ずっと危惧され続けたことだ。
「太平洋の両岸に根を蔓延らせる二大国。旭日旗と星条旗、日本国とアメリカは、結局のところいつか一戦交えぬ限りとてもおさまりっこない、激突を宿命づけられた関係なのではあるまいか?」
昭和どころか大正以前、明治四十年前後には早や既に、現実的な可能性であり危機として検討されていたことだ、日米間の開戦リスクと云うモノは──。

「有り得る」と、且つまた「有っては大変」と、どちら側の人士にもさんざ認識されながら、結果は誰もが知る通り、何人たりともこれを防ぐを得なかった。
類似の構図が「世界大戦」の上にさえ、実は濃厚に見出せる。
列強と呼ばれる国々の、ほとんどすべてを巻き込み
「黙示の日」に擬すに足る、既存の秩序一切の土崩瓦解の可能性。まこと、心底、怖じ憚るべきイメージは、しかし。十九世紀の後期には、有識者らの脳内に既にしっかりバラ撒かれ、脈づいていたようだった。
「ダモクレスの剣の如く、すでに十年以上も吾人の頭上に閃いてゐる来たるべき欧洲戦争は、一旦開始されるや、その継続年数も、その終末も、ともに予見することはできない。この戦争に加はるものは空前の戦備を有する欧洲の最大強国であり、これらの強国はその何れも決して一、二の会戦によって全然征服せられ、苛酷なる条件で講和を結び、或ひは再び戦闘を開始することができないやうに完全に撃滅せられるものではない。この戦争は、或ひは七年戦争ともなり、或ひは三十年戦争ともなるであらう」
一八九〇年五月の時点で大モルトケが樹てたところの予測であった。
寿命が尽きる寸前の──翌年四月二十四日に、死神が彼を呼びに来る──老残の身でありながら、この時勢眼はどうであろう。
凄まじいの一語を以って表すより他にない。
彼の言葉を素直に受け取るのであれば、「世界大戦の勃発」は遅くとも一八八〇年以来、重大な憂患の種として存在感を放っていたらしかった。
なべて
「戦争は忽然と、平時の国家生活から何等の連繋もなしに起り得るものではない。相敵対する両者は無限界の暴力を持ってゐるものでもなければ、いざ戦争だからといってこれを一時に爆発させることも出来ることではない。当時の社会情勢が戦争の真の基盤である」
日米戦争にせよ、第一次世界大戦にせよ。クラウゼヴィッツが闡明したこの理を裏付けこそすれ、背く

War....War Never Changes.
──『Fallout』シリーズより
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