昭和九年発行の、『動物談叢』を読んでいる。
上野動物園に奉職すること四十年、「動物園の黒川おじさん」の渾名で親しまれた名園長、黒川義太郎の
彼がその、長きに亘って動物達と関わり続けた経験から帰納した知識の数々を、惜しみなく叙述した一冊である。動物に対する濃やかな心遣いが一行一行に籠められていて、読み心地は頗る宜しい。
中でも特に目を引いたのが、モルモットに関する記述であった。
専ら実験動物の代名詞として知られているこの動物が、なんと明治初頭の日本では、錦鯉さながらの高値で取り引きされていたと云うから驚くほかない。それもモルモットならなんでもいいと言うわけではなく、毛皮の色や形状によりその価値が甚だしく乱高下した点、いよいよ錦鯉に似る。
高価な物は
「冠蒙り」「鞍掛け」「袴」「獅子被り」――
これらは錦鯉に於ける、「大正三色」「昭和三色」「丹頂」等の人気種が如きものだろう。特に高額だったのは「冠蒙り」と「鞍掛け」の二種で、一匹一〇〇円の値がついた。
明治初頭の一〇〇円である。
大雑把に換算して、現代の貨幣価値に於ける二〇〇万円に相当しよう。
モルモット一匹が二〇〇万円――いやはや、凄い時代があったものだ。
あらゆるものが投機の対象となる。そして一旦投機熱が高まると、本来の価値を遠く離れて天井知らずに値が吊り上がる。人類史上、数えきれないほど繰り返されてきた展開だ。チューリップ・バブルなど、その最適たる例であろう。
モルモット・バブルも、バブルである以上、いつか弾けざるを得ない。現に弾けた。それがいつのことであったか、黒川園長は詳述していないものの、かつて一〇〇円だったものが明治四十五年には一円で販売されているとの描写があるから、実に1/100の下落である。
以降、モルモットがかつての高値を取り戻すことは二度となかった。栄枯盛衰とはこのことか。無常感に襲われずにはいられない。
『動物談叢』には他にもあれこれ、鼠に関するエピソードが載っている。
たとえば家鼠の盗みの手口だ。彼らは不届きにも我々人間の台所から鶏卵を盗むことしばしばで、黒川園長はあるときその犯行の一部始終を目撃し、以下のように記している。
鼠が卵を盗むや、前肢で抱き後足で立ち上り、尾を腹の方へ廻はして立上り、後足二本で歩き出して、其の
また、同様に秀逸なのが油の盗み方であり、
瓶等より油を盗むのは、世人の知る通り尾を口より入れて、夫れにひたし、口に含むのである。(同上)
これなどは、想像すると手塚治虫の漫画にでも出て来そうな情景であろう。
古昔よりさんざん人類を悩ませてきただけあって、連中、一角の知恵はあるらしい。
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