穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

古書

尾崎行雄と脱亜論

尾崎行雄はとにかく日本の悪口を言う。手当たり次第に罵倒する。そのくせ英米を筆頭とする西洋文明に対しては、彼の毒舌はまったくなりをひそめてしまい、却って美点ばかりを取り上げるから ――外尊内卑の軽薄漢。 ――盲目的な西洋崇拝。 等々と、当時から雨の…

迫る台風、募る心労

大正時代に活躍した医学者にして文筆家、小酒井不木はその著書に於いて、 病中癪に障るものの一に検温器がある。検温器そのものが癪に障るのでなくて検温器の示す度数が癪に障るのである。よく考へて見れば検温器は正直に体温を示してくれるのであるから少し…

檜と赤福 ―『明治の御宇』より、伊勢神宮に纏わるこもごも―

二十年周期で伊勢神宮は一新される。 二つの正宮、十四の別宮、鳥居、御垣、装束、神宝等々、果ては宇治橋に至るまで、一切合切総てがだ。 その造営のために用いられる木材は、悉皆檜でなければならぬと『明治の御宇』にて栗原氏は書いている。 それも檜であ…

皇族と馬 ―名馬墨流號物語―

先日の記事に引用した栗原広太著『明治の御宇』には、動物の話がふんだんにある。 たとえば馬だ。 機械力の未発達なこの時代、生活の随所に活用されていたのは動物力こそであり、特に牛馬は農耕・輸送・数多の面でなくてはならない存在だった。 人間と馬との…

明治天皇望郷の念

多くの人にとって、故郷とは特別な味を持つものだ。 それは畏れ多くも至尊に於いてすら例外ではないらしい。英邁と名高き明治天皇の御製の中に、次のような一首がある。 春秋の花はもみぢにこひしきは昔住みにし都なりけり 1868年10月13日の東幸以降、旧江戸…

唱歌「神嘗祭」

神嘗祭(かんなめさい)が近づいている。 豊穣を齎してくれた感謝を籠めて、その年に採れた穀物を、伊勢の皇大神宮に供え奉る宮中行事だ。この祭事に合わせて伊勢神宮では御装束・祭器具を一新するから、「神宮の正月」とも通称される。 この上なく重要な儀…

徳川幕府と大英帝国 ―中編―

ウィリアム・アダムスの介添えにより、ジョン・セーリスの対日交渉は彼自身信じかねるほどうまく運んだ。 そのあたりの消息を、略譜風に述べてみたい。 1613年 1月某日、セーリス、バンタムを出航。 6月11日、平戸へ到着。平戸領主松浦法印鎮信、江戸に急報…

ゴールポストを動かす国 ―事大主義の毒―

前回の記事、「豊臣秀吉の同化政策 ―文禄の役前夜譚―」の続きである。 関ヶ原の戦勝により一挙に天下の権を掌握した家康の背には、至極当然の流れとして前の天下人である秀吉の起こした対外戦争の後始末まで継承することになる。 なにしろ秀吉という男は、大…

豊臣秀吉の同化政策 ―文禄の役前夜譚―

文禄元年(1592年)三月というから、朝鮮出兵の第一回目、「文禄の役」を間近に控えたある日のことだ。 太閤豊臣秀吉は、この戦争を監督するため大阪城から腰を上げ、大陸によほど近い肥前名護屋の大本営に移らんとした。 そのとき居並ぶ群臣の中から、勇を…

実在した秘技「根止め」 ―大日向五郎左衛門の勇―

夢枕獏原作、板垣恵介作画の傑作格闘漫画『餓狼伝』には「根止め」なる特異な技が登場する。 古武道・拳心流の秘技として位置付けられるこの技は、対手の口中深くにまで拳を突っ込み気管を塞ぎ、窒息せしめるという殺人技で、同流派の八代目師範・三戸部弥吉…

西川博士のドイツ土産

先日の記事の補遺として、この稿を書く。 類は友を呼ぶと言うべきか、大正天皇の侍医・西川義方がドイツ滞在中に友誼を結んだ医師というのも、また愛国者に他ならなかった。 彼の名はドクトル・ブレーメル。 あるとき西川博士が食事に招かれ、訪れたブレーメ…

大正天皇侍医の歌

昭和九年発刊の随筆集、『縦と横』を読んでいる。 著者の名前は西川義方。 箱の表の、「医学博士」の四文字に惹かれた。 同じく医師の著した『老医の繰言』が殊更に面白かった影響というのもあるだろう。 (『老医の繰言』を題材にした記事二つ) 序文からし…

知的生物たる所以

ドイツ第一の文豪にしてナポレオンすらその愛読者にせしめた男――ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ。 あるとき彼は知人であるシュテーデル夫人に手紙を宛てて、その中で、 文字の表面の意味だけでなく、その底に籠る味をさえ察し得るような素養の豊か…

家康の遺産 ―「久能山御蔵金銀受取帳」並びに「駿府御分物御道具帳」より―

江戸城無血開城に於ける挿話である。 薩摩藩士で当時西郷隆盛の参謀役を勤めていた海江田信義が城内の府庫を改めたところ、積まれている金の量が、意外に少ない。思わず立ち会いの山岡鉄舟を顧みて、 「もっとあるはずじゃが?」 と訊ねたのが、迂闊だった。…

ドン・バルトロメオ譚 ―「最初のキリシタン大名」について―

父親の葬儀で位牌に焼香をぶっかけたというのは織田信長のあまりにも有名なエピソードだが、戦国時代にはこの逸話に匹敵するか、あるいはもっと凄まじいことをやってのけた奴がいる。 肥前の大名、大村純忠のことである。 この男があるとき祖先の仏寺に参詣…

「真情春雨衣」都都逸撰集 ―発禁指定の江戸艶本より―

ここに『未刊珍本集成 第四輯』なる本がある。 昭和九年印刷。その名の通り、発禁を喰らい世に出ることを許されなかった書籍を集めた本である。 はて、ならばこの本とても発禁を喰らって然るべきではないかと当然の疑問が持ち上がるが、何のことはない、奥付…

ひらけゆく江戸 ―家康公の御英断―

神田山が崩されたのは、慶長八年(1603年)のことだった。 「爰(ここ)もかしこも汐入の葦原にて、町屋侍屋敷を十町と割り付くべき様も」ない――すなわち海水が入り混じり、葦ばかりが生い茂る当時の江戸を、人間が集団生活を営むに適した確固たる大地に生ま…

武蔵野・江戸の原風景 ―権現様の関東入国―

家臣たちは、おおかた鎌倉か小田原あたりになるだろうと予測していた。 北条征伐の後、関東二百五十万石に封ぜられた家康が、その居城として定めるべき城は、である。 それがいざ蓋を開けてみれば「江戸」などというとんでもない大田舎の名が飛び出してきた…

徳川家康と岩崎弥太郎 ―紙一枚たりともおろそかにせぬ男たち―

既に幾度か取り沙汰した『修養全集 11 処世常識宝典』は、流石に昭和というあの時代に編まれた修養本なだけあって、倹約を奨励する記述が至る所で目に入る。 それは単に理論をもてあそぶのみでなく、 薪などは薪と薪との間を適当に空かせて、火力が鍋や釜の…

戦前の詐欺広告 ―妙な頓智の効かせ方―

日露戦争後の不景気の只中――。 井上馨が金を求めて躍起になってる、その裏側で、以下のような広告が某新聞紙に掲載されて、一部界隈の眼をそばだたせた。 曰く、 「一円送ってよこせば、寝て居て楽に食はれる法を教へる」(『修養全集 11 処世常識宝典』118…

井上馨と波佐見金山 ―明治四十四年の失態―

昨日紹介した『修養全集 11 処世常識宝典』には、実のところ渋沢栄一翁も小稿を寄せてくれている。 「叱言(こごと)の言ひ方」と題したその中で、翁は明治の元勲・井上馨を引き合いに出し、 叱言をいふ際には、必ず他人の居らぬ処ですべきである。故井上馨…

昭和四年の「共稼ぎ」八句

安かったのは、背表紙が剥げ落ちていたからだろう。 神保町にて500円で購入した、昭和四年刊行『修養全集 11 処世常識宝典』を読んでいたときのことである。 「共稼ぎ」を主題に詠まれた短歌を集めた頁という、一風変わったものを発見した。夫の部と妻の部と…

大正皇后の御聖徳 ―関東大震災慰問編―

――何十年かぶりに、東京からでも富士の高嶺がありありと拝めた。 古老をして斯く言わしめたほどに、地上物の一切合財を破壊し尽くした関東大震災。 大正十二年九月一日に発生したこの未曾有の災禍を受けて、時の首相・山本権兵衛率いるところの内閣は「復興…

野球に熱狂するひとびと ―戦前戦後で変わらぬ熱気―

一 戦運我れに拙くて無残や敵に屠られぬつづみを収め旗を巻き悄然として力なくいくさの庭を退(しりぞ)きし今日の悲憤を如何にせむ。 一見軍歌か何かのような印象を受けるが、これは紛うことなき野球の歌だ。 戦前、東大内部のリーグ戦に於いて不敗を誇った…

鉄道王の大激怒 ―小村寿太郎とエドワード・ハリマン―

前回、せっかく小村寿太郎に触れたのだ。 ここはひとつ、彼と併せて語られることの多いアメリカ合衆国の鉄道王、エドワード・ヘンリー・ハリマンについても語らねば、なにやら勿体ないような感じがする。 ゆえに、書こう。 (Wikipediaより、ハリマン) フロ…

小村寿太郎の評価について

いったい小村寿太郎という人物は、外交官として有能だったのか、どうか。 この疑問を解き明かすには、なるたけ多角的な視点から彼を観察せねばなるまい。差し当たってまず第一に、1905年8月10日以降、アメリカ、ポーツマスにて日露戦争講和条件の諾否をめぐ…

予期せぬ出逢い ―愛国者たち―

先日、こんな記事を書いた矢先、とんでもないものが古書の中から滑り出て来た。 何はともあれ、まず見て欲しい。 粗末なパラフィン紙に、おそらく万年筆か何かで書き付けてある。内容は、 (数文字解読不能、おそらく書き手の姓名か)義に捨身(みをすて)天…

尾崎行雄、敵愾の詩

先日の記事の補遺として、書く。 尾崎行雄咢堂は、やはり異常人であるようだ。 通常、日本人というものは、死者の悪口をあまり言わない。 死なばみな仏という意識が自然にあって、生前のあれこれは水に流そうという気分がはたらく。 ところが咢堂に限っては…

尾崎行雄と偽装大国

咢堂こと尾崎行雄が、軽井沢の別荘に起居していたころ。彼にはひとつの習慣があった。 早朝、日の出とほとんど時を同じゅうして戸外に出、浅間山の広闊なる裾野にて乗馬運動を楽しむのである。 ところがその日、いつもの日課をこなすべく玄関を出でた咢堂は…

『柳樽』川柳私的撰集 ―其之壱―

日本人はユーモアセンスの欠落した民族である。そんな指摘を事あるごとに耳にするが、私はこれに賛同できない。 何故なら、川柳というものがある。 痛烈骨を刺す諷刺をたった十七文字に凝縮させて、しかも軽妙洒脱な爽快さを失わない川柳という文芸は、まっ…