普仏戦争の敗北は、フランス人の精神に重大なる影を落とした。
首都を囲まれ、干しあげられて、動物園の獣を喰って、なお足らず、犬猫ネズミをソテーにしてまで継続した抵抗は、結局何も実を結ばずに、彼らはプロシャの軍靴の前に膝を屈する恥辱に遭った。
この体験をケロリと過去に押し込んで、
──済んだことは済んだこと、いまさら何を言おうとも詮なきことよ。
と物分かりよく諦めて、真っ直ぐ「前」を見れるなら、もはやそいつは人間ではない。
少なくとも血の通っている感じはしない。そう簡単に
ルイ・パスツールの如きさえ、敗戦間もない時分には宛然一個の悪霊にでも化したが如く、プロシャに対する呪いと悪罵と雑言を次から次へととめどなく生産していたものだった。
彼はまず、
「我々の今日の不幸の原因は多い。その第一位におくべきは、尊大にして、野心満々しかも狡猾な国家の存在を放任したことである。過去二世紀以来それはあたかも悪性の腫瘍の如く、侵略的な、殆ど病的とも称すべき形態であらゆる隣国人を尻目に遮二無二発達して来た」
祖国を打ち負かした敵を、このように規定し去っている。
あのクズどもをさっさと「切除」し、真っ当な人類世界から摘出しておくべきであったと言わんばかりの悔恨、あるいは忸怩の念が、透けて見えるようではないか。

更に続けて、
「あたかも街道の追剥の如く、ドイツは、蔭でひそかに武装し、疑ふことを知らぬあまりにお人好しの相手を奇計に落し入れ、虚を衝いて躍りかゝり、のどをえぐった。フランスは最大の努力を以ってすれば、堂々とその重囲を脱することも出来た筈であった。フランスは試みた。この敢闘は後世の者には、フランスの名誉の保護者として映ずるであらう。しかもフランスは敗れた。敵国の惨酷な攻撃に加ふるに、フランスは先見の明を欠き、又過去の失敗がそれに拍車をかけたのである」
自国をあくまで正当化──被害者の立場に置くことにも余念がない。
みんなやるのだ、この工作を。戦争に大義は欠かせないから──。
(Wikipediaより、パリ包囲戦のプロシャ砲兵)
更にまた、忘れず踏まえておくべきは、敗因の分析であったろう。
パスツールは科学者らしく、これを専らフランスが学問および学者を軽視し、「発明、発見の源泉」を
「ドイツが、続々と大学を増設し、その相互間に最も有益な競争心を湧き立たせ、その教授、その名誉を顕彰して、その待遇に意を用ひ、これに優秀な研究器具を備へた広大な研究室を建設しつゝある間に、フランスは革命に力を使ひはたし、政府のよりよき形態についての無益の検証に没頭してゐて、高等教育の研究機関に対しては、極めて散漫な注意しか払はなかったのである。…(中略)…一七九二年にフランスを脅かした危機は、一時はあらゆる努力も及ばぬと思はれた。
全ヨーロッパが武装してフランスに対抗した。陸も海も厳しく封鎖され、内乱は起り、兵器廠は空虚で、兵力は不足し、しかも自国に敵対するものさへあった。これらに反して一八七〇年のフランスの四方の海は開け放たれ、戦ふべき敵国は、唯一国にすぎなかった。しかるに何たることぞ、科学に基づくこの国の優越性は地を払ってゐたのである」

学問に国境なし、されど学者に祖国ありとは、斯くの如き見識を持つ男により発せられたモノだった。
そのあたりまで考慮に入れると、より一層の
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
この記事がお気に召しましたなら、どうか応援クリックを。
↓ ↓ ↓
![]()
