夕立の季節が近づいている。
否、既に、とっくに突入済みであろうか。
夏の風物詩のひとつ、天に轟き地を震わせる、あの雷鳴と云うやつを、恐れる者は数多い。

著名な文士、画家、詩人──俗にいわゆる「文化人」の範囲内にもそうした手合いは割と居る。
宇野浩二なぞは雷が鳴ると必ずや消化機能を失調させて、ほどなく厠に閉じ籠り、腹の中身がすっからかんになるほどの、滝のような下痢をしたということだ。
過度のストレスが齎すものに相違ない。
部屋の隅にて縮こまり、雷除けのお守りを頼みの綱と握り締め、くわばらくわばら延々唱え続けていたのは画家の山村耕花であった。
(Wikipediaより、山村耕花)
正視に堪えぬ、見るも憐れなこの怯態は、妻と娘の前であろうと遺憾なく繰り広げられたものだった。
家長として、父親としての顔などと、全然忘れ去るほどに、彼にとって稲妻は恐怖の対象だったのだ。
耕花の師匠の尾形月耕も、雷嫌いで知られた男。
ただ、彼の場合、その反応が屡々逆上的にというか、行動爆発めいたカタチに発展するのが多かった。
(Wikipediaより、尾形月耕)
具体的には、彼は雷が鳴りだすと、まず弟子どもを呼び集め、庭の土蔵へ駆け込んで、師弟諸共、その床板やら壁やらを竹刀で以って滅多矢鱈に打ちまくり、雷鳴さえも掻き消すほどの騒音を狭く蒸れたその空間に満たさせるべく努力した。
たぶん、おそらく、猿叫めいた気合いをも、伴わせたかと思われる。
雲が去り、雨があがると月耕はさっそく弟子らを座敷にあげて、酒肴をふるまい、呑めや唄えの大騒ぎをゆるしたということだから、弟子たちも内心、まんざらでもない気分で以って師の狂態に付き合っていたことだろう。

(『まつろぱれっと』より)
立ち向かうか、隠れるか。はたまた全然無視するか。
恐怖との付き合い方にさえ、個性というのは出るものだ。
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