ここに『現代世相漫画』という古書がある。
発刊は、昭和三年三月十五日。
その名の通り、当時をときめく漫画家たちが筆を集めて存分に社会風刺を加えた本だ。
そう、漫画で以って日本社会を風刺したのはひとりビゴーのみにあらず。
日本人による、日本のための、日本の風刺。その切り口も政治・経済・軍事から、モダンガールにモダンボーイ、学生生活・交通事情・失業問題に至るまで、実に幅広く取っている。
そんな本書を読み進めるうち、特に秀逸と感じたいくばくかの作品を摘出し、広く天下の耳目に晒してみたい衝動に駆られた。
願わくば、どうかしばしのお付き合いを。
北澤楽天作、「金」。
金! 金!! 金には羽が生へて居る!!!
――そうやって我が手元から羽ばたき逃げんとするお金様を追いかけてるうち、視野狭窄に陥って、断崖から身を躍らせる破目になる。
行き過ぎた資本主義、物質偏重・黄金万能の気風を諌めんとする作者の意図が窺えよう。
こちらも北澤楽天の作。
労資互いに呑噬し貧乏神は手を拍って喜ぶ。
それぞれ資本家・労働者と書かれた二匹の蛇が互いの尾を呑み込んでにっちもさっちも行かなくなり、その有り様を指差し
本来なら天敵たる蛇の眼光を恐れて地の果てまでも逃げ出す蛙が、余裕綽々で煙草片手に見物するとは、なんたることか。
思わず本来の獲物を思い出せと叫びたくなる、これまた見事な一枚である。
『おい! あしたは民法の試験だ、ノートを貸せ』
『馬鹿云へ! これは俺が見なくちゃいかん』
『半日貸せ!』
『よせよせ、勉強なんか。……零点をとったからって落第するとはきまってをらん……』
『と、きまったらそのノートを俺に貸せ』
『よせやい』
なにやら落語めいたやりとりだが、大正時代、これに似たやりとりは現にあった。
茅原華山が報告している。
とある大学生が試験前、その学友にノートを見せてくれと頼んだところ、
僕と君とは同窓である、
このような返答の下峻拒されたとのことだ。
慨世家の茅原はこの一事を以って、「自分一個の利益を知り、国家の得失を知らぬ者」として件の大学生をこき下ろしているが、私は逆の感想を持った。
ほとんど宣戦布告に等しい、こんな台詞を、正面切って堂々と、相手の目を見ながら言う――。
常人に出来ることではない。
係争を避けんとする事なかれ主義に流されて、いいよいいよと差し出してしまうのがまず大半。断るとしても上に掲げた漫画のように、「自分も使わなくちゃアならんから」と身を躱すのがほとんどだろう。
俺のノートで、お前が俺よりいい成績を取るだなどと許せない。
俺が上に行くためにお前は落ちろ。
思っていたとしても、ここまで赤裸々かつ理路整然と自己の内心をぶつけられる者はごく稀だ。
一種の豪傑ではあるのだろう。なにやら妙な「誠実さ」さえ感ぜられる。現代社会が弱肉強食の修羅場だと、彼は身をもって学友に啓蒙したのかもしれない。
政党政治の弊。
国家という神輿をよそに、与党と野党がさも見苦しい取っ組み合いを繰り広げている。
あながち笑ってもいられまい。「モリカケ」だの「桜を見る会追求」だのと重箱の隅を突っつきまわして得意がっているような、愚にもつかない騒動に日夜明け暮れている現下を鑑みる限り、わが国の憲政事情はこの絵の頃からさほど進歩したとも言えぬのだから。
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