穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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2024-02-01から1ヶ月間の記事一覧

東京帝大、異常あり

大正十四年である、東大生が鉄道自殺をやらかした。 季節は盛夏、空の青さは嫌味なまでに濃く、深く。雲が層々と峰をなす、とても暑い日であった。 (東京大学) 苛烈な太陽光線が、散乱した血や臓物に容赦なく浴びせかけられる。湿度の高さも相俟って、たち…

幻燈 ―夢と現を繋ぐもの―

銀幕で濡れ場が開始(はじ)まると、客席中にもつられて血を熱くして、みるみる脳まで茹であがり、一切の思慮を蕩けさせ、過去も未来もまるきり喪失、ただ現在(いま)だけの、現在確かに存在している衝動だけの塊と化し、そのままそこで自分等もおっぱじめ…

燃ゆる如月

遡ること九十四年、昭和五年のちょうど今日。 西紀に換算(なお)せば一九三〇年の、二月二十四日のことだ。 中央気象台は異例の記録に揺れていた。当日の最高気温として、寒暖計は24.9℃なる夏日寸前を示したからだ。 (中央気象台) 季節外れの高温は関東平…

我は越後の天狗也

姓は石黒、名は政元。 どこぞの軍医総監殿と同じ名字であるものの、血のつながりは特にない。 越後国の産である。 物心ついた時には既に、彼は己の特性をはっきり自覚し終えていた。 どんな高所に立とうとも、少しも恐いと思えない。 他の童が脚を竦ます年代…

人に悪意あり

その新聞は、立て続けに名を変えた。 創刊当時――明治十九年九月には『商業電報』であったのが、およそ一年半後には『東京電報』と改めて、更にそこから一年未満、ものの十ヶ月で再度改名、四文字から二文字へ、『日本』として新生している。 以後は漸く落ち…

脳力と品性の不一致

脳髄の出来と品位の高下は必ずしも一致せぬ、いやいやむしろ、釣り合う方こそ珍しい。 禍乱の因子(タネ)はいついつだとてそこ(・・)にある。才に恵まれ生まれ落ちると人間は、増上慢になりがちだ。あまりに容易く世界のすべてを見下して、「自分以外の誰…

日本、弥栄

日本人の幸福は、その国内に異人種の存在しないことである。 維新このかた一世紀、外遊を試みた人々が、口を揃えて喋ったことだ。 鶴見祐輔、小林一三、煙山専太郎あたり――「有名どころ」の紀行文を捲ってみても、その(・・)一点に限っては同じ感慨を共有…

明治監獄小綺譚

明治十二年は囚人の取り扱い上に、色々と進展が見られた年だ。 たとえば皇居の草刈りである。 日本のあらゆる権威の根源、 皇国を皇国たらしめる御方、 すめらみことが坐する場所。 重要どころの騒ぎではない、そういう謂わば聖域を、美しいまま保つ作業は従…

水利を図れや日本人

日本人とは、井戸掘り民族なのではないか? 妙な言い回しになるが、そうだとしか思えない。 海の向こうに巣立っていった同胞たちの美談といえば、十に七八、それ(・・)である。 (江戸東京たてもの園にて撮影) アフリカ、中東、東南アジア、煎じ詰めれば…

つれづれなるままに

書棚を飾る『蠅と蛍』。 佐藤惣之助の想痕、あるいは随筆集。神保町のワゴンから五百円(ワンコイン)にて回収してきた品である。 本書の見開き部分には、 必要最低限度といった、ごく控え目な書き込みが、これこの通り為されてる。 白楊 辰澤様 と読むので…

愛は努力だ ―身持ちの堅い女たち―

作品から作者自身の性格を推し量るのは容易なようで難しい。 あんな小説を書いていながら紫式部本人は身持ちがおっそろしく堅い、ほとんど時代の雰囲気にそぐわないほど頑なな、あらゆる誘惑を撥ね退けて貞操を断固守り抜く、まるで淑女の鑑のような御人柄で…

五千円になった人

新渡戸稲造には日課があった。 本人の語りによるものだから間違いはない。それは札幌農学校に教鞭をとっていた時分、己に課した習慣だ。 (北海道帝国大学) 授業のために、指定の教場へ向かう都度、新渡戸はいきなり扉を開けず、把手(とって)を握り締めた…

九十九人の残留者

大正九年十月の国勢調査に従えば、当時樺太――むろん南半、日本領――に居住していたロシア人の総数は、ギリギリ三桁に届かない、九十九人だったとか。 明治三十八年のポーツマス条約締結時、つまりこの地が「日本」になった直後では、およそ二百人ほどがあくま…

赤い国へと、血は流れ

日本人が死亡した。 遠い異境の地に於いて、政変に巻き込まれた所為だ。 政変とは、すなわちロシア二月革命。ペトログラードで流された血に、大和民族の赤色も、いくらか混じっていたわけだ。 (Wikipediaより、二月革命) その死に様は陰鬱に彩られている。…