穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

ごった煮撰集 ―月の初めの「ネタ供養」―

金を散ずるは易く、金を用ゐるは難し。金を用ゐるは易く、人を用ゐるは難し。人を圧するは易く、人を服するは難し。 大町桂月の筆による。 短いながらも、登張竹風に「国文を経(たていと)とし漢文を緯(よこいと)として成ってゐる」と分析された、桂月一…

英霊への報恩を ―日露戦争四方山話―

胆は練れているはずだった。 間宮英宗は臨済宗の僧である。禅という、かつてこの国の武士の気骨を養う上で大功のあった道を踏み、三十路の半ばを過ぎた今ではもはや重心も定まりきって、浮世のどんな颶風に遭おうと決して折れも歪みもせずに直ぐさま平衡を取…

薩州豆腐怪奇譚 ―矢野龍渓の神秘趣味―

朝起きて、顔を洗い、身支度を済ませて戸外に出ると、前の通りのあちこちに豆腐の山が出来ていた。 何を言っているのか分からないと思うが、これが事実の全部だから仕方ない。江戸時代、薩摩藩の一隅で観測された現象だ。「東北地方地獄変」や「江戸時代の化…

鮎川義介の長寿法 ―建国の 礎となれ とこしへに―

誰もが永遠に憧れる。 (『東方虹龍洞』より) 不老不死は人類最高の夢の一つだ。「それにしても一日でも長く生きたい、そして最後の瞬間まで筆を執りたい」。下村海南の慨嘆はまったく正しい。生きれるものなら二百年でも三百年でも生きてみたい。かてて加…

春月ちぎれちぎれ ―流水・友情・独占欲―

「私は、水の恋人と云ってもいい位、水を眺めるのが好きな性癖があって、橋の上を通るときは、そこから下を流れる水を見下ろさずにはゐられないし、海岸に 彳(たたず)んで、いつまでもいつまでも、束の間の白い波線の閃きを眺めるのが、私は好きであった」…

親バカ諭吉 ―「子供は先生のアキレス腱」―

昨夜炉辺談笑親病床今日看酸辛家門多福君休道吾羨世間無子人 福澤諭吉の詩である。 書き下しは、 昨夜は炉辺に談笑親しかりし 病床に今日は酸辛を看る家門多福なりと君いふを休(や)めよ吾は羨む世間の子なき人を およそこのような具合いになるか。 明治二…

無何有の郷は今いずこ ―満鉄社員、アラスカを往く―

『アラスカ日記』を読んでいる。 昭和七年、同地を歩いた満鉄社員、矢部茂による旅行記だ。 戦前といえど、欧米にまつわる紀行文は山とある。 南洋だってそれなり以上の数に及ぼう。 だがアラスカとなると至って稀で、現状私の蔵書に於いてはこの一冊がある…

国家の消長 ―かつて日本は広かった―

古書を味読していると思わぬ齟齬にぶちあたり、はてなと首を傾げることが偶にある。 最近ではオーストラリアの総面積を「日本のおよそ十一倍」と説明している本があり、ページをめくる指の動きを止められた。 ――いやいや、かの濠洲が、そんなに狭いわけがな…

玉も黄金も ―歌の背景・乃木希典篇―

明治二十九年は、台湾総督府を取り巻く御用商人どもにとり、「冬の時代」の幕開けだった。 乃木希典がトップの椅子に座ったからだ。 その報が新聞を通して伝えられるや、彼の邸の門前に、たちどころに大名行列が形成された。 (Wikipediaより、台湾総督府) …

忘れ得ぬ人々 ―ダイヤモンドと鐵の門―

石原忍が御手洗文雄を「忘れ難き人」として、鐵門倶楽部の同窓中でも一種格別な地位に置き、満腔の敬意を表したのは、彼が「大利根遠漕歌」の作者だったからではない。 「春は春は」に開始する、競漕界の愛唱歌より。 重視したのは、彼の死に様こそだった。 …

言霊の幸ふ国に相応しき ―歌にまつわる綺譚撰集―

中根左太夫という武士がいた。 身分は卑(ひく)い。数十年前、末端部署の書役に任ぜられてからというもの、一度も移動の声がない。来る日も来る日も無味乾燥な記録・清書に明け暮れて、知らぬ間に歳をとってしまった。ふと気が付けば頭にも、だいぶ白いもの…

励めや励め国のため ―艱難辛苦の底の歌―

子は親を映す鏡というが、下村家の父子ほど、この諺を体現した例というのも珍しい。 海南の父、房次郎も、倅に負けず劣らずの、熱烈極まる海外志向の持ち主だった。 (中央が下村房次郎) この人の興味は専ら北方、日露貿易の開拓にこそ集中し、両国の和親実…

海南の教え ―外つ国に骨を埋めよ日本人―

かつて下村海南は、日本列島を形容するに「狭い息苦しい栄螺(さざえ)の中」との比喩表現を敢えて宛(あて)がい、いやしくも男子に生まれたからには斯くの如き小天地に逼塞するなど言語道断、よろしく気宇を大にして、思いを天涯に馳せるべし、そうしなけ…

たまの寄り道 ―椿一郎詩作撰集―

そのころの竹柏会に椿一郎なる人がいた。 千葉県北部――茨城県と境を接する香取郡は米沢村の農家であって、最初の歌集『農人の歌』を出版したとき、すなわち昭和九年の段に於いては、親子五人と馬一頭、それから鶏二十四羽というのがおおよその家族構成であっ…

嗚呼みちのくに電波舞う ―東北ラジオ開局の歌―

奥の細道ラヂオで拓け四方の便りも居ながらに はやて来るよとラヂオの知らせ着けよ船々鹽釜へ さあさ漕げ々々ラヂオで聴いた沖は凪だよ大漁船 仙台局の放送開始を記念して、と『マイク放談』(昭和十年、国米藤吉著)には書いてあるから、おそらく昭和三年六…

滄海を征く ―「地洋丸」の岡本信男―

船員法の話をしたい。 在りし日の第十二条は、こんな文面であったという。 船舶ニ急迫ノ危険アルトキハ船長ハ人命、船舶、又積荷ノ保護ニ必要ナル手段ヲ尽シ且旅客、海員其他船中ニ在ル者ヲ去ラシメタル後ニアラザレバ其ノ指揮スル船舶ヲ去ルコトヲ得ズ。 不…

人民の 尻を蹴飛ばす 太政官 ―明治初頭の貿易赤字―

前回の補遺として少し書く。 貿易を搾取の変態と見、西洋人を膏血啜りの巨大な蛭種と看做したがる傾向は、日本人の精神風土によほど深く根付いてしまっていたらしく、維新後も暫くなくならなかった。 明治初頭の十五年間におよそ三百五十回ほどの農民一揆が…

「黄金の国」いまいずこ ―なにゆえ国を鎖したか―

三代家光の治世に於いて、徳川幕府は国を鎖した。 南蛮船の入港を禁じ、海外居留の日本人にも帰国を許さず、ただ長崎のみをわずかに開けて、オランダ・支那との通商を、か細いながらも確保した。 動機は専ら、キリスト教の浸潤を防遏するため。幕府の求める…

金子堅太郎かく語りき ―憲法制定の四方山話―

大日本帝国憲法起草の衝に当たった四人の男。 伊藤博文、 井上毅、 伊東巳代治、 そして金子堅太郎。 彼らのうち二人までもが、昭和どころか大正の世を見るまでもなく死んでいる。 まず井上が、肺結核の悪化によって明治二十八年に。 次いで伊藤が、テロリス…

とある維新志士のうた

窓近き竹のそよぎも音絶えて月影うすき雪のあけぼの この歌の詠み手の名を知るや、私が受けた衝撃は、ほとんど玄翁でこめかみを強打されたのと大差ない。 山縣有朋なのである。 それも十三歳のころ、辰之助の幼名時代の作というからいよいよ驚く。 あの沈毅…

大戦前夜の工学者 ―地獄の鬼も出でて働け―

我が国に於ける地熱発電の歴史は意外と古く、大正八年早春の候、海軍中将山内万寿治の別府温泉掘削にまで遡り得る。 坊主地獄近辺の地盤を八十尺ほど掘り進み、幸いにも案に違わず盛んな蒸気の噴出を見た。 将来的な化石燃料の枯渇に備え、今のうちから代替…

老い知らずなり伊藤博文 ―厳島にて後藤と会す―

治乱誰言有両道修文講武是良漢胸中所盡無他策欲韓山草木蘇生 伊藤博文の詩(うた)である。 明治三十八年、初代韓国統監として実際に彼の地に渡る際、吟じたものであるという。 (Wikipediaより、統監府庁舎) 藤公、このとき六十五歳。 既に還暦を過ぎてい…

「紙漉唄」私的撰集

令和三年の太陽が、二回昇って二度落ちた。 冷たく冴え徹った蒼天に、鮮やかな軌跡を描いていった。 新年の感慨、意気込みの表し方は人それぞれだ。清新の気を筆にふくませ、書初めを嗜む方とて少なからず居るだろう。 故に私も趣向を凝らす。和紙に纏わる詩…

北門の鎖鑰をして皇威を北彊に宣揚せよ ―第二期北海道拓殖計画―

福島県の復興に、政府が意欲を示したそうだ。 第一原発周辺の十二市町村へ移住する者に対しては、最大二百万円の支援金を与えるということである。 更に移住後五年以内に起業するなら、必要経費の四分の三――最大四百万円まで――を、向うが持って(・・・)く…

室戸岬讃美曲

詩(うた)がある。 ここ幾日か触れて来た、室戸岬にまつわる詩だ。 折角なので紹介したい。 こゝは四国の南端の日本八景随一の黒潮高鳴る室戸岬 豪宕(ごうゆう)雄大たぐひなき奇岩乱立狂ひ獅子波はくだけて花と散る 霊気遍満東寺(あづまでら)千古の法燈…

文明堂と帝国海軍 ―長官室にフリーパスのカステラ屋―

地下鉄三越前駅から文明堂東京日本橋本店に行く場合、A5出口を使うのが、経験上いちばん手っ取り早く思われる。 ここを出たら、後は右手側に直進するだけでいいのだ。 二分もせずにこの看板が発見できることだろう。 先日カステラを買った際には、おまけとし…

「今に見てろ」という言葉 ―踏まれても根強く保て福寿草―

宮崎甚左衛門の『商道五十年』を読んでいると、「今に見ていろ」等逆襲を誓う意味の言葉が散見されて面白い。 前回の記事からおおよそ察しがつく通り、この東京文明堂創業者は極めて律義な性格で、しかしながらそれゆえに、劫を経た古狐のように悪賢い世間師…

酒、酒、酒、酒 ―このかけがえなき嗜好品―

ドイツがまだワイマール共和国と呼ばれていたころの話だ。 第十二代首相ブリューニングの名の下に、ビール税の大幅引き上げが決定されるや、たちどころに国内は、千の鼎がいっぺんに沸騰したかの如き大騒擾に包まれた。 もともと不満が鬱積している。 政治家…

続・米田実という男 ―マスター・オブ・アーツ―

上京して暫くの米田実の生活というのは、まったく「苦学生」を絵に描いたようなものである。 朝はまだ星の残る早くから、新聞売りとして声を張り上げ駈け廻り、それを済ますと図書館に突撃、自学自習を開始する。 さてもめまぐるしい肉体労働と頭脳労働のサ…

米田実という男 ―忘れ去るには惜しき者―

前回、せっかく米田実に触れたのだ。 この人についてもう少しばかり掘り下げてみたい。 私はこれまで彼の著作に何冊か触れ、しかもその都度、得るところ甚だ大であった。半世紀以上も前に著された本であるというのに、その知識は鮮度を保ち、みずみずしい驚…