穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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2019-05-01から1ヶ月間の記事一覧

「怪獣王」の名に恥じぬ出来

『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』を観に劇場へ。スクリーンで映画を観るのは『幼女戦記』以来およそ三ヶ月強ぶりだ。 席の埋まりは三分の二ほど。白髪頭もちょくちょく見られ、あの人達が子供の頃に、ちょうど第一作目の封が切られたのだろうかなどと…

発情期の動物たち ―『動物談叢』―

鹿という動物の実態を、奈良公園を闊歩するあの温順な姿を以ってその総てだと考えるならそれは大きな誤りだ。 特に牡鹿はそうである。発情期の牡鹿の獰猛さときたら話にならない。野郎同士で角突き合わせて殺しあうのはもちろんのこと、行為(・・)を迫って…

古書の中から ―おわら玉天―

先日購入した昭和十一年発行の『相馬御風随筆全集 凡人浄土』を読んでいると、紙片がいちまい、滑り出てきて机の上に舞い落ちた。 何かと思って拾い上げれば、非常に美しい筆跡で、詩(うた)が書き付けられている。 冬 雪に埋れて 紙漉く村は 野積(のづみ…

百獣の王のキリン狩り ―『動物談叢』―

動物園の花形と聞くと虎や豹、ライオンなどの大型の猫科動物がまず真っ先に頭に浮かぶ。 このあたりの人情は今も昔も変わらぬらしく、『動物談叢』に於いてもこれら猫科動物のために割かれた紙面はすこぶる多い。 その中に、ライオンがキリンを狩る手口と云…

暑中雑考

暑い。 まだ梅雨時にすら入ってないのに、むごたらしいまでのこの暑さときたらなんであろう。 七月八月に30℃を超えても別にどうとも思わぬが、五月に30℃を突破されるとなにやら絶望的な感に打たれる。 時ならぬ実を食うてはならぬという迷信的な用心深さが、…

アテネ史上最短の演説

古代ギリシャの都市国家、アテネが遥か紀元前に栄えた国であるにも拘らず、極めて高度な民主主義のシステムを敷き、その上で社会が機能していたことは、今日びほとんど一般常識と化している。 このアテネにちなんだ逸話の中に、昭和初頭、演説会や講演の場で…

兎の缶詰 ―『動物談叢』―

紀元前も終わりに近づいたある日のこと。翠玉を溶き流したかの如くに光り輝く地中海の波濤を越えて、ローマ帝国の軍隊がバレアレス諸島に押し寄せた。 現地からの、悲鳴交じりの救援要請に応えての出兵である。 が、このたび島民を塗炭の苦しみに追い込んだ…

モルモットと錦鯉 ―『動物談叢』―

昭和九年発行の、『動物談叢』を読んでいる。 上野動物園に奉職すること四十年、「動物園の黒川おじさん」の渾名で親しまれた名園長、黒川義太郎の筆(て)によるものだ。 彼がその、長きに亘って動物達と関わり続けた経験から帰納した知識の数々を、惜しみ…

ペンギンの味

ペンギンの肉の喰い心地が、杉村楚人冠の随筆集『へちまのかは』に載っていた。 といっても、文人である楚人冠みずからが極地に赴き二足歩行するこの鳥類どもをふん捕まえて掻っ捌き、賞味したというわけではない。彼はその卓越した語学的才能から翻訳業者の…

生死の境の陶酔の味

血を抜いた。 およそ三ヶ月ぶりの、400mL全血献血。 体内から一気に血が失われると、なにやら得も言われぬいい気分になる。 戦場で重傷を負った兵士が、ときにその意識を蕩けさせ、恍惚のあまりあらぬことを口走ったりするのは軍記物等でまま見かける描写で…

決闘考察 ―「男の世界」―

ヨーロッパの紳士たちにとって、決闘こそが問題の最終的解決法だった時代があった。 それもそう遠い昔の話ではない。帝政ドイツの立役者、鉄血宰相ビスマルクでさえ、若輩の時分はそれをやった。ほとんど日常的にした。この男のゲッティンゲン大学在籍時に於…

宣誓奇談

法廷に於いて、証人は陳述を始める前にまず宣誓を義務付けられる。その文言は国によってまちまちで、たとえば現下の日本国では、 「宣誓 良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います。(本人氏名)」 といった具合だ。 これがアメ…

禁じ得ざるもの

杉村楚人冠が当時にあって如何に柔軟かつ先進的な考えの持ち主だったかは、明治四十年十二月十五日、上宮学院で行った演説ひとつを見てもわかる。 無分別な若い男女が相愛して、上(のぼ)せ上がって居る所へ親父が水を入れる。之を日本語で「生木を裂く」と…

加藤清正と楚人冠

戦前に活躍した名ジャーナリスト、杉村楚人冠の随筆集『へちまのかは』の巻頭には、 加藤清正公に此の書をささぐ と書いてある。 これは杉村の家に代々伝わる、「お家伝説」に依るものだ。 (Wikipediaより、加藤清正肖像) 楚人冠自身の語るところに依れば…

五感の喪失

五月七日、地球の軌道が緑色の大流星群のなかを通過した。ところがその翌朝、流星を目撃した地球上の人間はすべて視力を破壊されて盲(めくら)になるという椿事がもちあがった。いまや目明きの人間は、なんらかの事情で流星を見なかった、ごく少数の人間に…

転向者、生田春月

戦前、この国では共産主義からの転向者を五つのグループに分けていた。 一、心の底から共産主義を見限って、その対極たる国家主義運動にまで跳ね飛ぶ者。 二、共産主義に幻滅を感じ、或いは入獄の苦痛に堪えかねて共産主義に疑いを持ち、その結果世の中を暗…

刹那生滅頌

いくつになっても美しい女性というのは居る。確かに地上に実在している。 が、そうであっても少女時代の美しさと淑女時代の美しさは違う。同一人物上であっても、まるで別個の性質だ。 齢と共に変わりゆく、女性というものの美しさ。万華鏡の如きその一連の…

百姓と云ふもの、その保守性

ぐずついた天気だ。 雨は降ったり止んだりを繰り返している。 しかし天から落ちてくるのが水滴ならばまだマシだろう。去る五月四日、山梨では広い範囲で氷が降った。 雹である。 それもかなり大粒の。 以来同様の現象は断続的に発生し、つい一昨日にも激しく…

夢路紀行抄 ―オカイコサマ―

夢を見た。 しゃくしゃくと、お蚕様が葉っぱを喰らう夢である。 夢の中で、私はバイクに乗っていた。現実には原チャリ以上の二輪車を運転したことなどないくせに、夢の私は器用な手つきでメタリックに黒光りするその車体を操って、やがてたどり着いたのは、…

日本の前進

革命期や変動期には、後世から見るとなんだそりゃアとあきれるほかないおかしな騒ぎがよく起こる。 我が国でも御一新の際、国の仕組みがあまりに根こそぎ、それも驚くべき性急さで変化したため人心がとても追いつけず、ために様々な珍事が出来(しゅったい)…

高橋ダルマの手のひら返し ―後編・嗚呼無我天真の政治家よ―

第三十第内閣総理大臣斎藤実という人は、どうやらかつての海軍大臣斎藤実とは別の人であったらしい。 シーメンス事件で大臣職を辞して以来、久方振りに政治の表舞台へ舞い戻って来た彼を目の当たりにした人々は、一様にそんな印象を受けた。 (Wikipediaより…

高橋ダルマの手のひら返し ―中編―

昭和七年二月二十日に行われた第十八回衆議院議員総選挙にて、政友会は大勝した。 466議席中、301議席を占める快挙。第二党の民政党に倍以上の差をつけて、堂々たる単独過半数を達成したのである。 実に輝かしい成果であろう。政友会の黄金時代が、これより…

高橋ダルマの手のひら返し ―前編―

高橋是清の評価は高い。 没後八十余年を経た今日に至るも、なおその人気は盛んであって翳りをみせない。 「財政の神様」「日本のケインズ」の異名をとった彼をして、戦前日本の最も有能な政治家なりと主張する声とてあるほどだ。 その高橋是清の弟子に、三土…

斬首戦術

外科手術に喩えられるほどの鮮やかさで敵中枢の刈り取りを行い、一ツ意思のもと統制された軍集団を単なる群衆――個々人が寄り集まっているに過ぎない烏合の衆に戻してしまう。『幼女戦記』の主人公、ターニャ・デグレチャフが得意とする手口――通称「斬首戦術…

朝鮮の春、泥の海 ―『予ガ参加シタル日露戦役』―

大日本帝国陸軍中将、多門二郎の著書『予ガ参加シタル日露戦役』を読んでいる。 ほぼカタカナと漢字のみで構成された文章で、慣れ親しんだ平仮名がないため読解は思うように捗らず、ただならぬ苦労を要するが、それを忍んででも読む価値のある一冊だ。 私が…

武士たるものは

赤穂浪士四十七士の処分には、幕府も随分と悩んだそうだ。 とある伝承によれば、懊悩するあまり当時の将軍綱吉は、この事態をどう裁けばよいかと輪王寺宮に相談している。その顔つきや口ぶりから将軍の本心が義士に同情的であり、自分に彼らの命乞いをする役…

長州の師弟 ―伊藤博文と来原良蔵―

吉田松陰に玉木文之進がいたように、伊藤博文には来原(くるはら)良蔵(りょうぞう)がいた。 松下村塾に入塾前の博文に、武士たるもののあるべき姿を文字通り叩き込んだ男である。 玉木文之進の教育態度が如何に苛烈なものだったかは、つとに世間に知られ…

情の泉、愛の花

頭の中に鉄球がある。 砲丸投げに使うような黒くて重い鉄球が、だ。 ほんの少し首を傾けただけでもたちまちそいつが転がりはじめ、頭骨の内壁に衝突し、我慢し難い鈍痛を生む。 ここまで酷い二日酔いは久々だ。 昨晩、この二つをちゃんぽんした所為であろう…

豊川稲荷東京別院参詣記

昨年度のゴールデンウィーク初頭、私は奥高尾を歩いていた。 景信山から高尾まで、縦走を試みたのである。 幸いそれは上手くいった。ほとんどコースタイム通りの満足のいく山行。予想外の展開に直面したのは下山してからのことである。 当初私は、高尾山口駅…

唱歌『舌切り雀』 ―声に出して読みたい日本語―

『川柳少女』なるアニメが放映中な今、同じく七五調で編まれた唱歌にも光が当たっていいはずだ。 そういうわけで手始めに、『舌切り雀』を紹介しようと考えた。 出典は昭和四年刊行の、『小学生全集第八十五巻 小学趣味読本』より。きっと戦前の小学校ではよ…