穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

渋沢栄一と中華民国 ―なんら効果の見るべきものなし―

 

 渋沢栄一論語の愛読者であったのは広く知られたところであり、病状悪化し床の中で過ごす時間が増えてからは、『論語』を記した屏風をつくらせ、それにぐるりと取り囲まれて徒然なる病臥の時間を慰めたとか、いよいよ瀕死というときに陶淵明の辞を口ずさんだとか、その入れ込みぶりを証明するエピソードは数多い。


 ところで、この『論語』仕立ての屏風の中で身を横たえていたときである。渋沢翁は珍しく、家人に対してひどく弱気な発言をした。


「自分は日米親善という事には相当微力を尽くした。そして微力の幾らかが現れて居るようにも思われる。また中華民国に対しても自分は日本と相並んで、東洋に於ける二つの大なる民族として、互いに理解し相提携して国際場裡に進出すべきであり、東洋の隣邦として日支親善ということにも、及ばずながら力を尽して居った。しかしどうもこの方は自分の力が足りないのか、なんら効果の見るべきものなきは誠に遺憾に思って居る」


 この発言は重大である。
 渋沢栄一といえは日華実業協会の会長であり、それ以外のところでも、例えば中国からの留学生に手厚い支援を施したりと、とにかく両国間の親善のため多年に亘って骨を砕いてきた人だ。


 二十世紀最悪の自然災害とまで称される中国大洪水に際しては、日本人の同情心を喚起するため度々ラジオを通じて呼びかけて、なんとこれが永眠する二ヶ月前の九月六日まで続いたのである。
 わが身を顧みぬにもほどがあろう。巨大な感動の渦が巻き起るのも当然だった。
 甲斐あって、中国の罹災者を支援するため、国内各地から糧食や衣服やその他雑多な日用品の数々が集まり、船に乗せられ輸送される運びとなる。


 が、日本が差し伸べたこの掌に、中国は痛棒を以って報いるのである。

 

 こともあろうに蒋介石率いる南京政府はこれら支援物資を無用と断じ、受け取りを頑なに拒絶して、にわかには信じ難い話だが、港に積み下ろすことすら許さずに、とっとと帰れと手酷く突っ撥ねてのけたのだからたまらない。

 日本国民は激怒した。

 これまた蓋し必然である。


 中村大尉殺害事件万宝山事件があまりに衝撃的過ぎて、ともすれば埋没しがちであるものの、これとて日中間の感情がどれほど抜き差しならない領域にまで達していたか、如実に物語る事件だろう。


 一触即発、宣戦布告寸前と評してしまって構うまい。
 渋沢翁が駄目だこりゃあと絶望の呻きを漏らすわけである。


 近しい例では今年の二月にベネズエラが国際支援物資の受け入れを拒絶している。背景にあったのは、主に米国への反撥だ。マドゥロ大統領は「われわれは物乞いではない」と述べ、この措置に反対して抗議の声を上げた国民に対しなんと発砲、強引に鎮圧を図り、結果二名の死者まで出した。


 しかし中華民国は日本以外の国からの支援は大喜びで受け入れた。ベネズエラとはそこが違う。


 まだある。
 国民の反応である。
 上述の通りベネズエラではマドゥロ大統領の措置に国民は反発を示したが、蒋介石はこの行いで称賛された。彼の名声はうなぎのぼりに上昇し、特に血の気の多い学生からの歓呼の声は無上であった。

 

 

蔣中正總統玉照

 


 まあ、散々日貨排斥を絶叫し、小学校の教科書にまで、


 ――戦死するとも日貨を買わず、日貨を買うものは国民の敵なり。


 と記載させた蒋である。
 1929年の編遣会議の席上で、


我が国の国際的地位を急速に向上せしめ、一躍世界の一等国に伍するには、日本の前例に照らし、外戦によるよりほかはない。それには種々なる理由からして、最も手近な日本を討ち破るのが最も有効かつ賢明な方策である


 と演説した蒋である。
 もしここで言行一致を欠き、日本に対して軟化すれば逆に彼の首が危うくなる。下手をすれば物理的に肩から離れていた公算大で、ある意味やむを得ぬ措置という側面もあったろう。 

 

 


 渋沢翁はこうした中国の実情をみて、


 ――自分の力が足りなかったか。


 と慨嘆したが、冗談ではない。
 渋沢栄一に不可能ならば日本人の誰にも無理で、それは・・・実際・・そうだった・・・・・同文同種だの一衣帯水だのと幾ら見目麗しい言辞を弄したところで、なんの効果も得られなかった。失ったものばかりただ多く、何一つとして得るところはなかったのだ。


 中国は徳を以て国是となし、三民主義を以て理想となし、蒋介石は日本軍民に対し報復せずと宣言せるも、之等何れも真っ赤な嘘である。現に広東に於ける戦犯審判の実情は明らかに血を以て報ゆる。
 この思想を一歩も出ず徹底的な報復裁判に終始し、遂に戦犯大屠殺の暴を敢へてしてゐるのである。嗚呼斯くして亜細亜に於ける日支両国民族の提携はいつの日であろうか。永遠に断じてあり得ない。只血の対立あるのみ。然らばこの責任は日支何れが負ふべきか、勿論、中国の負ふべき当然の帰結であり、日本は武器を投じて中国に降ったのである。中国自ら死屍に鞭打ち、窮鳥を射、以て日支提携を大きく拒んで居るのである。(『殉国憲兵の遺書』167頁、市川正いちかわただし陸軍憲兵大尉遺書)


 結局のところ、茅原華山の大陸放棄論が正しかったということだろう。渋沢栄一を以ってしても箸にも棒にもかからぬ相手、それが「中華」という存在なのだ。

 

 

現代語訳 論語と算盤 (ちくま新書)

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