穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

※当ブログの記事には広告・プロモーションが含まれます

2019-12-01から1ヶ月間の記事一覧

甲州葡萄悲喜交々

「甲州」という名のブドウがある。 だいたいシーズン終盤ごろに成熟し、収穫されるこの品種。特徴としては果皮の厚さと、種の周りに酸味だまりがあることか。国内生産量の90パーセント以上を山梨一県が占めていることも加え入れてもいいかもしれない。 生食…

「ポッポ」と「鳩一」 ―華麗なる一族のアダ名事情―

大正の御代も終盤にさしかかったある日のことだ。東京都、交詢社の食堂で、二人の男が顔を合わせた。 いや、互いに予期した接触ではなく、あくまで「偶然の出会い」に過ぎなかったわけであるから、「鉢合わせした」と書いた方が相応しかろうか。 男たちの名…

昭和レトロ商品博物館を堪能す

首都東京の西郊外たる青梅市に、昭和の器物を蒐めた博物館があると聞きつけ俄然私は興味を惹かれた。 電車を乗り継ぎ、ホームに降りれば、早速のこと右から左読みの古式ゆかしい看板が。 街の方でも何が求められているのかよく心得ているらしく、相応しい二…

三たび諫めて聴かざれば ―歌の背景―

三たび諫めて聴かざれば腹に窓あけ死出の旅 四書五経の一つでもある『礼記』には、次のように記されている。 「君に過ち有れば則諫め、三度諫めて聴かざれば去るべし」と。 臣下たるもの、主君の過ちに気付いたならば三度まではこれを諌めよ。もし三度諌めて…

預言者郷里に容れられず ―クリスマスに因んだ小噺―

折角のクリスマス・イヴである。 清しこの夜にあやかって、イエス・キリストにまつわる小噺でもさせてもらおう。 イエス様が神の子たる自分自身を発見し、この地上を救済すべく方々で奇蹟をふるまいながら伝道に努めていた頃のこと。彼の足は、たまたま生ま…

異文化交流滑稽譚 ―旅行記の醍醐味―

「男女七歳にして席を同じゅうせず」とは儒教に於ける教えだが、似たようなモノは西洋にもある。 結婚しているわけでもない男と女が二人っきりで一つの部屋に居てはならぬということが、彼等にとって重要な礼法だった時代があった。 滅多にドアを閉じないの…

等々力渓谷探勝記

都会の喧騒から手っ取り早く逃れたいなら、あそこ以上の場所はない――そんな触れ込みに背を押され、先日の午後、私は等々力渓谷を訪れた。 東急大井町線等々力駅から二分足らずでもうこの看板にぶちあたる。なるほど、確かに手っ取り早い。 「23区唯一の渓谷…

原田実、ニューデール政策下のアメリカへ

イギリスに於いて見るべきものをあらかた見終えた大日本帝国の教育学者、原田実が次に足を運んだ先は、大西洋の向こう側――アメリカ合衆国に他ならなかった。 日本から上海を経てインド洋を南回りに航行し、地中海からイタリアに入り、ドイツ、フランス、イギ…

原田実、英国にて舌禍事件を目撃す ―「世界中で最も立派な国である」―

その少女の作文は、同時期に発表された如何なる英国文学の大論文より甚だしく世を揺さぶったと評された。 1935年5月16日、マンチェスターのセント・ポール女学校に通うモード・メイスンなる13歳の一生徒が、皇帝戴冠25周年を記念するため出題された、「我が…

夢路紀行抄 ―お墨付き―

夢を見た。 二度寝の合間の夢である。 一度は目を覚ましたにも拘らず、寒さと惰性に押し切られ、再び布団にもぐり込んだ私の意識はあっという間に夢の中へと旅立った。 その世界の情景は、現実世界の私の部屋とほとんど何も変わらない。机には炬燵布団が被せ…

原田実という男 ―世界に誇る日本人―

立ち読み中にふと目についた、 ――自分の経て来た生涯のどの部分を顧みても愉快に率直に過ごせたとは思へない という一文に惹かれた。 いかにも私好みの、厭世的な香りがする。 それがこの、昭和十六年刊行、原田実著『閑窓記』を購入した主因であった。 果た…

迷信百科 ―盟神探湯―

少し前、インドからこんなニュースが伝わってきて世を騒がせた。 警官が集団強姦殺人事件の容疑者たちを皆殺しにしたという。 現場検証に赴いた先で、容疑者の一人が銃を奪って逃走しようとしたがゆえの、やむを得ぬ措置であったという。 たまたま目についた…

身を焼くフェチズム、細胞の罪

1911年、英国ロンドンにたたずむセント・メリー病院に、一人の女性が駆け込んだ。 頻りに胃の不快感を訴える彼女を診察してみると、確かに腹の上部に於いて、異様な手応えの瘤がある。 早々と手術の日取りが決まり、いざ腹腔を開いてみると、予想だにしない…

高水三山の思い出

台風十九号という「規格外」の襲来や実生活の慌ただしさ等、数々の要素が重なって、あまり山へ行けなかったことが今秋の憾みとするところである。 が、それはあくまで「あまり」であって「皆無」ではない。 たとえば、十一月中旬に登った高水三山。 奥多摩山…

岐阜事件四方山話 ―板垣退助暗殺未遂の裏表―

敵の敵は味方だと、現実はそう簡単に図式通り動かない。特に政界のような伏魔殿に於いてはなおさらだ。 明治十五年に端を発する自由党と改進党の相克などは、その例として最適だろう。現政府の転覆をこそ大目標として掲げているのはどちらも同じ。にも拘らず…

『現代世相漫画』私的撰集 其之弐

この「準備教育」は、本書の中でも特に出来のいい作品だと感心している。 頭の中で注射された科目曰く「オイ、もっと其方に寄れ、俺の入る処がない」「入る処が無ければ出て了へ。よく考へてみろ、一升桝へ一斗の米が入るか」 エネルギー曰く「待て待て、俺…

『現代世相漫画』私的撰集 其之壱

ここに『現代世相漫画』という古書がある。 発刊は、昭和三年三月十五日。 その名の通り、当時をときめく漫画家たちが筆を集めて存分に社会風刺を加えた本だ。 そう、漫画で以って日本社会を風刺したのはひとりビゴーのみにあらず。 日本人による、日本のた…

科学の発展、好奇の狂熱

その出来事を、理化学研究所員・辻二郎工学博士は、明らかに不快な記憶として扱っている。 とある実業家との会話の席で、 「どうせ研究をするならば役にも立たぬ道楽勉強でなく、工業上実際有益な研究をやったらどうだ」(『科学随筆 線』18頁) と面と向か…

夢路紀行抄 ―荒野を走るセルロイド―

夢を見た。 息せききって、疾走(はし)り続ける夢である。 昨夜の私の夢の舞台は、さながら『フォールアウト』シリーズにでも登場しそうな寂莫たる一面の荒野。道路らしい道路もなく、烈日に照らされ、ひび割ればかりが目に付く大地。そんな場所で、私は何…

砕かれた幻月、エフェメロン

このところ、『科学随筆 線』なる古書を読んでいる。 『浮世秘帖』や『煙草礼賛』と同じく、古本まつりの収穫物だ。 お値段、たったの300円。 安い。破格といっていい。 刊行は、昭和十六年十月十日。 日本が大東亜戦争に突入する、たった二ヶ月前である。 …