私が「ニカラグア」の名を知ったのは、PSPのゲームソフト、『メタルギアソリッド ピースウォーカー』がきっかけである。
知っての通りこの作品にはソモサ政権(ニカラグアを四十三年に亘って支配し続けた独裁政権)の打倒を目指し、コスタリカで活動を続けるアマンダというキャラクターが登場する。それも物語の中核を担う、主要人物としての位置付けで。
当時から設定厨のケがあった私は、より深く作品世界にのめり込むべくこれら中米諸国について多少調べた。
ほんのさわり程度だが、それでも二〇一四年、香港の企業がニカラグア運河開削の着工式典を開いたというニュースに対し、おや、と敏感に反応することが出来たのはまったくこのときの経験の賜物だ。
アメリカが一〇〇年以上構想を練り続けて、ついに実現させられなかった事業に対し、なんと中国系の企業が挑む。
刺激的な構図ではないか。これで興味を掻き立てられねば嘘であろう。
アメリカの運河と聞いてまず真っ先に浮かぶのはパナマ運河だ。一九一四年八月十五日の開通以来、この運河が米国の発展にどれほど貢献してきたかは、何万字を費やしても到底説明しきれない。
正に生命線といってよく、この運河の支配を盤石ならしめるためアメリカが新パナマ国なる傀儡政権の樹立さえ厭わなかったことは、軽くであるが以前触れた通りである。
そうまでした甲斐あって、パナマ運河は莫大な利益を齎してくれた。
一九一五年の時点では一〇七五隻に過ぎなかった運河通航船舶数に比し、十三年後の一九二八年では六四五六隻。実に六倍の増加であり、通航料の収入もそれに比例して六倍に増えた。
繁盛自体は慶賀に堪えぬことである。
が、あまりに繁盛したために、もしこのままのペースで利用船舶が増した場合、僅か十年を待たずして使用の最大限度に到達――キャパオーバーを来すことが、誰の眼にも明らかになってきたのである。
米国首脳陣は決断を迫られた。すなわち、パナマ運河に拡張工事を施すか、それともニカラグアに新運河を開削するか。
協議は幾度となく重ねられた。
ニカラグア運河賛成派の説いた利点は大別して次の二項。
一、ニカラグア運河開削予定地はパナマ運河よりも遥か北方に位置しており、それだけニューヨーク等東海岸からサンフランシスコ等西海岸、若しくは他の北太平洋方面に向かう船舶にとって航路が短縮されることになり、運輸費の大幅な節減が期待できる。
二、パナマ運河は閘門式であるゆえに、戦時中敵の航空機から爆弾攻撃を受けた場合、破壊されて交通障害を起こし易い。よってニカラグア運河を開削し、二重の交通保障が備われば、米国の海軍政策上非常に好都合である。
対して反対派の要旨は、
一、かかる費用の莫大さ。どう少なめに見積もっても三億ドルを下回らず、十億ドルと主張する声まで中にはあった。
二、距離があまりに長すぎる。ニカラグア湖水を利用する便宜があるといっても、パナマ運河の五十マイルに対しニカラグア運河は一八三マイルを経ねばならない。
三、地形の問題。パナマ運河地帯の斜度が比較的緩やかだったのに対して、ニカラグア運河地帯は頗る峻険。
四、パナマでは運河の出入り口となるべき港が最初から存在していたが、ニカラグアにはこれが望めず、新たに一から造らねばならない。
これら山積する不安要素を抱えていたずらに冒険的事業に打って出るより、一億ドルの予算で以って、十年計画でパナマ運河に新たな水門を建造してゆけばそれでよろしい、というのが反対派の意見であった。
そうすればパナマ運河の使用能力は二倍に至ると説くのである。
安全策といっていい。
が、賛成派にしてみればそれで大人しく引っ込んでいられるわけがない。
彼らは彼らで、必死にニカラグア運河開削計画実現の可能性の高さをアピールした。
そも、アメリカがニカラグアをぶち抜いて運河を通してしまおうという、まことに雄大なこの構想を最初に議会で決議したのは一八二五年のこと。ジョン・クィンシー・アダムズ大統領の時代であり、その翌年には国務長官ヘンリー・クレイの名の下で、さっそく調査員の派遣が行われている。
(Wikipediaより、アダムズ大統領)
調査員はその後幾度となく派遣され、最終的に一八七六年、調査委員会の方針は運河建設賛成で一決。ところがその後、他方からパナマ運河開削運動が盛り上がりをみせ、どちらを採るかで議論が紛糾。紆余曲折を経た果てにパナマ運河に軍配が上がり、ニカラグア運河は「お流れ」となった。
が、だからといって積み上げられた調査報告の数々まで威力を失うわけではない。
一八七六年の時点で十分な成算があったのだから、より技術の発達した、一九二八年世界に生きる我々に出来ない道理はないだろう、というのが賛成派の拠って立つところであった。
それに、ニカラグア運河の名は多くのアメリカ政治家の念頭に長いこと残り続けていたらしく、着々と「お膳立て」も整いつつある。
例えばかのウィルソン大統領時代にも、その準備工作としか思われぬ条約がニカラグアとの間で締結されているではないか。
一九一四年八月五日調印の、ブライアン=チャモロ条約がそれである。
この条約で合衆国は三百万ドルの対価を支払い、代わりにニカラグア横断運河開削権を手中に収め、更にはフォンセカ湾の実質的な租借権まで得ているのだ。
投資は既に行われていて、これを無駄にしないためにもここは一番、威勢よく、ニカラグア運河開削に国の方針を一決し、一〇〇年前からの夢を叶えるべきであるだろう――。
賛成、反対、各派に分かれて激しく火花を散らした結果、最終的にアメリカが下した選択は、いったい如何なるものであったか。現在の中南米の地図を一瞥すれば、その答えはたちどころに明瞭たろう。
ニカラグア運河など、影も形も存在しない。
夢は結局、夢のままで終止した。
(ニカラグア湖)
だから二〇一四年、香港の企業がこの幻の運河をたった四年で完成させるとぶちあげたとき、もうこの時点で私は不穏な気配を嗅いだ。
大言壮語にもほどがあろう、と、私の中の保守性がぎらりと牙を剥いたのだ。
だが、今にして思えば中国企業に運河を通す心算など、端から存在していたのか、どうか。
案の定、彼らは二〇一八年二月に正式にプロジェクトの中止を宣言したが、着工式典からおよそ三年と二ヶ月後のこの時までに、どの程度まで掘り進めていたのやら。
狙いはもっと、別なところにあったように思えてならない。
戦前、鈴木商店の広告部長を務めていた高木清茂の漢民族評に「支那人の三重人格」なる言葉がある。
彼らは他人と話をする際、頭の中で考えていることと、口から喋っていることと、そしてその会話の結果行うことと、そのすべてがバラバラだという意味だ。
ゆえにこその三重人格。高木部長が見出したこの法則は、今日でも遺憾なく通用するものらしい。相も変わらず、中華は「謎の隣邦」だ。

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