穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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脱線ノスタルジー


 そのころ汽車はよく落ちた。


「外れた」と換言してもいいだろう。

 

 もちろんレールの上からだ。脱線事故を指している。大正・昭和の昔時に於いて、その種の災禍は珍しくない。我が故郷たる山梨にても、大正時代の中期なかばごろ、一発大きいのがあった。

 

 

 


 例年にない猛暑によって日射に灼かれた鉄道が、いわゆるひとつの熱膨張を惹き起こし、それが延々「二十哩も三十哩も順押しに膨張した為に、遂に峠の上で軌道が膨らみ上ってそれを線路工夫がうっかりして居った為に汽車がそれへ乗り上って顛覆谷底へ」真っ逆さまに落ちていったと、藤原咲平の講演中に見出せる。


 死傷者は、かなりの多きにのぼったそうだ。

 

 

 


 一九六〇年代、学生運動たけなわ・・・・なる頃、自作のナパームを使用して、圧倒的な熱量のもと一部線路を融解せしめ、列車顛覆を目論んだ糞馬鹿野郎が居たというのは聞き覚えのある話だが。──まさか自然の脅威によって、類似の惨事が起こるとは。


 如何に甲州という土地が、夏は炮烙みたいに暑く、冬は氷室の底より寒い、造化の神の当てつけみたいな土地だとしても、これは流石に驚かされる。


 なお、ついでながら、藤原咲平「お天気博士」は山梨県と境を接する信州長野県の産。


「私は一体信州の養蚕家に生れまして蚕を飼ふ上に非常に天気の事が影響する、それでどうかして明日の天気を確実に知る事が出来たならば実に有利であらうといふことが子供の時代には始終念頭に」あったのが、長じて後に気象学を志す、一因だったということだ。

 

 

諏訪湖にて撮影)

 


 日本民族はそのもとをかへりみることによって偉大な力を得る。回顧は生気を蘇へらせる。故郷を、幼時を、祖国を、その歴史をかへりみる心には神の姿が描かれてある。これ即ち虚心である。虚心とは心の空疎なるをいふのではない。意識の本に還ること、心の本を培養することである。

 

──村瀬秀二

 

 

 

 

 


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