穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

ポルトガルの独裁者 ―外交官のサラザール評―

1910年、ポルトガルで革命が勃発。 「最後の国王」マヌエル2世をイギリスへと叩き出し、270年間続いたブラガンサ王朝を終焉せしめ、これに代るに共和制を以ってした。 ポルトガル共和国の幕開けである。 (Wikipediaより、革命の寓意画) この国が「ヨーロッ…

英霊への報恩を ―日露戦争四方山話―

胆は練れているはずだった。 間宮英宗は臨済宗の僧である。禅という、かつてこの国の武士の気骨を養う上で大功のあった道を踏み、三十路の半ばを過ぎた今ではもはや重心も定まりきって、浮世のどんな颶風に遭おうと決して折れも歪みもせずに直ぐさま平衡を取…

待ちわびた黎明の物語

『テイルズオブアライズ』を購入。 ゲームを新品で買うのは久しぶりだ。『サイバーパンク2077』以来ではないか。およそ九ヶ月ぶりの決断になる。 このブランドとの付き合いも長い。 一番最初に触れたのは、確か『ファンタジア』のps1移植版であったはず。呪…

滑雪瑣談 ―石川欣一の流行分析―

日本スキーの黎明期。人々は竹のストックでバランスを取り、木製の板を履いていた。 材質としてはケヤキが主流。最も優秀なのはトネリコなれど、ケヤキに比べてだいぶ値が張り、広くは普及しなかったという。 そうした素材を、まずはノコギリで挽き切って大…

今に通ずる古人の言葉 ―「正史ならぬ物語は総て面白きが宜し」―

楚人冠がこんなことを書いていた。 物の味といふものは、側に旨がって食ふ奴があると、次第にそれに引き込まれて、段々旨くなって来るもので、そんな風に次第に養成(カルチベート)されて来た味は、初から飛びつく程旨かったものゝ味よりも味(あじはひ)が…

越後粟島、環海の悲喜 ―「大正十六年」を迎えた人々―

1927年1月1日。 たった七日の昭和元年が幕を閉じ、昭和二年が始まった。 が、越後粟島の住民はすべてを知らない。 (笹川流れから粟島を望む) 定期航路の敷かれている岩船港から、沖へおよそ35㎞。またの名を粟生(あお)島、櫛島とも呼びならわされるこの…

日本南北鳥撃ち小話 ―蝗と鴉の争覇戦―

山鳥を撃つ。 すぐさま紙に包んでしまう。 適当な深さの穴に埋(うず)める。 その上で火を焚き、蒸し焼きにする。 頃合いを見計らって取り出して、毛をむしり肉を裂き塩をまぶしてかっ喰らう。 「山鳥を味わう最良の法はこれよ」 薩摩の山野に跳梁する狩人…

薩州豆腐怪奇譚 ―矢野龍渓の神秘趣味―

朝起きて、顔を洗い、身支度を済ませて戸外に出ると、前の通りのあちこちに豆腐の山が出来ていた。 何を言っているのか分からないと思うが、これが事実の全部だから仕方ない。江戸時代、薩摩藩の一隅で観測された現象だ。「東北地方地獄変」や「江戸時代の化…

鮎川義介の長寿法 ―建国の 礎となれ とこしへに―

誰もが永遠に憧れる。 (『東方虹龍洞』より) 不老不死は人類最高の夢の一つだ。「それにしても一日でも長く生きたい、そして最後の瞬間まで筆を執りたい」。下村海南の慨嘆はまったく正しい。生きれるものなら二百年でも三百年でも生きてみたい。かてて加…

夢路紀行抄 ―飛翔体―

夢を見た。 夜天を焦がす夢である。 眠りに落ちて暫しの後。ふと気がつくと、見晴らしのいい場所にいた。 どうやらビルの屋上らしい。 それもかなりの高層ビルだ。 地球の丸みを実感できるほどではないが。 地面を行き交う自動車が、豆粒に見えるほどではあ…

北海道机上遊覧 ―札幌・開拓・雪景色―

暑い。 八月の半ば、一度は去るかと期待された夏の暑さは、しかしまだまだ健在で。あっという間に勢力を回復、捲土重来を全うし、変わらず私を苛み続ける。 先日、神保町にてこのような本を手に入れた。 『南洋諸島巡行記』、著者の名前は佐野実。 刊行年は…

福澤諭吉と山崎闇斎 ―「孟子なりとも孔子なりとも遠慮に及ばず」―

山崎闇斎の知名度は、目下どの程度の位置にあるのか。 百年前と引き比べ、著しく低下したことだけは疑いがない。その当時、彼が説いた「孔孟の道」は日本人が当然もつべき心構えの一つとされて、小学校の教科書にさえ載っており、ごくありきたりな「常識」と…

外交官の恩師たち ―夏目漱石、小泉八雲―

笠間杲雄のペンは鋭い。 さえざえとした切り口で、現実を鮮やかにくり抜いてのける。 なにごとかを批評するに際しても、主題へのアプローチに態と迂遠な経路を使う――予防線を十重二十重に張り巡らせる目的で――ような真似はまずしない。劈頭一番、短刀を土手…

流石々々の紳士道 ―英国人の賭博好き―

イギリス人は賭博を愛す。 目まぐるしく廻る運命の輪、曖昧化する天国と地獄の境界線、伸るか反るかの過激なスリル。その妙味を愉しめぬようなやつばら(・・・・)風情に紳士を名乗る資格はないと、本気で考えている節がある。 「あの連中の競馬好きは度を…

赤旗 vs 三色旗 ―1936年パリの抵抗―

世の中には色々なつらあて(・・・・)の方法があるものだ。 昭和十一年の夏である。 笠間杲雄は、たまたまフランスを訪れていた。そう、腕利きの外務官僚で、赤玉ポートワインの存在が日葡関係に及ぼす意外な影響について知らしめてくれたあの(・・)彼だ…

至誠一貫 ―終戦の日の愛国者―

昭和二十年八月十五日、玉音放送――。 大日本帝国の弔鐘といっても過言ではない、その御言宣(みことのり)がラジオを通じて伝わったとき。小泉信三は病床に横たわっていた。 せんだっての空襲で体表面をしたたかに焼かれ、ほとんど死の寸前まで追い詰められ…

津軽海峡機雷原 ―テンヤワンヤの青森港―

最初は本気にしなかった。 てっきり何かの冗談とばかり思ったのである。 通済道人お得意の諧謔趣味がまたぞろ顔を出したのだろうと、その程度にしか考えなかった。 通済道人、本名を菅原通済。 やあやあ我こそは菅原道真――天神さまの血を受け継いだ三十六代…

春月ちぎれちぎれ ―流水・友情・独占欲―

「私は、水の恋人と云ってもいい位、水を眺めるのが好きな性癖があって、橋の上を通るときは、そこから下を流れる水を見下ろさずにはゐられないし、海岸に 彳(たたず)んで、いつまでもいつまでも、束の間の白い波線の閃きを眺めるのが、私は好きであった」…

夢の分解 ―小氷期を希う―

夢を見た。 北海道の夢である。 かの試される大地の上を、北条沙都子と古手梨花――『ひぐらしのなく頃に』の主要登場人物二名がバイクに乗って突っ走ってる様を見た。 互いに成長した姿であること、言うまでもない。 バイクは一台。運転する沙都子の腰を梨花…

すべてはよりよき芸術のため ―手段を選ばぬ男たち―

紀元前、文明の都アテネに於いて。 ある彫刻家が裁判所に召喚された。 容疑は、我が子に対する過度の折檻、虐待である。 当日法廷に姿を見せた彫刻家は、妙なものを携えていた。 石像である。 彼自身の新作で、少年が苦悶する有り様を表現したものだった。 …

迷信百科 ―明治十二年のコレラ一揆―

明治十二年八月というから、ざっと百四十年溯った今日あたり。 埼玉県北足立郡新郷村が、にわかに爆ぜた。目を怒らせた住民どもが竹槍を手に筵旗を押し立てて――つまりは伝統的な百姓一揆の作法にのっとり、鬨の声を上げながら、警官隊と一大衝突を演じたので…

親バカ諭吉 ―「子供は先生のアキレス腱」―

昨夜炉辺談笑親病床今日看酸辛家門多福君休道吾羨世間無子人 福澤諭吉の詩である。 書き下しは、 昨夜は炉辺に談笑親しかりし 病床に今日は酸辛を看る家門多福なりと君いふを休(や)めよ吾は羨む世間の子なき人を およそこのような具合いになるか。 明治二…

浪漫の宝庫、埼玉県 ―陛下の乳母の日記帳―

関ヶ原の戦勝に天下を掴んだ家康は、そののち思うところあり、氷川神社に神輿を奉納したという。 直筆の願文を、そっと中に納めて、だ。 (家康直筆、剣法伝授起請文) 国家安泰を念ずる内容だったというが、真実(ほんとう)のところはわからない。 ――みだ…

夢の欠乏 ―かねて血を恐れたまえ―

どうも近ごろ、夢を見ない。 もしくは、見てもすぐに忘れてしまう。 今朝方からしてそうだった。何か、長大なドラマの展開を目の当たりにした感じがするが、さてその詳細はというと、言葉に詰まらざるを得ぬ。 唯一はっきり憶えているのは、『彼岸島』の主人…

武藤山治の地獄耳 ―「海老を煮るのは動物虐待」―

人間というのはなんとまあ、一ツところを飽きもせず、堂々巡りばかりしているいきものか。 ロブスターを生きたまま茹でるのは動物虐待、人非人と呼ぶ以外にない言語道断の所業なりと、こう批判する風潮は、べつだん昨日今日に出来上がったものでない。 九十…

魅力的な密造事業 ―敗戦直後の闇煙草―

犯罪ではあるのだが、否、むしろ犯罪であるがゆえにこそ。 密造という行為には、妙に浪漫を掻き立てられるものがある。 敗戦直後、苛酷なまでの課税によって価格が鰻登りに高騰したのはなにも酒のみに限らない。 煙草もまた同様だった。 具体例をとって示そ…

慶應生の家康評 ―極めて稀なる思慮の人―

所詮私も人畜生。 己に近きを貴(たか)しとし、逆に遠きを卑(ひく)しと見たがるこの厄介な性質を、厄介と承知しておきながらしかしどうにも振り払えない。 これまでにも幾度か触れたが私は徳川家康を、日本史上最大最強の英雄として心の底から敬慕してい…

雑誌広告私的撰集 ―昭和26年のウィルキンソン炭酸水―

先日紹介させてもらった『酒のみとタバコ党のバイブル』は、繰り言になるが月刊雑誌の亜種である。 雑誌なだけに、広告がふんだんに載せられている。 扱っているテーマがテーマだからであろうか。胃の薬だの保険だの、健康絡みの商品がとかく目につく印象だ…

続・日本人製密造酒 ―敗戦直後のバクダン造り―

――おそるべきことに。 酔っ払いたさに工業用アルコールをあおって(・・・・)いたのは、ひとりロシア人ばかりではない。 我々日本人も同様だった。 いわゆるバクダン焼酎である。敗戦直後の短期といえど、それは確かにあったのだ。 「なにもかも酒手の暴騰…

教育瑣談 ―真理と名誉と献身を―

アメリカ屈指の名門校、バージニア大学。 細部にまで粋を凝らしたその建築は荘厳以外のなにものでもなく、「世界最美のキャンパス」として讃えられるも納得であり。また正門には以下の警句が彫り刻まれて、学生たちの襟と背筋を正させるのに大いに貢献したそ…