穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

私的生田春月撰集 ―厭世・悲観・虚無 其之壱―

 

 このテーマこそ、生田春月の真骨頂といっていい。


 太宰治の文学には――『斜陽』にも『人間失格』にも、主立つものには粗方目を通してみたけれど――さして影響を受けなかった私だが、春月の詩にはものの見事にやられてしまった。実に深刻な感化を受けた。
 何故であろう。同じ絶望の耽溺者でも太宰に比べ春月の厭世観には嫋々とした色彩が薄く、したがってより攻撃的で男性的であるからか。


 最期に於いても愛人と心中した太宰に対し、春月は独りで瀬戸内海に身を投げた。この差は大きい。
 春月自身、おのれの自殺を敗北ではなく詩人としての完成と捉えていたようである。


 とかくあの時代の文学者はよく死ぬのだ。


 それだけ自分の思想――或は感性――に純であったとみるべきか。

 

 

 

 

 いと古き調しらべに、いと古きおもひをのせて、
 我はとこしへの嘆きをあげん。
 (昭和六年『生田春月全集 第一巻』13頁)
 
 
 
 この老いつかれたる世に
 若者と生れたるこそ悲しけれ。
 偽りにみちみてる世に
 誠をもちて生れたるこそ悲しけれ。
 鐘の音は森をとほして
 わが胸にこだます。
 無益なり、
 わが愛に誰かこたへし。
 (同上、15頁)
 
 
 
 社交とは其場に居合はさざるものを
 悪しざまにかたることなり。
 恋愛とは盲目の強き欲望と、
 無意識の打算との取引なり。
 友誼とは酒杯さかづきの中に生れ、
 財布の中に死する怪物なり。
 世界のあらゆる美しき名は
 すべて醜き面を飾る。
 これは人生の正しき観察なり、
 輝き匂ふ世界の苦き真実なり、
 尚ほこれを愛せんとするものはこれを愛せよ!
 (同上、67頁)
 
 
 
 誠実は人を破滅に誘ふ、
 若し智慧の伴ふなくば。
 人間の生存に必要なるものは、
 程よき智慧なり、
 聊かの利己心なり。
 (同上、69頁)
 
 
 
 人間のあるところに地獄あり、
 しかも人間は地獄を恐る。
 彼等の悪智慧はつひに天国を造れり、
 されど人間の入るとき天国は地獄に変る。
 (同上、75頁)
 
 
 
「悲しみは人を賢くす……」
 されど賢くなりたるものは死者に似たり。
 智恵の木は呪ひの木にて、
 生命いのちの木にみのる罪ののみひとり甘し。
 (同上、191頁)
 
 
 
 この邪悪なる人間に、
 より邪悪なる人間は絞首台を贈りぬ!
 ああ泥坊よ、汝の邪悪のけち・・なりしこと、
 これぞ汝が犯せる唯一の罪悪なりしぞ!
 (同上)
 
 
 
 わたしは多くのものを失ひました。
 大切なものをみな失ひました。
 今、残ったものは、自分だけです。
 それが私を呑まうとします。
 (同上、435頁)
 
 
 
 青空の清きすがたをこがれつつ
 にごりの中にわれ今日も生く
 (同上、312頁)
 
 

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