穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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2019-03-01から1ヶ月間の記事一覧

いろは歌和讃 ―声に出して読みたい日本語―

神保町にて、面白いものを手に入れた。 経典である。 肉厚の和紙を繋ぎ合わせて屏風の如く折り畳み、墨痕淋漓と記されたのは仏道に関するあれやこれや。紛れもなく経典であろう。 ただ、この経典が一風変わっていることは、まず装丁が皆無な点が挙げられる。…

神戸挙一伝 ―白石正一郎との比較―

【▼▼前回の神戸挙一伝▼▼】 ついでながら、筆者はこの神戸一郎によく似た男を思い出した。 下関の白石正一郎がそれである。 彼が平田国学の徒となって勤王の志に目覚めたのは四十を過ぎてからのことであったが、その熱心さは最も血の気の多い青年層と比べたと…

『隻狼』戦績

3月28日深夜、『隻狼』エンディングに到達。 プレイ時間、37時間4分21秒。 噂に違わぬ、常軌を逸した難易度だった。 こころみに、各ボスを斃すまで何度の死を重ねたか列記しておく。当然ながら重大なネタバレを含むため、注意されたし。 鬼刑部――――――初見撃…

チャウシェスクとチェンバレン

チャウシェスクの末路を眺める度に浮かぶのは、チェンバレンの逸話である。 ナチよりも共産主義こそ脅威度は高しと判断し、1930年代イギリスのナチス・ドイツ宥和政策を主導した、ネヴィル・チェンバレンのことではない。その父親、ジョゼフ・チェンバレンに…

死域の立ち合い

狼の旅は未だ途上、葦名の雪が漸く深さを増した段であるが、それでも見えてきたものがある。 真に恐ろしい時こそ前に出よ。一撃で体力の大半を吹っ飛ばされる、嵐の如き敵の猛攻のさ中へ踏み込むのは奥歯が鳴るほどおそろしいが、だからといって心が萎縮し、…

「セキロ」の音から浮かぶもの

正直に告白すると、「セキロ」と聞いていの一番に私の脳裏に奔るのは、「赤露」の二文字に他ならなかった。 赤露――赤色ロシア、すなわちソヴィエト連邦の古い呼び名だ。理由はわかりきっている。このような本を読み漁った影響だろう。 この固定観念をこなご…

夢路紀行抄 ―バイオハザード―

夢を見た。 死人が動いて死人を増やす、所謂バイオハザードチックな夢である。 グロテスクだが、しかしそれ以上の問題は、私がその病原菌を売り捌いて金を得る、所謂元凶的立ち位置に居たことだろう。 さりとて断言しておきたいのは、あの日、あの街で発生し…

一日千秋・待望の時

私のフロム・ソフトウェアとの付き合いは長い。高校生の頃、たまたまブックオフのゲームコーナーで『アーマード・コア3 サイレントライン』(ps2)を手に取って以来の仲である。 まあもっとも、当時の私にはサイレントラインはあまりに難易度が高すぎて、未…

墓場と学校

私の通った学校は、どういうわけか小中ともに墓地と隣接して建っていた。 「もしや、鬼門封じではあるまいか」 中学生といえば、そちら(・・・)方面の(・・・)知識に対して大きく興味が傾く時期だ。 私だけが例外に在れた筈もなく、こんなことを真顔で友…

神戸挙一伝 ―そして没落へ―

【▼▼前回の神戸挙一伝▼▼】 相手の腹の中身を知らず、白い脂肪の中にどれほど黒い本心を包み隠しているのか覚らず、ただ上っ面だけを信じて生きて行けるというのはある意味幸福なものである。 もっとも、すべての攘夷浪士がそうした口と腹の一致せぬ、破落戸…

夢路紀行抄 ―不立文字―

「真理は口にした瞬間真理でなくなる。一切はこれ不立文字――」 そう叫び、みずからの喉を掻っ切った男がいた。 今朝の夢の中に、である。 迸る鮮血を浴びながら、ああ、とうとうやってしまったか、遺族にどう説明すりゃいいんだ阿呆垂れめ、と頭を抱えたとこ…

神戸挙一伝 ―布袋の化身―

【▼▼前回の神戸挙一伝▼▼】 勤王の志士とは、字面だけを眺めたならばこれほど麗しい文句もないが、しかし同時にその実態をあらってみると、これほどいかがわしい人間集団というのもまた珍しい。 おそらくは、「志士」を名乗ることによって得られる特典が大き…

偉人英雄女性化作品肯定論者・矢野龍渓

矢野龍渓の『出たらめの記』こそは、まさに随筆らしい随筆だ。 詩歌、伝承、修身、謡曲、経済、風流、笑話に史論と、ありとあらゆるジャンルを網羅して、しかもそれらが纏まりなく雑居している。18世紀イギリスに存在した極端な女嫌いの紳士の話をしたかと思…

夢路紀行抄 ―気の病―

夢を見た。 現在腰を据えている、このアパートのトイレの電球がさかんに明滅を繰り返し、最終的にはブレーカーを落としてもそれが治まらなくなる夢である。 緑色に輝いている瞬間もあったように思う。 私には軽度の強迫性障害のケがあって、たとえば夜布団に…

神戸挙一伝 ―尊王攘夷と父一郎―

【▼▼前回の神戸挙一伝▼▼】 栄八の息子――すなわち挙一の実の父親――は一郎という、何の変哲もない名の持ち主で、才覚の方も名前と同じく、至って凡庸な人だったろう。 が、気質と才覚とはどうやら別物であるらしい。彼は極めてオクタン価の高い血を、その皮膚…

神戸挙一伝 ―祖父栄八―

山梨県南都留郡(みなみつるぐん)東桂村(ひがしかつらむら) という行政区分は既にない。1954年、町村合併により都留市が発足したとき廃止となった。 都留市の航空写真を大観するに、ざっと4分の3は山ではないか。 御坂山地と丹沢山地に挟まれた甲斐の国で…

甲州の雄・神戸挙一

神戸挙一(かんべきょいち)の名は、その郷里に於いてさえほとんど忘れ去られた観がある。 星も墜ちれば石となる。かつては暁天の星と仰がれ、どこの家でもその子弟を教育するに、 ――勉強して、神戸サンみたく偉くなるだよ。 と言い聞かせたものであったが、…

重工業王・鮎川義介 ―フリーハンドで正三角を描く男―

東京帝国大学工学部を卒業後、大叔父たる井上馨に三井財閥入りを強く奨められておきながら、敢てこれを蹴り飛ばし、何の変哲もないただの単なる一職工として芝浦製作所に入社――。 これは少年漫画のあらすじではない。 歴とした、実在の男の足跡である。 名を…

夢路紀行抄 ―はちあわせ―

夢を見た。 海に沈む夢である。 といっても、別段海難事故に遭ったとか、そういう負の事情に依るのではない。ヒレだのゴーグルだのボンベだのと、きちんとダイビング用の装備を整え、万全を期した上でのことだ。 その海域で発見された、新種の海洋生物を撮影…

諧謔世界笑話私的撰集 ―職業・金銭・その他諸々―

変った答 一人の書記「君の会社では何人働いて居ます」 もう一人の書記「ざっと申しますと、総人数の三分の一」 何となれば 教会堂の前の掲示板に日曜日の晩の説教の題が張出してある。其中に「何故に悪人は生存するか」と云ふのがあった。近くへ寄ってよく…

諧謔世界笑話私的撰集 ―罪人・弁護士・医者―

裁判所 「此頃英国から御帰朝でしたか。彼国(あっち)の裁判所は大層よく整ってゐるさうですが、ご覧になった事が有りますか」「はい。ええ、ですがたった一度きりです。それもほんの少々ばかりの罰金で済みました」 真平々々 新聞記者少し遅れて法廷に来た…

諧謔世界笑話私的撰集 ―男と女・夫婦関係―

昔と今 妻「あなたは私があなたの生活の光明であるとおっしゃったじゃありませんか」 夫「うん、けれどもその時はその光明を出させるのにどの位費用が要るといふ処に気が付かなかった」 没理家(わからずや)なればこそ 妻「お前さんの様な理屈の分曉(わか…

諧謔世界笑話私的撰集 ―酒―

大酒 「何故貴様は大酒を飲むのだ」「酒の中へ苦労の種を沈めて殺さうと思ひまして」「ふう、何か、それで殺し果(おお)せたか」「ところが彼奴らは泳ぎを知って居るか、浮いて廻って沈みませぬ」 乞食とウイスキー 紳士「お前の親爺は何故働かないで乞食な…

諧謔世界笑話私的撰集 ―偉人・政治家・芸術家 其之弐―

答禮 ヴォルテールとピロンの二人が或貴族の別邸に招かれて逗留中、一日(あるひ)の昼過に二人が激論をした後で、ヴォルテールは急に談敵(あひて)を棄てて森の中へ散歩に出て行った。 ピロンはこの振舞を快からず思ひ、ヴォルテールの部屋へ行って、戸の…

諧謔世界笑話私的撰集 ―偉人・政治家・芸術家 其之壱―

禁制品 ナポレオン一世が欧州大陸輸入条例を発布した当時、一日(あるひ)或村を通りかかると、其処の牧師の家で頻に珈琲を炮っていた。 ナポレオン烈しい聲で「何だ、禁制品ではないか」 牧師「さればこの通り焼いて居ります」 長談議の返報 むかしサモスの…

頭脳の柔軟剤 ―和田萬吉が残したもの―

日本人にはユーモアのセンスが欠けている、と俗に云う。 こいつらはどいつもこいつも樫の木みたく固く曲がらぬアタマの構造を持っていて、洒落と云うものを一向解さぬ。どころか逆に糞真面目を美徳と考えている節があり、それゆえ解す努力すら払おうとせぬ、…

歴史に名を残した鶏肉屋 ―シェクター判決―

確か小学生の頃だと思う。学校図書館で本を借りた。 近代史の流れを、漫画で表現した本である。「暗黒の木曜日」だの「世界恐慌」だのといった一連の単語に初めて触れたのはこの時だ。 漫画であるだけに、子供の脳には焼き付きやすい。以降長期に亘って、フ…