてみると、案の定期待を裏切らず、出るわ出るわ、さても見事な毛の束が。

 

 

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 最も太い部分では15インチ(38センチ)にも及ぶ周径をもつその束は、非常に多くの毛から成り、一部は幽門を越えて小腸にまで到達していたそうである。
 術後、摘出したその塊を秤に乗せてみたところ、2.5ポンド(1.13キログラム)という数字がはじき出されたからたまらない。たった一年でこれほどの髪を喰らうとは、明らかに病状が悪化している。


 そして、その手術から満一年後の1924年11月。彼女はまたもセント・メリー病院の門を潜る。むろん、前四回とまったく同じ事情で、だ。


 もはや中毒といっていい。ダイヤモンドは砕けない吉良吉影「植物の心のような人生」を、平穏無事な生活を何よりも尊く仰いで渇望しながら、しかし美しい手を持つ女性の殺害という、不穏・波瀾を招き寄せる沙汰事をどうしても自制できなかったように、生まれもっての性癖というのはどうにもならない、一種不可抗力的なモノであろうか。


「性癖は細胞の罪」と言い放った嘘喰い鞍馬蘭子組長は、蓋し慧眼であったと思われる。

 

 

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高水三山の思い出

 

 台風十九号という「規格外」の襲来や実生活の慌ただしさ等、数々の要素が重なって、あまり山へ行けなかったことが今秋の憾みとするところである。


 が、それはあくまで「あまり」であって「皆無」ではない。


 たとえば、十一月中旬に登った高水三山。

 

 

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 奥多摩山域に聳え立つ、高水山・岩茸石山・惣岳山の三つの頂を踏むこの山行は、幸い天候にも恵まれて、実に快い思い出になった。

 

 

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 軍畑駅から徒歩で登山道へと向かう。このアクセスのしやすさも高水三山の魅力であろう。

 

 

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 暫くは整備されたアスファルト道を歩く。横を流れるこの川は、平溝川という名前らしい。

 

 

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 このような流木が随所に於いて見受けられた。台風十九号の影響だろうか。

 

 

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 登山道入口に到着。時刻は8時17分軍畑駅から、ざっと25分程度の道のりである。

 

 

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 山頂間近、朝陽の中の常福院。ここに限らず、信仰と結びついた山は数多い。
 嶮しい山道を登っていると、しぜん疲労が堆積し、思考が単純化して神を受け容れやすくなるのだろうか。そうした意味では、登山そのものが修行と言えよう。

 

 

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 常福院から少し上の休憩所。樹々がほどよく色づいている。

 

 

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 まずは高水山に到着。

 

 

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 高水~岩茸石山間からの眺望。列を成す鉄塔の向こう側に、平野と、街が広がっている。

 

 

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 山脈重畳せる光景とはこのことか。

 

 

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 岩茸石山に到達。高水三山の中では、ここの標高が一番高い。

 

 

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 山頂からの景色。息を呑むほど美しい。

 

 

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 岩茸石山~惣岳山間にて撮影。

 

 

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 伐採の跡が凄まじい。

 

 

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 惣岳山の頂上にて。10時34分撮影。この後、終点ゴールと定めた御嶽駅に着いたのが11時50分前後であったから、全体で4時間程度の山行になる。


 ほぼコースタイム通りといっていい。最後は「河辺温泉 梅の湯」にて汗を流し、すっきりした満足感に包まれながら帰宅した。

 

 

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岐阜事件四方山話 ―板垣退助暗殺未遂の裏表―

 

 敵の敵は味方だと、現実はそう簡単に図式通り動かない。特に政界のような伏魔殿に於いてはなおさらだ。


 明治十五年に端を発する自由党改進党の相克などは、その例として最適だろう。現政府の転覆をこそ大目標として掲げているのはどちらも同じ。にも拘らず、この在野二党の連携は、最初からまったく絶望であった。


 原因は、専ら板垣退助自由党開設者大隈重信改進党開設者に対する悪感情にあったらしい。


 この悪感情の根深さは、改進党草創期、同党副総理河野敏鎌が友党としての諒解を取りつけるべく自由党に脚を運んだその際の、板垣の応対ぶりを参照すればよくわかる。なんでもこの時、板垣は、


「主義綱領を同じくしながら別に党を樹てるのは、我が党の切り崩しを行わんとする敵党の態度である」


 と、頭ごなしに突っ撥ねて、河野が何をどう弁解しようと一切聞く耳を持ってやらず、けんもほろろに追い返したとされている。


 喧嘩腰といっていい。仮にも他党の副総裁に対して相応しい態度ではないだろう。


 そうなると、大隈も直情な男である。板垣の野郎が喧嘩を売るなら、おおさいいとも買ってやるとばかりに敵意を燃やし、以降両党はともすれば、政府よりも激しく互いを憎み合い、泥沼の取っ組み合いを演じ続ける破目になる。

 

 

Shigenobu Okuma kimono

 (Wikipediaより、大隈重信

 


 明治十五年四月を以って、改進党が正式に発足すると聞いても板垣は世辞の一つも贈らなかった。


 そんなことは知らぬとばかりに配下を引き連れ、一ヶ月前の三月に、自由党の地盤開拓」という名目のもと、帝都を離れて全国遊説の旅路についた。謂わば、改進党と大隈を冷然と無視した。

 


 ――彼が岐阜で暗殺されかけ、「板垣死すとも自由は死せず」という伝説的台詞が誕生したのは、このような背景に於いてである。

 


 板垣が兇漢に襲われた――この報を受け、最も激しく反応したのは東京にいる彼の盟友、後藤象二郎であったろう。


 混乱の極みに叩き込まれた自由党本部に現れた時、象二郎は既に旅装を整え、興奮のあまり首筋まで真っ赤になっていたという。
 で、右往左往する党員を睨み、放った言葉が凄まじい。


「若し板垣にして落命せば、我はその屍を壇上に横たえ、弔い演説を試みて同じ刺客の手に斃れん」――。


 この男らしい大風呂敷と言う以外にない。


 だが大風呂敷とて、使いどころを過たなければ強力な武器になるようだ。少なくともこの場合には時宜を得ていた。


 象二郎の熱狂はたちどころに党員達に感染し、決死の覚悟を固めた民権主義が我も我もと岐阜を目指して駈けてゆく。東京のみならず美濃・尾張三河三州の同志達もこれに呼応し、一令あらばすぐさま武装蜂起を敢行すべく用意を整え始めたために、岐阜市内の空気は急速に不穏化。明日市街戦が勃発しても誰も不思議に思わない、さながら地雷原の如き観を呈した。

 

 

Itagaki

 (Wikipediaより、岐阜事件)

 


 このあたりの消息は、後藤新平に於いて詳しい。


 なにしろ彼こそ名古屋から態々駈けつけて、遭難した板垣を診察、治療に当たった「主治医」に他ならないからだ。


 後藤が娘婿の鶴見祐輔に語ったところによると、

 


「俺が板垣さんの部屋に入って見ると、床の間に病人を洋服のままで臥かして、三四人の自由党の領袖が、その部屋のうちに大きく陣取って坐って、はア、はアと応対してゐる。俺はこれを見て、これはいかん、と思ったね。今まで来た医者はみんな板垣さんとこの自由党の政治家とに威圧されて、本当に診察しきってゐないんだね。そこで俺は、この連中の前を、ずーっと通りぬけて、いきなり病人の前にいって、洋服の胸をあけて、鞄の中から、鋏を出して、ざりざりざりと、血のにじんだラッコの毛皮のチョッキを切ってしまったんだね。さうして、ついでに下着のシャツも何もみな切って、胸をあけて診察したんだ。何、疵は大したことはなかったんだね。刺客の短刀をもぎ取らうとして、刃をつかんで揉み合ったときに、右手の指を深く切ってゐた。之が重い疵であとは大したことは無かったんだね。
 前に来た医者だって、その位のことは解らないわけはないんだが、何しろ天下の板垣さんといふのと、周囲の先生方におぢけてしまって、碌に診察しきらなかったんだね。
 だから俺は、いきなりそのラッコの毛皮のチョッキを、ざりざりと切ってやったんさ。附添の自由党の連中が、びっくりして、目を見張ってゐたっけ、アッハッハハハハ」
 と、彼は大きい體を揺って笑った。
「つまりね、患者医師に勝てば凶、医師患者に勝てば吉さ。医者が気後れをしては、患者の病気など診察の付くものぢゃないよ」
 さう言った。
 その片言隻語のうちに、彼の人生観が躍動してゐる。(昭和十一年刊行、鶴見祐輔『読書三昧』348~349頁)

 

 

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 前任の医師らが思わず診察を躊躇うほどに、場の雰囲気は物々しかった。


 そうした空気を一切読まず、鋏を取り出し、やるべきことをどんどんやった後藤の胆の座りようも尋常ではない。下手をすれば取り巻きの中から、貴様その光物で板垣サンになにをする気だと暴発する輩が出てもおかしくないのに。


 前任者たちを怯ませたのは、実際そうした危惧であろう。だから遭難時の服のまま寝かせておくなどという馬鹿な所業が罷り通る。

 


 幸い岐阜事件そのものは事なきを得て終息したが、このとき岐阜を中心に展開された、革命前夜の如き景色は多くの関係者の心胆を寒からしめた。


 滑稽なのは、その「肝を冷やした関係者」の中に、当の板垣退助さえも含まれていたことである。

 

 

ITAGAKI Taisuke

 (Wikipediaより、板垣退助

 


 このままでは暴走する自由党員に引き摺られ、西郷の二の舞を演ずる破目になる――そのような危惧があったからこそ、板垣は同年十一月に周囲の反対を押し切ってまで、無用としか思えない外遊の旅に出たのだと、そう主張する声が古くからある。


 個人的にも、この説にはかなりの説得力を感じている。過熱しきってしまった時勢というのはどうにもならない。佐賀の乱に於ける江藤新平西南戦争に於ける西郷隆盛を見るがいい。いずれも本人たちは今事を起こすのはまずいと重々承知していながらも、暴走する「下」を抑えきれず、ついにあのような悲運の沼にはまり込んでいったのではないか。


 こうした「先達」の失敗例から、板垣は学ぶところがあったのだろう。神輿として担がれる前に、自分を隔離しようとした――遠く海の向こう側まで。


 ところがその板垣の背に、嬉々として漫罵を投げつけたのが改進党。彼らは板垣のこの外遊費が、その実政府の財布から賄われているという風聞に目をつけ、


「これは自由党の自滅と改進党の孤立とを目論む政府の一大陰謀であり、板垣はみすみすその手に乗った」
「彼は志を売り渡した卑劣漢なり」


 といった調子の煽り文句で盛んに攻撃、いつぞやの鬱憤を存分に晴らした。


 が、自由党とて黙っていない。この一件で更に改進党への憎悪を募らせた連中は、やがて「偽党撲滅・海坊主退治」の大旆をひっさげ、岩崎弥太郎率いる三菱への攻撃に乗り出してゆく。


 改進党を後援する三菱王国を叩くことで、謂わば彼らの糧道をぶった切ろうとしたのであった。


 まこと、現世は無限闘争の修羅場であろう。

 

 

帝国議会―西洋の衝撃から誕生までの格闘 (中公新書)

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『現代世相漫画』私的撰集 其之弐

 

 この「準備教育」は、本書の中でも特に出来のいい作品だと感心している。

 

 

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 頭の中で注射された科目曰く
「オイ、もっと其方に寄れ、俺の入る処がない」
「入る処が無ければ出て了へ。よく考へてみろ、一升桝へ一斗の米が入るか」
 エネルギー曰く
「待て待て、俺が出てやる」

 


「入学志願中学の先生」
「模擬試験」
「小学校に於ける準備教育」
「家庭教師」
「夜間受持先生」
「親」――。


 これらのモノに取り囲まれて八方攻めに知識を詰め込まされてゆくうちに、一番大事であったはずの熱量が、尻をまくってすたこらさっさと逃げ出してゆく。


 そうして出来上がった人物は、如何に博識でも大抵創造的発想力を欠いており、昭和の御代ではよく「手足の付いた事典野郎」などと呼ばれてからかわれたものだ。


 教育にまつわるジレンマを、鮮やかに戯画化しているだろう。

 

 

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プロは方便
 彼は演壇に立って弁じる時はいつもプロの味方だが、あれで彼は土地を買って先の発展を楽しんだりして居るんだからな、プロは彼の方便で実際はブル生活を望んで居るんだ、と云ってる処へオイ居るかっと入って来た大男は彼れであった。

 


 この場合の「プロ」とはむろん「プロフェッショナル」のことでなく、プロレタリアートこそを意味する略語である。
 同時期に出版された今岡一平の作品にも、

 


 彼は文筆の上では大の労働者の味方である。演壇上に於ても亦大の労働者の味方である。同盟罷工中資本家に向ひ、交渉に行く時には就中労働者の味方にして何万何千人の職工の父と称する。
 それが道を歩いてる途中酔に機嫌よくなった通行人の労働者より一寸肩へ手をかけられ「オイ兄弟」と云はれて嫌な顔をする(『一平全集 第五巻』131頁)

 


 という人物が出てくることを勘案するに、これは当時の漫画家が赤色分子を揶揄する上での一つのテンプレだったのだろうか。

 

 

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女は曰く
・畜妾を取りしまれよ
・女のみ貞操を強ゆるは不条理なり
女工を優遇せよ
・私生児を産んだ女を扶助せよ
・子を産まして逃げる男を罰せよ
・公娼を廃止せよ
・酒は三杯を超過すべからず
参政権を与へよ
 等々々々々々々々々

 


 ここに書かれたほぼ全てが実現される日が来ようとは、描き手の細木原青起もまさか思わなかったに違いない。

 

 

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退社時間
 退社時間が来ても課長が中々引上げない。皆ンな、用もない帳簿をヒックリ返したり、無駄書きをしたり、時計とニラメックラだ。課長は新聞の三面記事から目を離さない。
 つくづく勤めがいやになる。

 

 

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 月給の取れた当座は一寸気が大きくなるが月半過ぎると食堂でも胃病と称してライスだけ注文して食卓備へ附の塩とソースをかけて済ます月給前に日曜と祭日が続くほどサラリーマンにとってみじめな事はない。

 


 月給取り、企業戦士、社会の歯車、働きバチ、社畜――。


 時代の流れに従って、渾名は移れど、サラリーマンの実態、その悲哀だけは変わらない。


 こういうのを見ると、現在の日本国は間違いなく大日本帝国の延長線上にあるのだと、しみじみ実感してしまう。

 

 

サラリーマン川柳 くらだし傑作選

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『現代世相漫画』私的撰集 其之壱

 

 ここに『現代世相漫画』という古書がある。


 発刊は、昭和三年三月十五日


 その名の通り、当時をときめく漫画家たちが筆を集めて存分に社会風刺を加えた本だ。

 

 

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 そう、漫画で以って日本社会を風刺したのはひとりビゴーのみにあらず。
 日本人による、日本のための、日本の風刺。その切り口も政治・経済・軍事から、モダンガールモダンボー学生生活・交通事情・失業問題に至るまで、実に幅広く取っている。


 そんな本書を読み進めるうち、特に秀逸と感じたいくばくかの作品を摘出し、広く天下の耳目に晒してみたい衝動に駆られた。


 願わくば、どうかしばしのお付き合いを。

 

 

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 北澤楽天作、「金」


 金! 金!! 金には羽が生へて居る!!!


 ――そうやって我が手元から羽ばたき逃げんとするお金様を追いかけてるうち、視野狭窄に陥って、断崖から身を躍らせる破目になる。


 行き過ぎた資本主義、物質偏重・黄金万能の気風を諌めんとする作者の意図が窺えよう。

 

 

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 こちらも北澤楽天の作。


 労資互いに呑噬し貧乏神は手を拍って喜ぶ。


 それぞれ資本家・労働者と書かれた二匹の蛇が互いの尾を呑み込んでにっちもさっちも行かなくなり、その有り様を指差し嘲笑わらうは「思想悪化」「産業衰微」「輸入超過」の文字を有する三蛙。


 本来なら天敵たる蛇の眼光を恐れて地の果てまでも逃げ出す蛙が、余裕綽々で煙草片手に見物するとは、なんたることか。


 思わず本来の獲物を思い出せと叫びたくなる、これまた見事な一枚である。

 

 

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『おい! あしたは民法の試験だ、ノートを貸せ』
『馬鹿云へ! これは俺が見なくちゃいかん』
『半日貸せ!』
『よせよせ、勉強なんか。……零点をとったからって落第するとはきまってをらん……』
『と、きまったらそのノートを俺に貸せ』
『よせやい』


 なにやら落語めいたやりとりだが、大正時代、これに似たやりとりは現にあった。


 茅原華山が報告している。


 とある大学生が試験前、その学友にノートを見せてくれと頼んだところ、

 


 僕と君とは同窓である、よろしく君のもとめに応じざるべからざるも、僕と君とは競争者である、君が一年後るれば、正直に告白するが、僕は一人の競争者を減じたのだ、若し君が僕の筆記に由り、僕よりも高点を得たとせんか、僕は之が為に或は落伍者とならねばならないとも限らぬ。(『新動中静観』121頁)

 


 このような返答の下峻拒されたとのことだ。
 慨世家の茅原はこの一事を以って、「自分一個の利益を知り、国家の得失を知らぬ者」として件の大学生をこき下ろしているが、私は逆の感想を持った。


 ほとんど宣戦布告に等しい、こんな台詞を、正面切って堂々と、相手の目を見ながら言う――。


 常人に出来ることではない。


 係争を避けんとする事なかれ主義に流されて、いいよいいよと差し出してしまうのがまず大半。断るとしても上に掲げた漫画のように、「自分も使わなくちゃアならんから」と身を躱すのがほとんどだろう。


 俺のノートで、お前が俺よりいい成績を取るだなどと許せない。
 俺が上に行くためにお前は落ちろ。


 思っていたとしても、ここまで赤裸々かつ理路整然と自己の内心をぶつけられる者はごく稀だ。


 一種の豪傑ではあるのだろう。なにやら妙な「誠実さ」さえ感ぜられる。現代社会が弱肉強食の修羅場だと、彼は身をもって学友に啓蒙したのかもしれない。

 

 

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 政党政治の弊。


 国家という神輿をよそに、与党と野党がさも見苦しい取っ組み合いを繰り広げている。


 あながち笑ってもいられまい。「モリカケ」だの「桜を見る会追求」だのと重箱の隅を突っつきまわして得意がっているような、愚にもつかない騒動に日夜明け暮れている現下を鑑みる限り、わが国の憲政事情はこの絵の頃からさほど進歩したとも言えぬのだから。

 

 

日本漫画史: 鳥獣戯画から岡本一平まで (岩波文庫)

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科学の発展、好奇の狂熱

 

 その出来事を、理化学研究所員・辻二郎工学博士は、明らかに不快な記憶として扱っている。
 とある実業家との会話の席で、

 


「どうせ研究をするならば役にも立たぬ道楽勉強でなく、工業上実際有益な研究をやったらどうだ」(『科学随筆 線』18頁)

 


 と面と向かって言われたことを、だ。

 

 

Tsuji Jiro

 (Wikipediaより、辻二郎)

 


 似たような空気は太平洋を挟んだアメリカに於いても充満していたものと見え、ビューロー・オブ・スタンダード――後にアメリカ国立標準技術研究所へと繋がる機関――が世間から、「金貨を空中に投げすてる機関」と皮肉を浴びせられている有り様を、続いて辻は報告している。


 彼が本書に寄せた小稿の題は『科学と理解』。なるほど確かに、テーマに沿った実例を引っ張ってきたものである。


 多くの学生が「こんなことを勉強して、将来社会に出たときに、いったい何の役に立つ」と愚痴るように、とかく実用性に重きを置いてかまびすしいのが現代心理の特徴であろう。


 が、辻二郎に言わせれば、実用性など端から思慮の外に置き、社会にとって益かどうかも見当のつかぬ研究に、自分一個の好奇心のみをよすがとして狂ったように取り組む輩がいなければ、科学の発展など到底望めるものではないのだ。


 というより、自己の研究が社会にどんな影響を与えるかなど、科学者が考慮すべき問題ではない。
 それは為政者の仕事だと、綺麗さっぱり割り切っているような雰囲気がこの人物からは伝わってくる。

 


 今後如何に防遏しても科学は遠慮なしに進歩するであらう。此の結果をして人類の幸福側にのみ働かせる事は科学者の仕事ではないので、政治家や経綸家に一段と奮発して貰ふ事を希望するのである。(23頁)

 


 こうした主張は科学者側からの独りよがりでは決してなく、例えば文筆家の長與善郎なども、酷似したことを書いている。

 


 日本の大学や、いろいろの研究室の中には、自分自身の得には固より一文の足しにもならず、国家のためにすらそれが直ちにどう実用の役に立つかといふことも問はず、ひたすら研究それ自身の目的と、その自然の興味とに没頭し、一病原体の研究のためには死をも賭してゐるといふ真摯な学究者がいかにザラにゐるか。そしてそれは独り学問上ばかりのことでないのだ。
 さういふ利己と功利を超越した態度の勤勉家が国民の何パーセントでもゐるといふ一事が、即ち日本の発展の基礎的理由なのだ。(昭和十四年『人世観想』126頁)

 

 

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 さて、こうした一連の筆法を以ってするなら、慶応大学外科学教室初代教授・茂木蔵之助博士の如きは、正しく科学者として「模範的な」人物像を持っていたろう。


 なにせこの人、外科手術により患者の身体から取り出した腫瘍、数多に及ぶそのいちいちを噛み比べ、味を確かめ論文に纏めることさえしている。


 病の味覚診断という、新たな診察法を発見せんがためだった。


 残念ながら彼の努力が実を結ぶことはなかったようだが、方向性は間違っていない。

 好奇の狂熱に衝き動かされるまま倫理を乗り越え探究に耽るその態度、ビルゲンワース医療教会の関係者が目にしたならば、心底嘉したことだろう。


 ついでながら茂木蔵之助の友人で、腫瘍を嗜む彼に向かって、

 


「柘榴のやうな味はせなんだかい?」(『老医の繰言』101頁)

 


 無遠慮にそう問うて見せたのが、これまで幾度となく触れてきた、渡辺房吉なる男。人肉は柘榴のように酸っぱいという俗説を、この機に確かめたかったらしい。

 

 

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 これに対して茂木博士は、「癌腫はしぎしぎするとか、肉腫はざくざくするとか云って居った(同上)が、肝心の味については適当にぼかし、要領を得ない曖昧なことしか答えなかったそうである。

 


 かつての大日本帝国にも、高啓蒙な方々というのが居たものだ。

 

 

【PS4】Bloodborne PlayStation Hits

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夢路紀行抄 ―荒野を走るセルロイド―

 

 夢を見た。
 息せききって、疾走はしり続ける夢である。


 昨夜の私の夢の舞台は、さながら『フォールアウト』シリーズにでも登場しそうな寂莫たる一面の荒野。道路らしい道路もなく、烈日に照らされ、ひび割ればかりが目に付く大地。そんな場所で、私は何故かセルロイド製のマネキン集団に追いかけられて、必死の思いで逃げていた。

 

 

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 どういう意図で設計されたか知らないが、このマネキンども、胴が普通人の倍は長い。


 むろん、横にではなく縦に、である。


 それと引き換えにしたとでも言うかのように、手足の方は異様に短く、名状し難いアンバランスさに生理的嫌悪感がこみ上げるのをどうしようもない。


 おまけにそんな脚部であるにも拘らず、連中の移動速度ときたらどうであろう。ほとんど手足を動かしているように見えないくせに、野犬もかくやとばかりに早いのである。


 控え目に言っても怪物であろう。一匹だけでも耐え難い、そんなモノが、こともあろうに群れを成してこちらに迫り来ているのである。


 捕まれば、いったい何をされるやら――考えるだにおぞましい。


 振り向きざまにコンバット・ショットガンをぶっ放してみもしたが――何故そんな物騒な銃器を持っていたかと訊かれても困る。強いて言えば、フォールアウト3で散々愛用したからだろう。スーパーミュータントの頭部をスイカみたいに吹っ飛ばすのが快感だった――、大してこたえた気配もない。めり込んだ散弾がぱらぱらと足下にこぼれる光景を目の当たりにした瞬間、私の恐怖は絶頂に達した。

 

 


 風邪の際にはこのような、奇天烈な悪夢を見ることが多い。


 ここのところ、どうにも喉の奥に違和感がある。


 あるいはそれが元凶だろうか。せいぜい自愛することにしよう。

 

 

【PS4】アウター・ワールド

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