穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

私的撰集

酒、酒、酒、酒 ―このかけがえなき嗜好品―

ドイツがまだワイマール共和国と呼ばれていたころの話だ。 第十二代首相ブリューニングの名の下に、ビール税の大幅引き上げが決定されるや、たちどころに国内は、千の鼎がいっぺんに沸騰したかの如き大騒擾に包まれた。 もともと不満が鬱積している。 政治家…

最期の言葉・外伝 ―「夢」を含む辞世撰集―

辞世の句を刻むとき、「夢」の一字を挿みたがる手合いは多い。 なんといっても、天下人からしてそうである。豊臣秀吉が 露と落ち露と消えにし我が身かな浪速のことも夢のまた夢 と吟じれば、徳川家康、 うれしやと二度(ふたたび)さめてひとねむり浮世の夢…

最期の言葉 ―「辞世の句」私的撰集―

天保七年というから、ちょうど「天保の大飢饉」の只中である。信濃国水内郡丹波村の近郊で、行き倒れた男の死体が見つかった。 ざっと見歳は五十内外、持ち物は杖と笠のみであって、そのうち杖には紙片が結わえられており、開くと次の一首が認められていたと…

霊威あふるる和歌撰集 ―「神術霊妙秘蔵書」より―

力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の仲をも和らげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり。 古今和歌集「仮名序」からの抜粋である。 王朝時代の貴族らは、和歌の効能というものをこんな具合に見積もっていた。 要するに和…

非常時に於ける詩人の貢献

十徳の一つ、「毎號大家の傑作を満載するキング」そのままに。 「非常時国民大会」は少なからぬ文化人の力添えあって完成している。 それは漫画家のみならず、詩人もまた同様だ。 北原白秋、篠原春雨、土井晩翠、川路柳虹――実に豪華な顔触れである。 折角な…

昭和八年の「キング」十徳 ―諷刺画を添えて―

キング十徳 ○面白い点では天下第一のキング○楽しみながら修養出来るキング○世の中のことは何でもわかるキング○読者のためには努力を惜しまぬキング○毎號大家の傑作を満載するキング○いつも新計画で天下を驚かすキング○どんな人にもよろこばれるキング○国を良…

三四半世紀 ―75年目―

八月十五日である。 多くは語るまい。 ただ、この日にこそ開くに相応しい本がある。 以下を縁(よすが)に、共に先人を偲んでくれればありがたい。 身はたとえ南の孤島に朽ちるとも永久に護らん神州の空義烈空挺隊 新藤勝 何時征くか何時散るのかは知らねど…

「二十年の停戦」へ ―続々々・ドイツ兵士の書簡撰集―

1918年11月13日、西部戦線の片隅で一人のドイツ軍人が自殺した。 それも自己の掌握する部隊を率いて本国に帰還せよ、と命ぜられた直後の自殺であった。 遡ること2日前、フランス、コンピエーニュの森に於いて、ドイツは連合国との間に休戦協定を締結している…

偉大なる勝利のために ―続々・ドイツ兵士の書簡撰集―

前線に在る多くの兵士が認めることを余儀なくされた。 戦争は変わった、という事実を、である。 ハンス・ブライトハウプトもまた、高い授業料を支払って、教訓を得た一人であった。 私たちははじめは、ほとんど子供のやうに真正直に正攻法によって攻撃しまし…

戦場のピアニストたち ―続・ドイツ兵士の書簡撰集―

第26予備猟兵大隊所属、オットー・クレーエルが「戦場のピアニスト」になったのは、1914年11月1日未明、制圧した村落の一邸宅に於いてであった。 その屋敷は戦闘の余波をもろに受け、大広間には砲弾が飛び込んだ痕があり、 高価な夜具も、 磨き立てられた鏡…

魂叫 ―ドイツ兵士の書簡撰集―

ただならぬ本を手に入れた。 表題は『最後の手紙』。その名の通り、第一次世界大戦当時のドイツに於いて前線の兵士が書き送った手紙類をまとめたものだ。 帝政ドイツ版『世紀の遺書』といっていい。 「俺に弾丸が当たるものか」と大見得を切ったその直後、腕…

大震災にまつわる川柳

権兵衛のやがて耕す焼野原 五七五の定型的に考えて、公称である「ごんのひょうえ」よりも「ごんべえ」と読むのが正しかろう。 言うまでもなく、関東大震災の翌日に組閣された第二次山本内閣を題材とした川柳である。 (Wikipediaより、山本権兵衛) 以前にも…

与謝野夫妻と山本実彦 ―屏風の歌に在りし日を偲ぶ―

晩年、渋沢栄一は、「論語」を書きつけた屏風をつくり、その中で寝起きすることを何よりの愉快としたらしいが、改造社社長、山本実彦も似たような逸話を持っている。 彼の場合、屏風に墨を入れたのは、与謝野鉄幹と晶子の夫妻に他ならなかった。 (左から、…

英国精神小話四撰

Ⅰ 贋金造りで逮捕されたその男性は、審理の席で自分が如何にみじめな境遇に置かれていたかを泣くような声でアピールし、以って衆の同情を誘い、情状酌量の余地を一寸でも拡大すべく努力した。 「――このようなわけで、私は家賃の調達すらままならず、人並みの…

鮎川義介漢詩撰集

元日産自動車株式会社役員という繋がりゆえか。 衆議院議員・朝倉毎人が鮎川義介を題材に編んだ漢詩は数多い。 (朝倉毎人) その中から特に秀逸と感じたものを得手勝手に抄出すると、大方次のようになる。 雲煙飛躍満華箋描出毫鉾画裏仙餘技義翁能若此朝昏…

中条流川柳私的撰集 ―「ママにあいたい」の衝撃から―

つい先日、「ママにあいたい」というフリーゲームをプレイした。 オープニングの時点で両腕を欠損している主人公が、母親にあいたい一心で、同じく色々と失っている兄弟姉妹の力を借りつつ、ひび割れや血痕の目立つ謎空間から脱け出そうと奮闘する作品だ。 …

ハワイ王国と日本人 ―『日本魂による論語解釈』和歌撰集・番外編―

【不如諸夏之亡】 詳しくは、「夷狄之有君、不如諸夏之亡也」。夷狄の君有るは、諸夏の(君)亡きが如くならず――夷狄でさえ君主を戴くこと、その重要さを心得ており、みすみすそれをぶち壊しにしてしまった我が中華のようではない。 もっともこの項には別の…

『日本魂による論語解釈』和歌撰集 ―尾崎行雄と「事君尽礼」―

【事君尽礼】 詳しくは、「事君尽礼、人以為諂也」。君に事(つか)ふるに礼を尽くさば、人以ってへつらいと為すなり。 礼儀正しくふるまう姿を斜めに見、なにをおべっか使っていやがる、鼻持ちならないゴマすり野郎めと冷笑する手合いというのは確かに居る…

『日本魂による論語解釈』和歌撰集 ―文献不足・壁の中の書―

【文献不足】 詳しくは、「子曰、夏禮吾能言之、杞不足徴也、殷禮吾能言之、宋不足徴也、文献不足故也、足則吾能徴之矣」。 孔子は夏の国の礼について、十分語ることが出来た。しかしながら夏の後に興った杞国については、詳しく検証することが出来なかった…

『日本魂による論語解釈』和歌撰集 ―巧言令色・吾日三省―

【吾日三省吾身】 詳しくは「曾子曰、吾日三省吾身、 為人謀而忠乎、 与朋友交言而不信乎、 伝不習乎」。 孔子の高弟に曾子という人物が居た。 (曾子) 彼は日に三度、欠かさず我が身を振り返ったという。即ち、 一、人の為に真剣に物事を考えてあげられた…

『日本魂による論語解釈』和歌撰集 ―孝道編―

論語は天下第一の歌書なり、歌を詠まんと欲せば、先づ論語を読むべし。 江戸時代後期の歌人、香川景樹の言葉である。 景樹に限らず、難解な哲学書を解読するにうたごころ(・・・・・)を以って鍵と為し、更には噛み砕いた内容を、五・七・五の形式に昇華さ…

三たび諫めて聴かざれば ―歌の背景―

三たび諫めて聴かざれば腹に窓あけ死出の旅 四書五経の一つでもある『礼記』には、次のように記されている。 「君に過ち有れば則諫め、三度諫めて聴かざれば去るべし」と。 臣下たるもの、主君の過ちに気付いたならば三度まではこれを諌めよ。もし三度諌めて…

『現代世相漫画』私的撰集 其之弐

この「準備教育」は、本書の中でも特に出来のいい作品だと感心している。 頭の中で注射された科目曰く「オイ、もっと其方に寄れ、俺の入る処がない」「入る処が無ければ出て了へ。よく考へてみろ、一升桝へ一斗の米が入るか」 エネルギー曰く「待て待て、俺…

『現代世相漫画』私的撰集 其之壱

ここに『現代世相漫画』という古書がある。 発刊は、昭和三年三月十五日。 その名の通り、当時をときめく漫画家たちが筆を集めて存分に社会風刺を加えた本だ。 そう、漫画で以って日本社会を風刺したのはひとりビゴーのみにあらず。 日本人による、日本のた…

続・いろは歌撰集

▼▼▼前回の「いろは歌撰集」▼▼▼ い 出や此世に生れては ろ 露命も僅か朝顔の は 花の盛りも僅かなり に 憎き可愛ゆき薄きうち ほ 恣(ほ)しき憎きの薄きうち へ 片時も油断すべからず と 兎に角勇み読書(よみかき)は ち 力づくには行かんぞよ り 利口の人…

生臭坊主の化け医者遊び

織田信長が比叡山を焼き討ちした際、突き殺されて炎の中に投げ込まれた死体の中に、数百の女子供が混じっていたのは有名な話だ。 多くの聖域がそう(・・)であるように、王城の鬼門封じに相当する至高至尊のこの巨刹にも、女人禁制の結界が張られているはず…

稲葉厵隣の「いろは歌」 ―古本まつりの収穫物―

目下開催中の第60回神田古本まつりに於いて、良書を得た。 昭和九年刊行、羽太鋭治著、『浮世秘帖』なる本である。 本の概要や著者の経歴などはまた別の機会に譲るとして、今回特筆大書しておきたいのは、この中に掲載されている「いろは歌」についてこそ。 …

「真情春雨衣」都都逸撰集 ―発禁指定の江戸艶本より―

ここに『未刊珍本集成 第四輯』なる本がある。 昭和九年印刷。その名の通り、発禁を喰らい世に出ることを許されなかった書籍を集めた本である。 はて、ならばこの本とても発禁を喰らって然るべきではないかと当然の疑問が持ち上がるが、何のことはない、奥付…

都都逸撰集

赤い顔してお酒を呑んで今朝の勘定で蒼くなる 人の営みの普遍性に感じ入るのはこういうときだ。人間とは似たような愚行を性懲りもなく重ねつつ、歴史を編んでゆくものらしい。 人情の機微を赤裸々に、しかも陽気に表現する術として、都都逸(どどいつ)は川…

『柳樽』川柳私的撰集 ―其之弐―

里のない 女所(にょうぼう)は井戸で 怖がらせ 井戸をどうやって脅しの道具に使うのかというと、こういう次第だ。 まず、袂に重そうな石をどっさり詰め込む。 身がずっしりと重くなったところで、次に井戸の縁に腰を下ろして体を揺らし、今にも落下しかねな…