穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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極東にロマンを託して


 ハワイ在住、デヴォン氏はとんだ奇士だった。


 東洋趣味が骨髄にまで徹しきった人物なのだ。


 殊に極東、日本の文化に対する憧憬、凄まじく。ホノルル市の郊外に、私費を投じて純和風の公園を開設せしめたほどである。

 

 

Picture of Downtown Honolulu taken at Pūowaina/Punchbowl Crater/National Memorial Cemetery of the Pacific

Wikipediaより、ホノルル)

 


「…入口には鳥居を建て、蓬莱園といふ額をかけてある、四阿屋、五重塔、茶室、普通家屋其他種々日本式の設備をしてをる、材料は皆巨額の私費を投じて、総て京都辺から取寄せたとのこと」云々と、以上は大正前期に於いて現に彼の地を旅行した、平山皓月なる人物の紀行文。


 たいへんな熱のあげようが、これだけでも察せよう。


 かかる設備を為すための、「巨額の費用」は何処から来たか。それに関して、ふたたび平山皓月の旅行記上に窺うと、なんでも日露戦争の当時、大商店を相手どり、日露何れが勝つかの賭けをして何百万弗といふ大金を得た一件が、大きな契機だったとか。


 よほどオッズが偏ってでもない限り、これほどまでの一攫千金は有り得まい。


 デヴォン氏は、あっぱれ見事大穴を射止めてのけたワケである。またそのことに附随して、「旅順陥落の時、いち早く新聞号外を以て知らせに行った日本人某が百弗とかを貰った話が」広まってもいるのだと、──思わぬ余福に与った邦人とても居たらしい。何にせよ、めでたい限りであった。

 

 

Nogi and Stessel

Wikipediaより、水師営の会見)

 


 顧みれば、開国前後の昔時から、日本を地上に残された最後の神秘の国として慕う手合いは多かった。有名どころを挙げるなら、フランス人青年のレオン・ド・ロニーが妥当であろう。文久遣欧使節団に牡蠣の如くへばりつき、団員どもと隙あらば親睦を深めようとして、福澤諭吉の著書に於いても言及のある彼である。


 こうした親日外国人は、しかし日本が文明開化を掛け声に、およそ西洋の文物なれば何であろうと見境なしに、積極的に摂取して、本来彼らが培ってきた「固有の文化」を急速になげうたんとする姿勢に対し、皆一様に心痛し、切歯扼腕したものだ。


 痛惜のあまり、斯くなる上はせめて我が手の及ぶだけの範囲でも、古き良き日本の面影を繋ぎとめて置かなくば──と、変な使命感に覚醒し、文化保護に乗り出す手合いも、まあチラホラとあったとか。

 

 

(日本の原風景)

 


 ハワイ、ホノルルのデヴォン氏も、あるいはそうした「目覚めた人」の、まこと高尚な志の持ち主の一人だったのではないか。


 益体もない想像をあれやこれやとめぐらせる、そんな残夏の午後だった。

 

 

 

 

 


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