穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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書見余録 ―第一次世界大戦と鈴木三重吉―

 

 前回に続き三重吉である。

 

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 彼の随筆から特に選んでもう一つ、ぜひとも紹介しておきたい章があるのだ。その名も、

 

 欧州戦争観 愉快な戦争

 

 題名からしてもう既に、これ以上ないほどふるっている。

 内容の方でも三重吉の勢いは止まらない。

 

 私にはただ一俗人としての平凡な感じしかありません。
 私は世界的の大戦争になって来たのが訳もなく愉快でたまりません。(中略)併しすべてがもっとはきはき進行しなければ面白くないですね。墺国が一ばんぼんやりしてるやうですね。
 日本もぐづぐづしないで早く火蓋を切ればいいと思ってやきもきします。アメリカへ言ひがかりをつけてめちゃめちゃにやっつけてやるといいですね。岩波書店鈴木三重吉全集 第五巻』175頁)

 

 これが「子供に質の高い文学を」と児童文学誌『赤い鳥』を創刊し、大正中期以降の児童文学ブームの基を築き、ついには日本児童文化運動の父とさえ称えられるに至った男の言葉なのだ。なんともはや、その事績からは想像もつかない言ではないか。
 それにしても、三重吉は何を意図してこのような文を認めたのだろう。冒頭に態々「私にはただ一俗人としての平凡な感じしかありません」と断っているところから察するに、俗人どもの思考なぞ、所詮この程度が関の山だと大衆を皮肉りたかったのか? だとすれば随分とあく・・の強い皮肉である。


 もっとも第一次世界大戦に於ける大日本帝国のスタンスとして、アメリカを牽制しドイツを扶けよという意見はこの当時、事実として存在した。
 萬朝報の茅原華山かやはらかざんが中心となり提唱した、「大英帝国分割論」がその代表格であったろう。
 この茅原という人はこれはこれで人物であり、非常に興味深くもあるのでいずれ別項を設けて詳述したい。なにしろアメリカがハワイを併合した時点で将来日米間に一大戦争の起こることを洞察し、みずから描いたその戦争の想像図に戦慄し、どうにかしてその未来を防ぐべく、筆にも口にも死に物狂いの奮闘を演じた男なのだ。比類なき慧眼といっていい。


 だが、今回の主題はあくまで鈴木三重吉である。彼の戦争観から、更に抜粋。

 

 政府も観戦将校と共に観戦文学者を欧州に送るといいですね。東洋に戦争が波及したら、少なくとも日本の軍艦へは一人づつ文学者を乗せて戦争を見せるといいと思ひます。平時だって時々招待して乗せて歩くといいと思ひます。いろいろの意味で国家とわれわれと双方に効果があるんですがね。(中略)私はさうさせてくれれば戦争で爆弾を喰って粉になってもかまはないですがね。どうせしまひには死ぬるんだから。私はすぐに血の沸く逆せ性だから、戦争にでも出れば人の真っ先に立って堡塁へでも突撃しますぜ。併しからだがだめだから陸軍の方で辞退するかも知れませんね。(同上、176頁)

 

 今度は皮肉の矛先が文学者に移った観がある。
 ここから先は完全に私の想像任せとなってしまうが、ひょっとすると三重吉は、実際に戦場を見てもいないくせに紙上でやかまし戦争論を蝶々する「同業者」達に、よほど腹を立てていたのではなかろうか。それがこのような、凄まじい毒舌となって表出した。


 元々、とんでもない癇癪持ちなのである。


 特に聴覚関係に対しては敏感で、近所の子供が車輪付きの木馬の玩具で遊ぼうものならたちどころに頭が煮えて何一つとして手につかなくなり、その玩具が壊れることを心の底から願ってやまない男であった。
 向こうの家の雨樋からの雨垂れの音に耐え切れなくなり、夜中、しかも大雨の降る中であるにも拘らず、問題の樋の下に雑巾を押し込みに行ったという事実さえある。むろん、終わる頃にはずぶ濡れだ。だが三重吉は一旦頭に血が上ると、どんなに水をぶっかけられてもその行為をやり遂げずんば収まりがつかない性質たちだったらしい。だから一方で貧乏の苦に呻吟しながら、こんなやかましいところに居られるかと年に四度も引っ越しを敢行したりする。


 そんな彼が紙上に癇癪玉を爆発させた結果として、上記のような凄まじいあてこすり・・・・・の随筆が生まれたのではなかろうか。


 いやはや、考えさせてくれる。明治人というのはどいつもこいつも一筋縄ではいかないから面白い。人間のが厚いとでも言うべきか。これだから古書あつ めはやめられないのだ。

 

 


 


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