先日購入した昭和十一年発行の『相馬御風随筆全集 凡人浄土』を読んでいると、紙片がいちまい、滑り出てきて机の上に舞い落ちた。
何かと思って拾い上げれば、非常に美しい筆跡で、
冬
雪に埋れて
紙漉く村は
オワラ
越中八尾
玉天本舗 林盛道謹製
七・七・七・七の韻律で編まれたこの詩は、調べてみると富山県五箇山一帯に伝わる紙漉き歌であるという。
白川郷と同じく合掌造りの集落で有名なこの地域は、同時に和紙の原料たる楮を豊富に産し、北陸らしく清澄な雪解け水が流れることとも相俟って、古くより製紙業が盛んであり、それを活かした工芸品が今でもそこかしこにならんでいる。
「越中八尾 玉天本舗 林盛道謹製」の方は、やはり富山県に於いて銘菓「玉天」を作っている「おわら玉天」を示すだろう。明治の中ごろ、林盛堂二代目・林駒次郎によって創始されたこの和菓子は、一見卵焼きかフレンチトーストにも似た姿をしていて、しかし割って中身を覗くと雪のように真っ白い。
口に運ぶとふわふわとした食感と、さりげない、やさしい甘さが広がると云う。
私は以前、富山を訪ねたことがある。
富山湾に打ち寄せる日本海の荒波も見たし、北陸らしい鈍色の空も仰がせてもらった。
しかしながらこの「玉天」の存在には、今の今まで無知だった。
事前調査の手抜かりが今更ながらに憾めしい。次の機会には必ず買おう。
「玉天」の包み紙には、この紙片とよく似た筆跡で詩が書き付けられたものがある。
昔は包み紙の代わりにこれに詩を書き、一緒に封入していたのだろうか。そしておそらく、以前の持ち主は捨てるのを勿体なく思い、栞がわりに使っていた。ヤケ具合から見て、そう考えるのが自然であろう。
裏面の様子はこの紙が、相当な歳月を経てきたことを示している。
となるとやはり、手書きだろうか? 文字の滲みがその可能性を極めて濃厚に匂わせる。
だとすればとんでもない達筆だ。前の持ち主が捨てるのを惜しんだ気持ちにも、大いに共感出来るというもの。
手触りの好さといい、ひょっとするとこの紙自体、詩で詠われている五箇山で漉かれたものではあるまいか――などと、想像の根はとめどもなく延びてゆく。
先人の想痕は尊きものだ。
これもまた、古書蒐集の醍醐味だろう。いと悦ばし。
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