もしも汚穢史、便所の歴史、トイレット・ヒストリーなんてモノがあるならば、以下の如きはその点景の一として収録されるべきだろう。
「一昨年府下の或る商人が、我日本の駿河半紙を二ツ切にして五百枚を一包に拵へ、十二包入を一ダースと為し、雪隠紙なりとて試にロンドンへ少々輸出せし処、大に洋人の気に入り、昨年は五千ダース程の註文あり、本年に至りて余程捌け、已に横浜居留の西洋人は、二三日前二万ダースを右商人に註文し来りしと云ふ」
明治十八年四月五日の『東京横浜毎日新聞』紙上に

記念すべき、国産トイレットペーパー輸出事業の嚆矢と呼べるのではないか。
木と紙で出来た家に住む日本人がやることとして、この上なくしっくりと来る、適した仕事と思われる。
紙については伝統的に一家言ある民族なのだ、我々は──。
欧州大戦終結を告げるヴェルサイユ条約の正文は、なにせ内容が内容だ、半永久的に保存し伝える価値ありとして、世界最高品質の紙に記入するべしと、そんな気運が自然と興り、入念な審査が行われ。──結句採用されたのが、やはり日本の高級和紙の、「越前鳥の子紙」だったとの例もある。

(戦時中、仏国の軍需工場)
およそ下村海南からは「復讐、報復、憎悪、憤怒、利己、盲目、偏頗、我執、嫉妬の結晶物」なりと、この上ないほどクソミソに貶されきった条約ではあるけれど。
そいつの記入に使った紙が国産品であるかと思うと、ただ単純にそれだけで、ちょっとは尊重してやりたい気がどうにもならず湧くあたり、我ながら現金な性格だ。
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