「ふと手にした俳書の或ページに『花袋』といふ結句があったのを苗字とうつりがいゝのでそのまゝ使って居る、『都の花』国民新聞の発刊当時のことだった、後になってわかったことだが、花袋といふのは女の匂ひ袋のことださうだ、二十歳前に漢詩に凝った頃には汲古と號した、この頃ではもう『女の匂ひ袋』でもないからまた汲古の號を用ひようかなどゝ思ふことがある」
大正末年、田山花袋の告白である。
蒲団に残った女の香りを嗅ぐ小説を著して、当時の世間にセンセーショナルな波紋を広げた人物だ。
如何に本人が老残を自称し、不釣り合いだと恥じ入って、艶やかな名から離れたいと欲しても、既にそちらで圧倒的なネームバリューを得てしまっている都合上、なかなか以って思うままには運ばない。
地上を離れる、昭和五年のその日まで、田山花袋はずっと「花袋」のままだった。


(『まつろぱれっと』より)
手元の書籍の、たまたま開いたページから
「
ペンネームの命名に、こうした経路を辿る文士は存外多いのではないか。
よって花袋のこの例も、掲げておきたい気になった。
ただそれだけのことである。
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