穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

デモステネスの大雄弁 ―中・信念編―

 

 他の一切を犠牲にし、我が身の骨すら縮めるような、これらおそるべき修練の跡から後世の批評家たちの中にはデモステネスを天才と認めず、ただひたすらな努力の人と論断した者とて少なくない。


 だが、才能とは持続する情熱のことを言うであろう。


 その観測に当て嵌めて考えるなら、デモステネスは確実に天才の範疇に含まれる。

 

 

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 死狂いの果て、デモステネスはついに完成した。
 珠玉としか言いようのない磨き上げられた雄弁術を以ってして、彼が世に訴えたかった信念とはいったい何であったのか。その内実を、大まかながらに書き並べてみる。

 


異民族バルバロイの暴力がギリシャの一都市に加えられたる時には、アテネの手が直ちに伸びて、アポロ神の名の下にこれを退けねばならぬ。


・義務を忘れて快楽に耽り、自分一個の利益を何より優先する悪風が如何に世上に満ちようと、アテネだけはヘラスの中心たるに相応しい節度を忘れず、断じて純潔を維持せねばならぬ。


アテネは帝国を夢見てはならぬ。スパルタの如き暴政を施してはならぬ。


アテネは自由連邦の首領でなければならぬ。


アテネは全ギリシャ人の信頼を得るを目的としなければならぬ。


・若し国家が戦争に際してその服従を要求する際、いやしくも市民たる者は、劣等なる代理者を傭って義務を回避してはならぬ。


・ソポクレス古代ギリシャ三大悲劇詩人の一人)の言ったが如く、国家は我々を安全に運ぶ船である。万一その船が沈めば船室が如何に優等にして安楽だろうと、何の意味もないことを記憶せねばならぬ。

 

 

Démosthène s'exerçant à la parole (1870) by Jean-Jules-Antoine Lecomte du Nouÿ

Wikipediaより、演説をするデモステネス) 

 


「政策」ではなく「信念」と銘打った理由が、自ずから察せられるだろう。――デモステネスが祖国アテネに捧げた想いの深さ、万丈の蒼海にも匹敵する愛国心も。


 志そのものは高尚だろう。


 目も眩むほど貴い精神性のほとばしりといっていい。


 しかしながら皮肉なことに、高尚であればあるだけ、デモステネスの「信念」は、この当時のギリシャ的現実からどうしようもなく浮いてしまった。

 


 紀元前404年、アテネは前後27年も続いたペロポネソス戦争に敗北した。


 海外領土のすべてを失い、海軍は接収され、国内にはスパルタ軍の駐留を受け、その軍事力をバックに据えた30人の圧制者による支配を受けた。


 有り体に言えば、アテネはスパルタの保護国になった。


 民主派の必死の努力によって間もなく国権は回復されたが、疲弊は覆うべくもない。
 以来、アテネを覆い尽くした雰囲気のほどを概括すると、


 経済は荒廃し、
 思想界は詭弁派によって壟断せられ、
 人心は堕落し、兵役を厭がり、
 傭兵が盛んに用いられ、
 民会は民会で統一を欠き、
 小政党が現出しては離合集散を繰り返すという、
 絵に描いたような末期的症状を各方面にて順調に呈しつつあった。

 

 

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 特に政界の腐敗ぶりは甚だしく、デモステネス自身憤懣に堪えず、


「かつて、政治は財産を作る方法ではなかった。先人たちは政府を以って商業上の投機とみなさず、公共的奉仕とこそ考えた」


 と、あからさまに当て擦ったほどである。


 事実、そうであったろう。
 ペリクレスが改革を行うまで、アテネの政治家とは真実名誉職・・・ だったのだ。
 給料は一文たりとも払われず、ために相当の財産を既に有する貴族でなければ任に堪えることは困難であった。
 そのくせ負わされる責ときたら重大で、些細な失敗をあげつらわれて死刑宣告を突き付けられることもあり、これほど割に合わない職というのもちょっと地上に珍しい。


 が、それでもアテネの民主制度が大過なきまま機能して繁栄の道を進み得たのは、「名誉」を何より重んずる指導者たちの精神性に解を求める以外ない。

 

 

Bust Pericles Chiaramonti

Wikipediaより、ペリクレス) 

 


 それだけに、ひとたび堕落すれば回復するのは至難であった。


 知的階級の中にはこのギリシャ・・・・的現実・・・に絶望し、もはや自力救済は無理とあきらめ、


 ――いっそ、マケドニアの王の下で。


 有能で大度で勇敢な帝王を迎え、その支配を受けることで一気に「腐れ」を押し流すのが上策ではないか、と考える者とて少なからずあったのだ。


 アリストテレスが洞察した、政体の循環――民主制はやがて腐敗し、衆愚政治に堕し、強力な独裁者が興って刷新の清風を吹き込むが、世襲を重ねるうちにそれも悪化し、虐げられた人民の圧縮熱が最高潮に達した時点で革命が起き、また民主主義の世がやってくる――が着々と進行していたといっていい。


 一理ある。死体にいくら輸血しようが、死体は所詮死体のままだ。再び鼓動を刻むことなど有り得ない。さっさと見切りをつけてしまうが吉である。


 ところが、デモステネスにはそうは考えられなかった。常識論とでも呼ぶべき、それに従うには彼の愛国心は旺盛に過ぎた。


 デモステネスはオクタン価の極めて高い我が熱血を送り込めば、死人もまた起き上がって野を駈け廻るに違いないと一途に信じ、そのことをやり、自身の健康を損ねてもなおやめようとしなかった。

 当然、死なざるを得ない。

 

 

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