穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

檜と赤福 ―『明治の御宇』より、伊勢神宮に纏わるこもごも―

二十年周期で伊勢神宮は一新される。 二つの正宮、十四の別宮、鳥居、御垣、装束、神宝等々、果ては宇治橋に至るまで、一切合切総てがだ。 その造営のために用いられる木材は、悉皆檜でなければならぬと『明治の御宇』にて栗原氏は書いている。 それも檜であ…

皇族と馬 ―名馬墨流號物語―

先日の記事に引用した栗原広太著『明治の御宇』には、動物の話がふんだんにある。 たとえば馬だ。 機械力の未発達なこの時代、生活の随所に活用されていたのは動物力こそであり、特に牛馬は農耕・輸送・数多の面でなくてはならない存在だった。 人間と馬との…

明治天皇望郷の念

多くの人にとって、故郷とは特別な味を持つものだ。 それは畏れ多くも至尊に於いてすら例外ではないらしい。英邁と名高き明治天皇の御製の中に、次のような一首がある。 春秋の花はもみぢにこひしきは昔住みにし都なりけり 1868年10月13日の東幸以降、旧江戸…

唱歌「神嘗祭」

神嘗祭(かんなめさい)が近づいている。 豊穣を齎してくれた感謝を籠めて、その年に採れた穀物を、伊勢の皇大神宮に供え奉る宮中行事だ。この祭事に合わせて伊勢神宮では御装束・祭器具を一新するから、「神宮の正月」とも通称される。 この上なく重要な儀…

大正天皇侍医の歌

昭和九年発刊の随筆集、『縦と横』を読んでいる。 著者の名前は西川義方。 箱の表の、「医学博士」の四文字に惹かれた。 同じく医師の著した『老医の繰言』が殊更に面白かった影響というのもあるだろう。 (『老医の繰言』を題材にした記事二つ) 序文からし…

「真情春雨衣」都都逸撰集 ―発禁指定の江戸艶本より―

ここに『未刊珍本集成 第四輯』なる本がある。 昭和九年印刷。その名の通り、発禁を喰らい世に出ることを許されなかった書籍を集めた本である。 はて、ならばこの本とても発禁を喰らって然るべきではないかと当然の疑問が持ち上がるが、何のことはない、奥付…

武蔵野・江戸の原風景 ―権現様の関東入国―

家臣たちは、おおかた鎌倉か小田原あたりになるだろうと予測していた。 北条征伐の後、関東二百五十万石に封ぜられた家康が、その居城として定めるべき城は、である。 それがいざ蓋を開けてみれば「江戸」などというとんでもない大田舎の名が飛び出してきた…

昭和四年の「共稼ぎ」八句

安かったのは、背表紙が剥げ落ちていたからだろう。 神保町にて500円で購入した、昭和四年刊行『修養全集 11 処世常識宝典』を読んでいたときのことである。 「共稼ぎ」を主題に詠まれた短歌を集めた頁という、一風変わったものを発見した。夫の部と妻の部と…

都都逸撰集

赤い顔してお酒を呑んで今朝の勘定で蒼くなる 人の営みの普遍性に感じ入るのはこういうときだ。人間とは似たような愚行を性懲りもなく重ねつつ、歴史を編んでゆくものらしい。 人情の機微を赤裸々に、しかも陽気に表現する術として、都都逸(どどいつ)は川…

松尾芭蕉の辞世観

松尾芭蕉の面上に、老いの影が深くなりはじめた頃のこと。 弟子のひとりが彼に向かって、 ――今まで詠んだ句の中で、辞世にしても差支えのない名吟は幾つありや。 といった趣旨の問いを発した。 これを聞いた俳聖は、しばらくその弟子の顔をじっと見つめて、…

大正皇后の御聖徳 ―関東大震災慰問編―

――何十年かぶりに、東京からでも富士の高嶺がありありと拝めた。 古老をして斯く言わしめたほどに、地上物の一切合財を破壊し尽くした関東大震災。 大正十二年九月一日に発生したこの未曾有の災禍を受けて、時の首相・山本権兵衛率いるところの内閣は「復興…

野球に熱狂するひとびと ―戦前戦後で変わらぬ熱気―

一 戦運我れに拙くて無残や敵に屠られぬつづみを収め旗を巻き悄然として力なくいくさの庭を退(しりぞ)きし今日の悲憤を如何にせむ。 一見軍歌か何かのような印象を受けるが、これは紛うことなき野球の歌だ。 戦前、東大内部のリーグ戦に於いて不敗を誇った…

尾崎行雄、敵愾の詩

先日の記事の補遺として、書く。 尾崎行雄咢堂は、やはり異常人であるようだ。 通常、日本人というものは、死者の悪口をあまり言わない。 死なばみな仏という意識が自然にあって、生前のあれこれは水に流そうという気分がはたらく。 ところが咢堂に限っては…

尾崎行雄と偽装大国

咢堂こと尾崎行雄が、軽井沢の別荘に起居していたころ。彼にはひとつの習慣があった。 早朝、日の出とほとんど時を同じゅうして戸外に出、浅間山の広闊なる裾野にて乗馬運動を楽しむのである。 ところがその日、いつもの日課をこなすべく玄関を出でた咢堂は…

『柳樽』川柳私的撰集 ―其之弐―

里のない 女所(にょうぼう)は井戸で 怖がらせ 井戸をどうやって脅しの道具に使うのかというと、こういう次第だ。 まず、袂に重そうな石をどっさり詰め込む。 身がずっしりと重くなったところで、次に井戸の縁に腰を下ろして体を揺らし、今にも落下しかねな…

『柳樽』川柳私的撰集 ―其之壱―

日本人はユーモアセンスの欠落した民族である。そんな指摘を事あるごとに耳にするが、私はこれに賛同できない。 何故なら、川柳というものがある。 痛烈骨を刺す諷刺をたった十七文字に凝縮させて、しかも軽妙洒脱な爽快さを失わない川柳という文芸は、まっ…

「ギブミーチョコレート」の系譜

維新史で江戸がクローズアップされるのは、たいてい彰義隊騒動以後であり、それまでこの百万大都市は風雲をよそに眠りこけていたかのような観がある。 が、事実は決してそうではない。 時勢の影響は、しっかりと随所に於いてあらわれていた。 徳川慶喜が江戸…

土井晩翠激情の歌 ―黒龍江虐殺事件―

19世紀も残すところ五ヶ月を切った、1900年8月3日。 中国大陸東北地方、黒龍江にて耳を塞ぎたくなる惨事が起きた。 虐殺である。義和団事件の混乱を幸い、この機に乗じて満蒙一帯の支配を盤石ならしめんと画策した帝政ロシアの手によるものだ。 (Wikipedia…

「方言歌」撰集 ―熊本・大島・飛騨・出雲・長崎―

雲州にては人の来たりたるをキラレタといふ語習がある、同国人或る地方に在勤し、県知事汽船にて来着せるを県庁へ打電して、「イマ知事汽船ニテキラレ」と伝へたる為に、大いに県庁を騒かしたといふ(『日本周遊奇談』330頁) 電報にまつわる奇談である。 確…

井上円了のうたごころ

「妖怪博士」「化物先生」「幽霊の問屋」――。 これらの渾名はいずれも井上円了に冠せられたものであり、明治の中ごろには既に相当広く人口に膾炙していたらしく、円了が地方を巡遊すると、決まってその極彩色の看板に誘引された奴がいて、妖怪の説明やら怪談…

井上円了の見た明治日本 ―川のない島、伊豆大島―

明治四十四年発行、『日本周遊奇談』を読んでいる。 「妖怪博士」、井上円了の著した本だ。 東洋大学の前身に当たる「哲学館」を創設した男でもある。 本書は円了の口述を人をして筆記させたものだけあって、非常に平易で読みやすい。 現代文を読み進めるの…

わらべうたに顕れたる幼さゆえの残酷さ ―生田春月の童心論―

蝙蝠こ蝙蝠こ汝(にし)が草履(ぢょうり)はくそ草履俺が草履は金(かね)草履(ぢょうり)欲しけりゃ呉れべえや およそ一世紀前、明治・大正の昔。 鄙びた地方の子供たちは、こう歌いつつ下駄や草履といった履物を蝙蝠めがけて蹴り飛ばしていたという。 歌…

「数え唄」撰集

一にいづめられ 二に睨められ 三にさばかれ 四に叱られて 五にごきはぎ洗ひすすぎさせられて 六にろくなもの被せられないで 七に質屋にちょとはせさせて 八にはづかれ 九にくどかれて 十にところをほったてられた 青森県は弘前に歌い継がれる数え唄。「津軽…

関東大震災と親不知の大雪崩 ―北陸びとのこころ―

東京から来た子供ひとりぼんやり空をながめてる空にゃ赤いとんぼいっぱいとんでゐる 大正十二年、関東大震災をテーマに、新潟の小学生が作った歌だ。 平成二十三年、東日本大震災が文字通り列島を震撼させた当時にも、実家の近くのアパートに福島から避難し…

『殉国憲兵の遺書』辞世撰集 ―英国編・其之弐―

新世(あらたよ)を固めなすべく吾も今戦友(とも)を慕ひてなき数に入る 仇風に露と消(け)ぬるはいとはねど心にかかる妻の行末 たよるべき杖と柱を失ひしいとし妻子の道は険しき われ逝きて妻のはぐくむ一人児を護りましませ天地の神 わが妻の哭きになき…

『殉国憲兵の遺書』辞世撰集 ―英国編・其之壱―

汁粥の乏しき糧に身は細り分ちかねけり鉄窓(まど)の雀に ますらをは弓矢のほかの憂き日にも国を念ひて心揺らがじ 皇国ののちの栄えを祈りつつ御勅かしこみ処刑場に立つ 国の為つくせし事のあだ花と散り行く我はあはれなりけり 靖国の戦友(とも)の御前に…

『殉国憲兵の遺書』辞世撰集 ―中国編・其之弐―

日の本はまぼろしの国夢の国なつかしの国還れざる国(陸軍憲兵准尉安藤茂樹、広東に於いて刑死) 戦後連合諸国が行った裁判とやらが、その実法もへったくれもない単なる感情任せの復讐行為であったのは既に常識と化しているが、中でも広東で開かれた「法廷」…

『殉国憲兵の遺書』辞世撰集 ―中国編・其之壱―

桜花笑って散らう国の為 大日本帝国陸軍憲兵曹長、小谷野正七(28)が北京に於いて銃殺刑に処される直前、最後に詠んだ詩である。 氏はこれを、ちり紙に書き付け辛うじて残した。 蒋介石は降伏した軍人に、遺書をしたためる紙すら与えなかったのかと思うと名…

古書の中から ―おわら玉天―

先日購入した昭和十一年発行の『相馬御風随筆全集 凡人浄土』を読んでいると、紙片がいちまい、滑り出てきて机の上に舞い落ちた。 何かと思って拾い上げれば、非常に美しい筆跡で、詩(うた)が書き付けられている。 冬 雪に埋れて 紙漉く村は 野積(のづみ…

暑中雑考

暑い。 まだ梅雨時にすら入ってないのに、むごたらしいまでのこの暑さときたらなんであろう。 七月八月に30℃を超えても別にどうとも思わぬが、五月に30℃を突破されるとなにやら絶望的な感に打たれる。 時ならぬ実を食うてはならぬという迷信的な用心深さが、…