穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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私的撰集

『現代世相漫画』私的撰集 其之壱

ここに『現代世相漫画』という古書がある。 発刊は、昭和三年三月十五日。 その名の通り、当時をときめく漫画家たちが筆を集めて存分に社会風刺を加えた本だ。 そう、漫画で以って日本社会を風刺したのはひとりビゴーのみにあらず。 日本人による、日本のた…

続・いろは歌撰集

▼▼▼前回の「いろは歌撰集」▼▼▼ い 出や此世に生れては ろ 露命も僅か朝顔の は 花の盛りも僅かなり に 憎き可愛ゆき薄きうち ほ 恣(ほ)しき憎きの薄きうち へ 片時も油断すべからず と 兎に角勇み読書(よみかき)は ち 力づくには行かんぞよ り 利口の人…

生臭坊主の化け医者遊び

織田信長が比叡山を焼き討ちした際、突き殺されて炎の中に投げ込まれた死体の中に、数百の女子供が混じっていたのは有名な話だ。 多くの聖域がそう(・・)であるように、王城の鬼門封じに相当する至高至尊のこの巨刹にも、女人禁制の結界が張られているはず…

稲葉厵隣の「いろは歌」 ―古本まつりの収穫物―

目下開催中の第60回神田古本まつりに於いて、良書を得た。 昭和九年刊行、羽太鋭治著、『浮世秘帖』なる本である。 本の概要や著者の経歴などはまた別の機会に譲るとして、今回特筆大書しておきたいのは、この中に掲載されている「いろは歌」についてこそ。 …

「真情春雨衣」都都逸撰集 ―発禁指定の江戸艶本より―

ここに『未刊珍本集成 第四輯』なる本がある。 昭和九年印刷。その名の通り、発禁を喰らい世に出ることを許されなかった書籍を集めた本である。 はて、ならばこの本とても発禁を喰らって然るべきではないかと当然の疑問が持ち上がるが、何のことはない、奥付…

都都逸撰集

赤い顔してお酒を呑んで今朝の勘定で蒼くなる 人の営みの普遍性に感じ入るのはこういうときだ。人間とは似たような愚行を性懲りもなく重ねつつ、歴史を編んでゆくものらしい。 人情の機微を赤裸々に、しかも陽気に表現する術として、都都逸(どどいつ)は川…

『柳樽』川柳私的撰集 ―其之弐―

里のない 女所(にょうぼう)は井戸で 怖がらせ 井戸をどうやって脅しの道具に使うのかというと、こういう次第だ。 まず、袂に重そうな石をどっさり詰め込む。 身がずっしりと重くなったところで、次に井戸の縁に腰を下ろして体を揺らし、今にも落下しかねな…

『柳樽』川柳私的撰集 ―其之壱―

日本人はユーモアセンスの欠落した民族である。そんな指摘を事あるごとに耳にするが、私はこれに賛同できない。 何故なら、川柳というものがある。 痛烈骨を刺す諷刺をたった十七文字に凝縮させて、しかも軽妙洒脱な爽快さを失わない川柳という文芸は、まっ…

「方言歌」撰集 ―熊本・大島・飛騨・出雲・長崎―

雲州にては人の来たりたるをキラレタといふ語習がある、同国人或る地方に在勤し、県知事汽船にて来着せるを県庁へ打電して、「イマ知事汽船ニテキラレ」と伝へたる為に、大いに県庁を騒かしたといふ(『日本周遊奇談』330頁) 電報にまつわる奇談である。 確…

わらべうたに顕れたる幼さゆえの残酷さ ―生田春月の童心論―

蝙蝠こ蝙蝠こ汝(にし)が草履(ぢょうり)はくそ草履俺が草履は金(かね)草履(ぢょうり)欲しけりゃ呉れべえや およそ一世紀前、明治・大正の昔。 鄙びた地方の子供たちは、こう歌いつつ下駄や草履といった履物を蝙蝠めがけて蹴り飛ばしていたという。 歌…

「数え唄」撰集

一にいづめられ 二に睨められ 三にさばかれ 四に叱られて 五にごきはぎ洗ひすすぎさせられて 六にろくなもの被せられないで 七に質屋にちょとはせさせて 八にはづかれ 九にくどかれて 十にところをほったてられた 青森県は弘前に歌い継がれる数え唄。「津軽…

『殉国憲兵の遺書』辞世撰集 ―英国編・其之弐―

新世(あらたよ)を固めなすべく吾も今戦友(とも)を慕ひてなき数に入る 仇風に露と消(け)ぬるはいとはねど心にかかる妻の行末 たよるべき杖と柱を失ひしいとし妻子の道は険しき われ逝きて妻のはぐくむ一人児を護りましませ天地の神 わが妻の哭きになき…

『殉国憲兵の遺書』辞世撰集 ―英国編・其之壱―

汁粥の乏しき糧に身は細り分ちかねけり鉄窓(まど)の雀に ますらをは弓矢のほかの憂き日にも国を念ひて心揺らがじ 皇国ののちの栄えを祈りつつ御勅かしこみ処刑場に立つ 国の為つくせし事のあだ花と散り行く我はあはれなりけり 靖国の戦友(とも)の御前に…

『殉国憲兵の遺書』辞世撰集 ―中国編・其之弐―

日の本はまぼろしの国夢の国なつかしの国還れざる国(陸軍憲兵准尉安藤茂樹、広東に於いて刑死) 戦後連合諸国が行った裁判とやらが、その実法もへったくれもない単なる感情任せの復讐行為であったのは既に常識と化しているが、中でも広東で開かれた「法廷」…

『殉国憲兵の遺書』辞世撰集 ―中国編・其之壱―

桜花笑って散らう国の為 大日本帝国陸軍憲兵曹長、小谷野正七(28)が北京に於いて銃殺刑に処される直前、最後に詠んだ詩である。 氏はこれを、ちり紙に書き付け辛うじて残した。 蒋介石は降伏した軍人に、遺書をしたためる紙すら与えなかったのかと思うと名…

諧謔世界笑話私的撰集 ―職業・金銭・その他諸々―

変った答 一人の書記「君の会社では何人働いて居ます」 もう一人の書記「ざっと申しますと、総人数の三分の一」 何となれば 教会堂の前の掲示板に日曜日の晩の説教の題が張出してある。其中に「何故に悪人は生存するか」と云ふのがあった。近くへ寄ってよく…

諧謔世界笑話私的撰集 ―罪人・弁護士・医者―

裁判所 「此頃英国から御帰朝でしたか。彼国(あっち)の裁判所は大層よく整ってゐるさうですが、ご覧になった事が有りますか」「はい。ええ、ですがたった一度きりです。それもほんの少々ばかりの罰金で済みました」 真平々々 新聞記者少し遅れて法廷に来た…

諧謔世界笑話私的撰集 ―男と女・夫婦関係―

昔と今 妻「あなたは私があなたの生活の光明であるとおっしゃったじゃありませんか」 夫「うん、けれどもその時はその光明を出させるのにどの位費用が要るといふ処に気が付かなかった」 没理家(わからずや)なればこそ 妻「お前さんの様な理屈の分曉(わか…

諧謔世界笑話私的撰集 ―酒―

大酒 「何故貴様は大酒を飲むのだ」「酒の中へ苦労の種を沈めて殺さうと思ひまして」「ふう、何か、それで殺し果(おお)せたか」「ところが彼奴らは泳ぎを知って居るか、浮いて廻って沈みませぬ」 乞食とウイスキー 紳士「お前の親爺は何故働かないで乞食な…

諧謔世界笑話私的撰集 ―偉人・政治家・芸術家 其之弐―

答禮 ヴォルテールとピロンの二人が或貴族の別邸に招かれて逗留中、一日(あるひ)の昼過に二人が激論をした後で、ヴォルテールは急に談敵(あひて)を棄てて森の中へ散歩に出て行った。 ピロンはこの振舞を快からず思ひ、ヴォルテールの部屋へ行って、戸の…

諧謔世界笑話私的撰集 ―偉人・政治家・芸術家 其之壱―

禁制品 ナポレオン一世が欧州大陸輸入条例を発布した当時、一日(あるひ)或村を通りかかると、其処の牧師の家で頻に珈琲を炮っていた。 ナポレオン烈しい聲で「何だ、禁制品ではないか」 牧師「さればこの通り焼いて居ります」 長談議の返報 むかしサモスの…

私的生田春月撰集 ―憂愁―

秋という単語から連想されるものはすべからく寂寥の色を帯びている。 それはそうだ、秋に心を添えたなら、もう愁(うれい)という字になるではないか。人をして感傷へといざなう万物の凋落時(ちょうらくどき)。春月は殊更にこの季節を愛したように思われる…

私的生田春月撰集 ―情熱・勇気・前進 其之弐―

すべての人に嘲られ罵られても、われは平然として、路上を行かん、昂然として。わが心には真珠あればなり。(昭和六年『生田春月全集 第二巻』、209頁) 血をもってその伝記の一頁一頁を染めて行け。中途にして、これを墨汁に換ふるべからず。(同上) 思へ…

私的生田春月撰集 ―情熱・勇気・前進 其之壱―

情熱・勇気・前進―― これらの単語は、一見春月とは無縁に映る。 だが春月にも、ニーチェが示した超人の姿を我と我が身に於いて実践せんと燃え立つ心があったのだ。 石うてば石も音する世にありてさはいつまでか黙(もだ)したまふや(昭和六年『生田春月全集…

私的生田春月撰集 ―厭世・悲観・虚無 其之肆―

人の一生は をかしなものよ、 平地の波瀾よ、 人の業(わざ) ヒョイと生れたら もう仕方なし、 千波萬波の 苦が走る。 やめろ、やめろよ、 人間様を、 やめたら人間 何になる。 佛になるか、 神になるか。 なんにもならぬ、 土になる。 (昭和六年『生田春…

私的生田春月撰集 ―厭世・悲観・虚無 其之参―

われ自らをいたんで云へらく、 あらゆる流行品の敵たること、 これわが運命なり、 わが誇りなり、 わが悲しみなりと。 ああ、流行にそむくこと、 流行に抗すること、 流行を憎むこと、 いまこそ、それはわが死である。 時代に逆行するものは、 時代に順応せ…

私的生田春月撰集 ―厭世・悲観・虚無 其之弐―

読むだけで気が滅入り、生きているのをやめたくなる詩句が延々と続く。 しかしこの、細胞が指先から徐々に死滅して行くような感覚が、段々と気持ちよくも感じられてきてしまう。 癖になるのだ、春月は。 憎まれて憎みてはてはのろはれて のろひてわれやひと…

私的生田春月撰集 ―厭世・悲観・虚無 其之壱―

このテーマこそ、生田春月の真骨頂といっていい。 太宰治の文学には――『斜陽』にも『人間失格』にも、主立つものには粗方目を通してみたけれど――さして影響を受けなかった私だが、春月の詩にはものの見事にやられてしまった。実に深刻な感化を受けた。 何故…

私的生田春月撰集 ―男と女・煩悩地獄 其之弐―

肉を底まで行けば 心にぶッつかる 心を底まで行けば 肉にぶッつかる。 それにぶッつからねば まだ徹せぬのだ。 なまぬるい恋、 恋とも云へぬ いろごとよ、 賢い人のする いろごとよ。 それは汚い どろどろのどぶ(・・)よ、 どぶ(・・)にもきれいな 花は…

私的生田春月撰集 ―男と女・煩悩地獄 其之壱―

男がえらく なる道は、 女にふられ、 だまされて、 コッピドイ目に あふだけよ。 女の笑ひと ながしめと、 甘い言葉の 猫撫聲で、 もてあそばれたら しめたもの。 それで男に なれぬなら、 そこでうかうか ほめられりや、 男の一生 臺なしよ。 浮世のことは …