穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

神戸挙一伝 ―そして没落へ―

 

【▼▼前回の神戸挙一伝▼▼】

 

 

 相手の腹の中身を知らず、白い脂肪の中にどれほど黒い本心を包み隠しているのか覚らず、ただ上っ面だけを信じて生きて行けるというのはある意味幸福なものである。


 もっとも、すべての攘夷浪士がそうした口と腹の一致せぬ、破落戸ごろつき紛いのろくでなしだったわけではない。


 圧倒的に多いとはいえ、あくまで「圧倒的」なのだ。玉石は常に混淆している。赤心から至誠に燃え、本気で国事に奔走する者とて稀少ながら存在していた。
 そういう比較的真っ当な志士の一人が、あるとき神戸の家を訪れた際、たまたま庭先で遊んでいた挙一少年を一目見るなり、ひどく感心し、


 ――これは尋常一様な器ではない。


 頬に血を差し昇らせて、誰にともなく呟いたという。
 人相見が、学問として大真面目に研究されていた時代である。
 あながち有り得ない話ではないだろう。後世からの牽強付会と単純に切り捨てるわけにはいかない。この志士はよほど挙一を見込んだらしく、暫くこの地に脚をとどめて、彼に「学問」の手ほどきを授けていった。

 

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 この時代の「学問」である。知識を詰め込み理知の発達を図るより、四書五経、聖賢の言葉を基にした、人格の陶冶がその主要目的を占めている。


 およそ全ての教育事業に言えることだが、生徒をして教師の人柄に魅力を覚え、進んで師事するように導かねば到底教育の効など挙げられるものではない。特に道徳・修身の如き、感化を不可欠とする分野に於いてをや、だ。


 その点で、この志士は充分水準を満たしていた。なにしろ自分一個の命さえ、いつ幕吏の手にかかって失われぬとも限らない身だ。いわば、死を日常のものとして常に身近に置いている。


 こういう心理的状況下では、得てして他の命に対する愛おしみが強まるものだ。況してやそれが、無限の可能性を予感させる子供に対してならばなおのこと。もはや言語比喩の及ぶ限りでないだろう。
 そして子供とは、存外感応力に優れたものだ。目の前の大人が自分を好いているか嫌っているかはすぐに伝わる。挙一もまた、志士が自分に懸ける想いの丈を直覚した。

 

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 この志士の名も、その後の行方も残念ながら伝わっていない。
 おそらくは、果てしなく加速する風雲の中に斃れたのだろう。
 そういう無銘の屍が、山と積み重なって拓かれたのが「明治」という時代であった。


 だが、彼の教えと志とは、確かに神戸挙一に継承された。


 実際問題、このときの薫陶がなかったならば、その後待ち受ける艱難辛苦の連続に、果たして挙一が耐え得たか、どうか。よしんば耐えたとしても、本来の高潔さを失って、よほど心根のひねた・・・大人になっていたに違いない。そう確信せずにはいられないほど、彼の辿った没落の過程、赤貧まみれの地獄道は苛酷極まるものだった。


 信念。
 処世訓。
 人の上に立つ資質。
 挙一少年をして後の財界人・神戸挙一たらしめた数多の要素は、まったくこの時期に涵養されたといっていい。


 そう考えると、父・一郎の散財もまるで無意味な行いとは言い切れないのか。
 いやしかし、教育費と呼ぶにしては、一郎が支払った金額はあまりに巨大に過ぎたであろう。


 本来ならば、人生を5回は遊んで暮らせたはずだ。


 先代の力量が、如何に抜きん出ていたかが偲ばれる。
 が、栄八の手腕を以ってしても、一郎の愚かさ――もはやそうと呼ぶ以外、筆者には適当な言葉が見当たらない――を償いきるには及ばなかった。

 


 やがて、当然の結末が来た。

 


 戊辰の煙も漸くおとろえ、戦火の中から明治政府が圧倒的な存在感を以って屹立するころ、神戸の財はとうとう尽きた。
 一郎が、安穏たる想念上の陶酔境から引き摺り出され、寒風吹きすさぶ現実の荒野に放り出される日が、ついに到来したのである。

 

 

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