穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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加速する文明 ―クラークの第四ミレニアム―

 

 ハンニバルがアルプスを越えた時と、ナポレオンがアルプスを越えた時とで、欧州の文化に変りはない――。


 その昔、知識人の間でよく口の端にのせられた論説である。
 正確な見立てと評していい。変ったのはその直後、蒸気と電気の応用・利用が本格化して以降のことだ。
 鉄道、電信、電話にラジオ、自動車、電燈、あまつ航空機の出現と、立て続けの発明とそれに伴う文化の発達ぶりときたら、なにか、どこかの堰が切れてしまったかのような錯覚を目撃者に与えずにはいられない、激甚この上なきものだ。


 極めつけは欧州大戦の勃発だろう。「発明王トーマス・エジソン終戦後にしみじみと、


 ――この戦争で、人類の歴史は一気に250年跳んだ。


 と述べたそうだが、ではその後に経験した二次大戦と冷戦で、人類史が跳ばした時間はいったいいくらか。


 文明の加速はますます以って白熱し、もはや制御なぞ夢にも及ばぬ。私はこのご時世に生まれ合わせた幸運に、心の底から感謝したい。

 

 


 かつてアーサー・C・クラークは、その著書『3001年終局への旅』にて未来世界の容量事情をこう描写した。第四ミレニアム以後ではペタバイトが標準となり、それ以下の単位――我々が現在汲々としているメガ、ギガ、テラ――などはすっかり忘れ去られてしまう。人間が一生のうちに経験するいっさいがっさいを記録するには、それで充分なのだ、と。


 そして、そのペタバイトを格納する記録媒体というのが、これがまたスマートフォンにそっくりなのだ。

 


「いまの短いサンプルでも、とてつもない情報量があるはずだ。どうやって格納するんだ?」
「この小板タブレットの中だ。あなたの時代の視聴覚システムで使っていたのとおなじだが、容量ははるかに大きい」
 ブレインマンは小さな四角い板をプールに手わたした。ガラス様のものからできていて、片面が銀色をしている。彼の若いころのフロッピーディスクとよく似ているが、厚さが倍ほどもあった。斜めにしてひねくりまわし、その透明な内部を調べようとしたが、ときおり虹色に光るものが見えるだけで、あとは収穫はなかった。(60頁)

 


 このプールというのは2001年、ひょんなことから冷凍状態に陥って以来1000年に亘って宇宙空間を彷徨い続けていた人物で、本作の主人公にあたる。このあたりの詳しい消息は、ぜひとも実際に本書を手に取り読んで知ってみて欲しい。出来ることなら、『2001年宇宙の旅』から続くシリーズ総てを。


 そうするだけの価値は、確かにあると信ずるゆえに。

 

 

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 AIの進化と実用化に代表されるここ最近の文明の進歩は、あながちクラークの空想を、単なる空想で終わらせないような向きがある。ひょっとすると、来るのではないか。あの巨匠が描いたような、未来社会の実現が。彼の名が預言者として認識される、そんな日が――。


 ここはひとつ、ぜひとも健康に気を遣い、長命すべく心がける必要がある。

 そうすれば、きっと死ぬ間際には見られるだろう。ペタバイトが標準となり、仮想現実ドリームマシンが一般化され、人類の活動領域が星間レベルにまで著しく拡大される――そんな第四ミレニアムの黎明を。

  

 

3001年終局への旅 (ハヤカワ文庫SF)

3001年終局への旅 (ハヤカワ文庫SF)

 

 

 

 

 
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