穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

古書

武藤山治の地獄耳 ―「海老を煮るのは動物虐待」―

人間というのはなんとまあ、一ツところを飽きもせず、堂々巡りばかりしているいきものか。 ロブスターを生きたまま茹でるのは動物虐待、人非人と呼ぶ以外にない言語道断の所業なりと、こう批判する風潮は、べつだん昨日今日に出来上がったものでない。 九十…

魅力的な密造事業 ―敗戦直後の闇煙草―

犯罪ではあるのだが、否、むしろ犯罪であるがゆえにこそ。 密造という行為には、妙に浪漫を掻き立てられるものがある。 敗戦直後、苛酷なまでの課税によって価格が鰻登りに高騰したのはなにも酒のみに限らない。 煙草もまた同様だった。 具体例をとって示そ…

慶應生の家康評 ―極めて稀なる思慮の人―

所詮私も人畜生。 己に近きを貴(たか)しとし、逆に遠きを卑(ひく)しと見たがるこの厄介な性質を、厄介と承知しておきながらしかしどうにも振り払えない。 これまでにも幾度か触れたが私は徳川家康を、日本史上最大最強の英雄として心の底から敬慕してい…

雑誌広告私的撰集 ―昭和26年のウィルキンソン炭酸水―

先日紹介させてもらった『酒のみとタバコ党のバイブル』は、繰り言になるが月刊雑誌の亜種である。 雑誌なだけに、広告がふんだんに載せられている。 扱っているテーマがテーマだからであろうか。胃の薬だの保険だの、健康絡みの商品がとかく目につく印象だ…

続・日本人製密造酒 ―敗戦直後のバクダン造り―

――おそるべきことに。 酔っ払いたさに工業用アルコールをあおって(・・・・)いたのは、ひとりロシア人ばかりではない。 我々日本人も同様だった。 いわゆるバクダン焼酎である。敗戦直後の短期といえど、それは確かにあったのだ。 「なにもかも酒手の暴騰…

教育瑣談 ―真理と名誉と献身を―

アメリカ屈指の名門校、バージニア大学。 細部にまで粋を凝らしたその建築は荘厳以外のなにものでもなく、「世界最美のキャンパス」として讃えられるも納得であり。また正門には以下の警句が彫り刻まれて、学生たちの襟と背筋を正させるのに大いに貢献したそ…

真理はすべてアタリマエ ―達人どもの簡素な答え―

1931年10月5日、偉業が成された。 ヒュー・ハーンドン。 クライド・パングボーン。 それぞれ26歳と35歳、米国籍のパイロット。この両名の手によって、人類史上初めての、太平洋無着陸横断飛行が果たされたのだ。 (Wikipediaより、訪日時のパングボーンとハ…

残響、いまだ消え失せず ―いちばん最初の購入者―

前回の補遺として、少し書く。 引用元にさせてもらった武藤山治の『思ふまま』とは、彼が時事新報に連載していた同名のコラムをすぐって(・・・・)一書にまとめたモノだ。 なんといっても毎号欠かさずの執筆という驚異的な代物のため、その記事数は相当以…

社長直々、「押し紙」暴露 ―武藤山治と時事新報―

本邦新聞カラー刷りの草分けは、どうも武藤山治と、彼を社長に戴いて以後の時事新報に見出せるらしい。 昭和八年四月二十五日のコラムにて、武藤はこんな記述を残した。 …一方ラジオは、日夜音楽を放送して耳によい感じを与へる今日の世の中に、新聞紙が全面…

好悪は理屈を超越す ―原稿用紙と鈴木三重吉―

奇癖といえば、鈴木三重吉を外せない。 この漱石門下の文学者、児童雑誌『赤い鳥』の主宰人に関しては、最初の方でわずかに触れた。そう、欧州大戦勃発時、「愉快な戦争」なるドギツイ題の稿をしたため、 ――私は世界的の大戦争になって来たのがわけもなく愉…

日本人製密造酒 ―禁酒法下のアラスカで―

シアトルを出航してから一週間後、昭和七年八月五日。六千トン級旅客船、ユーコン丸はスワードの港に碇を下ろした。 二十世紀の当時に於いても、二十一世紀の今日でも。キーナイ半島東岸に開けたこの街が、アラスカ鉄道の終点であるのに変わりはない。 (Wik…

無何有の郷は今いずこ ―満鉄社員、アラスカを往く―

『アラスカ日記』を読んでいる。 昭和七年、同地を歩いた満鉄社員、矢部茂による旅行記だ。 戦前といえど、欧米にまつわる紀行文は山とある。 南洋だってそれなり以上の数に及ぼう。 だがアラスカとなると至って稀で、現状私の蔵書に於いてはこの一冊がある…

尾崎行雄の自己評価 ―弾劾演説、称讃不要―

己が名前を千載にとどむ、決定的な要因にも拘らず。 「弾劾演説」に触れられることを、尾崎は厭うていたという。 (Wikipediaより、桂太郎弾劾演説) 左様、弾劾演説。 大正二年二月五日、第三十帝国議会の本会議にて。尾崎行雄が不倶戴天の敵手たる――なにせ…

毛生え薬とエリート官僚 ―倉知鉄吉、ドイツでの瑕疵―

「禿頭予防・最先端の毛生え治療」――。 斯くも胡乱な看板に、倉知鉄吉ともあろう男がまんまと引っかかったのは、若さと、そこがドイツだったからだろう。 (ライン河畔の眺め) 当時倉知は二十八歳。ドイツの日本公使館に二等書記官の身分で属し、キャリアを…

石川千代松、危機一髪 ―「ジラフ」を「キリン」と名付けた男―

慶応三年夏の夜、江戸の街に辻斬りが出た。 薬研堀の一角で、縁日帰りの親子連れを斬ろうとしたものである。 すれ違いざま刀の柄に手をかけて、胴を払おうとしたらしい。鞘走る音を、子供の耳は確かに聴いた。 (Wikipediaより、薬研堀) ここでらしい(・・…

国家の消長 ―かつて日本は広かった―

古書を味読していると思わぬ齟齬にぶちあたり、はてなと首を傾げることが偶にある。 最近ではオーストラリアの総面積を「日本のおよそ十一倍」と説明している本があり、ページをめくる指の動きを止められた。 ――いやいや、かの濠洲が、そんなに狭いわけがな…

猛獣小話 ―百獣の王の称号は―

豹は軽躁、獅子は泰然、虎は両者の中間あたり。 上野動物園の常連客、長與善郎が多年に亘る観察の末、ついに会得した智識であった。 古今を通じて動物園の花形たるを失わぬ猛獣三者。同じネコ科に属していながら、しかし性格の面に於いてはずいぶんな差異が…

小作争議の内幕 ―ストライキを美化するなかれ―

――何事でも、その内幕を知ってゐると、それに対する信用が半減される。 『知らねばならぬ 今日の重要知識』の序文にて、志賀哲郎はいみじくも言った。 蓋し至言といっていい。 例えばこの私にも、「小作争議」を弱者の必死の抵抗と、追い詰められ、虐め抜か…

支えと為すは

停滞からの脱出法は人それぞれだ。 なんべん書き直してみせたところで出来上がるのはつまらぬ文章、まるで実感の籠もらぬ表現。記事作製が遅々として進まぬ窮地に陥り、自己嫌悪が募ってくると、私はいっそ腰を上げ、モニタを離れて部屋の中をぐるぐる歩きま…

金さえあれば ―過去と未来を貫く悩み―

暗涙にむせばずにはいられなかった。 私の手元に、『知らねばならぬ 今日の重要知識』という本がある。 志賀哲郎なる人物が、昭和八年、世に著した、まあ平たく言えば百科事典だ。 法律・政治・外交・経済・国防・思想・社会運動。大別して以上七つの視点か…

畦畔道話

大正十二年十月七日、『東京朝日』の夕刊に、こんな記事が載せられた。 甲州御嶽の神官、発狂。刀を抜いて滅多矢鱈に振り回し、流血の惨事を具現せり。 その動機に関しては、べつに秘密の儀式に失敗し、よくないモノに取り憑かれたとか、そういう神秘的要素…

釣り銭小話 ―ボリビア国の紙幣事情―

五千円の買い物をして、一万円札で支払った。 釣りの五千円を貰わねばならない。 小学生でも即答可能な道理であろう。 ところが店員の態度は奇妙で、こちらの出した万札を二つ折りにし、 二度三度と折り目をなぞってばかりいる。 (こいつ、何のまじないだ)…

猫に魚を喰わせるな ―100年前のメキシコシティ―

メキシコシティを「巨大な長野」と形容した日本人が嘗て居た。 彼の名前は野田良治。 錚々たる経歴の持ち主である。 明治八年、丹波何鹿(いかるが)郡という、地元住民でもなくばまず読み解けない中丹地方の一角に於いて生を享け、長じてからは東京専門学校…

オカイコサマ物語り ―蚕を狙う病魔について―

日に日に気温が高くなる。 それに合わせて、湿度も上昇傾向だ。部屋の各所に置いてある湿気取りに水が溜まるスピードが、あからさまに増している。季節はしっかり回転しつつあるらしい。 この時分、厭なものは何といってもカビだろう。見た目も不快な黒カビ…

玉も黄金も ―歌の背景・乃木希典篇―

明治二十九年は、台湾総督府を取り巻く御用商人どもにとり、「冬の時代」の幕開けだった。 乃木希典がトップの椅子に座ったからだ。 その報が新聞を通して伝えられるや、彼の邸の門前に、たちどころに大名行列が形成された。 (Wikipediaより、台湾総督府) …

文豪ふたり ―静寂を貴ぶ男たち―

カーライルは神経過敏な男であった。 とりわけ「音」への感覚は一種特別なものがあり、その繊細さは時として、殻を剥かれたエビにすら擬えられたほどである。時計のチクタク音にキレ、遠くの犬の鳴き声に集中力を掻き乱されて、逆上のあまり二重壁の部屋をつ…

ラムネ漫談 ―できたて一本二銭なり―

ラムネはいったい何故に美味いか。 秘訣は瓶にこそ根ざす。 初っ端から栓を抜かれて、グラスに注がれ運ばれてくるラムネなんぞはまったく無価値だ。あれほど馬鹿げた飲み物はない。せめて空き瓶を傍らに置き、視界に収めながらでなくば――。 なかなか変態的な…

昭和初頭の日葡関係 ―ポートワインを中心に―

語り手が笠間杲雄でなかったら、きっと私は信じなかった。 彼がポルトガル公使をやっていたころ、すなわち昭和十年前後。 日葡間の関係はしかし、ワインの銘柄ひとつをめぐって寒風骨刺すツンドラ地帯の陽気並みに冷え込みきっていたなどと――鵜呑みにするに…

「無敵の人」を如何にせむ ―情けは人の為ならず―

明治から大正へ、元号が移り替わらんとしていた時分。 東京市の一角で、菓子商人が殺された。 犯人は、被害者の店の元職工。戦後恐慌――日露戦争で賠償金が取れなかったことに起因する、所謂明治四十年恐慌――の煽りを喰っての業績悪化に対処するため切られた…

南溟の悲愴 ―オランダ人の執拗さ―

彼の運命は哀れをとどめた。 ボルネオ島バンジャルマシンでビリヤード店を経営していた日本人の青年で、西荻(にしおぎ)という、かなり珍しい姓を持つ。 下の名前はわからない。 いつもの通り、「某」の文字で代用しよう。 さて、この西荻青年の店の扉を。 …