高橋是清の評価は高い。
没後八十余年を経た今日に至るも、なおその人気は盛んであって翳りをみせない。
「財政の神様」「日本のケインズ」の異名をとった彼をして、戦前日本の最も有能な政治家なりと主張する声とてあるほどだ。
その高橋是清の弟子に、
左様、弟子。
この二人の関係性は、その単語を以って表すのが一番適切なように思われる。これは私の口からあれこれ言うより、三土自身の是清翁を回顧しての言葉を、その著書『湘南方丈記』から引用してお目にかけた方が良い。
余の高橋是清翁に於ける、或は其の部下に居り、或は椅子を並ぶること二十余年、公私共に深く親炙して、最も其の性格を知悉せる一人なるを信ずる。
世にも稀なる成功者にして、上下の尊信を博せること、翁の如き人物の常として、幾多の美点長所を有することは素より言を俟たぬ。而も余の殊に敬服して、常に学ばんと欲する所は、実に没我の美徳である。
長い間には、余も翁と意見を異にして、論争したことも幾度なるかを知らぬ。其の際何時も翁の没我の態度に感服して、凡そ天下の廣居に居り、天下の正位に立って、天下の大道を行ふ者は、皆須らく斯くあるべしと思って、発奮させられたのである。(14頁)
三土が本書を世に送り出したのは昭和十一年十一月三十日、二・二六事件で高橋翁が遭難してから既に九ヶ月が経過した、年の瀬近付く晩秋の日のことである。
三土にとって高橋は常に指標であり続け、それは彼自身が黄泉路につくまで変わることはなかったようだ。
三土の語るところによれば、高橋翁の最も偉大なる「没我」というこの特性は、ともすれば手のひら返しとも見られかねない切り替えの早さにあらわれた。
「没我」と聞くとなにやら無色恬淡とした、風に靡く柳のように捉えどころのない穏やかな風貌を連想するが、現実の是清はその真逆。何事につけても自分一流の意見を立てて、しかもそれを強力に主張し、もし反対意見を持ち出す輩が居ようものならそいつの面目など一切お構いなしな姿勢で以って議論を挑み、あくまでもこれを論破しようと烈しく闘う男であった。
ここまでなら単なる論客と変わらない。三土が師と仰ぐこともなかったろう。ところが是清の非凡な点は、もし論戦の最中に、相手の意見が自分の説に勝るところを発見すると、たちまち自説を投げ棄てて、今の今まで息の根を止めんばかりに攻め立てていた論敵の、もっとも熱心な支持者へと一瞬間裡に変身してのける部分にあった。
三土忠造はこれを評して「没我」と呼んだわけである。
一度提唱したる意見が、他人の論駁に遇ひ、中途にして其の非なる所以を悟っても、之を翻すことは、如何にも自己の権威を損するやうな気持がする。それが為に、飽くまでも自説を押通さうとするのが普通の人情である。余程非凡の人といへども、此の人情の外に逸脱することは出来ない。
其の最も極端にして露骨なるものは、子供の口喧嘩に於てよく見る所である。子供は自制心が乏しいから、喧嘩口論をして打負かされた時には、悔やしさに堪切れない。そこで相手に向かって馬鹿、畜生、泥棒、乞食、おかめ、般若、ひょっとこ、おたんちんと、有らん限りの悪罵を浴びせて、自己慰安を求める(15頁)
これは大いに首肯可能な言説だ。私はこういう、「謝れない奴」を腐るほど見て来、その度にはらわたが煮えくり返って心拍数が上昇し、血が昂って眩暈を覚えたほどである。
どんなに証拠を突き付けられても決して己の非を認めない、豚的幸福にも通ずるであろう、そんな小器量者が、世間にはなんと多いことか。
だからこそ、高橋是清の偉大さが身に沁みて感ぜられるというものだ。自分一個の体面など度外視して、良いと判断したものを良いと讃えて採ることに、欠片も迷いを挟まない。一見容易に思えるこのことが、その実なんと稀少であるか。なるほど「没我」の評も納得だ。
ちなみに私が高橋翁の類型を発見した最近の場所は、あろうことかなんJのコピペ。
ワイ「ほらコーヒーでも飲めよ」後輩「あっ、僕コーヒー飲めないっす」
1 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/06/15(水) 19:12:50.36 ID GDsYf9HSp
ゆとりカスすぎだろ
飲めなくても奢ってんだから受け取るくらいしろよ死ね
6 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/06/15(水) 19:14:00.68 ID GDsYf9HSp
飲めなくても持って帰って捨てるなりあるだろ
断るって何事やねん
12 風吹けば名無し@\(^o^)/ sage 2016/06/15(水) 19:16:02.79 ID Y6P4PjAx0
>>6
一回もらうと
そのあと何度でもくれるようになるだろ
最初に断る方がええやろ
16 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/06/15(水) 19:17:19.25 ID GDsYf9HSp
>>12
せやな
ワイが悪かったわ
21 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/06/15(水) 19:18:28.38 ID v1WQwTgDa
砂糖ドバドバじゃないと飲めないンゴねぇ…
流石に貰ったもんは飲むが
27 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/06/15(水) 19:20:03.80 ID GDsYf9HSp
>>21
無理して飲まんでもええやろ
断るべきやと思うで
そこで貰ったら次またあるで
ID GDsYf9HSpのこのふるまい、これを見た瞬間、ダルマに喩えられる翁の姿が電影的に私の脳裏に閃いたのだ。
素晴らしい切り替えの早さではないか。人間、こうでなければならぬ。
昭和八年、斎藤内閣に於いて大蔵大臣を務めていた高橋翁が炸裂させた「手のひら返し」も、負けず劣らず痛快至極なものである。
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