まさに総力戦である。
僧侶も、文士も戦場へ征き、敵陣めがけて
一次大戦下に於けるフランスの事情を述べている。開戦のベルが打ち鳴らされてものの一年を経ぬうちに、聖職者の身で銃を執り、法服を戎衣に改めて、教会から塹壕へ身の置き所を転ぜしめ、死闘を演じた者の数、なんとなんとの二万人!
四人の

彼らの働き、めざましく、死を恐れない勇猛果敢な闘いぶりが評価され、レジオンドヌール勲章の授与に至った者とても、それなり以上に居たそうな。
別におかしな話ではない。
わが日本史に徴してみても、平安朝から戦国の世に至るまで、僧兵どもが如何に暴れまわったか、実社会にてどれほど幅を利かせていたか、詳述に及ばないことだ。
宗教と闘争は相性抜群、人を死兵に仕立てる上で、信仰はまこと便利なツール。そうした面から観測すれば、フランスのキリスト教界は、よく
「過去一百年間数知れぬ戦争があったが、その凡てを通じて戦死者の数は四百五十万人といはれてる。然るにこの度の世界大戦では四年間に、
一千万人の戦死者
二千万人の負傷者
九百万人の孤児
五百万人の寡婦
を出した。戦死者は一日に六千四百人、十三秒に一人づゝ死んだのである。その十字架の墓標を横にならべ、パリからシベリアを横ぎりウラジオストクより日本海に達するといふのである」
とは、戦後下村海南により為された総括ではあるが、斯かる死体の大山中の幾らかは、神に仕える者どもの手で積み上げられたというワケだ。

(フリーゲーム『SPIEGEL EI』より)
次いで文士についてだが、書斎人の艇身ぶりに関しては、島崎藤村の『仏蘭西だより』に良質なのが載っている。
曰く、
「開戦以来、フランスの文士で、戦死したものゝ数は五十八名に上りました。そのいづれもが比較的少壮な人達であることは、申上げる迄も御座いません。フランス現代の文士録中には今や五十八人を削り去る訳です。筆取る自分等に取って、
云々と。

(『cyberpunk2077』より)
且つまた同じく『仏蘭西だより』の、後の頁を窺うに、
「戦時以来、ドイツに縁故のある町の名なぞは皆な改りました。パリ要塞の一角に近い、牛や羊の大市の立つ方に、ドイツ町といふ長い通りがありました。動員の当時非命の最期を遂げた穏和社会党の名士ジョレスの名を記念する為に、今はその町はアベニュー・ド・ジョレスと変って居ます。それから、近頃パリで生れる子供にはジョッフル将軍の名なぞに因んで命名することが流行だとかも申します。ジョッフレットなぞといふ娘の名も斯の大きな戦争を記念する思出の多い言葉と成るのでせう」
毎度おなじみ敵性言語認定からの言葉狩りも、積極的に行われていた模様。
「すべての戦争を終わらせるため」と、絢爛無比なるお題目をぶち上げたる戦争の、赤裸々な一断面だった。
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