二日酔いに苦しんでいる。
思考の焦点が定まらず、内臓という内臓がこむらがえりでも起こしたようにずきずき痛み、おまけに人生最悪レベルの夢まで見た。
詳細を書くのは控える。今はとにかく、アレが一刻も早く私の海馬から消え去ってくれるのを祈るのみだ。
頭がまともに回らない。なにを書いているのか分からなくなる。つい、こんな下らぬ詩まで浮かんだ。
かくすればかくなるものと知りながら
やむにやまれぬ酒乱魂
まあ、穏やかにして無私なること神の如き吉田寅次郎先生ならば、ちょっと詩をパロッたくらい、笑って許してくれるだろう。
実際問題、私はこうなることを知っていた。幾度となく繰り返してきた原因と結果だ、経験による学習である。それでも呑まずにいられなかった。酔いもせず、誰がこの憂世を渡れるものか。
酒は、酔うために呑むものだ。
酔うとは正気を失うこと、まともでなくなることに他ならない。
まともはつまらん。
肩が凝る。
どうあっても、ときたま狂気の世界に身を浸して鬱血を晴らす必要がある。
だから私には、ノンアルコールビールとやらの存在理由がわからない。酔えもしないのであれば、サイダーでも飲んでいた方が百倍マシだ。
彩雲を踏み仙境に遊ぶが如き高揚感の後にこの地獄の底の黒土でも舐めさせられているかのような不快感があってこそ、酒は美味いのではないか。
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