穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

諭吉と西哲

福澤諭吉の言葉には、西哲の理に通ずるものが多少ある。 たとえばコレなどどうだろう。 増税案の是非をめぐって起こした――むろん『時事新報』上に――記事の一節である。 本来人民の私情より云へば一厘銭の租税も苦痛の種にして、全く無税こそ喜ぶ所ならんなれ…

通史の常連 ―旧陸軍と高島秋帆―

わがくに陸軍の「通史もの」を繙くと、まず結構な確率で高島秋帆の名前が出てくる。 勝海舟の『陸軍歴史』にしてからが既に然りだ。「天保十一年庚子高島四郎太夫ノ建議ハ暗ニ後年我邦陸軍改制ノ事ヲ胚胎スル」と、劈頭一番、序文にもう含まれている。どれほ…

明治の捕鯨推進者 ―讃岐高松、藤川三渓―

『捕鯨図識』が面白い。 読んでそのまま字の如く、クジラという、地球最大の哺乳類につきあれこれ綴った本である。 (Wikipediaより、ザトウクジラ) 著者の名前は藤川三渓、讃岐の人、文化十三年の生まれ。黒船来航前後から藤森天山・大橋訥庵等々の「勤皇…

裸の交渉 ―青木建設創業夜話―

外交にせよ、商談にせよ。まずふっかけてかかるのが交渉術の基本とされる。 過大な条件を突き付けて、そこから徐々に妥協点を探ってゆくのが即ち腕の見せ所であるのだ、と。 近年のサブカル界隈にもまま見られる描写であった。 有名どころでは『スターダスト…

狼の価値 ―一匹あたり二十万円―

「狼一匹を駆除するごとに、三円の報奨金を約束する」――。 そんな布告を北海道開拓使が出したのは、明治十年のことだった。 (Wikipediaより、開拓使札幌本庁舎) この当時、一円の価値は極めて重い。小学校の教員の初任給が九円前後の頃である。たった三匹…

続・ドイツの地金 ―何度でも―

ナチ党による独裁が確立して以後のこと。 ドイツ国内に張り巡らされた鉄道網。その上を走る汽車のひとつに、日本人の姿があった。 べつに政府関係者でも、大企業の重役でもない。ただの単なる旅行客、それも気ままな一人旅である。 彼の傍には地元民らしき少…

屯田兵の記憶 ―会津藩士・安孫子倫彦―

明治八年、最初の屯田兵たちが北海道の地を踏んだ。 青森県より旧会津藩士四十九戸、宮城県より仙台士族九十三戸、山形県より庄内士族八戸、その他松前士族等々、合計百九十八戸に及ぶ人間集団が青森港から小樽の港に渡ったのである。 その中に、安孫子倫彦…

北海道のユニコーン ―幕末幻想怪奇譚―

試される大地だけではないか、わが日本国で、一角獣が棲息するとまことしやかに語り継がれてきた土地は――。 文献上に確認できる。 萬延元年、西暦にして1860年、函館から江戸へと飛んだ一通の書。栗本鋤雲が旧知に宛てて書き送った手紙の中に、該当する部位…

男にとっての最大鬼門

フレデリック・ショパンは恋人を捨てた。 「捨てた」としか表現しようのないほどに、それは唐突かつ一方的な別れであった。 (Wikipediaより、フレデリック・ショパン) 原因は、益体もない。 あるささやかな集まりで、自分に先んじ他の男に椅子を勧めた。 …

ドイツの地金 ―敗れても―

一九一九年、敗戦直後のドイツに於いて、二人の男が自伝を世に著した。 一人はアルフレート・フォン・ティルピッツ。 もう一人はパウル・フォン・ヒンデンブルク。 どちらも名うての軍人であり、多分の英雄的側面をもつ。 ティルピッツに関しては、以前の記…

紳士たちの戦争見物

日清戦争の期間中、現地に展開した皇軍をもっとも困惑させたのは、清国兵にあらずして、イギリスの挙動こそだった。 そういう記事が『時事新報』に載っている。明治二十八年三月二十四日の上だ。曰く、「我軍が敵地を占領するの場合に、彼(イギリス)の軍艦…

酪農王国への歩み

北海道へ行くと、停車場でも旅館でも、あらゆる施設が隙あらば牛乳を飲ませようとする――。 毎日新聞に籍を置く、とある記者の弁である。 昭和三年、取材旅行を総括して、だ。 (旭川近郊、平手牧場) 試される大地に酪農王国を築き上げんと、たゆまぬ努力、…

公私の巧みな使い分け ―国会記者・岡本一平―

岡本一平は政治漫画もよく描いた。 だから国会の裏も表も、実に詳しく知っている。 記者控室の常連だったといっていい。蝶を待つ蜘蛛の心境で、あの立法府の隅々に感覚の網を張っていたのだ。 (Wikipediaより、国会議事堂) ある日、こんな景色に出くわした…

未来は過去の瓦礫の上に ―青函連絡船小話―

小麦に限らず、艀荷役はよく積荷を落っことす。 何処かの誰かが到着を今か今かと待ちわびている大事な品を、些細なミスからついつい海の藻屑に変える。 大正十一年度には、青函航路――青森駅と函館駅との間を結ぶ、片道ざっと113㎞のこれ一本をとってさえ、実…

鶴見工場、偉観なり ―時事新報上の日清―

そのむかし、大日本帝国は一廉の小麦粉輸出国家であった。 小麦ではない。 小麦粉(・)である。 カナダ・アメリカあたりから小麦を仕入れ、国内にて製粉し、袋詰めして輸出する。そういうことで、けっこうな利益を上げていた。 (Wikipediaより、小麦粉) …

真実の聲 ―常在戦場、至難なり―

「痛え、医者を呼んでくれ」 岐阜で兇漢に刺された際、板垣退助が本当にあげた叫びとは、こんな内容だったとか。 まあ無理からぬことである。 死の恐怖を、それもだしぬけに突き付けられて、泰然自若とふるまえなどとそれこそ無理な注文だ。 (維新直後の土…

続・福澤諭吉私的撰集

もう少しだけ福澤諭吉を続けたい。 ――明治維新にケチをつけたがる類の輩が愛用する論法に、アレは市民革命ではない、支配階級すわなち武士同士の内ゲバに過ぎない、よって不徹底も甚だしく未完成もいいところだとの定型がある。 が、福澤諭吉に言わせれば、…

福澤諭吉私的撰集

猿に読ませる目的で書かれた文を読んでいる。 福澤諭吉の文である。 尾崎行雄咢堂は、その青年期のある一点で、「筆で生きる」と心に決めた。 そのことを福澤に報告にゆくと、折しも福澤は鼻毛を抜いている最中で、鼻毛抜きを手放しもせず聞きながら、「変な…

福澤諭吉の戦争始末 ―領土経営の方針如何―

鎌倉幕府は、頼朝は、奥州藤原氏を滅ぼした。 が、彼の地にうごめく無数の民を真に屈服させ得たかというと、これは大いに疑問が残る。 なんとなれば津軽に於いて、「口三郡は鎌倉役でも、奥三郡は無役の地」と呼ばれたように。 この時代を象徴する土地制度――…

日仏変態作家展 ―続・身を焼くフェチズム、細胞の罪―

ボードレールが吉良吉影を知ったなら、おそらく彼の名ゼリフ、 自分の「爪」がのびるのを止められる人間がいるのだろうか?いない…誰も「爪」をのびるのを止めることができないように…持って生まれた「性(さが)」というものは 誰も おさえる事が できない……

奸商、姦商、干渉ざんまい

西暦一六四一年、江戸時代初期、三代将軍家光の治下。寛永の大飢饉がいよいよ無惨酷烈の極みへと達しつつあったその時分。幕府の命で、三十人の首が斬られた。 比喩ではない。 そっくりそのまま、物理的な意味で、である。 彼らに押された烙印は「奸商」ない…

総力戦まであと三日 ―準備せよ、準備せよ、準備せよ―

一九三九年九月一日、ドイツ、ポーランドに侵攻開始。 「二十年の停戦」はここに破れた。第二次世界大戦の開幕である。フェルディナン・フォッシュが嘗て危惧したそのままに、世界は再び一心不乱の大戦争へどうしようもなく突入してゆく。 ドイツの動きは早…

マッドな人たち ―八田三郎のコレクション―

手術(オペ)で切除した腫瘍の味を確かめるのを事とした、例の外科医先生といい。 戦前日本の学者というのは、奇人というか、どうもマッドな香りが強い。 植物園の住人ですら、四分五裂した人体のアルコール漬け標本を平気で持っていたりする。 八田三郎のこ…

続・末期戦の一点景 ―大英帝国、備蓄なし―

一九一四年八月四日、イギリス、ドイツに宣戦布告。 それからおよそ二ヶ年を経た一九一六年十月時点で、小麦の値段は十三割増し、小麦粉の方も実に十割増しという、紳士たちが未だかつて経験したことのない、大暴騰が発生していた。 産業革命以来、海外の低…

夢路紀行抄 ―液体生命―

夢を見た。 神の御業の夢である。 最初はハンドクリームだった。 真珠を融かしたかの如く鮮やかに白いその軟膏を一掬いして、きゅっと掌(てのひら)に握り込む。するとどうだ、中でどんどん体積を増し、ついには指の合間から、河となって流れ出したではない…

末期戦の一点景 ―餓鬼道に堕ちたヨーロッパ―

戦争は次のステージに進んだ。 畢竟、勝利の捷径(ちかみち)は、敵国民の心を折って戦意を阻喪せしむるに在り、その目標を達成するに「兵糧攻め」――慢性的な食糧不足を強いるのは、大規模な空襲と相並んで極めて有効な一法である。 今日でこそありきたりな…

挑発には挑発を ―英国貴族と労働者―

「戦争は富める者をいっそう富ませ、貧しき者をより貧しく、唯一の資本たる健康な肉体さえ損なわしめた。金欲亡者がぶくぶく肥り、我が世の春を謳歌する蔭、祖国のために義務を尽した勇士らが、路傍で痩せこけ朽ちてゆく。諸君! こんな不条理が許されていい…

清冽な大気を求めて ―一万二千フィートの空の舌触り―

山形県東村山郡作谷沢村の議会に於いて、男子二十五歳未満、女子二十歳未満の結婚をこれより断然禁止する旨、決定された。 昭和五年のことである。 (昭和初期の山形市街) ――はて、当時の地方自治体に、こんな強権あったのか? とも、 ――なんとまあ、無意味…

遺恨三百 ―歳月経ても薄まらず―

憎悪は続く。 怨みは消えない。 復讐は永久に快事であろう。 幕末維新の騒擾がどういう性質のものだったかは、東征の軍旅が関ヶ原を通過した際、薩摩藩士の発揮したはしゃぎっぷりによくわかる。 「いよいよ二百余年前の仇討ができる」と喜び勇み、一行の中…

魂叫

貧は罪の母という。 その象徴たる事件があった。 姉による、弟妹どもの抹殺である。 (『江戸府内 絵本風俗往来』より、子供の盆歌) 主犯――長女の年齢は、事件当時十七歳。この長女が 「水遊びをしに行こう」 との口実で十歳になる弟と、十二歳の次女、二歳…