穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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医療教会垂涎の逸材、小酒井不木

 

 医者にして哲学者たるものは神に等しい。


 ヒポクラテスのこの言葉を引用し、小酒井不木は医師のみならずあらゆる学者・研究者はなべて哲学を備えねばならぬと力説した。そうであってこそ学問の発達は促され、人類全体の幸福が増進される結果にも繋がるのだと。


 では、当の不木自身が抱懐していた哲学とは、果たして如何なるものであったか?


 その答えは、次の記述にありありと浮かび上がっている。

 


 私は真の医学者たるには、現に存在する疾病を研究するだけでなく、進んで、新しい疾病を創造しなければならぬと思ふのである。(中略)園芸家がどしどし眼新しい新種を作るやうに、同じく「植物」に属する病原細菌を適当な方法で培養したならば、色々の変種を生じて、その性質を変化し、例へば脳脊髄膜を冒す細菌を適当に培養して後には記憶の中枢だけを冒すやうにするとか、或は又、チフス菌を適当に培養して、骨質を冒すやうにするとかいった風にすることが出来はしないかと思ふのである。かういふと、中には、医学なるものは疾病を人類から除くのがその目的であって、かりそめにも疾病を殖やしたり、疾病の性質を変化させたりすることは人道上許すべからざることだといふ人があるかも知れないけれど、私は、その人に向って、さういふ考をもって居るから医学は進まないのだと言ひたいのである。(『小酒井不木全集 第十五巻』91~92頁)

 


 小酒井不木東京帝大医学部出身。優れた文筆家でありながら同時に医学者としての顔まで兼ね備えた男であって、そうした意味では「漫画の神様」、手塚治虫とも似通っている。

 

 

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 当然、医学知識も豊富に具備していたと看做してよかろう。そうした背景を踏まえた上でこの発言を眺めると、いよいよ以って興味深い。


 特に秀逸なのは人道を振りかざして批難してくる手合いに対し、「さういふ考をもって居るから医学は進まないのだ」と真っ向からやり返している点だ。


『Bloodborne』医療教会関係者が聞いたなら、我が意を得たりと膝を打ち、君は実に見どころがある、どうだ、仲間に加わらないかと勧誘に来かねないセリフであろう。

 

 

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 昨今の映画でも小説でも、こういうことをのたまう輩は大抵悪役として配置され、実験が制御できなくなって大災害を招いてしまう役割として存在している向きがある。


 しかし私はかねてより、そういうキャラクターにこそ面白味と魅力とを見出してきた。こういう人種がいなければ、人間世界はなんとつまらぬ、味気ない、粗末で寂莫としたものになるであろうか、と。


 実際問題、現代に於ける医学薬学の繁栄とて、ナチスドイツが、或いは冷戦下に於ける米ソ両国が、それぞれ血眼になって生物兵器の開発に尽力した、すなわち「新しい疾病を創造」しようとした結果拓かれた境地ではないか。


 不木の思想は過激だが、よく真実の一面を穿っていたと言える。

 

 


 少し前、豚の体内で人間の臓器を作成し、これをヒトに移植して病の治療に役立てようとする研究が大いに進捗をみせていると報じられ、随分世間をにぎわわせていた。
 我が国でも東大などの研究チームがこれに取り組み、年内にも実施を目指しているとか。


 不木が聞けば、さぞ喜悦するニュースであるに違いない。案の定、この研究にも「倫理」を盾に批難を加える勢力があるが、彼の「哲学」はこの連中を容赦なく蹴散らすことだろう。
 頑迷固陋、度し難し。斯くなるものは駆逐せよ、進歩こそ何にもまして望ましけれ。
 好奇の狂熱とは、或いはこのようなものであるか。

 


 身体が闘争を求めていた件といい、小酒井不木フロムソフトウェアの世界観との親和性の高さには驚かされる。

 

 

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