血を抜いた。
およそ三ヶ月ぶりの、400mL全血献血。
体内から一気に血が失われると、なにやら得も言われぬいい気分になる。
戦場で重傷を負った兵士が、ときにその意識を蕩けさせ、恍惚のあまりあらぬことを口走ったりするのは軍記物等でまま見かける描写であるが、現在私が味わっているこの快感も、それと同一原理に基づくものか。
アメリカの心理学者、キューブラ・ロスが臨死体験者達に
「痛みはなく、とても安らかな心地よさに包まれていた」
と答えたと云う。
これもまた、死に際の恍惚、その実在を裏付ける有力な要素であるだろう。
私が足繁く献血センターに通う主な理由は、この感覚を追ってのことだ。
鴉片をのむものあり、
ハシッシュを嗜むものあり。
魔薬みな霊の薬、
その味は一片の死なり。
ハシッシュを嗜むものあり。
魔薬みな霊の薬、
その味は一片の死なり。
生の中に死を求めて、
酔の中に神を求めて、
疲れたるもの、みな薬のむ、
世界より癒されんとして。
(昭和六年『生田春月全集 第一巻』、422頁)
「酔い」とは薄められた死の味だと、生田春月も知っていた。
ただ、酒やアヘンと違って献血はむしろ健康に良い。
採った血の分析結果を後日送付してくれるから、ちょっとした健康診断代わりにもなる。
快楽の代償に支払った血で、救われる命とてあるだろう。
いいことずくめではないか。
実に結構な趣味である。
また血を抜けるようになる日が待ち遠しい。
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