君こひし寝てもさめてもくろ髪を
梳きても筆の柄を眺めても
逢見ねば
宝のきみをなどやりにけん
たゞ一目君見んことをいのちにて
日の行くことを急ぐなりけり
思へどもわが思へどもとこしへに
帰りこずやと心乱るゝ
以上はすべて与謝野晶子が遠い異国──フランス、パリ──に遊学中の

明治末、西暦にして一九一二年ごろの作だろう。
愛しい貴方と、常にくっついていなければ不安で堪らないのだと、歌の本意は、そんなあたりに在るらしい。結婚から既に早や十年以上を経ているにも拘らず、これはなんたる熱愛ぶりか。世間知らずな学生が初恋に悶える心境を
(Wikipediaより、晶子と鐵幹)
与謝野夫婦の間には、最終的に十二人もの子が生まれたと聞き及ぶが、納得である。
比翼連理の体現と、そう評したとて褒め過ぎではないはずだ。
夫婦仲の睦まじいのは美しい。
確か正宗白鳥だったか、「美」とは畢竟それ自体、歴然とした一個の力と言ったのは──。

(フリーゲーム『芥花』より)
酷暑の所為で脳味噌が本格的に駄目になりかけている今日、なるたけ美なるモノに触れ、活力の補充に努めるは、苛酷に過ぎるこの夏をどうにかこうにか正気で乗り切るひとつの
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