2025-01-01から1年間の記事一覧
神田で、早稲田で、あるいは各地の古本まつりを訪ね歩いてみたりして。 多年に亙り、古書を掻き蒐める趣味に余念なかりし筆者(わたし)だが、 これほどまでにびっしりと書き込み済みの逸品はお目にかかったことがない。 東光治著、『生物暦』。 昭和十六年…
一見の客が唐突に高価な品を台に置いても、質屋はまず相手にしない。 盗品の疑いがあるからだ。 (『プレイグ テイル -レクイエム-』より) 以下の話は大正八年、「白浪庵」のペンネームにて『実業之日本』に掲載されたとある記事、「当世質屋物語」を基にし…
今日びシベリアで象牙が出ると、その九割は中国人が買ってゆく。 中国人の技術者どもの指先で装飾品に加工され、更に高値で売りさばかれる。 しかし昔はイワン(ロシア人)ら自身の手によって美々しく細工が施され、販売されていたそうだ。 ここで云う「昔」…
ポーツマス条約の内容に怒り狂った国民が、その憤懣を日比谷にて火遊びすることにより発散したあの(・・)当時。 政友会は方針として、これに便乗せんとした。 (Wikipediaより、政友会) 群集心理を煽り立て、火の手をもっと拡大し、政府に失態の上塗りを…
何のための講和条約だ、馬鹿々々しい。 「戦後」五年目、一九二三年のヨーロッパ。十二月のとある日に、ドイツの有力新聞紙、『ベルリナー・ターゲブラット』から依頼が飛んだ。宛先は、隣国ベルギー、文豪モーリス・メーテルリンク。 (Wikipediaより、メー…
日本人の宿痾とされる、「過度な精神主義」への批判。 俗にいわゆる「大和魂」、「心の力」をめっぽう重視するあまり、ちょっと難局にぶっつかるともうすぐにあきめくら(・・・・・)のようになり、天佑神助を頼みとし、思う念力岩をも通す、断じて行えば鬼…
一九一八年十二月、和暦に直せは大正七年度の師走。 ウッドロウ・ウィルソン大統領の名の下に提出された教書には、連邦議会のみならず、太平洋を隔てた先の日本の朝野の心さえ、大いにざわめき立てられた。 「一年前に於て吾人は海外に僅に十四万五千九百八…
頻繁な火事なかりせば、お江戸の街はああまで永く繁栄を保ち得たろうか? 「すべからく、破壊からの復興は経済成長の土壌」とは、『ACfA』で耳に馴染んだ言葉であった。同様の理屈に基いて、定期的に烏有に帰していればこそ、都市経済は比較的円満に回転し続…
ヤマサ醤油の営業部長は犬養毅を買っていた。 何故ってくだんの老政治家が、話術の達者であったから。 老害(・)にあらず老獪(・)なりと、余計な濁点、ちゃんと省いた名匠(たくみ)であると認め仰いでいたからだ。 (Wikipediaより、ヤマサ有機しょうゆ…
一九三〇年代末ごろだ。布施勝治は、都合何度目かの洋行をした。 リガで、プラハで、あるいはパリで。めぐる諸都市の劇場で彼を待ち構えていたモノは、封を切られて早々の、『ピョートル一世』のフィルムであった。 (Wikipediaより、ピョートル一世) アレ…
三井王国の柱石が一、小野友次郎という人は、老境に入るに伴って新たな趣味を追加した。 長唄を習いだしたのだ。 もともと芸達者な人であったが、還暦間際に臨んでも新規開拓に余念がない点、また相当に気も若い。 (『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』より) そ…
もはやすっかり、冬である。 ちょっと前まで長引く夏に辟易していた筈なのに。──ふと気がつけばコタツに脚を突っ込んで、みかんを頬張る時季である。 光陰矢の如し、時の流れは無常迅速。承知していた心算(つもり)だったが、流転する世界のスピードに、今…
奈良に酒造家あり。 讃岐屋と号す。 蒼古たる中院町の一隅にて暖簾を掲ぐ。 当主は代々、「兵助」を名乗るシキタリである。 あられ酒の発明は、この讃岐屋の五世兵助によると云う。 (Wikipediaより、奈良盆地) 春日大社へ信心厚い兵助は、ある日、参拝を終…
カリフォルニアを筆頭に、合衆国にむらがり湧いた排日移民のムードほど、大正日本の人心を激昂させたモノはない。 三国干渉の屈辱に匹敵、あるいは凌駕し得るほどその勢いは猛烈で、朝野を挙げて怒り狂ったといっていい。 (Wikipediaより、排日移民法に抗議…
政治事情がすべてに優先されるのが、アカい国家の特徴だ。 政府の、党の、下手すりゃいっそ一個人の面子を守るためだけに、ソロバンだって平気の平左で投げ捨てる。経済的意義ですら、政治的意義を追い越すことは許容されていないのだ。強引な突破を図れば最…
「赤匪」こと支那共産党の戦略は、実のところ読めていた。 国共合作の美名に隠れ、彼らが如何に陰険かつ悪辣なる謀略を張り巡らせていたものか。「他日の雄飛」を目論んで、己が天下取りのため、あらゆる準備工作におさおさ怠りなかったか。日本側にも、掴ん…
まず、原案を自分一手で創り出す。 その次に、主題に据えた分野に於ける専門家らを呼び寄せて、用意の「案」を説き聞かせ、それに対する批評を願う。 「腹蔵なく意見を吐け」と言ってあるから、当然談(はなし)は熱を帯び、火花を散らし時として口角泡を飛…
昭和五年のことである。 電送写真実用化のいとめざましき進捗ぶりを前にして、 「今にラジオは声だけでなく、動画も一緒に送れるようになるだろう」 熱っぽい口調で、興奮もあらわに。──大胆な予測を、下村海南は口にした。 「電送写真の実用化されんとする…
だいたい本屋か水辺かだ。 このごろしばらく筆者(わたし)が遊行する土地は、その二種類に分けられる。 つい先日は、後者であった。 ふと、発作的に相模湖を訪ねたくなって、電車を乗り継ぎ、行って来たという次第。 陽を翳らせる雲はなく、しかし冷たい風…
一次大戦後のドイツ、──ワイマール政体下に於ける超インフレは有名だ。 有名すぎて、敢えていまさら詳説するのも野暮ったい。 現代日本人ならば、ほとんど九分九厘までが義務教育の過程にて、マルク紙幣のブロックみたいな札束を積み木代わりにして遊ぶ、当…
生産過剰になってしまったキャベツをトラクターで引き潰すのと、原理はおそらく一般だろう。 昭和六年、豚の価格が暴落した際、群馬のとある農家では、小豚を生きた状態のまま利根川まで曳いてゆき、淵をめがけてぶち込んで、あとは知らぬ存ぜぬと、始末をつ…
赤い衣(ころも)に、腰の鎖をじゃらじゃらと──。 下村海南、幼少期の思い出に、囚徒の姿は欠かせない。切っても切れない縁にある。年端もいかない少年時代、彼はまったく罪人どもの姿を見ながら大きくなった。 (『Stray』より) これは別段、彼の生家が刑…
「植民地の搾取と並んで、戦時軍隊への商品供給といふことが既に古くから資本主義の栄養根の一つとなってゐた。これと同時に戦争への資本供給を土台にして大金融業が発生し、生長し、このものが『戦争か平和か』といふ決定に対して支配的な影響力を獲得する…
これは下村海南が伝えてくれた情報だ。 戦前昭和のある時分、沖縄、名護の片隅に、天刑病──癩病患者の療養所を建てる計画が浮上した。そのあたりには以前より、顔の崩れた浮浪者どもが群れをなして存在し、これをいつまでも放置するのはあらゆる面から好まし…
肺を病みての死は辛い。 もとより死への道程は凄惨な苦痛を伴いがちな、──ある日ぽっくり、眠ったままで穏やかに死ねる例こそむしろ少数派だろうが。それにしたって肺病は、とりわけ苛酷な責めである。 文豪・武者小路実篤の父、武者小路実世もやはり、肺結…
日下義雄は生前よりも、死後に周囲をやきもきさせた。 なにしろ彼が死んだのは大正十二年なのに、その遺言状が作成された日付ときたら明治四十三年なのだ。 (Wikipediaより、日下義雄) おそらく彼の見立てでは、自分はもっと早めにくたばる算段だったに違…
ちょうどナチスが台頭しだした頃だろう。 その当時、ドイツ医学界にては、手術(オペ)の最中に音楽を演奏する試みが積極的に執り行われていたらしい。 執刀医のパフォーマンス向上を主眼に据えての措置である。 (viprpg『ライチがピアノ弾くだけ』より) …
ショートスリーパーに憧れる。 人生は短いのだ。読める本の冊数も、聴ける音楽の曲数も、自ずと限定されてくる。であるが以上、有意に過ごせる時間というのは多いに越したことはない。日々のあらゆる雑務同様、睡眠にも効率化を図るのは、人間性の赴く必然、…
皇国の言論界は華やかだ。 雑誌ひとつをめぐっても、蓋し百花繚乱である。 ジャーナリズムに宗教性すら見出して、新たな時代の偶像に雑誌を祀り上げんとたくらむ情熱家が居る一方で、 ──高級雑誌は大新聞のかつて犯した過ちを順調に踏襲しつつある。 由々し…
明治三十七年である。 日本原産の愛玩犬たる狆(ちん)のオスメス番(つがい)が二組、インド洋を経由して、欧州世界へ送られた。 高橋是清の要請である。 時の英国王妃たるアレクサンドラ・オブ・デンマークへ献上するため、言葉通りの「おくりもの」であっ…