穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

※当ブログの記事には広告・プロモーションが含まれます

2019-04-01から1ヶ月間の記事一覧

迷信百科 ―動物裁判―

中世ヨーロッパの動物裁判を彷彿とさせるニュースが南米ブラジルから飛び込んできた。麻薬密売者が検挙された際、彼らに飼われていたオウムまでもがいっしょくたにしょっぴかれていったと云うのだ。 なんでも詳しく聞けばこのオウム、あらかじめそのように訓…

夢路紀行抄 ―ドレミー・スイートへの陳情―

夢を見た。『東方Project』の登場人物――十六夜咲夜と氷精チルノが鬼の洗濯板みたく粗くて急な山肌を、自転車に乗ってどちらが先に麓まで駈け下りられるか競争している夢である。 むろん、勝負は咲夜のぶっちぎり。大人気ないくらい全力を出してペダルを漕い…

刑罰としての去勢

男を男たらしめるその部位を、外科的手術によって抉り取る。聞くだに血の凍るような話ではないか。 しかしながらこのおそるべき沙汰事が、歴とした刑罰としておおっぴらに社会に通用していた時代があった。中世の暗黒時代ではない。二十世紀の、それも民主主…

ジーンかミームか

最も高尚な仕事は子供を持たぬ人間から生じて来たのである。彼等はその身体を後世に伝えることが出来なかった代わりに、心の姿を顕そうと努めた。こうして、後世子孫のためになるような仕事が、子孫を持たない人々から最も多く生み出される。 英国が世界に誇…

迷信百科 ―自殺奨励―

人間は容易に死ねない。死ねない代わりに卑しくなる。私は自殺を罪悪視し、自殺者を非議する人に賛成する事が出来ない。我々が社会の一構成分子として、自殺者の行為によって、暗黙の間に、自己を難ぜられたやうな気のすることは事実だ。ここに自殺否定の一…

夢路紀行抄 ―水餃子と強い酒―

夢を見た。『カイジ』シリーズの登場人物、黒崎義裕――帝愛グループ№2のあの男と餃子を喰う夢である。 種類は典型的な水餃子で、皮越しにうっすら透けて見えるニラの青さがあざやかだった。 そしてその、餃子を口に運ぶ合間合間に黒崎義裕が語るのである。 内…

「母性」なるもの

猫―― 猫は愛情深い生き物だ。 そんなことは皆知っている。 ドイツの動物学者アルフレート・ブレームは、この特徴を証明すべく種々の実験をこころみた。 例えば猫が子を産んで、その哺乳期間中に別の動物の子をあてがってみる。 すると犬・兎・狐・リス、果て…

迷信百科 ―隕石・化石―

「空から石が降ってくるなどということより、あのふたりのヤンキーの先生がたが嘘をついているというほうがまだ信じやすいね」 トーマス・ジェファーソン大統領 ニューイングランドに落下した隕石の報告を聞いて アーサー・C・クラークの著書、『神の鉄槌』2…

静かなる書庫の奥から

私が古書蒐集癖に目覚めたのは、忘れもしない、大学生の頃である。 私の専攻は日本史で、その日はレポート作成の史料を求めて大学図書館の書庫に入った。 あの沈殿した空気、心地のよい狭苦しさ、今でもはっきり思い出せる。光量の乏しさと人気なきゆえの静…

我ガ代表堂々退場ス ―1919年、イタリアver. 後編―

パリ講和会議を包む雰囲気は険悪さを増し、肝心要の講和条件はいくら日を重ねれど模糊としたまま形にならず、痺れを切らした人民が生活難も加わって革命運動を起こしたとの報せまで舞い込んでくる始末となった。 ここに到りて、欧州人のウィルソンに対する憤…

浅間嶺紀行

高い山はこちらが登れば登るほど、高く見える ―生田春月― 浅間嶺はいい山だ。 歩いていて、ひどく落ち着く。 本日、好天をもっけの幸いとして、この東京都・奥多摩山域南部に位置する903mの山に登って来た。 払沢の滝方面から入り、浅間尾根登山口へと抜ける…

我ガ代表堂々退場ス ―1919年、イタリアver. 前編―

よくよく思い合わせてみれば、パリ講和会議が開かれてから今年でちょうど100年である。 折角なので、もう少しこのあたりのことどもについて語りたい。 そう思ったとき、ふっと頭に浮かんだのが、題名に据えた伊国全権ヴィットーリオ・エマヌエーレ・オルラン…

煉獄の情景

とある識者に、 「全ヨーロッパをバルカン化するつもりか」 と吐き捨てられた悪名高きヴェルサイユ条約が成立してから、そう間を置かずしてのことである。ウィーンの映画会社にとんでもない商談が持ち込まれた。 なんと、自分が自殺する一部始終をフィルムに…

渋沢栄一と中華民国 ―なんら効果の見るべきものなし―

渋沢栄一が『論語』の愛読者であったのは広く知られたところであり、病状悪化し床の中で過ごす時間が増えてからは、『論語』を記した屏風をつくらせ、それにぐるりと取り囲まれて徒然なる病臥の時間を慰めたとか、いよいよ瀕死というときに陶淵明の辞を口ず…

渋沢親子とメトロポール

年々開かれる国際労働総会。その第二十回目に渋沢正雄(しぶさわまさお)が日本の雇用者代表として出席したときのことである。 国際労働総会を主催する国際労働機関(ILO)は1920年の夏以降、本部をジュネーブに置いている。当然総会の開催地も此処であり、…

渋沢栄一演説小話

新紙幣のデザイン草案が発表されて以来の流行りに、ここはひとつ便乗したい。最高位たる一万円札の肖像に選ばれ、すっかり「旬の人」になった渋沢栄一子爵について、わずかながら私の知り及ぶところを開陳しようと思うのだ。 翁の永眠より遡ることおよそ二年…

加速する文明 ―クラークの第四ミレニアム―

ハンニバルがアルプスを越えた時と、ナポレオンがアルプスを越えた時とで、欧州の文化に変りはない――。 その昔、知識人の間でよく口の端にのせられた論説である。 正確な見立てと評していい。変ったのはその直後、蒸気と電気の応用・利用が本格化して以降の…

神戸挙一伝 ―二束三文―

【▼▼前回の神戸挙一伝▼▼】 正直に心情を吐露すると、私はこの神戸一郎という男が、だんだん気の毒になってきた。 ここまで散々彼の愚昧ぶりを書き立ててきたが、実はこの段階に及んでも、彼が犯した失態の総量、その半分にやっと届くかどうかである。一郎の…

叛逆に失敗した男 ―生田春月―

弱者はその弱さゆえに強さに憧れる。そこに自己嫌悪が生まれ、自己叛逆が行われる。「自分に打ち勝つ」とは、畢竟この一連の経過の繰り返しに他ならない――生田春月は、そのように私に示してくれた。 これほど納得のいく解剖例を他に知らない。流石は春月、慧…

『隻狼』プラチナトロフィー獲得に寄せて

四月十日夜半、『隻狼』プラチナトロフィーに到達。 プレイ時間を確認すると、67時間38分49秒であった。 ひと段落ついた今、本作を振り返って特に印象深いステージは何処かと問われれば、やはり「源の宮」をいの一番に挙げるだろう。 なにしろそれまでの殺伐…

暗殺雑考 ―南京事件と阿部守太郎・後編―

思いもかけず前中後の三部構成になってしまったこの稿も、そろそろ終わりが近付いてきた。 表題に起用させていただいた阿部守太郎政務局長は既に逝かれた。あとに残すは暗殺の実行犯たる岡田のみ。この男の始末をつけて、ひとまず幕を下ろすとしよう。 岡田…

暗殺雑考 ―南京事件と阿部守太郎・中編―

【お詫びと訂正】 前回の記事に於いて、阿部守太郎氏の役職を誤って表記したことをお詫び致します。 政務次官ではなく、正しくは政務局長でした。 誤った情報の発信を心の底から猛省し、以後の再発防止に努めたいと思います。 誠に申し訳ありませんでした。 …

暗殺雑考 ―南京事件と阿部守太郎・前編―

大正二年八月二十一日、第二革命の真っ只中にある支那に於いて、袁世凱率いる北軍に日本の将校が拉致された。 事件の起きた場所に因んで、漢口事件と呼び習わされる一件だ。被害に遭ったのは中清派遣隊付歩兵少尉、西村彦馬。少尉は拘束された後、軍服を剥が…

赤露のやり口

以前触れた松波仁一郎について、もう少しばかり語りたい。 昭和六年、彼は欧州歴訪の旅に出た。 航空機による移動が今日ほど身近でなかった時代である。松波の旅路は日本海を越えて大陸に渡り、北上してシベリア鉄道に乗車、広漠たるロシアの大地を横断し、…

夢路紀行抄 ―理解を絶す―

夢を見た。 わけのわからぬ夢である。 まず、私は湿地帯を彷徨っていた。曲がりくねった木が生い茂り、日中でも薄暗く、足元の泥濘はいちいち膝下までずっぽり埋まる、これ以上の難路にはちょっとお目にかかれないであろう場所である。 出没する生物も酷い。…

大正天皇の大御心

次の元号、「令和」が世に公表され、皇位継承も間近に迫った今日このごろ。今だからこそ、触れておきたい話柄がある。 遡ることおよそ100年、大正天皇と皇室費に関することだ。 まず、皇室費とは何かからはじめよう。ざっくばらんに述べてしまうと、天皇皇后…

天より高きは人の意志

ドイツの古い諺である。 表題のことだ。 正確には、『山は高し、然れども山よりも高きは天なり。天は高し、然れども天よりもなお高きは人の思想なり』。ビスマルクやニーチェを生んだ彼の国らしい言辞であろう。 永井柳太郎はこの古諺を好み、殊に教育問題を…

暗殺雑考 ―「今太閤」、伊藤博文―

山縣有朋はその晩年、己が死期の接近をそれとなく悟るところがあったのだろう、頻りに往年を回顧しては、 「ああ、伊藤は羨ましい死に方をした」 とこぼしたと云う。 大日本帝国海事法学の創始者、松波仁一郎の証言である。1899年に開催されたロンドン万国海…

釈迦と尊徳 ―奇蹟を否定した男たち―

二宮尊徳の逸話に次のようなものがある。ある日客人があって、その人から念力で不治の病が癒えたとか、神のご加護で大豊作が齎されたとか、その種の所謂奇蹟の話を聞かされたときのことだ。尊徳はまず、 「なるほど、それは結構なことだ」 と、もっともらし…