穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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2019-02-01から1ヶ月間の記事一覧

上野東照宮参詣の思い出

以前、上野東照宮に参詣したことがある。 祭神は家康・吉宗・慶喜の三柱。幕府を開いた男と、中興の祖と、終わらせた男だ。 しかしそれ以上にこの宮は、黄金の社殿で名が高い。 とはいえ、否、だからこそ私は一抹の不安を覚えてもいた。こういう趣向はともす…

意志の勝者と敗北者

『三国志』の登場人物に蒋琬(しょうえん)という名の男がいる。 諸葛亮孔明の死後、彼の後を継いで蜀を治めた人物だ。諸葛亮が直々に、 ――わが亡き後は蒋琬を立てよ。 と言い遺してあった事に依る。この時点で彼の手腕は大方察しがつくだろう。保証済みとい…

粘膜の発狂 ―傍迷惑な生殖活動―

粘膜で春の到来を実感する。より正確を期するなら、鼻孔と眼球の粘膜で。 この痒さ、この鼻水の量、炎症を起こしているのは明白だ。今年もついに、地獄の季節が来やがった。何箱のティッシュペーパーが消費されることになるのやら、考えるだに気が沈む。 昔…

夢路紀行抄 ―狂人哀歌―

夢を見た。 正気を失わんとしてあらゆる手段を講ずれども甲斐がなく、ああ、何故俺は狂うことすら満足に出来んのだと嘆き悲しむ男の夢だ。 夢野久作の読み過ぎである。先日、全集を買ったのだ。 『猟奇歌』は生田春月とは別のベクトルで魅力的な詩(うた)で…

糟粕壺 ―肉に滲み入れこの知識―

書見中、「これは」と思った箇所をすかさずルーズリーフに書き留めておく。すかさず(・・・・)というのが重要だ。感動が薄れぬ内にやる必要がある。世間ではこれを備忘録とか名言ノートとか呼ぶらしい。 実際、その効能は大したものだ。私のように生来迂愚…

丸木砂土随筆に見る因果の輪

1952年の本である。 丸木砂土(マルキサド)と銘打ってあるものだから、てっきりどんなエログロナンセンスの大波が待ち受けているのかと半分期待、半分びくびくしながらページを捲ってみたところ、意外にも真っ当な良識に基いた穏当な文章が並んでいたので驚…

夢路紀行抄 ―よろしければどうですか―

夢を見た。 献血の影響がもろに出たに違いない、とんでもない夢である。 夢の中で私は例の寝台に横たわり、血抜きが完了するのを待っていた。 空の血液パックを入れた装置にデジタル式の大きなメーターが付いており、400からスタートした表示が1秒毎に丁度3…

大日本主義者・茅原華山 ―大英帝国分割論―

茅原華山(かやはらかざん)については、以前鈴木三重吉の記事に於いてわずかに触れた。 大抵の場合、この名は「民本主義」なる概念を初めて提唱した人物として登場する。 なにせ、彼のWikipediaの冒頭にもそう書かれているほどだ。で、しばらく下にスクロー…

豚的幸福と阿含経 ―釈迦も匙を投げた人々―

原始仏教の経典の一つ、『阿含経』に次のような話がある。 釈迦がコーサラ国を遊行して、祇園精舎へやって来た当時のことだ。とある一人のバラモン僧がこれを聞きつけ、前々から釈迦の存在を目障りに思っていたこともあり、どうれひとつ彼奴めの説を粉々に打…

私的生田春月撰集 ―憂愁―

秋という単語から連想されるものはすべからく寂寥の色を帯びている。 それはそうだ、秋に心を添えたなら、もう愁(うれい)という字になるではないか。人をして感傷へといざなう万物の凋落時(ちょうらくどき)。春月は殊更にこの季節を愛したように思われる…

私的生田春月撰集 ―情熱・勇気・前進 其之弐―

すべての人に嘲られ罵られても、われは平然として、路上を行かん、昂然として。わが心には真珠あればなり。(昭和六年『生田春月全集 第二巻』、209頁) 血をもってその伝記の一頁一頁を染めて行け。中途にして、これを墨汁に換ふるべからず。(同上) 思へ…

私的生田春月撰集 ―情熱・勇気・前進 其之壱―

情熱・勇気・前進―― これらの単語は、一見春月とは無縁に映る。 だが春月にも、ニーチェが示した超人の姿を我と我が身に於いて実践せんと燃え立つ心があったのだ。 石うてば石も音する世にありてさはいつまでか黙(もだ)したまふや(昭和六年『生田春月全集…

私的生田春月撰集 ―厭世・悲観・虚無 其之肆―

人の一生は をかしなものよ、 平地の波瀾よ、 人の業(わざ) ヒョイと生れたら もう仕方なし、 千波萬波の 苦が走る。 やめろ、やめろよ、 人間様を、 やめたら人間 何になる。 佛になるか、 神になるか。 なんにもならぬ、 土になる。 (昭和六年『生田春…

私的生田春月撰集 ―厭世・悲観・虚無 其之参―

われ自らをいたんで云へらく、 あらゆる流行品の敵たること、 これわが運命なり、 わが誇りなり、 わが悲しみなりと。 ああ、流行にそむくこと、 流行に抗すること、 流行を憎むこと、 いまこそ、それはわが死である。 時代に逆行するものは、 時代に順応せ…

私的生田春月撰集 ―厭世・悲観・虚無 其之弐―

読むだけで気が滅入り、生きているのをやめたくなる詩句が延々と続く。 しかしこの、細胞が指先から徐々に死滅して行くような感覚が、段々と気持ちよくも感じられてきてしまう。 癖になるのだ、春月は。 憎まれて憎みてはてはのろはれて のろひてわれやひと…

私的生田春月撰集 ―厭世・悲観・虚無 其之壱―

このテーマこそ、生田春月の真骨頂といっていい。 太宰治の文学には――『斜陽』にも『人間失格』にも、主立つものには粗方目を通してみたけれど――さして影響を受けなかった私だが、春月の詩にはものの見事にやられてしまった。実に深刻な感化を受けた。 何故…

私的生田春月撰集 ―男と女・煩悩地獄 其之弐―

肉を底まで行けば 心にぶッつかる 心を底まで行けば 肉にぶッつかる。 それにぶッつからねば まだ徹せぬのだ。 なまぬるい恋、 恋とも云へぬ いろごとよ、 賢い人のする いろごとよ。 それは汚い どろどろのどぶ(・・)よ、 どぶ(・・)にもきれいな 花は…

私的生田春月撰集 ―男と女・煩悩地獄 其之壱―

男がえらく なる道は、 女にふられ、 だまされて、 コッピドイ目に あふだけよ。 女の笑ひと ながしめと、 甘い言葉の 猫撫聲で、 もてあそばれたら しめたもの。 それで男に なれぬなら、 そこでうかうか ほめられりや、 男の一生 臺なしよ。 浮世のことは …

我が神、生田春月

厭世家にも慰めはある。厭世それ自体が一つの快楽である場合も多い。静かな丘の上にひとり坐して、十分に人間を憎み得る時は、厭世家にとっていかに喜ばしい時であらう。人生の中から悲惨な事実をあとからあとからとかき集めて来て、かりにも人生を楽しいも…

青島にて、ビスマルク砲台指揮官の見たる日本軍

戦史に於いて青島(チンタオ)の戦いほど不遇をかこっている例も珍しい。第一次世界大戦当時、大日本帝国が連合国の一員たるの責務として山東半島上に演じたこの戦いは、もっと評価されていいものだ。 決して生易しい戦(いくさ)ではなかったのである。 多…

夢路紀行抄 ―高尾? 高尾!―

夢を見た。 山に登っている夢だ。 高尾山と呼ばれていた気もするが、登山道といい標高といい何一つ現実の高尾に似たる部位はない。あまりに険しく、またあまりに人気がなさ過ぎるのである。夢の高尾と呼ぶべきか。 膝上までずっぽり埋まる雪中を、ラッセルし…

書見余録 ―病みて始めて健を懐う―

幸い、体調は持ち直した。私の健康は保たれている。 葛根湯が効いたのか、それとも最初から騒ぐほどのことでもなく、つまりは早とちりに過ぎなんだのか。いずれにせよ寝込まずに済んだのは良いことだ。 いやはやまったく、すんでのところで虎口を逃れた気分…

夢路紀行抄 ―呼吸困難―

夢を見た。 電子たばこと間違えて、殺虫剤を肺に入れる夢である。 前後に色々あったはずだが、その一事が衝撃的過ぎて憶えていない。 ところが夢でよかったと思う間もなく、目覚めるや否や喉に違和感。粘膜がささくれ立っているような、むず痒いような感覚が…

書見余録 ―悪徳の栄え―

前回の末尾に、 ――まこと地上は伝統的に、悪徳の栄える場所である。 と書いた。書いてしまった。 ならば当然、この三冊について語らぬわけにはいかないだろう。『悪徳の栄え』、『悪徳の栄え〈続〉』、『美徳の不幸』の三冊を。 この本を単なる悪趣味なだけ…

書見余録 ―時事新報に受け継がれたる福澤精神―

陸軍五十年史、海軍五十年史、航空五十年史、文芸五十年史、政界五十年史、…… かくの如く昭和十年代後半に数多刊行された○○五十年史であるが、私はこの『新聞五十年史』こそ、その中の白眉たる一冊であると信じている。 なにせ、著者が伊藤正徳だ。 左様、『…

夢路紀行抄 ―雷の巣―

夢を見た。 紫電閃く夢である。それも一本や二本ではない。突如としてこの関東平野の一角に、マカライボの灯台が如き稲妻の雨が出現したのだ。 至近距離に落ちた際、電化製品から飛び散った火花の鮮やかさを今なおはっきり記憶している。 が、ありようは何て…

放歌乱酔

二日酔いに苦しんでいる。 思考の焦点が定まらず、内臓という内臓がこむらがえりでも起こしたようにずきずき痛み、おまけに人生最悪レベルの夢まで見た。 詳細を書くのは控える。今はとにかく、アレが一刻も早く私の海馬から消え去ってくれるのを祈るのみだ…

書見余録 ―第一次世界大戦と鈴木三重吉―

前回に続き三重吉である。 彼の随筆から特に選んでもう一つ、ぜひとも紹介しておきたい章があるのだ。その名も、 欧州戦争観 愉快な戦争 題名からしてもう既に、これ以上ないほどふるっている。 内容の方でも三重吉の勢いは止まらない。 私にはただ一俗人と…