穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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諧謔世界笑話私的撰集 ―偉人・政治家・芸術家 其之弐―

 

答禮


 ヴォルテールとピロンの二人が或貴族の別邸に招かれて逗留中、一日あるひの昼過に二人が激論をした後で、ヴォルテールは急に談敵あひてを棄てて森の中へ散歩に出て行った。

 ピロンはこの振舞を快からず思ひ、ヴォルテールの部屋へ行って、戸の表面おもてに『悪漢』と書いて置いた。小時しばらく経ってヴォルテールは帰って来てピロンを訪問たずねた。ピロンは慇懃に之を迎へて、
「どういふ風の吹き廻しで君は此処へ来たのかね」
 ヴォルテール「今僕の部屋へ戻ったら、君の名刺が戸に貼ってあったので、早速答禮に来たのさ」

 

 

 

哲学者の美食


 デュラー公、哲学者デカルト厚味こうみで贅沢極る膳部を賞翫して居るのを見て嘲弄する気になり、
「いやあ、哲学者たちでもさういふ美食をするのか」
 と云ふと、デカルト
「閣下は自然は唯莫迦者の為にばかりあらゆる良い物を作ったとお考へなさいますか」

 

 

 

何でも出来る人


 ルイ十四世、自作の詩二三首をボアローに見せて、批評を求められた。其時ボアローの答
「陛下は何一つお出来にならぬ事は御座りません。拙悪まづい詩をお作りにならうと思召せば、すぐ此通りに出来上がります」

 

 付記ボアローは17世紀フランスの古典派詩人。辛辣な批評家でもあり、如何なる権威にも臆することなく噛み付いたと云う。

 

 

 

音楽の響方ひびきかた


 ドイツの音楽家ヘンデルが住居をロンドンに定めてから四五年の間は財政上非常の難儀を見た。彼が歌劇は一向世間に受けられず、劇場はいつも空席ばかりであった。余りの事に一座の者どもが愁訴すると、彼は次の様に答へて慰めた。
いりの少い事を気に掛けるには及ばない。結句音楽の響方がいではないか」

  

 

 

今日までは


 フランスの一官吏がウィーンの宮廷に到着した日に、オーストリアの女皇が引見して、かねがね評判の高い仏国の某内親王は真に大陸一の美人であるかと訊ねられた。仏国人、
「今日までは小官も左様に信じて居りました」

 

 

 

一人にて満足


 ナポレオン三世の朝廷で、或女官がシャムの公使を掴まへて、同国に一夫多妻の風習のあることを非難した。公使答へて曰く、
「若しシャムに貴女の様な美人が有りさへすれば、我々は唯一人の妻で満足します」

 

 

 

得意は夢の間


 仏国の紳士、一日あるひ多人数の盛な宴会に出席した時、交際社会の花と謂はれるレカミエ夫人とスタール夫人の間に坐らせられた。
 紳士大得意になって、
「何と云ふ幸運だらう。拙者は此通り英才と美形の間にはさ まれてゐる」
 と云ふと、英才にあたるスタール夫人すぐに其後に附いて、
何方どちらも無しにね」

 

 付記・私の場合スタール夫人と聞くと、どうしても長谷川哲也氏の漫画版『ナポレオン』に於ける彼女の像が浮かんできて振り払えない。漫画の力はつくづく偉大だ。
 あの2.5頭身なら確かにこの程度の皮肉、シャアシャアと飛ばすに違いない。

 

 

 

 


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